◆ アロマセラピー&身心総体均整法 「シナジー」  (札幌市北区 最寄:地下鉄麻生駅)
アロマセラピー・ヒーリングサロン シナジー
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【施術者 YASUYO】 須田泰代(すだやすよ)

大学卒業後、百貨店入社。20歳代後半から環境問題に関心をもつ。
後方部門から健康ショップへ依願。ハーブとアロマと出会う。アロマの世界に魅かれ
イギリスでセラピストの資格を取りたく退社。1999年2月渡英。

1999年3月より、シャーリープライス・アロマセラピー・カレッジにて学ぶ。

2000年4月、アロマセラピー理論とボディワーク、解剖生理学のディプロマ取得。 

2001年1月、アロマセラピストとして活動を開始 アロマセラピー歴14年以上

予約制  011−756−3925 
       090−1388−3327

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アロマセラピスト YASUYO の出来上がり方



1960年代生まれ。乙女座、O型。生まれも育ちも札幌です。
身体を動かすことが好きで、テニスを長くしていました。学生の頃は“体育会系”で、スポーツは得意なはずでした…
小学生のとき、体育だけはなぜ?か負けたくなくて、上手くできるまで練習したっけ・・・しかし人間、時が経てば変わるもの。なんだかちょっと寂しい…です。
 
変わると言えば、何故この仕事をしているのか、不思議な縁を思うことがあります。
退職後父から聞いた話。私が小学5年生のときに逝った祖母が 「泰代が私の後を継ぐ」 と言っていたらしいのです。
「えっー、じゃあ、私がこの道に入ることは決まっていたの??!」 しかも、かなり・・・寄り道した後で。

以前、自称(?)「有名な霊視能力をもつ」??というおじさんに私の前世を聞いてみると、
「インドで病人を乗せてリヤカーをひいている」「癒しだ」「水と縁がある、水を使って仕事をする」などととおっしゃっていらっしゃいました。 水も温泉♪も好き!しかし・・・「私が仕事で多用しているのは、水ではなく油ですよ」そう指摘をすると、「似たようなものでしょ、液体!」とのたまわれたのです。うっーーん?

敬愛する祖母は、戦争で祖父を無くした後、小樽でマッサージをして子供4人を育てました。祖母は霊感が強かったらしく、人からよく相談をもちかけられていたようです。 私が受け継いだのは霊感の強さではなくマッサージ業のほうなのですが、何故かサロンには不定愁訴を抱える霊感の強い方が多く訪ねて来られます。  ちなみに霊に敏感で困る・・・という方は、ペパーミントの香りで深呼吸してみてください。(越智恵子さんの書籍によります)

小樽の豊川町にある祖母の家 (木造の小さな借家は数年前に取り壊されてしまいました・・・残念!) では毎月7日(祖父の命日)に祖母を慕う人々が集まり、祖母の身体を介してご先祖の霊の言葉を聴いていました。身体を大きく揺さぶり、いつもとまるで違うドスの利いた声を出す祖母を不思議な気持ちで眺めていました。 まぁ子供の私には、従姉妹・従兄弟たちと遊ぶことと、目の前に繰り広げられるご馳走の数々が当然興味の中心であり・・・そして毎月凝りもせずお腹をこわしてビオフェルミンのお世話になっていました。ちなみに、夏休み前に学校で売られていた肝油とともに、ビオフェルミンは大好きでした。お腹痛いと嘘を言って食べて叱られたし。いやだなー、私って小さい頃から “薬” 漬けじゃない?!

小樽商科大学卒業後、市内百貨店に勤務。徐々に環境問題に興味を持ち始め、それを契機にハーブ・ショップを担当。 そこでハーブやアロマセラピーとの出会いをいただきました。 感謝です。

時々「仕事をやめてアロマの仕事がしたいのですが迷っています」というような相談を受けます。
ちなみに私にハーブとアロマの世界を教えてくださったある先生の名言があります。(笑) 退職してイギリスにアロマセラピーの勉強をしに行きますと報告したところ、
「須田さんは、石橋を叩いて叩いて渡れない人かと思っていたら、ようやく決心が着いたのね・・・」
そう言えば、学生時代にはこんなふうにも言われたことが・・・
「やすは、石橋を叩いて叩いて、叩き割ってしまいそうだな。」 「・・・・・・・・」

そんな用心深い私でも、「飛ぶ」時があるのです。「今だ」と自分の心が了解するのです。その「時」が早いか遅いかなどは較べようもなく、ひとりひとりのその「時」なのだと思います。 慌てずじっくり、自分と対話してみてください。
 最近、まわりの良き友たちと確認し合うことがあります。
「もし後悔するとしても、しないでする後悔よりも、してする後悔のほうが納得できるよね。」ほんとうに、そう思います。

ブライトンの語学学校で1ヶ月半語学留学後、1999年3月、英国中部の田舎町ヒンクリーにあるインターナショナル・シャーリープライス ・アロマセラピー・カレッジに入学しました。モジュール1、2を修め、(ついでに美しい大聖堂のあるヨークや、温泉の町バースを旅行し!)  4月に一時帰国。精油に関するレポート、合計5人以上25回の全身マッサージ、2種類の症状に対するアロマセラピーの適用に関するレポートの宿題を終了。 その間同時に、英国の生理・解剖学の通信講座を終了。 これが大変でした・・・!

2000年1月、再び英国へ。 とりあえずリバプール (私の大好きなまちとなった) のYWCAに居を置き、2月、残りのモジュールを終了するため、 学校のあるヒンクリーへ。 メキシコの友人コニー、心優しい先生マリオン、言葉の壁を一緒に乗り越えた友人みほを始めとする素敵な人たちとの交流は大きな大きな宝物となりました。  コニーとの出会いは大きく、その後メキシコでの貴重な経験を授けてくれました。人生に前向きにチャレンジしていく”みほ”とは何時間話していても飽きない、素敵な関係です。

語学がもともと堪能だったわけでなく、私にとってはハードな予習・復習、講義・実習・・・と連日の緊張の中でモジュール3と4を修め、 1ヶ月後の実技と筆記試験に臨みました。あまりの緊張に、仲間のまだぎこちないアロマセラピーを受けながら涙が止まらなくなったこともあります。試験までの1ヶ月間は、 今までの人生で一番集中して勉強した時期と思います。苦しい中で忍耐力、精神力が鍛えられることを実感し、素晴らしい経験ができました。自信にもつながりました。苦しい中で頑張っている時に、 差し伸べられる他人からの援助のありがたさを感じました。先生や仲間、リバプールで出会った友達、とくにフィオナとカルメン!ありがとう。そして、無事2000年4月、ISPA(現IFPA)アロマセラピストとして 認定を受けることができました。( フレグランス・ジャーナル社の『アロマトピアNo.49』で詳細に紹介させて頂いています )

この後2000年9月にイアン・スミス氏の“精油の化学”の講座を受け、それまでの期間リフレクソロジーやカラーセラピー、ツボ療法などについて 本を漁って勉強しました。精神免疫学とアロマセラピーの関わりについても強く興味をもちました。もちろん、大好きな旅行もしました。 

滞在中、友人フィオナの叔母ニナが癌と診断され、病室でリンパマッサージをひきうけました。放射線治療と抗がん剤で目は虚ろ、食べ物は液状のものだけ、 しかもすぐに戻してしまうのに 脚が丸太のように腫れあがっていました。(腎臓を摘出していました)6人部屋でしたがカーテンを引いて、脚のリンパ・マッサージを行いました。他人の面会を嫌うニナが、私に心を許し、 楽しみにして待っていてくれたことをありがたく思っています。またこの機会を与えてくれた、私を信頼し家族のように包んでくれたフィオナや、フィオナの母アンにも。 ( この時のことは、『アロマトピアNo.48』で紹介して頂いています。) 

両親から始まり、たくさんの出会いと援助のお蔭で、この仕事をしている自分がいます。一生懸命にこの仕事に関わることが、 お世話になった方々への恩返し・・・なのでしょう。

2001年10月末に帰国。2001年6月、屯田の自宅の一室を改装しアロマセラピー・サロン・シナジーを開業しました。シナジーとは相乗効果という意味です。 一人一人の心と体の状態に合わせた、テーラー・メイドのアロマセラピーを行っています。

2001年11月にはメキシコ・シティで開催されたアロマセラピー会議に出席しました。身体の仕事に関わるスペイン人30人弱に、約1時間半にわたるマッサージのクラスをもちました。 素晴らしい出会いと経験でした! に数回掲載していただきました。(この様子については、フレグランス・ジャーナル社の 『アロマトピア』 2003年3月号に掲載されました。)

2003年5月、サロンを地下鉄麻生駅の近くに移転。小さい空間ですが、心と身体の解放、リセットの場、癒しの間を提供できるよう努力してまいります。

2006年2月、さらに引越し☆ より便利に、お部屋も少し広くなりました。 感謝です。 そして2008年、この仕事を始めて8年目に入りました。

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