「社会派」ミステリ全盛期、2年先んじてデビューを果たした綾辻行人に続き「本格」ミステリを発表した事から「新本格の旗手」。
また、エラリィ・クイーンの信奉者でもあること、そのクイーンと同じ論理的な謎の解明を好むところから、「平成のクイーン」と呼ばれている。
- 筆 名
- 有栖川 有栖(ありすがわ ありす)
- 本 名
- 上原 正英(うえはら まさひで)
- 筆名の由来
-
「有栖川」
- 大学に隣接している京都御所内の有栖川宮邸跡地から。
- 大学のサークル機関紙に小説を書くときの筆名として使用。
- (当時)有栖川という作家がいなかったこと、かつ宮家はすでに絶えているため、誰からも文句は言われないと思った。
- 万が一作家になった時に、また同じ苗字がいて「売れていない方のナントカ」と言われるのが嫌だなと思った。
- 『和宮様御留』(有吉佐和子)(有栖川宮熾仁親王が出て来る)の新聞広告が目に入った(上とあわせて同じ日に二度「有栖川」という苗字を意識した)。
- 舞台を京都にしようというつもりでいたので、京都っぽくていいと思った。
- 当時物々しい名前を付ける事が流行っていた。
「有栖」
- 『不思議の国のアリス』から。
- 『87分署』のマイヤー・マイヤーのようなふざけた名前にしようと思った。
- 平凡な名前が苗字に合わなかった。
- 肩書き
- 本格ミステリ作家
SRの会会員
日本文藝家協会会員
日本推理作家協会会員
本格ミステリ作家クラブ会員(初代会長)
中山市朗作劇塾・アドバイザー
関西社会経済研究所・文化アドバイザー
- 文学賞選考委員
-
ミステリーズ!短編賞
関西文學新人賞
富士見ヤングミステリー大賞
日本ミステリー文学大賞新人賞
ステーション文庫新人賞
- 血液型
- O型
- 好きな作家
- エラリィ・クイーン、鮎川哲也、他
- 趣 味
- 音楽鑑賞、鉄道旅行、落語鑑賞
- 初めて読んだミステリ
- 『赤毛同盟』(コナン・ドイル)
幼少時代
- 1959年4月26日 0歳
- 大阪府大阪市東住吉区に生まれる
- 196?年
- 幼稚園の時に生野区へ転居
小学生時代
- 1970年? 11歳
- 処女作『神秘の丘』*1執筆
大阪府高槻に設定した丘を舞台にした館モノ
- 1970年? 11歳
- 『虹色の殺人』*2執筆
探偵役は「紀田三四郎」 毒を仕込んだシャボン玉を使った密室殺人モノ
*1 館自身が意思を持ち尚且つそれに対しロジック的な解釈があったと言われていた作品かも
*2 文献によってはこちらを処女作としているものもある
中学時代
- 1972年 13歳
- 大阪市立田島中学校入学
- 1972年? 13歳?
- 中1の時に江神さんとモチが登場する作品を執筆
- 1974年? 15歳
- 『大いなる殺人』*3
第21回江戸川乱歩賞投稿
密室四つに7連続不可能殺人の360枚
*3 新幹線のトイレで死体が発見された時犯人は飛行機の中にいた……という内容。ミッキー・スピレインの同タイトル(邦題)は偶然?
高校時代
- 1975年4月 15歳
- 私立上宮高等学校入学
- 1975年 高1
- 「SRの会」入会
- 1975年 高1
- 『ぼだい樹荘殺人事件』第1回幻影城新人賞[小説部門]投稿?
- 1976年 高2
- 『宇宙空間の消失』第2回幻影城新人賞[小説部門]投稿(1977年1月号(NO.26)1次通過)
宇宙空間における密室殺人モノ
大学時代
- 1978年4月 18歳
- 同志社大学 法学部法律学科入学 未公認サークル推理小説研究会所属
当時の部員に、ひとつ上に黒崎緑(本格ミステリ作家)、2つ上の白峰良介(別名三輪みわ・パズル作家?)、加地尚武(ライノベ作家?)(敬称略)がいる
主な活動は既存作やオリジナルの作品を途中まで読ませる犯人当て
作品書評はなし(が、『カメレオン』にて『点と線』の辛口書評を寄稿しているらしい)
主な活動場所は学生会館の一番奥窓側のテーブルもしくは雀荘
- ????年 ?
- NHK教育番組に出演 関西のミステリ好きの大学生を集めた企画物
「鮎川作品が好き」と語った
- 1978年
- 同志社大学推理研究会機関誌『カメレオン』第4号(?)に『Yの悲劇'78』を発表 *4
- 1978年
- 同機関誌『カメレオン』第5号(?)に『お願い』を発表
- 1979年 秋
- 同機関誌『カメレオン』第6号(?)に『別れの曲』*5
を発表
- 1980年7月 21歳
- 同研究会にて『蒼ざめた星』を発表
- 1980年 11月
- 同機関誌『カメレオン』第7号に『遥かな雷鳴』*6
を発表
- 198?年11月 ?
- 小説推理新人賞に投稿 タイトル不明 *6
- 1981年 大4
- デイリースポーツに連載 関西の大学ミス研合同の企画物 *7
- 1981年11月 22歳
- 同機関誌『カメレオン』8号に『やけた線路の上の死体』を発表 後に『無人踏切』、『創元推理17』に収録
( 『カメレオン』版は「今出川大学」、アリスは「2回生」の設定)
- 1982年3月 22歳
- 同大学同部同学科卒業
*4 後の『月光ゲーム Yの悲劇'88』
*5 後に『双頭の悪魔』の一部に組み込まれた
*6 後に『マジックミラー』にトリックが組み込まれた
*7 該当作:『殺刃の家』(コミックス『月光ゲーム』収録)
二足の鞋時代
- 1982年4月 22歳
- 大手チェーン書店に就職
- 1982年
- 鮎川哲也氏の指名により『鍵孔のない扉』(鮎川哲也)の解説を執筆
- 1983年 24歳
- 結婚 夫人は小学時代のクラスメイト
- 1986年11月 27歳
- 『無人踏切 鉄道ミステリー傑作選』に『やけた線路の上の死体』発表
『カメレオン』8号発表作を改稿
- 1987年
- 『月光ゲーム Yの悲劇'86』を第33回江戸川乱歩賞に投稿 一次落選
- 1989年1月 29歳
- 『鮎川哲也と13の謎』の一冊として『月光ゲーム Yの悲劇’88 』でデビュー
- 1994年8月 35歳
- 会社の東京進出を機に退職
専業作家時代
- 1996年2月1日 36歳
- 咲くやこの花賞受賞
- 1997年 37歳
- 『蝶々がはばたく』が第49回日本推理作家協会賞短編および連作短編集部門ノミネート
- 2000年11月3日 40歳
- 本格ミステリ作家クラブ会長就任
- 2003年1月 43歳
- 『マレー鉄道の謎』が第3回本格ミステリ大賞にノミネート
- 2003年5月24日 44歳
- 『マレー鉄道の謎』で第56回日本推理作家協会賞長編部門受賞
- 2004年1月 44歳
- 『スイス時計の謎』が第4回本格ミステリ大賞にノミネート
- 参考文献:
- 『月光ゲーム Yの悲劇’88 』(単行本)
- 『月光ゲーム Yの悲劇’88 』(文庫)
- 『有栖の乱読』
- 『ニューウエイヴ・ミステリ読本』
- 『創元推理12号』
- 『EQ '96年9月号』
- 『別冊ぱふ 小説特集号 活字倶楽部 Special2』
- 『ダ・ヴィンチ 2003年01月号』
- たそがれSpringPoint 2005/03/13
- シンポジウム「ミステリーの魅力」(10/26)
- シンポジウム「ミステリーの魅力」2002/10/26 手元資料
- 同志社大学ミス研講演会2002/11/09 手元資料
- 「三国の宿にて」(『メフィスト 小説現代5月増刊号』(2006年)掲載エッセイ)