松本 茂のページ![]() 戻る 松本茂のページトップ 住まいについて、いろいろな立場でかかわっているが、海外に出かける機会も比較的多い。しかし、それらは常に短期の旅行者、視察者としてであって、腰を据えてその地の暮らしに入り込んだ訳ではない。従ってそれらの土地の暮らし、住まいを見つめる眼は、当然日本人の住まいの状況への思いで覆われている。特に米国を訪ねる時には、正に自国との対比で考え続けることになる。このため、旅行の目的が住まいに深くつながっているほど、米国行きの気分は重苦しいものになる。つまり、米国の住まいが発信する情報は、日本人にとって、誠に強力な意味を持っているということであろう。 今日の日本人の多くが、住まいへの思いを把みかねていることについては、様々な要因が考えられるが、ごく普通のアメリカ人が抱いている住まい感を読みとることも、このことを解きほぐす作業の一つになるのではないかと考えている。こういう観点で、アメリカ人にとっての住まいとは何かを考えてみたい。 《重い過去》 ここでいうアメリカ人とはアメリカ合衆国の市民のことで、まったくの新大陸ほぼ350年の歴史(独立の連邦国家として200年強)をつくり上げるという、近世において誠に貴重な経験を持った人々のことである。16世紀から始まった北米への欧州人の進出の中で、英国からの植民がその覇権を握ることに成功したところから問題を追ってみよう。 ![]() 彼らの暮らし方、その思想こそが生存する権利を有するものであり、それ以外を排除し続けることになる.その方法は、僅か100年前のウンディッドニー(北米インディアンの無差別大量殺戮地)に見られるような直接的なものだけでなく、いろいろな行政施策によっても進められる。 ![]() ![]() ![]() 《アメリカンテースト》 ![]() わが国についてはさておき、米国の商品住宅の状況について少し考えてみたい。 住宅の商品化が早い時期から根づいていた米国でも、最も商品化の進んだものが、モービルホームであり、第2次大戦後の復員対策にも乗って普及したが、現在でも低所得者用に販売されている。幅、高さ共に12フィートという制限はあるが、それなりの工夫(2台のホームを接続して24フィート幅にするといった方法)をして、アメリカ的文明の水準を維持している。若年層とリタイヤした老年層にも支えられて、全米的に都市近郊にも農業地区にも広く散在し、やや低水準のアメリカ生活を担っている.ここに見られる姿で、アメリカの住文化を評価することはできないが、大衆的なアメリカンテーストを読み取るためには格好の教材ではある。 住まいを持つことはどの国にあってもそうであろうが、特に米国のような管理社会にあっては自国の文化、体制への惨禍あるいは承認のための証明としての意味が強い。従ってモービルホームの商品性は好ましいアメリカ人のテースト、つまり建国200余年の「伝統」を大切にするコンテンポラリースタイルにある。12フィート幅で8フィートの天井高という、ミニマムなサイズの空間であっても、コンテンポラリーであるためには、あらゆる時代風土から選び出したモチーフによって、室内がケチャップされる。これらをキッチュと呼ぶには、そのたくましさと巧みさは見事なものである。伝統というものを、歴史的な伝承の中で咀嚼しつつ、自らの暮らしに吸収するというプロセスで理解しているわれわれにとっては、驚きであるとともに、ある種の貴重な教訓を与えるものである。 トラクトハウス(団地開発型戸建て住宅)はわが国の建て売り住宅の概念に入るものだが、その規模も質もさまざまである。(10万ドル程度のものから、50万ドルを超えるものまである。)これについては、日本の住宅業界の関心も高く、その情報は相当量持ち込まれているし、その影響も目立つようになってきている。(昨今は不動産資本がカリフォルニア州でホームビルダーを使って大規模な開発さえ行なっている。 トラクトハウスは、米国の時代的な住宅テーストを示す代表的なサンプルであろう。カリフォルニア州オレンジ郡(ロスアンゼルス郡に南接する地域)は太平洋岸を南下する幾本ものハイウェイを利用した住宅地開発が盛んに行なわれているが、そこには住宅づくりにおける新しいアメリカンスピリットを見ることができる。それは、やや荒っぽい言い方をするなら、初期ルネッサンスに見られるようなヒューマンボディーの再生とでもいえるようなものである。もちろんこれは15世紀のことと違い、対宗教の意識ではなく、対テクノロジーといったものである。しかもそれさえ「健康産業」という枠内にとどめられてしまうようなものではあるが、新しいライフスタイルの主流として着実に定着していっている。このような志向を反映した住まいが、デベロッパーの普遍的な手法となった。 ビュー(眺望)が住宅の価値を決定するいうのは、これらのトラクトハウスにも適用される。人工湖に浮かぶヨットを、ピクチャーウィンドのある大きなバスルームの泡風呂(Jacuzzi というブランドの商品が普及し、呼び名化している)につかりながら、眺めて楽しむという情景を売るようになってきている。ボーナスルームをアスレチックジムに仕立てたり、ファミリールームのテラスにアウトドアバスを設けるなどの工夫も珍しくない。これらが快楽としてではなくあくまでも「健康」願望として提供される。室内外のグリーンは今や、インテリアの主役を演じるまでになった。それらのグリーンは、観葉であれ、ハーブであれ、自然とのつきあいの変化をはっきりと示すものとなっている。 《環境の製造》 広大なアメリカ合衆国ではあるが、ヨーロッパの国々のように、居住適性に優れた宅地が都市周辺にあるわけではない。前述のオレンジ郡も、山紫水明の環境があるわけではなく、まったくのデザート地帯なのである。従って、湖沼も森もあるはずはなく、眺めるため、使用するための湖を、水源地よりの長大な給水管の布設により作りだすという作業が計画される。樹木一本として無いということは、夏期の乾燥によるものであるから、極めて大規模な水利計画を待たなければ宅地化できないわけで、森と湖を造りだすためのプロジェクトのたくましさを感じる。居住するための宅地開発というより、居住の装置の製造,居住のための環境の製造といえるものである。 住宅の問題は、合衆国にとっても極めて大きな内政の一つである。Housing and Urvan Development がその任に当たっているが、教書の一節から問題意識に触れてみよう。 『今後の10年にわたって、住宅と都市の問題は、国民の最大関心事となるだけではなく、国をあげてのサバイバル要求に従って、最重要な国民的課題となるだろう。少なくともそれは過去10年の宇宙開発計画に匹敵する重要性を持つことは確実である。我々は、国の重要政策に設定し、年度計画を作成し、財源を政府に求め、良い住宅と街を建設することにより、新しい合衆国を建設しよう。それが、我々とすべての人類に対する義務である。』 人が暮らしていくための社会投資は決して小さなものではない。生活環境整備のために投下される資本が、経済のシステムの中で有効に活用されて、新しい人工環境の誕生に結びついていくというプログラムが成立し得る状況が作られている。このプログラムを支えているものは、環境に対しての支出を承認する、生活者側の意識である。荒れ地に立ち向かって、居住地を拡大してきたフロンティアとしてのアメリカ人の伝統といえよう。 《ホームピープル》 人にとって住まいを必要とすることの意味は、そのポジションによって、さまざまに変る。社会の成熟度とそのテンションの度合いによって、個々の構成員の意識は大きく異なってくる。アメリカ合衆国の背負っている社会的遺産は、当然今日の生活者意識を方向づけているが、その中でも、我々の強い興味をひくのは、住まいについての彼らの思い入れの深さである。どのように住んでいるか、ということは、どのように生きているかということと、かなりパラレルに評価されている。これは、経済的な側面では勿論、思想的なレベルでも確実に判断される。このような風土の中で生きてきた生活者が作り上げる住まいがアメリカンホームである。従って住宅産業側のマーチャンダイジングには、生活提供に関するさまざまなノウハウが要求される。ランドデザイナー、アーキテクト、インテリアデザイナーを緻密に協同させることで、その時代性に応えている。 アメリカの建築が育ってきた過程では、ヨーロッパのそれが、主たる教師であったが、合衆国の卓越した組織力による、ダイナミックでフロンティアな特性をも獲得している。かのフランク・ロイド・ライトが、シカゴという米国では幸運な環境からスタートしたにもかかわらず、長年にわたって受け入れられなかったのは、米国社会の組織思想からの逸脱という致命的な問題をかかえていたからに他ならない。資本主義社会が高度化していく過程での文化現象が、資本の論理に強く支配されるのは当然としても、特に建築のような、産業行為でもあるものは、その産業組織への加入が許される文化現象でなければならない。これは住宅建築という極めて個人的行為のごとく見えるものも、この軛から逃れることはできない。 住まいはその所有が個人にかかるものであっても、共同して承認されている社会体制を支えるものであることが要求される。「住む」(live)ことが「生きる」(live)ことに重なり合っている社会において、共同して生きなければならないとすれば、彼らの住まいの一定部分は共同社会のためのものとなる。「ホームピープル」であることは、これらの施設を有することが条件とされるといっても良いだろう。 わが国でも定着したリビングルームという室名の米国の使われ方はたいへん興味深い。わが国では家族のための団欒の部屋を差しているが、米国での living room はまさに前述した共同社会の一員として、家族以外を受け入れるための施設である。これはアングロサクソン系の住まいでは、parlor という呼び名が用いられていたが、米国では戦後、living room という室名が一般化していった。これは、parlor という外向的性格に家族のためという内向的な部分を強めるという戦後風俗思想のもたらしたものであろうが、現在では住水準の向上もあり、family room が独立して設けられるようになり、living room の外向的性格が強化されてきている。(前述のトラクトハウスの平面図を読んで欲しい)わが国でも、お座敷と茶の間という形式が失われて久しいが、これは、住まいは家族のためという戦後思想が住貧困の中で定着し、外向的配慮の欠落をまねいた。産業社会の諸活動は、事業の場のみに限られ、それを支える勤労者は、彼らの住まいをその活動のために供する必要はないものとされた。そのため、住まいの機能の中で、育児、教育という面のみが強調され、新しい問題をひきおこすこととなる。 米国の社会における住まいの役割が、わが国のそれと大きく異なるのはまさにこの部分である。米国において、兎小屋に住むことは共同社会の正常な構成員としては許されないことなのである。living room は、まさに、家族のためにではなく、社会と付きあっていくための重要な施設なのである。「ホームレスピープル」とならないための条件が、良い living room、dining room をいかに用意するかということにかかってくる。従って、生産活動を離れた(リタイヤした)人々の住まいについては、この部分がかなり変化している。彼らの住まいはよりパーソナルになり、社会からの足かせは弱くなる。 米国社会における住まいの位置は、わが国で考えられているそれに比して、もっとシリアスなニーズに支えられていることがわかる。「ホームレスピープル」の恐怖から逃れるための真剣な努力の蓄積の上に、「ホームピープル」が成立しているのである。 (この原稿は、1984年2月に発行された「インテリアマガジン・ノブ アメリカのインテリア特集」に寄稿したものですが、2008年(24年後!)にロスアンゼルスの老友 Jack の書棚で発見しました。懐かしさのあまりアップしてしまいました。イラストは「インテリアコーディネートの常識(1983年)」掲載のもの) |