このホームページを作ったのは・・・
『学事出版「学校事務誌」の「事務職アンケート」の集計結果を読んで,座談会をする。メンバーは顔をあわせないまま電子メールでやり取りする。そういう企画で,原稿を作らないか?』この話を平成13年の春にいただきました。 平成13年8月号と9月号に「横浜の事務職員が変革の風に挑む?/電子メール座談会」として学校事務誌に掲載されたのが,それです。この時のメンバーは4人。ワードや一太郎で作った文書をメールに添付して,各々がやり取りしながら,司会役の私があたかも,みんな揃って座談会をしているようにまとめるというやり方で,原稿を作り上げました。ちょっと書いたものを4人に送ると4通りの返事がきて,それを直してまた送るという作業が,ひと苦労でした。そして、掲載後,「せっかく,電子メール使っているのに横浜のメンバーだけじゃもったいない。」という評価もいただきました。
『事務職員が井戸端会議している雰囲気,「電子メールで井戸端会議」ということで,平成14年の4月から,1年間連載はどう?』平成13年の冬に,話が膨らんで,『電子メールで井戸端会議』という企画を頂き,またまた,あの原稿のやり取りをするのかと少し気が重くなったのでした。他方,プライベートで会員だったニフティの中に,ホームページや掲示板・チャットルームを作るサービスがあって,ちょうどそれを使ってみたいと思っていたところでもあり,複数のメンバーのコメントのやり取りは,掲示板がやっぱり便利だろうと8月号・9月号を作る時に思っていたところなので,こうしてホームページや掲示板を立ち上げてみようと思ったところです。それにしても、「電子メールで井戸端会議」という与えられたタイトルが,あんまりかっこよくないな,もっと,おしゃれなネーミングにして,プライベートのアカウントだから,ちょっとは,自分も楽しんじゃおうかな,な〜んて思って,『チャットルーム「ドルフィン」へようこそ』というタイトルにさせていただきました。このホームページの掲示板を使って,皆さんと楽しみながら,原稿を作りあげていきたいと思っています。 


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 学生時代の思い出の場所

「ドルフィン」は,横浜の根岸に実在するレストランの名前です。近くには米軍住宅もあり,レストランの前の坂道を登りきると米軍のFire Stationがあり,赤い消防自動車が目に入ります。
 私が好きなユーミンの「海を見ていた午後」という曲の歌詞に「あなたを思い出す この店に来るたび/坂をのぼって きょうも ひとり来てしまった/山手のドルフィンは 静かなレストラン/晴れた午後には 遠く三浦岬も見える/ソーダ水の中を 貨物船がとおる/小さなアワも 恋のように 消えていった」と取り上げられてもいます。
 私にとっては,時が経つのを忘れるほど夢中になって,仲間(彼女?!)と語り合った青春時代を思い起こさせる場所でもあります。
そして、今度は,ここで仕事の話題で,夢中になってやってみたいなという思いを込めてもいます。(2002年2月16日)



 本当のお店の店構えはこんな感じです



 2000年9月全事研広報部理事をすることになりました

2000年9月、全事研理事になって、初めて会議に出席した時に横浜の役員に出した「FOOTPRINT]というレポートです。

FOOTPRINT NO 1 00.09.18.              谷本小 浅井 孝夫

 浅井・全事研デビュー
 今年の8月から来年の8月まで全事研の広報部理事を仰せつかりました。
 9月14日(木)、文京区民センターで、新旧理事会というのがあり、ちょっと緊張しながら、初めて出席してきました。
 学校を12時ちょうどに出て、会場に着いたのが1時20分。はじめて行く場所なので、目をきょろきょろさせながら、文京区民センターを捜し、たどり着くと横浜の役員もいて、ひと安心。
 会議は、1時40分に始まりました。そこで、まず、目を丸くしたのはその配付資料の多さでした。 A4、B5取り混ぜて2センチ以上にもなる量の資料を冒頭にどっさりと配布されて、会長が全事研運営の基本方針(案)を説明し始めると50数名の理事が手元の資料を捜し始めます。このとき、私のまわりに座っていた広報部の理事たちも、手元の資料を手繰っていたのですが、なかなか見つからないようで、私も大量の資料の中のどれに基づいてしゃべっているのか見当もつかず、途方に暮れていました。まわりを見渡すとずーと資料を捜している人もいて???と思って話を聞いていました。(結局、その資料だけ、私を含め私の周りの理事たちの資料から欠落していて、後でコピーが配られました。)
 この日の理事会の次第を見ると報告事項が大きな項目で6点、協議事項が8点、盛岡大会のお礼の挨拶に始まり、「第7次定数改善計画」、「校務分掌の現状と課題に関する意見聴取について」など矢継ぎ早に報告がなされ、途中10分ほどの休息をはさみ、会場引き渡し時刻の5時近くまで、みっちり次々と各部や担当者から発言がありました。
ここで、もうちょっと会議の内容について報告したいのですが、今回はその能力が私にまだ備わってないようなので、ご容赦ください。次回から少しずつそうしたことが書ければいいなと思っています。

 FOOTPRINT創刊
事務職員として仕事を始めて12年目になりました。日々の仕事に追われながら考えたことを何かの形にまとめておきたいと、ここ一、二年思い続けていました。なかなかきっかけが無くて、始められなかったのですが全事研で「広報」の理事になったことだし、「広報」であるなら、ちょっとぐらい書き物ができないとかっこつかないな、などと勝手に思いこんで、こんなものを書き始めました。
 主に全事研でのできごとを中心に、不定期に、これが最初で最後かもしれず、公私、織り交ぜなら、発行していきたいと思っています。
平成12年度の横浜からでている全事研役員と平成12年度の市の研究協議会の役員の方に送付しています。ご指導・ご教示をいただければ幸いです。
 (2000年9月に書いたものを2004年9月にUPしました。)


 見えにくい学校事務の仕事

 2004年度は、国庫負担問題や政令市給与負担問題など避けて通れない問題が、ありました。
 ある議員さんから、「学校事務職員が、国庫負担でなければならない理由をわかりやすく表現すること、目に見えるような形にすること」を求められているそうです。
 しかし、もともと学校事務の仕事は、総務・庶務的なこと。まず、「目に見える」という目立ったものではありません。例えば、警察・学校・病院・裁判所・国会と聞いたら、警官・教師・医者・裁判官・国会議員という人が、まず、頭に浮かびますが、その組織や職業の人を支える仕事をしている人が、その組織の中に「同じ釜の飯を食べて」組織の目標に向かって動いているというのは、少し想像を膨らませていただければわかることだと思うのです。
 ただ、学校現場では、少数ゆえに、目立たない職種です。しかし、全国では約4万4千人。
 教育現場の「兵站」を預かる学校事務職員が、小中学校など日本の子どもたちの教育改革の実質を左右していると言っても過言ではない存在のはずだろうと思うのです。  (2004年4月〜12月 トップページに掲載したコメント)


 平成16年12月トップページのトピックス

息子の小学校のPTA会長を平成15年度からやっています。平成16年度も会長を引き受けていました。

 4月、教委事務局勤務ということになりました。9ヶ月経ち、今年を終えようとしています。


 小豆島へ行った方から、「二十四の瞳」のロケで使ったという教室の写真を送ってもらいました。

 ドボルザークの「家路」。この曲を聴くと放課後、教室や夕日の射す校庭から、「まだまだ、遊び足りず。」と思いながらも促されるように学校をあとにした少年の日のことをふと思い出します。


 このHPは、全事研・横浜の学校事務職員・息子の通う小学校のPTA役員など私を取り巻く方たちが、書き込みをしています。

 様々なご意見・ご感想をいただければ、幸いです。(平成16年12月26日)



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