はじめに
2007年3月,筆者らはベトナムのハノイ市を訪れた.ベトナムは中古車に関する規制の影響から,日本からは中古車はほとんど輸入されない.そのため,これまで本連載で論じてきたロシアやニュージーランドとは異なる.しかし周知のとおり,経済発展が急速に進むとともに,2007年1月に世界貿易機関(WTO)加盟を果たし,対外貿易政策も流動的であり,その動向は見逃せない.
また,ベトナムは中国と国境を接している点でも興味深い.中国は,2006年の自動車の販売台数が世界第2位となるなど都市部を中心としてモータリゼーション化が急速に進んでいる.同時に,鉄くずをはじめとした世界の循環資源を受け入れている.国境を越える自動車リサイクルを見るうえで,中国に隣接するベトナムを見ておくことは重要である.今回は越境貿易の観点から,ベトナムの事情を整理したいと思う.
中古車輸入
ベトナムの市民の交通手段は主として二輪車であり,四輪車の使用はまだ富裕層が多いとされる.約8400万人の人口で,自動車の保有台数が約68万台(軍隊と公安が管理する各種車両を除く)であるのに対し,二輪車の保有台数は,約1450万台である*.国内の自動車産業保護の観点から,輸入に対しては高額の関税を設定しており,登録台数のうち国内生産の車が7割以上を占めるという.トヨタやホンダをはじめ,日本の自動車メーカーもベトナム国内に組み立て工場を持っている.
中古車については,2001年から輸入が原則禁止であったが,2006年5月に16座席を下回る中古車に関して制限が緩和された.ただし,車齢が5年を超えたものや右ハンドル車はまだ輸入できない.さらに,輸入関税や付加価値税,特別消費税を設定しているため,新車と比べると割安感がなく,解禁されたはずの中古車輸入は,実質的には広がっていない.
解禁後1年で輸入された中古車の総数は,わずか900台程度とされる**.当然ながら,日本からの中古車輸入も少ない.表1は,日本のベトナム向け新車・中古車(バス,乗用車,トラック)の輸出台数の推移だが,これを見る限り日本からの中古車輸出ビジネスは育っているとは言いがたい.また2006年5月の解禁の影響もないと言ってよいだろう.
表1:ベトナム向け自動車輸出台数(単位:台)出所:日本自動車工業会データベース,財務省貿易統計
新車 中古車 年 乗用車 トラック バス 合計 乗用車 トラック バス 合計 2001 3,867 3,871 1,541 9,279 0 6 2 8 2002 4,533 4,828 1,471 10,832 3 22 0 25 2003 5,917 6,547 1,206 13,670 11 42 0 53 2004 6,058 8,471 985 15,514 298 76 0 374 2005 5,760 7,279 1,633 14,672 46 112 0 158 2006 1,009 5,644 1,043 7,696 19 85 0 104 WTOに加盟した2007年1月,ベトナムは中古車の輸入関税の引き下げを発表した.しかし同時期に実施された新車の輸入関税率の引き下げの影響により,中古車の輸入が促進されたとは必ずしも言えないようである.例えばベトナムネット(地元ベトナムの電子新聞)の2007年1月17日の記事では,排気量1000cc以下の自動車は,新車と同程度の価格であり,競争力がないとある.また同じベトナムネットの同年4月10日の記事では,約900台輸入された中古車の7割が高級車とある.輸入中古車には排気量に応じた固定額の関税が設定されているのに対し,新車には関税率が設定されている.高価格車のみの輸入が促進されるという関税政策の結果は,政府の意図したものとなっているのだろうか.
一方,これまで年式規制のなかった5トン以上の中古トラックについては,中古乗用車とは対照的に2006年5月に強化され,輸入は生産後5年以内にものに限るとされた.NNA(日本の電子新聞)の2006年5月15日の記事によると,5年以内の中古トラックは新車との価格差が小さく,輸入のメリットがないようだ.また,人気のある10年を経過した中古トラックの価格が高騰しているという.
筆者らは,中古の大型トラックやバスをハノイ市内でよく見かけた.郊外には販売ヤードが多くあった.中古とわかるのは,車体にハングル文字が書かれてあったからである.実際に,立ち寄った中古車ヤードの従業員によると,扱うのは韓国からの輸入トラックであり,日本からのものは高いのでほとんどないと述べていた.
中古建機
中古車の輸入が活発ではない一方で,筆者らは「○○建設」「○○土木」のような日本の会社名が書かれた建設機械をよく見かけた.市の中心街を離れると,国道沿いに多くの中古建機ディーラーの販売ヤードを見かけた.ハノイ市内および近郊を移動中に至るところで道路建設が進められていたが,そこで使われていたショベルカーなどの建設機械は,日本から中古として輸入されたものであった.
中古建機については,これまであまり調べてこなかったが,途上国を中心とした経済成長により,昨今輸出が増大している.日本建設機械工業会は,中古の建設機械の流通を定期的に調査している.同会の『平成17年度 我が国建設機械産業の将来展望調査研究報告書』(2006年3月)を見ると,中古建機の総輸出台数は,1998年の3万台弱から年々上昇し,2002年は2倍以上の6万台後半となっており,その後の03年,04年は,7万台前後となっている.また財務省の貿易統計では,2006年1月より一部の建設機械に中古の統計品目番号が設けられている.表2は,中古の統計品目番号を持つ自走式クレーン車,ブルドーザー,アングルドーザー,メカニカルショベル,エキスカベーター及びショベルローダーの仕向け国別輸出台数である.
これを見て明らかなように,少なくとも2006年の数字でいえば,輸出先としては香港が圧倒的に多く,全体の3割程度を占める.ベトナムはアメリカ合衆国やタイとほぼ同じであり,市場全体の1割弱であるが,堂々の3位である.バスやトラック,乗用車と比べると,中古建機の輸出業者にとっては,ベトナムは重要な相手国であることがわかる.
表2:中古建機輸出台数上位10カ国(2006年,単位:台)出所:財務省貿易統計(中古の統計品目番号のみ)
輸出先 台数 1 香港 21,636 2 アメリカ合衆国 6,021 3 ベトナム 5,985 4 タイ 5,984 5 台湾 3,889 6 マレーシア 3,595 7 シンガポール 3,190 8 アラブ首長国連邦 1,875 9 フィリピン 1,867 10 エジプト 1,797 合計 74,007 筆者らが立ち寄った中古建機会社のレキシムコーポレーションは,ハノイ市中心部から10キロメートルほど東方に位置するGIA THUYやCO BIを中心とした国道5号線(ハイフォン港に向かう幹線道路)沿いにある.このエリアには,多くの中古建機ディーラー,中古トラックディーラーのヤードを見ることができた.現地案内者によると,5年ほど前からこのような集積が形成されたという.ハイフォン港という貿易港との立地関係が感じられる.
レキシムコーポレーションでは社長が不在だったが,従業員の方に少しだけ話を聞くことができた.同社は2001年に設立された会社で,日本などから中古建機を買い入れ,ポンプやエンジンなど全てチェックし,塗装や溶接などをした後,販売する.同社のヤードには40台ほどの中古建機が置かれ,1台15万ドルほどで販売できるようだ.見た限り日本語表記のある中古建機ばかりで,日本から来たものが大多数であることが伺える.また運転席のフロントガラスにマジックで取引コードのようなものや行き先が日本語で書かれてあり,オークションなどの取引の跡が残っていた.
同社の従業員の話では,中古建機を扱う会社はここ数年で増大しており,1000社以上は存在するという.今回は十分なヒアリングができなかったが,中古車だけでなく様々な製品で日本の中古品の需要があり,それに対応してビジネスが発展していることを痛感した.
中国との国境
中国とアセアン諸国の経済関係は昨今,緊密になっている.物流インフラとしての道路も整備が進んでおり,ベトナムに限らず,ラオスやミャンマー,あるいはそれらに隣接するタイに繋がる.これらはインドシナハイウェイとしてテレビ番組で特集が組まれるなど注目を浴びている.
ベトナムは,中国の雲南省および広西チワン族自治区と国境で接する.中国への越境ルートは代表的なものとして3つあると言われている.一つ目は,ハノイから海岸線沿いに北上し,国境付近の街モンカイを経て,中国の広西チワン族自治区の東興にたどり着くルート.二つ目は,国道2号線沿いにハノイを北上し,国境付近の街ラオカイを経て中国の雲南省にたどり着くルート.三つ目は,上記2ルートの間にある国道1号線を北上し,国境付近の町ランソン,ドンダンを経て中国側の凭祥に入るルートである.
今回,筆者らは日帰り可能なドンダンルートを選択した.ハノイを午前9時半に出発後,ドンダンには昼過ぎに着いた.ドンダンに行くまでの国道1号線はきれいに舗装され,直線で幅も広く大型車も十分に通行可能であった.左右には一部宅地が見られたが,ほとんどが開発されておらず,水田や山が多かった.日本では大きな幹線道路沿いには往々にして自動車販売店などの店舗があるが,ここでは大型車両向けの中古タイヤの小さな販売店をいくつか見かけた程度で,それ以外はほとんど目にしなかった.
ドンダンには市場があった.売買されているのは,主に中国製と思われる家庭用品であった.それは,テレビ,炊飯器,ホットプレート,電話機などの生活家電のほか,下着,ワイシャツなどの衣類や靴,さらにキムチや野菜,豆類などの食料品も豊富にあった.製品のパッケージは中国語で書かれてあり,中国との経済関係の緊密さを感じた.模造品と思われるものも見かけた.
町の中心部のみを散策したせいか,自動車に限らず,中古品や再生資源の貿易はほとんど見られなかった.唯一,ごみ収集場の前で10トントラックにあふれるばかりの大量の古ダンボールを積んでいる光景を目にした.これは,中国に運ばれるとのことだったが,それ以外は見かけなかった.
ドンダンは,よく国境の町として紹介されるが,そこに国境ゲートがあるわけではなく,さらに北に行かなければならなかった.国境ゲートのある町はタンソンと呼ばれるようだが,ドンダンから決して徒歩で行ける距離ではなく,山なりの道を越え,車でも20分はかかったかと感じる.
タンソンは,ドンダン同様,市場が形成され,人も多く賑やかだった.国境ゲートは,大型トラックが次々と中国側から入ってきていた.これらは,入境後,保税エリアに停車していたが,どのような物品を運搬しているのかは確認できなった.
中国側の国境の町である凭祥からさらに奥へ進むと,広西チワン族自治区の省都である南寧にたどり着く.2005年12月,凭祥から南寧までの高速道路(南友高速道路)が整備され,所要時間はこれまでの半分に短縮され,2時間程度となったという.その結果,ハノイから南寧までは5時間程度となる.広西チワン族自治区には,昨今自動車部品の生産基地として認定された柳州のほか,桂林や南寧などでも自動車産業の立地を加速させている.また,最近の記事では,中国とベトナムが共同で,この国境地帯に商業貿易物流協力区と加工協力区に分けられた大型国境経済協力区を建設していると報道されている(人民網日本語版2007年5月14日).国境ゲート前には,大きなホテルが建設中であり,今後ますますこのゲートを通った交易がより活発化する印象を持った.
今後の行方
上述のように,現在,ベトナムでは,中古車輸入に障壁を設けているため,日本で使用された車とはまだ直接的な関係はない.しかし,2005年に中古バッテリーが大量にベトナムに輸出されたように,何らかのきっかけで日本の中古あるいは使用済製品の受け入れが急拡大することがある.WTOの加盟国として,貿易自由化をしていくなかで,段階的に開放が求められる.また,アセアン域内の経済統合や中国を始めとした国との自由貿易協定(FTA)により,対外的な交易は活発になっていくものと思われる.その際,中古車輸入を含めた自動車政策をどう進めていくのか,それにより日本の中古車や中古部品市場にどう影響するのかを考えることは一つの調査課題である.
一方,ベトナムはまだモータリゼーション化の途上にあり,中古車販売や補修,あるいは廃車回収・処理の産業化はこれからである.そのため,これらがどこでどのように進展するのかを見ることも重要である.仮に,日本からの中古車が輸入されるようになるのであればなおさらであろう.また,今後,中国との経済関係がより緊密になると思われるが,その結果,部品製造や資源再利用などにおいてベトナムと中国の間で分業体制が生まれるのかどうかも興味深い.それは,道路などの交通インフラの整備状況に影響し,立地もその程度により変わる.
今回は,ドンダンルートのほかに,モンカイルートの一部である国道2号線も通った.ここは,トヨタやホンダの工場があったが,大幅な道路の舗装および拡幅工事の最中であった.また,ドンダンに向かう幹線道路では,日本と見間違えるほどの田園風景を目にした.これらの光景が数年後どうなっているか,また目にしたいと思う.
(あべ あらた ・ 一橋大学大学院)----------
本調査は住友財団2006年度環境研究助成「アジアにおける自動車リサイクルの実態調査 ―中国とその周辺国の関係性を中心に―」より補助を受けた.
* 四輪車の保有台数については,NNAや地元タンニエン紙の2006年12月8日の記事からの情報である.これはベトナム登録検査局が示した数値のようだが,今回は,この登録検査局を含めベトナム政府が公表するデータを見つけることができなかった.また,日本自動車工業会『世界自動車統計年報 第6集』(2007)にベトナムの保有台数の記載があったが,2002年から2005年まで全く同じ台数(43万台程度)であり,やや信頼性に欠けた.一方,二輪車については上記の日本自動車工業会(2007)のデータを用いた.
** この情報は,ベトナムネットの2007年4月10日の記事からだが,乗用車だけなのか,トラックも含むのか定かではない.フォーリン(2006)『アジア自動車産業2006』では,2001年から2004年までの中古車輸入のデータが示され,これによると,年間約2万台の中古車が輸入されていたことがわかる.また,NNAの記事(2006年5月15日)でも,2005年の輸入台数17031台のうち,1万台以上が韓国から輸入された中古トラックだという記述がある.これらを見ると,中古車輸入は数百台単位のものとは考えられず,上記の900台という数値は2006年5月に解禁された「乗用車」の台数とも思える.いずれにしろ,保有台数と同様に,現地の公式統計を見つけることは次の課題になる.