
←なぜこの右側のリンクを張ったか、2005/9/12 改訂版
これは新幹線を待つ駅のホームでわずか20分で立ったままやったひとりフォーカシングなんですが。
ほんとうはもう動きたくもない。すべてを投げ出したいくらいに身体が重い。
カナダから帰ったあと、引き続いて開業準備で、電話の開通やら家具の搬入やらの度ごとに大船の新オフィスに出向くしかない、そのあわただしさに心身の余裕が枯渇していたのだと思います。
でも、仕事上の約束の出張であるから、無理してもともかく移動の旅程は進めるしかない。
ともかく、私はどうにもわけがわからないくらいの落ち込みと共に駅のホームの行列の、よりによって一番前に並んでました(ヤバいセッティングだな〜)。
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こういう立ったままの条件下、残り20分、こんな過酷な条件下で、「この」並外れた抑うつをひっくり返せるような一人フォーカシングは果たして可能か?
そういう思いがかすめます。
こうなると、もはや私の「業」というしかないですね。
突然、この「限界状況」でのスリリングなフォーカシングにチャレンジしたい、という意思が動き出すのです。
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胸のあたりに、ひたすらどす黒い、ただひたすら沈降しようとするエネルギーかある。
わかったよ、とacknowledging。
一緒にいられるか?
一緒に「落ちていって」しまいそうではないか!!
そんならこいつはやばいな。
こういう時は敢えて一足飛びに次の教示が結構効くもんな。
「その『どす黒い、ひたすら沈降しようもの』の、『更に真下の層(beneath)』に、何か感じられるとすれば、それは何だろう」
落ちていってしまう「奈落の果て」より、実は更に下の「別の層」がある、と仮定してかかるのです。
(念のためにいいますが、この域の教示は、フォーカサーとして「自分のために」やってみて、効果ありの場合がかなりの頻度であるという自分自身の経験がない人が、他人に、しかも不用意に提案するのはたいへん危険だと思います!!! リスナー側の非言語的な「確信」のようなもののあるなしを、フォーカサーは何となく感受してしまうはずですから)
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すると、突然、おなかの更に下あたりに別の「層」がいきなり分化する。
熱い。
炎のように、マグマのように燃えたぎっている。
どす黒いのはどす黒い。でもあとからあとからわき上がる、マグマのようなエネルギー。
こんなエネルギー、今の私の中のどこにあったわけ?
我ながらあきれかえりながらも、それだけでほっとして、安心してしまう私。
ともかくそのおなかの下半分のマグマのようなエネルギーとしばらくしずかに「共にいて」味わうことにした。
文句なく心地よく、「確かな(solid)」エネルギー。
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イメージ。
背景に炎を従えて、木でできた大きな像が浮かぶ。
顔は険しく、猛々しい。手には剣を持っているようだ。
目の瞳の部分の穴の向こうにも、背景の炎が揺れている。
「これって、『不動明王』様だよな......」
『不・動』という言葉の響きがなぜかすごく私のフェルトセンスにフィットする。
「動かざること、山のごとし」
という、武田信玄の「風林火山」の一節すら浮かぶ。
この「動かざる」仁王立ち(あとで調べましたが仁王様とお不動様は全く別のものです)をして、
炎を背景に従えて重々しくすっくと立ち尽くし、「何か」を守っている不動明王の姿に、私は安らぎと「頼もしさ」を覚える。
私の中にも、この「不動明王」がいるのだと。
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そのうち、私の中に、ほとんど「いたずら心」に近い形で、あるアイディアがうかぶ。
「ひょっとしたら失礼な、つかぬ事をお伺いしますが、
お不動様、『誰に見守って欲しいですか』」
お不動様は、誇らしげな、豪快だが、なにか清々しいまなざしを私に向けると、
くるりと斜めうしろの、
天上のほうをふりかえりざまに、遠い目をする。
すると、その遥か遠くの雲の上には、天女がいる。
私の中では、理屈向きに、それが「天の羽衣」伝説で有名な天女が、
天に帰ったあとの姿だと直感する。
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ただ、私のイメージ力の貧困さに我ながら苦笑する。
その美女は、漫画家、小島功タッチの美女(とかも出てます)だったから(爆)
わかんない人のために言うと、
あのカッパのCM、「黄桜〜」のキャラクターで有名で
(ここにいくと、歴代のCMがすべて動画で見れます)、
「仙人部落」という4コママンガが、ある週刊誌に延々と連載されています。
.......と言ってもわかんない中年以上の人は、俗世のことをあまりにもしらないままカウンセラーをしておりすぎますぞ!!
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で、私は、今度はその「黄桜〜〜」ふうの天女のおねーちゃんにといかけます。
「あの。つかぬ事をお伺いしますが、
『誰に見守って欲しいですか』」
もう、こうなったら敢えてワンパターンでいけるとこまで行ってしまおう!!
今度は天女は、雲の上の星空、大宇宙に目を向ける。
そこにも姿は見えないが、「誰か」がおられるのがわかる。
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「畏れ多いことかと存じますが、
ぜひお尋ねしたいのです。
『神様』は、『どなたかに見守って欲しい』
とお感じのことなど、ございますでしょうか?」
私には、そのお方から
「そちのような問いかけは、わしが宇宙を作り出してから
この方、はじめて受けたぞ」
という声が、姿が見えないまま、「気配」として返って帰ってくるのを感じた。
そのお方は、しばらく御自らのフェルトセンスに問いかけておられるご様子だった。
「最初に浮かんだのは、
わしが創造したこの全宇宙の森羅万象全体に見守られていたい、
ということかな、と思った。
でもわしの中の何かが「それでは不満足」と訴えてきての」
何とそのお方は、更に後ろを振り返られた!!
ビッグバンの広がり続ける宇宙の果てのそのまた向こう!!
そしていわれた。
『わしは、この宇宙の外側にも誰かがおられる気がしていての。
ただ、今のあなたは、そのお方に会いにいくのは早すぎると思う』
「わかりました。ありがとうごさいます」
こだま号の入線を伝える館内放送がホームに響いた。
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今度は、昨晩、帰りのこだま号の中でののこと。
あいかわらず、私は疲れ果てていた。その前の日よりはましだったが、これからの課題のことを考えると心は重かった。
「その重さの下にあるものは?」
昨日より「更に下の」層、ほとんど太ももの付け根に近いおなかの底に、更に別の層があるのがわかった
その層そのものは暖かくも冷たくもない。不快でもない。
敢えて言えばまさに「地層」そのもの。
その中をひとりのひげを生やした老人が、ひたすら鑿(のみ)をふるって前に進んでいた。
「掘り進まずにはいられないのじゃ。
きっとこの向こうに『何か』はある。
それが『何なのか』見極めるまでは
わしは命をかけて掘り続けるぞ。
その先にあるのが金や鉱石でないなら、ないでもいいのじゃ。
わたしにとって大切なのは、
「この」向こうにある「真実」は
何かを実際に自分の目で確かめること。
それがガラクタでもなんでも覚悟はできている。
でも、わしは信じておるのじゃ。
そこに、わしすら思いもよらなかった、
すばらしい何かと
いずれ巡り会えることを」
私は、彼に
"Explorer"
という名前を献呈することにした
「探検家」というより、
「果てしなく探索を続ける者」
として。
「その名前は、コロンブスとか、
昔の、「伝説のシャングリラ」
を探し求めた冒険者たちにこそふさわしい気もするが、
ありがたくいただいておこうかの」
と老人は答え、またのみをふるい始めた。
後日談と補足 2005/9/12 改訂版
(日本フォーカシング協会、メーリングリスト"focusing-net"
6226の書き込み[2005/6/26]を、改訂のうえ転載)
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