はじめに
本稿では,2008年第4四半期以降に顕在化してきた景気の後退が,自動車リサイクル産業に与える影響について考える.筆者の聞き取り調査をもとに,最近の自動車リサイクル業界を取り巻く現状を概観しながら若干の考察を試みたい.
景気の後退
2008年は鉄スクラップの価格が7月にはトンあたり68,113円という記録的な高値をつけるなど,資源価格を発端とした大幅な高騰がみられた(注).一方でアメリカのサブプライム問題に端を発した金融危機はアメリカ国内にとどまらず全世界へと波及し続けている.信用収縮は実体経済にも大きな影響を与え,自動車,電機をはじめとして,ほぼすべての製造業が景気後退の影響を直接に受けることとなった.
製造業のような動脈産業における景気後退の影響は,当然自動車リサイクル産業を含めた静脈産業へも影響を与えている.需要の落ち込みは動脈産業で必要とされる資源が少なくなることを意味する.金属のような資源の一部が静脈産業からのリサイクルによってまかなわれるケースでは,需要減少の影響がそのままリサイクル産業への需要減少という形で現れる.
鉄スクラップは2008年7月まで中国と韓国への旺盛な輸出が続き,それにともない鉄スクラップは記録的な高値をつけてきた.しかし,スクラップ価格高騰と国内における鉄需要の減少といった要因により,輸出がストップしたのをきっかけにスクラップ価格が一気に1万円を切る事態にまで落ち込んだ.
現在(2009年2月)では中国向け輸出は再開され2万円台を回復しつつある.とはいえ,国内的には鉄鋼需要の低迷,韓国向けはウォン安と建設需要の低迷もあり,かつてのようなスクラップ相場における上昇一辺倒は期待できないようである.
このように実体経済の改善がみられない中,自動車リサイクル業をとりまく環境は非常に厳しくなっているように見える.このまま事業者の淘汰が進むのだろうか.
「過当競争」の存在
景気後退による事業環境の悪化に拍車をかけているのが「過当競争」という自動車解体業における構造的な問題である.これまで,自動車リサイクル法施行前後から過剰処理能力の存在は指摘されてきた.このことは自動車解体業界を過度な競争に向かわせる一因となっている.特に目につくのが廃車仕入れ価格の高騰である.
大規模事業者においては単位コストの低下が収益面に大きな影響を与える.収益性の向上を図るには稼働率の向上が必要となる.そして稼働率の向上のためには廃車を1台でも多く集めることが至上命題とならざるをえない.このことは仕入れ競争という形で顕在化する.各社はライバルの事業者が仕入れられない値段まで買い取り価格を引き上げる戦略をとらざるを得なくなる.
しかしながら,この価格競争メカニズムが機能するには鉄や非鉄をはじめとしたスクラップ価格が高騰するという前提条件が必要である.にもかかわらず昨年後半以後にみられたスクラップ価格の急激な下落は,各社生き残りのための「終わりなきチキンレース」を引き起こしている.
なぜ過剰処理能力が発生してしまったのであろうか.産業経済学の観点から考えてみたい.産業経済学では一般的に,既存企業による過剰生産(処理)能力の拡大は,新規企業の参入阻止のために行われると解釈される.いわば戦略的参入阻止行動の一種である.
すなわち,既存企業が生産能力を拡大することは,新規参入(予定)企業に対して「参入が競争の激化をもたらすであろう」という既存企業からの「シグナル(合図)」となる.万が一新規参入企業が発生した場合,この市場では激しい価格競争が発生することが予想でき,新規参入企業は利益とならないことがわかる.このような「予想」が「参入障壁」となるのである.
しかし自動車リサイクル産業,特に解体業においてはこうした参入障壁はほとんど機能してこなかったといえよう.
これは自動車解体のプロセスに起因するものと考えることができる.参入障壁として機能するものとして,サンクコスト(埋没費用)とよばれるものが存在する.サンクコストとは,たとえば他の業種に転用不可能な生産設備などがあげられる.
極論すれば,自動車解体においてはフォークリフトとバーナーさえあれば新規参入は可能である.規模が拡大したとしても,基本的には,自動車解体に特化した設備というものはあまりないか,もしくはそれほど費用をかけずに転用が可能である.このような処理設備は先述のサンクコストとはなりえない.
既存の事業者の生産能力拡大は,先取者の有利性(ファースト・ムーバー・アドバンテージ)から理解することができる.先取者の有利性というのは,既存企業の方が新規参入企業に比べて有利な立場で行動できるというものである.
既存企業が処理能力を拡大させることで,市場の先占めを目指し,また価格競争のシグナルとして新規に参入しようとする企業にアピールしていたと考えることができる.
このようなアドバンテージは実際に,新規参入企業の規模縮小や撤退をみる限り,自動車解体業界では実際に存在しているといえる.ある程度の経験効果や仕入れ面でのノウハウなど,新規参入企業にはキャッチアップできない面が存在するからである.
また,自動車リサイクル法施行後への過剰な期待(幻想)というものがあったというのも指摘できよう.実際には廃車の流れがクリアになったものの,法の枠組みで事業活動を行うためにはコンプライアンスコスト(法令遵守費用)の増大が大きくのしかかっている.全国各地で企業規模の拡大や新規参入による過剰処理能力の発生が廃車の争奪合戦を引き起こした.同時に中古車輸出の急速な伸びは,解体車の減少とオートオークションの活況をもたらしている.このように自動車解体をめぐる「過当競争」問題は複合的な要因が絡み合って発生しているといえよう.
自動車リサイクル法と逆有償問題
景気の悪化を考えるうえで自動車リサイクル法との関わりを忘れるわけにはいかない.「逆有償」の問題である.
そもそも自動車リサイクル法が制定された理由の一つとして,廃車の適正処理スキームを確立することがあった.これまで見てきたように資源価格が高騰している時期においては,ユーザーから有償で廃車を仕入れることが可能であった.しかし,現在の金属市況の低迷は買い取り価格の低下をもたらし,過去の「逆有償」時代へと逆戻りする可能性も否定はできない.
実際には,成長は鈍化しているものの新興国における経済成長は今後も見込め,金属資源に対する需要が小さくなることはないだろう.したがって,過去のような「逆有償」時代が再び到来することはあまり考えにくい.とはいえ,金属市況の大幅な下落がもたらす「逆有償」に近い状態は,ユーザーによる不法投棄への誘因となりうる.今後,廃車の仕入れにおいて「逆有償」の状態に近づいていった場合,現行の自動車リサイクル法の真価が問われることとなる.
スクラップ市況が高騰していく中,資金力にまさる大規模事業者には比較的高値で廃車を仕入れていたものもあった.そこには単に豊富なキャッシュフローをバックに買い付けていただけではなく,すでに指摘したように自動車解体業界における,いわば構造的問題が存在しているからである.
同時に,新車ディーラーも新車販売が低迷する中,新たな収益源の確保のために中古車として「解体車」を,自社業版を含めたオートオークションに流通させるケースも依然として存在している.このため体力のない小規模事業者では買い取り価格の提示が困難になるケースも存在する.
景気減速の影響を受けてスクラップ市況が低迷してもなお,このような構造には大きく変化がないように思われる.
さて,マテリアルリサイクルという点から考えると,中古パーツとして販売できるものを除けば,解体後にスクラップとして販売可能なものは,廃車ガラ,非鉄金属,エンジンが一般的である.スクラップ価格の低迷はこの収益に大きな影響を与える.大規模事業者の提示する仕入れ価格が現状では,中小規模の採算ラインを上回っているという声が筆者の聞き取り調査で多く聞かれた.
とはいえ,大規模事業者においても安泰ではない.大規模事業者にしばしばみられる過剰処理能力と設備投資負担の増大は,以前は比較的有利とみられていた大規模事業者の経営環境をますます悪化させているからである.
悲観論をこえて
中小規模事業者について考えてみたい.過去の連載で筆者が指摘したように,廃車の仕入れ面,省人化できないことによる効率面での不利など,中小規模事業者においても経営環境としては厳しい.今後自動車リサイクル産業,特に自動車解体業の将来性についてはどう考えたらよいのであろうか.
筆者が聞き取り調査を進めていく中,訪問する先々において現状では悲観的な見方が大勢を占めているように感じられる.特に最近の景況感の悪化がそのような見方を強調させているように思う.しかし現在公道を走行している自動車は,いつかは「使用済み自動車」として解体される運命にある.排出源はなくならないのである.
また,景況感の悪化はタイヤやバッテリーも含めた,中古パーツへの需要増大への後押しとなるであろう.そこで,この需要に対応する供給をうまく確立することができれば,自動車解体業は安泰とはいかないまでも,過度な悲観にとらわれる必要はないと考える.
生き残りをはかる一つの展開として,最近では中古パーツへの取り組みが指摘されている.マテリアルリサイクル中心に展開してきた事業者の中で,実際に今からコミットできる事業者は多くはないであろう.
そこで筆者はB to Bビジネスだけでなく,B to Cビジネスにも目を向けることの重要性について指摘したい.これまで見落としてきたもの,つまり潜在的需要の掘り起こしである.
経営学の分野の一つである「資源ベース論(リソース・ベースド・ビュー)」の考え方からいえば,すべての事業者でこのようなB to C展開が可能であるとは限らない.資源ベース論の考えとは,企業が所有する資源(経営資源・資産)がその企業に競争優位をもたらすメカニズムについて議論したものである.競争優位にある企業は他のライバル企業に比べて優れた資源を有していると考えるのである.そのような資源の多寡が競争優位をもたらすコアコンピタンスに影響を与えるというものである.
各解体事業者がもつ資源(経営資源)は均質ではない.優れた営業マンのいる事業者はライバルの解体業者よりも多くの程度のよい廃車を仕入れることができるかもしれない.解体にあたっては,作業員の目利きがより付加価値の発生する中古パーツの「生産」に影響を与えるかもしれない.また,ニブラを利用する事業者であれば,オペレーターの熟練度によって質の高いスクラップを効率的に生産できるかもしれない.
ある程度の規模をもつ事業者であれば,解体というB to Bビジネスにとどまらず,一般ユーザーをも相手にした路面店を含めた展開も可能である.
経営資源の制約が存在するがゆえに,特に小規模な事業者は解体に専念をする,すなわち解体という事業に経営資源を集中させることが有利であると考えるのが資源ベース論からもたらされる結論である.
そう考えると,中小規模の解体事業者が生き残るためには,協同組合方式のような展開も一つのアイデアであるかもしれない.管理コストや資金面の問題など実際に稼働させるにはハードルが高いように見えるが,中小規模が単独で現在の業容を維持したまま生き抜くというのは,経営資源の制約という観点から厳しいように感じられる.
現状のままでは自動車解体をとりまく事業環境厳しいものの,発想の転換と業界構造の変化に対応できるのはあながち無理な話ではない.悲観論が先行しがちであるが,自動車のリサイクルは今後も社会的に必要とされており,まだまだ考えようによってはビジネスチャンスが存在しているのではないだろうか.
(なかたに ゆうすけ ・ 神奈川大学)----------
* (注)価格は日本鉄源協会調べ(7月第2週).H2,メーカー炉前価格で,関東・中部・関西の3地区の価格を平均したもの.