2005/1/10 更新
あなたはこの部屋の人目のお客様です(2005年1月9日以降)
自分のホームページをayuサイト化すると宣言したのが、新アルバム
"MY STORY" 発売日前日の2004/12/14だったくせに、いつまでたってもページを”MY STORY"についての記事は書かない、これはどうしたことか不審に思っていた方もあったと思います。
「雑記帳」の方では、「じっくり聴き込んでから」とか言い訳していましたが。
正直に告白いたします。
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ともかく、今の私は「億劫症」との闘いなのであります。
何かにすーっととりかかれない。
でも、「鬱」とは「何か」違う。
何か、半端な気持ちで聴きはじめるのが「怖い」という心理状態に陥っておりました。
これには、状況的にいろんな原因や、
「ayu看板のHPを『自前で』はじめてしまったことへのプレッシャー」
もあるのですが、
結局、私の性格である、
「一度始めてしまい、興味を持ったら、自分自身の中の『何か』が納得するまで、その『何か』に奴隷のようにこき使われる」
「憑依」状態、あるいは「熱中症」に陥ることへの恐怖としかいいようがないものにはまり込んでいたのであります。
一度「それ」にはまり込んでしまえば、これほど「甘美な麻薬的充実感」はないんですけどね。
ともかく、新アルバムを聴くことから「逃げ回っていた」というのが本音なのです(^^;)。
この辺、かなり屈折しまくったファン心理というか、わかる人にしかわからないかもしれない(^^;)
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そうこうしているうちに、ayuを高音質で「全曲」持ち歩けるiPODは届いてしまう。
かといって、HPの他のコンテンツを先に進める気にもならない。
しかし、さすがにこの3連休(2005/1/8-10)が終わったら、いつ産業医との面接が確定して、長い療養休暇が終わってしまい、いざとなれば睡眠時間も無視して「のめりこむ」機会すら奪われるのではないか?
私はついに「窮地に追い込まれて」しまったのであります。
追い詰められた私は、フォーカシングするしかなくなりました(^^;)。
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「あれ? そんなに嫌な感じや、追い詰められた感じ、
あるいは『億劫な』感じじゃないじゃん」
これが寝所で布団に入った(眠たいかどうかと全く関係なく、これが私の一人フォーカシングの標準態勢になってしまった)直後、身体の感じ全体に注意を向けてみての最初の実感。
その感じに浸るうちに、ひとつのイメージが浮かぶ。
私は、それこそ、タイタニック号のような超大きな船の舳先にいるのでした。
あの映画の、主人公二人の「有名なシーン」の場所ですね。
(あのシーンに限らず、あの場所は物語の中で常に鍵を握る場所として「3回」使われているわけです。ある意味では、「生と死の境界線」という含蓄がこめられていることは、ご覧になった方はお分かりのはず)。
ただし、私は、白い制服を着た船長の姿をしています。
そして、舳先の安全柵か何かに片足をかけて、パイプを片手に持ち、その片足で支え、前を見据えている。
(よそではやりませんが、うちにはちゃんとパイプがあります。滅多に最近ではそれでは吸いませんが)。
私の顔は三船敏郎……という、「絵に描いたような光景」(^^;)
視界の三方は、地平線まで海。前も、右も、左も。
天気晴朗なれど波低し。
下を見下ろせば、その大海原を、船の舳先はかきわけかきわけ進んでいるわけですね。
思わず、
「どの方向にでも進める」
という言葉が浮かびます。
この言葉で取り合えず、自分の身体の実感としてぴったり。
もう少し感じていくと、
船長という、私の判断ひとつで、この「巨大な船」は、どちらにも進めるのだ
という思いが生じました。
それは、
ある、
「開け渡る『自由さ』」
の感覚でもあると同時に、
「私しだいで」この巨大な船の針路を決められることへの、プレッシャーでもある。
その2つの側面が「ひとつの感じ」の中にブレンドされているのがわかりました。
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いつもなら、ここで、
それぞれの感じに「わかったよ」と言ってあげる
という、splitさせたacknowledingの自己教示に進みそうなものですが、
その時は、そうする間もなく、
私はひとつの「いい感じ」の方向にすーっと吸い込まれてしまいました。
「海をかき分けかき分け前に進む」感覚が引き金になったのはわかっていますが。
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そこはパリでした。
下町の薄汚れたアパートの一室。
目の前には、ひとりの、スリップひとつの女性(念のため言います、ayuではありません!!)が、
ベッドの上で、股間を広げ、更に片手で局部を押し広げています。
「どうしたの? 私が欲しくないの?」
私の中の「船の舳先」が「海」を「かき分けかき分け前に進む」感覚の延長線上にあったのが、この感覚なのです。
私は、多少の欲情を覚えはしましたが、
私の身体全体の感じに、
「この娼婦と寝たいのか?」
と問いかけます。
身体の応えは
でした。
イメージの世界ですから、何をやってもいいはずなんですがね(^^)
実際、私は、イメージの中で、ベッドで同衾している女性にリスナーになってもらってるつもりでフォーカシングすることなんて、よくありますし(^^;)
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「どうしたの、早くしてよ!!」
と娼婦はせっつきます。
私の口をついて出たのは、
「お金は払うから。この時間を僕に自由に使わせてよ」
「変な人ね。でも、ただぼーっとつっ立ってるだけなら、早く帰ってよ」
「どうしてさ?」
「あのねえ、私にも私の都合ってものがあるの。
私は何も淫乱で、するのが大好きだからこんな仕事してるんじゃないわけ。
好きで股おっぴろげてるんじゃないの!!
早く男をおっ立たせて、
早くその気にさせて、
早くイってもらって、
その分多くの男と寝ないと、
稼ぎにならないのよ!!」
(そりゃそうだな。医者も、開業カウンセラーも、回転率上げられなきゃ商売にならないかも……と苦笑しつつ)
「なるほどね。
でも、ここは、『自由な、何をしてもいい空間』だと思う」
「ど、どういうことよ!……私は、アナルや縛りはこめんだからね」
「だってさあ、君だって、シャンゼリゼの通りのど真ん中で、スリップ一枚で股おっぴろげで指で押し広げたら、警察どころか、病院行きかもしれないよ」
「…………ホント、変なこと言う人ね」
「僕は、そういう意味で、この空間の『自由な』空気を味わえてるだけで、今はいいと感じてる。君のそういう姿、君のキツい香水の匂い、すすけた部屋の壁の色、すべてを呼吸して味わえれば。
『何をしてもいい』という、この空気を」
しばらくの沈黙の後、
私は、お金を置くと、
彼女に、ほんの軽く肩を引き寄せて、礼を言って、
その場を離れます。
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なぜパリの安アパートの娼婦の部屋が出てきたのかはわかっていました。
私の大好きなアニメ映画、『時の異邦人(エトランゼ)』で、ヒロイン、レミー島田のパリでの少女時代が登場します。
(この作品についてはこっちで書いたことも参照)
レミーの母についての唯一の記憶、それは、客を取っている真っ最中の母親の部屋に入ってしまった時のもの。
レミーの肩に手をかける男の客に
「その子は売り物じゃないんだよ!!」
と母は割って入ります。
レミーの父親が誰なのか、それもはっきりしないのかもしれない。
レミーの次の記憶は、母が墓場に運ばれていく光景でした。
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気がつくと、私は夕方の甲板にいました。
丸いテーブルの向こうの席では、比較的短髪のayuが、赤いドレスを身にまとい、ワイングラスを手にして、それこそ"voyage"を口ずさんでいます。
(原則として肖像権を犯さないつもりですが、この部分の私のイメージの中での赤いドレスと髪形が、"ARENA TOUR 2003-4 A"でayuが"memorial address"を歌ったときのものであることははっきりしているので、皆さんにもはっきりイメージしていただくために、敢えてその基準を破ります)。このツアーについての私の感想はこちら。
![]()
> 僕たちは 幸せになるため
> この旅路を行くんだ
> ともに行こう 飽きるほどに
その「我が内なるayu」との数分ぐらいの「対話」を全部公開するのはあまりにもったいないので、やめにしておきますが(^^;)、
一部だけ公開すると、"ourselves"の歌詞の話題になり、
> 辿り着きたい場所なんて
> 選択肢は多すぎて
> 見当もつかないけれど
という部分、今なら私の心境としてよくわかる、とayuに伝えた部分があります。
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別れる際に、ayuはいいました。
「私たちはひとりひとり別々だし、孤独なんだろうと思う。
でも、みんな、一緒にいるんだと思う」
それは、先ほど紹介した、『時の異邦人)』 での、あるシーンでの、少女レミーと「ある人たち」とのやりとりを、
言葉は違うけど、彷彿とさせました。
「"adieu !"……でもないよな、誰かさんよ」
「ああ、そうさ!」
「誰?」
「誰って、まだ会ったこともなければ、これから先、会えるかどうかもわからぬ」
「ともかく、『仲間』さ!」
「『仲間』って、私に友だちなんかはいないわ」
「友だちじゃないさ。みんなひとりぼっち。だから『仲間』さ」
「みんな、ひとりなの?」
(中略)
「皆住む場所は違うが、皆ひとりなのだ」
「でもいつか出会えるかもしれないと思ってね」
「みんな会ったことも、これから出会えるかどうかもわかんないけどな」
「私にも会えるかしら?」
「わからぬが、今は会っておろう?」
「うん。誰かさんたち、しばらく、遊んでくれる?」
「そのために来たんだぜ、俺たち」
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そして、ayuの"connected"の歌詞も思い出しました。
> そう僕達はあらゆる全ての場所で繋がってるから
> この言葉について考える君とだってもうすでに
「頭では」わかっていたつもりだった、この歌詞の含蓄が、改めて、ほんとうに実感を伴って、「わかった」ような気がしました。
ちょっと、私を包んでいた空気が、「人の気配のある」、ある暖かみを持つような。
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そして、アルバム
"MY STORY" を、やっと、聴いたのでした。
やっと、私の中の時計の針が、前に進みそうです。
(実は、これまでいつも店においてある一番安い時計しか買わなかったこの私が、柄にもなく、ピエール・ギオネの腕時計なんぞを自分にプレゼントしたばかりだったりします)
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さて、アルバムの感想ですが、前述の"ARENA TOUR 2003-4 A"の最終日のSEでayuが語った「人間くさくいたい」そのままに、特に前半、これでもかこれでもかというくらいに赤裸々に自分自身と対話し続けるayuの姿にまずは注意がいきました。
あえて言うと、前のアルバムまではまだ残っていた、「聴衆の救い手、導き手」としての、やや格好つけた(というか、聴衆の期待に応えた)ポーズが皆無となり、あえて言えば、
「実は不器用な生き方しか来ていないこんな程度の私だけど、
私は自分の生き方に後悔してはいないし、
これからも、こんな調子で、みんなと共に歩いていくからね」
と訴えてる気がしました。
そして、”about You"で、
> 私が失った憧れのものを
> あなたは持ってる
> それが眩しい
と歌い、
最後の"Hamming 7/4"で、
> 僕が憧れているのは
> ごくありふれた景色なんだ
と歌うのを聴く時、
ayuは、
無名な、私たち一人ひとりと同じ視線に立てること
を、心から望んでいるのだとも感じました。
なぜか、アルバムジャケットの写真集が、これまでのアルバムで一番好きです。前回の"memorial address"の写真が、不思議なくらいに表情を殺していたのとは正反対。すごく自然体なものを感じます
以上、まだアルバムを1回通して聴いた時点での、取り合えずの感想です。
DVDもまだです(^^;)
しばらく、増補改定を繰り返すでしょうから、時々見に来て下さい(^^)
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あと、とりあえず最後に。
今回のようなスタイルで、このコンテンツを仕上げることに、ある段階まで、かなりの迷いがありました。
しかし、それを「決行」させた最後の一押しは、
今回のアルバムの、
"Liar"という曲の
> 普遍的なものが一番 なんて幻想.
> 単純すぎて浅はかなだけ
というayuの言葉でした。
私は、どこまでも「パーソナルな」自分の身体を「濾過(ろか)した」言葉でしか、今後も、ayuについては語るまい……と。
(日本フォーカシング協会、メーリングリスト"focusing-net"
5737書き込み[2005/1/8]を、大幅に加筆のうえ転載)
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私のフォーカシング 〜こういちろうのひとりフォーカシング日記〜 INDEX
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