はじめに
前回に引き続き,今回も中国の廃車リサイクルにおける廃車買取価格(以下,廃車価格)について考察する.前回はフォーマルセクター,すなわち政府認証の廃車回収・解体企業(以下,認証企業)について論じた.そこで今回はインフォーマルセクター,すなわち政府の認証を受けていない廃車回収・解体業者(以下,違法業者)について考えてみたい.両セクター間での廃車価格の差異について述べたうえで,政策的観点からも若干言及したい.
ここで違法業者の形態について少し述べておこう.認証企業と同じく,違法業者も廃車を回収して,廃車から得られる何らかの有価物を販売することを事業としている.筆者が聞いた限りでは,大きく分けて,@廃車に多少の手入れを施して“中古車”として販売する,A廃車を解体して,5大部品を取り外して“補修用部品”として販売する,という2つのタイプがあるようだ.もちろんいずれも違法行為である(注1).前回も述べたように,中国では(実態や統計は不明だが)依然として違法中古車や違法改造車が相当量流通しているらしい.地域によってはそれらを専門的に製造する業者が集積し,あたかも1つの自動車メーカーの如く大量の違法車両を供給しているという.一部のメディアではその様を称して「中国三汽」(“中国第三汽車”という意味)と呼んでいる.違法業者によって取り外された5大部品などは,それらの違法な車両改造業者に供給されていると考えられる.
本稿では誌面の都合上,上記のAのタイプの違法業者を念頭に話を進める.ただし,遺憾ながら筆者は中国で違法業者を取材したことがなく,違法業者の収入や費用についてはほとんど不明であるため,前回提示したような具体的な数値例を作成することができない.そこで,前回の数式部分を応用して模式的に考えてみたい.
違法業者の採算式と買取価格
ある地域に存在する違法業者が,排出者から廃車1台を引き取る場合の採算および廃車価格を考える.違法業者は地域内に多数存在していると仮定する(なお,認証企業は政策により地級市単位で1〜数社しか立地していない).違法業者が排出者に支払う廃車価格をPIとする.違法業者は認証企業と同じく廃車1台を解体して5種類(q1〜q5)に分別し,それぞれの専門業者へ引き渡す.違法業者における運搬・解体・分別回収等にかかる諸費用をcI>0,廃車1台から得られる利潤をrI≧0とする.廃鋼鉄や(5大部品以外の)中古部品,その他有価物については認証企業と同様の業者に販売すると仮定しよう.ただし違法業者は次の点で認証企業と異なる行動をとる.まず,違法業者は5大部品を取り外した後,補修用部品として価格p2で違法な部品業者あるいは車両改造業者へ販売する.次に,違法業者は残余物を不法投棄するためp5=0となる(不法投棄に係る費用はゼロとする).さらに,違法業者は脱税するためt=0となる.p1〜p4は市場価格であるとし,違法業者は操作することができないとする.
実際には,廃車の違法取引や5大部品販売などの違法行為が当局に発覚すれば,307号令に基づき,数万元の罰金支払いや事業停止などのペナルティが発生する.本来であれば違法行為に伴うそれらのリスクも式に含めなければならないが,議論を簡単にするためにこの点は除外して考える.
以上の設定から,違法業者における採算式はC式のようになり,それを書き換えるとD式のような廃車価格式が得られる.
C式 rI=p1q1+p2q2+p3q3+p4q4−cI−PI
D式 PI=p1q1+p2q2+p3q3+p4q4−cI−rI
D式において右辺がプラスになれば廃車は有償となり,マイナスになれば逆有償となる.前回同様,ここでも廃車価格がプラスになっている状況を想定する.また,違法業者が操作できる項も限られており,基本的には廃車価格と利潤部分だけであるとする.もしインフォーマルセクターが完全競争の状態であれば,利潤がゼロ(rI=0)となる水準で廃車価格が決定されることになる.
両セクター間での廃車価格差
さて,前回の冒頭で述べたとおり,現実の廃車市場ではフォーマルセクターよりもインフォーマルセクターのほうが廃車価格が数倍高いという状況になっている.つまりPI>PFとなっている.両セクター間での価格差が1つの要因となって,多くの廃車がインフォーマルセクターへと流出している(注2).そこで,この価格差の内訳を検討してみたい.PI−PF>0であるから,B式とD式を代入して整理するとE式が得られる.
E式 PI−PF>0 ⇒ (p2−p1)q2+(cF−cI)+p5q5+t+(rF−rI)>0
インフォーマルセクターの廃車価格のほうが大きくなっているということは,E式の左辺がプラスになっていることを意味する.そして,その値がより大きくなるということは,両セクター間での廃車価格差がより拡大することを意味する.
第1項は,違法業者が5大部品を破壊処理せずに違法販売することによる収入差である.ここでポイントとなるのは廃鋼鉄価格(p1)と5大部品価格(p2)との価格差である.廃鋼鉄価格が前回示したようにトン当たりおおよそ2,000元前後であるのに対して,5大部品の価格はそれ以上であるようだ.筆者も具体的には確認できていないのだが,たとえば状態の良いエンジンであれば,エンジン単体だけでも数千元するようである.他のトランスミッションなどの機能部品も廃鋼鉄価格を上回っていると考えてよいだろう.また,廃鋼鉄価格と5大部品価格が拡大すれば(縮小すれば),廃車価格差も拡大する(縮小する)ことになる.
第2項は両セクター間での運搬・解体・分別回収等にかかる費用差である.仮に人件費や最低限の解体処理費用が同程度だとしても,認証企業のほうが,維持すべき資本ストック(敷地や建物,専用の処理設備など)が大きく,さらに適正処理や破壊処理,事務手続きなどに要するコストが必要となる.もちろん違法業者の側でも,取り外した5大部品のメンテナンスや洗浄などが必要かもしれないが,全体とすればcF>cIとなっていると考えられる.
第3・4項は認証企業が負担する廃棄物処理料金および税金である.先に述べたように,違法業者が廃棄物を不法投棄し,脱税するとなれば,認証企業が負担しているこれらの項も廃車価格に影響することになる.
そして第5項は両セクター間での利潤差である.この項は,他の項と違って一概にプラス・マイナスを確定させることはできない.もし利潤が等しい(rF=rI)ならばこの項は廃車価格差には影響しないが,インフォーマルセクターが完全競争である(rI=0)場合,あるいは認証企業の利潤のほうが大きい場合(rF>rI)は廃車価格差が拡大する.他方,違法業者の利潤のほうが大きい場合(rF<rI)は,その分だけ廃車価格差は縮小することになる.ただしその場合であっても,左辺全体がマイナスになるほどには違法業者の利潤は大きくならない.
以上のE式各項の大小の程度により,数倍にもなる両セクター間での廃車価格差が発生すると考えられる.筆者が想像するに,相対的に第1項,第2項が大きく影響しているのではないだろうか.特に第1項が大きくプラスになっていることは確かである.現時点では具体的な数値が不明であるために,これ以上厳密な議論はできない(あるいは,他に見落としている項目があるのかもしれない).今後,インフォーマルセクターを含めて,より詳細な調査を行うことで明らかにしていきたい.
廃車価格差は埋まるのか
最後に,以上の議論を踏まえ,廃車価格に関する政策的な含意について述べておきたい.
やや極端に言うならば,廃車価格差があることによってインフォーマルセクターに廃車が流れているのであれば,両セクターの廃車価格を等しく(あるいは価格差を十分小さく)することによって,インフォーマルセクターへの流出は止まるはずである.なぜならば,廃車から得られる利得が(ある程度)同じになれば,排出者がリスクを冒してまで違法業者に引き渡すインセンティブがなくなるからである.では今後,両セクター間での価格差をゼロにする,あるいは十分に小さくなるようにすることは可能なのだろうか.
結論から言うと,現状のままでは難しいと言わざるをえない.認証企業が5大部品を破壊処理せねばならない以上,E式の第1項は大きくプラスのままである.近年,リユースの促進という観点から,5大部品のリビルト事業が試験的に開始されたが,それが一般の認証企業にまで広げられるには今しばらくの時間を要するであろう.また今後,認証企業での環境基準や適正処理が厳格化されるようになれば,認証企業でのコスト上昇は免れず,結果的に廃車価格差も拡大する可能性がある.政府による基準価格政策を撤廃し,認証企業に廃車価格を自由に設定する裁量権を与えたとしても,違法業者と互角に価格競争できるほど廃車価格を引き上げることは厳しいように思える.当然ながら,インフォーマルセクターに対して地道に取締りを行い,違法業者を摘発したり違法車両・5大部品を押収したりすることは必要不可欠である.新聞記事や政府文書を見る限りでは,現時点でも当局は精力的に取り締まっている.ただし,これ以上厳しく取り締まりを行い,インフォーマルセクターを大幅に縮小させるまでに至るかどうかは不明である.
そこで筆者としては,もし廃車価格差を主たる原因とするインフォーマルセクターへの廃車流出が甚大で,そのことが認証企業の経営を強く圧迫している(あるいは今後もその状態が続く)ならば,やはり,排出者が積極的に認証企業に廃車を持ち込みたくなるような強い経済的インセンティブを与える政策が必要だろうと考える.たとえば,両セクター間での廃車価格差を十分に縮めるような水準で,排出者に車両の更新補助金を与えたり(注3),認証企業に買取助成金を与えたりするといったものである.あるいは,台湾で実施されているようなデポジット・リファンド制度も有効な手法であろう.台湾では,回収や適正処理のためのデポジット(預け金)を自動車メーカーや販売業者が納め,排出者が適正な回収ルートに廃車を引き渡したときに,「回収協力」としてリファンド(払い戻し金)を受け取るという仕組みになっている(注4).こうした政策を導入することは検討するに十分値する.
もちろん,中国の自動車市場は巨大であるため,こうした政策を導入するには相当の行政コストがかかる.だとしても,排出者に適切なインセンティブを与えることさえできれば,少なくとも従前よりは認証企業に廃車が集まってくるようになり,認証企業の事業経営も好転する可能性がある.認証企業に十分な体力がついてこそ,適正処理に必要な設備投資が可能となり,より進んだ中古部品流通システムへの展望も開けてくるのではないだろうか.中国の廃車リサイクルにおいて,まずは廃車をフォーマルセクターにきちんと流通させ,認証企業の事業規模を本来あるべき水準にすることが,山積する課題を解決していく上で重要かつ優先すべき政策ではないかと筆者は考えている.
おわりに
2回に亘って中国の廃車買取価格について論じてきた.まだまだ具体的数値による裏付けが乏しく,十分な考察ができているわけではない.筆者の今後の課題とさせていただきたい.最後に断っておきたいのは,本稿での考察で用いた簡単な数式については,経済・経営学の理論に厳密に基づいているわけではなく,筆者なりに,現実を観察することで得た知見に基づいて,できるだけシンプルに定式化したものにすぎない.より専門的・学術的な論考については後々発表するであろう別稿を参照されたい.
(ひらいわ ゆきひろ ・ 一橋大学大学院)----------
(注1)違法行為ということであれば,認証企業の中にも廃車や5大部品などをインフォーマルセクターに横流ししているケースもある(らしい).前回のA式から容易に分かるように,廃鋼鉄価格よりも5大部品価格が高くなっているときには,認証企業としても5大部品を横流しすることで,不正ではあるが,より大きな利潤を得ることができるからである.307号令の中で5大部品の販売を厳禁しているということは,裏を返せば,そういった違法行為を行う認証企業が少なからず存在していることを意味する.
(注2)言うまでもなく,廃車取引に影響するのは廃車の価格差だけではない.B式とD式は両セクターの解体業者の行動を模したものであって,これらには廃車の排出者の利得や費用は反映されていない.たとえば,排出者が認証企業に廃車を渡した場合は,PFという廃車売却益だけでなく,その後公安局での廃車手続きを行うことで養路費(道路の管理保全のための税金)の還付を受けることができ,トラックやバスなどの大型車の場合は車両更新の補助金を得ることができる.逆に,排出者が廃車を違法業者に引き渡すと,確かにPIの利得を得られるが,違法取引が当局に発覚した場合,排出者は多額の罰金を支払わなければならない.厳密に議論するためには,廃車取引に係る排出者のさまざまな利得や費用を数式に加味しなければならないが,ここでは議論を単純にするために除外している.
(注3)すでにトラックやバスなどの大型車については更新補助金制度があるが,それがどれくらい有効に機能しているのかはまだ検証していない.今後の課題としたい.
(注4)台湾ではさらに,登録解体業者に対する「適正処理」のリファンドもある.詳しくは外川(2009)を参照.
参考文献:
阿部 新(2006)「生産者責任と適正処理」『廃棄物の処理責任に関する経済学的研究』(一橋大学博士論文)第5章
外川健一(2008)「アジア・太平洋の先進地域における自動車リサイクル制度の比較分析―日本・韓国・台湾・ニュージーランドを対象として―」,小島道一編『アジアにおけるリサイクル』所収,JETROアジア経済研究所