松本 茂のページ![]() 戻る 松本茂のページトップ 私のロスアンゼルス夏休み(2007.7.7.)![]() もう一つ、出かける足を引っ張るのが愛犬Jean-Jacques です。15日間の別居は、彼にとっても、それ以上に我々にとっても大問題です。それでも、彼が一番なついているご家族が、例年通り今年も長期ステイを許していただきましたので、大決心でしばしの別れを覚悟した次第です。寄宿先は、長年の友人 Jack Levin 氏宅です。1915年生まれですから、私の大先輩ですが、インテリアデザイナーの国際組織を誕生させたときから、もう25年以上のお付き合いになります。(この夏休み日記、Jack宅で閑にまかせて書いたものを、帰宅後アップしました。2004,2005年もアップしてあります。寄ってみて下さい。) ![]() 成田空港とエコノミークラス 「成田国際空港」という無謀で無思慮なプロジェクトのおかげで、日本人の海外旅行は、とても苦痛を背負わされることになりました。この空港は、住民の権利と国権がぶつかり合い、日本の歴史に残る最大の地域紛争の結果、大きな政治課題を抱え込んでしまいました。いまだに、宿題は解けていません。この開港はたびたび延期され、1968年頃でしたでしょうか、遂に開港予定は、4月とされていたのですが、その直前に管制塔が破壊され、開港は3ヶ月ほど延期されるという「失政」の結果、7月開港になったように記憶しています。そのため、当時の私にとって恒例になっていた7月の「パリテックス」訪問が、成田空港の初利用、しかも開港後一週間ほどでの利用になってしまい、大変不安にさせられました。案の定、空港周辺の厳戒ぶりはただ事ではなく、臨検バリケードが何重にも張り巡らされ、おびただしい機動隊員が、自動小銃を腰だめに抱えて警戒している姿は、なんとも不気味で悲しい「成田空港」から切り離せない思い出となっています。 ![]() エコノミー症候群を、心配しながらの9時間のフライトでしたが、その間に読んだエドワード・ギボンの著作で、5世紀の有名な修道士シメオンの「偉業」に比べれば、贅沢この上ないと、言い聞かせつつ苦痛をしのいでおりました。(偉業のこと、20mほどの高さの大理石円柱の頭部に30年間座り続け、柱上で死を迎えた。) ![]() ハンコックパーク 太平洋を渡る間に、もう一度土曜日を迎え、正午過ぎにロスアンゼルス空港に着陸。搭乗以来10時間ほどの監禁状態から釈放されましたが、娑婆に出るまでにはまだまだ閻魔さまが待ち構えていますので、迎えの車に荷物を積んだのは午後2時近く。でも、カリフォルニアのブルースカイは、気分を一新してくれます。なんと我がJack は、乗りつけていたMercedes を最新型のLexus に買い替えていました。見事な積極人生です。とはいえ、このところ目眩がするようで、迎えはLeo 君でした。彼は40代のフィリッピン青年で、もう5年以上Jack のバトラーをしながら看護師の資格を取っています。 ロスアンゼルス空港は、かなり以前から飽和状態で、新たな立地への移転案が出ていましたが、現在地の利便性は捨て難いのでしょう、毎年改修を重ねて酷使に耐えています。問題のimmigrationのスタッフは50人ほどもいるのでしょうか、大空間の喧噪の中、よく働いています。30分程度で通過できましたので、米国の中ではましな空港です。 ![]() ![]() この日の夕食は、一番近くの路面商店街Larchmont Blvdに出かけました。”California ROLL & Sushi Fish”の看板を掲げたスシバーにしました。韓国人経営です。ロスアンゼルス韓国人の活躍は大したもので、寿司屋さんもたくさんあります。この写真少し解説すると、丸い皿は茄子のしぎ焼き風で、ピーナッツバター味です。長手の皿は、マグロとアボカドの寿司ロールです。どれも丁寧な味付けで、なかなかのものです。 ![]() ウェストハリウッドのサンデーブランチ) Jack のただ一人の姉Charlotto は、二つ違いの誠に可愛らしい女性です。彼女の子供たちは、毎週のサンデーブランチを恒例にしています。Jack も、ほとんど毎回参加していますが、この日は風邪気味で自宅静養。私たちも、Jack宅に居るたびに招かれていますので、今回はLeo の送迎で伺いました。Charlotto は、高校卒業すぐに同級生のRubenと駆け落ち同然にして所帯を構えたようで、若いときにはかなりの貧窮生活だったとか。以来、70年むつまじく過ごしたご主人は6年前に亡くなりました。Rubenは、「進駐軍」の将校として名古屋に駐在し、持ち前の人付き合いの良さで、名古屋駐在中に多くの知人を得たと言います。除隊後も名古屋とは深くつきあい、陶磁器輸入を起業してかなりの成功を収めたようです。そのためか話の中に日本語を混ぜるのがお得意でした。West Hollywoodの高台に眺望絶佳の豪邸を構え、ロスアンゼルス人らしいライフスタイルです。 いま、Jackにとってのファミリーは、Charlottoの子供、孫たちで(ひ孫も2人)、その彼らは、とても良くJackの面倒をみています。末子のSteavenだけがベルリンに住んで、抽象画家としてがんばっていますが、ほかのファミリーは全部ロスアンゼルス在住で、良く家族の集まりを持っています。今回は、Jackが不調でもあったので、次男のLarryが良くつき合ってくれました。 ![]() Larryから、夕食はロスアンゼルス東部にあるメキシカンビレッジのマリアッチレストランに招待するとのこと。ここはかなりの規模のメキシカンコンプレックスです。自国文化を背中に、さほど歓迎されない異国の土地で、精一杯の工夫をして商売をしている人々の姿には、熱いものを感じました。Larryがロスアンゼルスで「イチバン」と推奨したレストランは、マリアッチ好きが集まっているようで、結構なレベルの好き者歌い手が、次々に舞台に上がります。とてもパワフルな「カラオケ」に感服しました。料理は、彼の推奨どおりなかなかの美味でしたが、下げて帰った「ドギーバッグ」はキッチンランチの2回分ありました。 ![]() グローブセンター ハンコックパークからは、さほど遠くないショッピングコンプレックスに出かけました。ロスアンゼルス名物の「ファーマーズマーケット」に隣接して、大規模な商業施設が5年ほど前に出現しました。米国流開発ノウハウを見事に成功させた事例で、とても良い状態を継続しています。ショッピング嫌いの私でも、時にはつき合いましょうかと言える気持ちのいい場所です。ここを半時間ほど歩いてからランチにしました。Morel’sというフレンチスタイルのカフェですが、分厚い1インチほどもあるワインリストがまずテーブルに出てきます。ご丁寧にやはり分厚いチーズリストまであります。スノッブというのでしょうか、当地ではこういうのがうけるようです。お水と一品で済ませましたが、皆さんも似たようなものです。 ![]() ![]() 一人で帰宅して所在なげにJackの書棚などを探っていましたら、日本のインテリア雑誌を発見しました。(”nob”という季刊雑誌ですが、かなり以前に廃刊)この1984年spring号の特集記事が『アメリカのインテリア』で、当時インテリアデザイナーの国際組織を作ろうと協同していたJackたちロスアンゼルスのデザイナーに取材紹介をしたことを思い出しました。このころは、結構一生懸命に日本のインテリア職能の確立などを唱えて、いろんなことをやっていました。ページをめくって、もっとびっくりは、『ホームピープル――アメリカ人と住まい』と題する私の一文がありました。1982年に米国のカレッジで使用されているインテリアデザインの教科書を翻訳出版していましたので、私にお鉢が廻ってきたのでしょう。この一文を今読んでみると、その頃(47歳)の初々しいまでの「住まいこそ命」という思い入れが伝わってきて(今でもそう思い続けていますが)しばし感傷に浸りました。 ![]() Jackを残して外食しなくていいようにと、Leoが調理を申し出ました。アボカドサラダとミートローフをあっという間に作り上げた腕前には感心しました。Leoは大変聡明で働き者です。数年後には彼自身のフィールドを確立すると思っています。彼もいっしょに4人でのキッチンディナーは、とても穏やかで豊かな時間が過ぎて、NapaのChardonnayとMerlotが空いてしまいました。 ![]() ケータリングディナー 今夜は「出前夕食」です。ロスアンゼルスでは多くのレストランがケータリングサービスをしています。小さなオーダーでも気持ちよく受けてくれます(ミニマムは15〜30ドル)。今夜は、最も近くの商店街のLarchmont Blvd.にあるタイ料理Chan Daraに頼みました。ここはなかなかの人気店で、これまでにもたびたび夕食をしています。Tom Yum GoongとCrispy Mango Chickenなどを注文しましたが、30分もしないうちに届きました。このような人手のかかるサービスが行き届くようになったのも、移民労働力のおかげでしょうが、TVではBushの新たな移民政策が論議されていました。快適なアメリカンウェイオブライフの矛盾を感じつつ、アメリカ風タイ料理を楽しみました。(Chan Daraとは蝶々のこと) ![]() レトルトの餃子 今夜は、Leoの訪問が遅い時間になるのでパスタディナーにするとのこと。それではと、アフタヌーンティーもどきにレトルトの餃子を賞味。これがなかなかの美味。アメリカの異文化吸収には感嘆です。Leoのパスタは、シュリンプ添えのタリャッテレ。二度目の夕食にしては結構ワインも進みました。 このキッチンで、かなり長い時間を過ごします。Jackがここにいない時は、彼の仕事場です。メールチェック、請求書の処理、FAXの送受信など結構忙しそうです。キッチンでのTVウォッチ、私のためにCNNをつけてくれます。当方も祖国のことが気になりますが、30日間収監されていたParis Hiltonが釈放される、その彼女がCNNのLarry Kingに体験を話すという「特ダネ」が連日話題を独占していました。もちろん、イラクや大統領選挙などにも時間が割かれます。日本関連の話題は、ハンバーグ早食い競争の日本人チャンピオンが、7連覇を逸したというニュースくらいでした。久間防衛大臣の「原爆正当化発言」も1回だけ見ました。見識ある良い大臣の評価でした。 ![]() The Getty Villa 今日は初めての遠出です。私たちの最大のお気に入りとして、Jackはいつも予約を入れてくれます。今回はJackが出かけられないので、LarryとDonnaが付き合ってくれました。ロスアンゼルス北部、Malibuの入り口の渓谷状の広大な敷地にあります。 J. Paul Getty氏(1892〜1976)がこの用地を入手したのは、大戦終結の頃1945年です。その頃からこのMalibuは、アメリカンドリームの成功者たちの別荘地になっていました。テキサス育ちの彼も、ご多分に漏れず石油軍需のただ中で、大稼ぎをしたようです。Malibuには、広壮なランチハウス(牧場小屋)を造り上げ、1954年には隣接の棟に”Getty Museum”を設け、自らのコレクションを公開するまでになりました。 ![]() ![]() 1976年7月、J.P.ゲッティー氏の美術財団に対する巨額の遺贈($1.3billion)をもとに構想された新施設The Getty Centerは、1983年に計画決定され、サンタモニカマウンテンの頂きに1989年に着工97年に開館しました。すばらしい施設です(詳しくは私のweb siteで)。一方Villaは、このセンター開館の半年前に閉館となり、大規模で徹底した再構成作業に入り、2003年2月に再開館しました。6年間ほどの期間でしたが、この事業の高水準、高密度はほんとうに見事なものです。国家の文化事業では果たせないピープルの文化高揚への貢献には、敬意を覚えます。 美術館訪問時だけは、wheelchair を使わせてもらいますが、とても気持ちよく巡回することが出来ました。古代Villaのレプリカですから、床段差は多いのですが、様々な工夫で美しく何気なくバリアフリーにしてあります。いくつかの斜路は介護者に負担を掛けましたが、特別な介助が必要なところは全くありませんでした。 ![]() Villaの帰路、Larryのお得意さんでしょうか、Lily Kashahnさんのお城を訪問しました。Lilyさんの父君は革命前のイランの石油大臣だったそうで、亡命後にこのマリブにお城を構えたのでしょう。国道1号線から丘の頂上に彼女のお城がはっきり見えます。砦の構えです。革命軍を迎撃する構えでしょうか。何とも言いにくい彼女のお城でしたが、彼女自身はロスアンゼルス社交界では人気者なのでしょう。有名人の写真がいたるところにありました。これも、アメリカの一断面です。 ![]() i-Phone このところのTVで、電話革命とかで大騒ぎをしていたi-Phoneは、ちょっとしたお祭りです。再訪したGlove Centerにあるアップルストア前は、数百人の若者の長蛇のラインで、仰天しました。今晩6時からの販売ですが、前日からのラインだそうです。AT&Tのネットを使っています。試して見ましたが、なかなか賢い電話コンピューターです。私たちの「美しい国」では何年後に使えるのでしょうか。 ![]() 7月1日(日) 2度目のサンデーブランチ 再度のCharlotto宅のブランチです。これまでも訪問のたびに付き合ってきましたが、2度目もというのは初めてでした。Charlottoは、来週も来てねと、何度も言っていました。94歳です。ブランチのメニューは、スモークのサーモンと鱈が山ほど、それにもちろんベーグル、新鮮な野菜、果物です。果物は、カリフォルニア特産でしょうが、実に豊富で低価格です。 ![]() アメリカの住宅の価値評価で、最大のものがviewです。このWest Hollywoodの住宅は、LAのダウンタウンからビバリーヒル、サンタモニカまで一望できます。たいへん高価なものです。Charlottoの住まいは、夫君現役中は、自動車コレクションのための大規模なガレージがありましたが、このサイトは処分されて、いまは立派な住宅が建っています。 ![]() JackのHancock Parkは、とても美しい住宅地ですので、朝夕のお散歩は実に快適です。私自身は脚の不調でほんのわずかしか付き合えませんが、彼は3−4ブロックほどは歩くようです。スタンダードプードルのPearl嬢は、ノーリードです。気性が優しく賢い彼女は彼にとってのまさに伴侶です。 ![]() 彼女は2代目で、先代はかなりやんちゃな男の子で、リスを追いかけて飛び出したところで事故にあってしまい、Jackも酷いペットロスになってしまいました。姪のDianneが素早く2代目を世話してことなきを得たようです。 Pearlは、我が家のトイプードルJeanに比べると、5、6倍の大きさですが、仕草は全く同じで、滞在中の良き伴侶でした。 ![]() お庭で夕食 今日の夕食は真起子のサラダメインのヘルシーディナーでした。お昼過ぎにWhole Foodsというオーガニックのスーパーマーケットで、有機野菜などを仕入れてきました。Jackの体調はあまり芳しくなく、我々も胃袋を休めようと、菜食にしました。このマーケットは10年ほど前から、各地で店舗展開していますが、なかなかきれいなお店です。 ![]() 独立記念日 今日は、国家祝祭日です。1776年7月4日13の植民地による大陸会議(the Continental Congress)によって採択された独立宣言。アメリカ合衆国の誕生日とされて盛大に祝われます。 Larryが、夕食と花火大会につれてってくれるということで、まずカルバーシティーのキューバレストランで夕食でした。メキシカンはたびたびいただいていますが、キューバ料理な初めて。ヴェルサイユという名前が面白い.料理はとても良いものでした。ロスアンゼルス人はエスニックなものが大好きですね。 ![]() この国家祝祭日では、いたるところでさまざまな花火大会が催されます。今日は、LA近郊のカルバーシティー高校のグランドで開かれる、See's Candiesスポンサーの市制施行42周年記念の花火大会に行きました。Culver CityはLAの西にあるすてきな町で、MGMのスタディオをソニーが買収した巨大な撮影などのファクトリーがあります。 花火の数は3,000発くらいでしょうか。音楽にシンクロした打ち上げはとても楽しいものでした。 ![]() このプログラムによりますと、たくさんの地元企業、個人の寄付が掲載されていましたが、ソニーのはありませんでした。 酒匂川花火で、かぶり付きでの迫力には慣れていましたが、高校グランドでの、頭の真上に撃ち上がる大輪の花火もなかなかの迫力でした。お偉いさんのご挨拶やらスポンサー企業名の紹介やら、変なアナウンスは一切ありません。 音楽と花火の両方を楽しむようにアレンジされていました。 ![]() ビバリーセンター 今日が夏休み最後の日です。LAらしいショッピングコンプレックスの一つ、Beverly Centerに出かけました。巨大な床面積を持つビルの2-5階は駐車場、1階の一部と6-8階が売り場です。二つの百貨店と150の店舗が大きなアトリウムを囲むように配置されています。8階にはフードコートもあります。 ものを買うことより、買うことを楽しむという顧客ニーズによって出来ていることが、この町の商業集積施設のいたるところで感じられます。購買目的の施設は、Costcoのような形態になるのでしょう。 ![]() ビバリーセンターの帰路、食品スーパーTrader Joe'sで食料品を買い込みました。今晩のディナー用のサーモンも買いました。このスーパーは、地味な店ですが品揃えが豊富で大成功しています。ワインも良いものがあります。重くなりますので少しだけ買いました。ディナー用にシャクヤクとトルコキキョウも買いました。 このスーパーは、食品に特化した実用的なスーパーですが、幅広い支持を受けて成長しているようです。consumer taxのこと。消費税はこの町では8.25%です。食品にはかかりません。お菓子などもかかりません。酒類やお惣菜などにはかかります。 ![]() とうとう最後の夕食になりました。消化の良いものと、サーモングリルにしました。NapaのChaldonnayを開けて、ガーデンディナーにしました。夕刻8時ころでしたが、明るく、涼しく、気持ちのよい時間を過ごせました。LAのカフェやレストランは、必ず"outside? inside?"と尋ねられます。outsideからテーブルが埋まります。日本のレストランも最近では、テラスを設けて、屋外で食事できるところも出てきました。もっと一般的になって欲しいですね。outsideの飲食はとても楽しいですよ。 ![]() ロスアンゼルス国際空港 2週間の休暇は終わりです。朝食のあと、しくはくパッキングを済ませ、Jackが呼んでくれたリムジンでLAXに向かって出発しました。LAXは都心部から30分ほどで到着しますが、一日2千機も離着陸する大空港です。今年の2月から、15億ドルほどの予算で大改修が実施されています。相変わらずラッシュですが、それなりにスムーズに流れています。歩行距離が大きいので車いすをお願いしました。チェックインもセキュリティーチェックもボーディングも優先でした。でも、機内は見事に満員。エコノミー席の悲哀を11時間ゆっくり堪能させてもらいました。 ![]() 小田原駅西口に到着 用意していただいた車いすで、入国審査、通関も終え、ご贔屓のリムジンカウンターまで送っていただいたのが午後6時半ころ。直行バスは。減便で5時25分の次は8時5分発これしかない。でも、出発フロアに戻ってゆっくり夕食をしてバスに乗車。やはり直行バスは苦労知らずです。10時半には小田原駅西口着。Jean-Jacques君もお迎え車で大歓迎でしたが、少し怒っていたようでもありました。 つたない雑記にお付き合いいただきありがとうございました。 |