ナンシー関が、6月12日に心筋梗塞で突然なくなった。39歳であった。亡くなってすぐに、よく行く本屋の店頭にナンシー関のコーナが設けられた。物書きが亡くなるといつものことだけれど、出版業界は商魂たくましい。この露骨なたくましさは、どちらかというと好ましい部類のものだ。本が売れれば、残された者も本屋も、それこそ亡くなった本人にとっても悪いことではない。本は数日のうちに売り切れてしまった。
生前のナンシー関に抱いていたイメージは、消しゴム版画という「トボケた」ものを作る舌鋒鋭いコラムニストというもの。どこかに、身長150センチ、体重90キロと書いてあった。体格指数を計算すると40になる。理想は22、25以上は肥満、40は病気だ。いつ不幸なことが起こっても不思議ではない状態だったのだろう。
「週刊朝日の小耳にはさもう」、「週刊文春のテレビ消灯時間」のファンだった。テレビとビデオを駆使し、テレビ番組と出演者を定点観測し続けた。その観察力と表現力は他の追従を許さない。達人と呼ばれるに相応しい。タイトルの的確さ、切り口の鋭い文章に、つい頷いてしまう。「そうそう、その通り」「なるほどそうくるか」「そっちから迫るか」などと感心しながら読んでしまう。「べらんめえ調」(古いか)の話し言葉の挿入も良い。「遊ぶんだったら、身銭切れよ」てな具合だ。ナンシー関の本には、計算し尽くされた数々の仕掛けが「地雷のように埋まっている」のだ。
消しゴム版画のほうは、独特のあやしさがある。なかには「だれだ、これ?」というのもあるが。そのあやしさが、文章のキレとあいまって、独特の世界ができあがる。
とにかく逸材が亡くなった。最近、髪の長い太い縁のめがねをかけた丸顔の太った女性の見ると、「きっと才能があるんだろうなー」と思ってしまう。
とりあえずキレの良い毒舌を頷きながら味わっておこう。