96/04/06 磯部 聡 様

homepage:
http://ningen.human.tsukuba.ac.jp:8080/~s-isobe/
E-mail:s-isobe@ningen.human.tsukuba.ac.jp

実は私は高校生の頃、「トップをねらえ!」の大ファンでした。
といっても、べつに特に何かをしたというわけではないのですが、
とにかく好きで何度も何度もビデオを見たものです。
パトレイバーとかにはあんまりはまれなかったのですが、
トップにはすっかりはまってしまいました。
トップの音楽も結構好きで、サントラとか持ってます(^^)

その後、1.2年はアニメにはまっていました。
日高のり子さんのやっていたラジオ番組を聞いたりとか、
あと「不思議の海のナディア」も結局全部見ました。
ただ、その後大学進学でつくばに来てからはしばらくテレビのない生活が続き、
そのためか熱もすっかり冷めてしまいました。

でも、「エヴァンゲリオン」ってそんなにすごいアニメだったんなら
是非見たかったなあ、と思いました。
ただまたアニメにはまったら、今度こそ忙しくて大変なのですが(^^;;


〔阿世賀より〕
 磯部さんは筑波大の実験系の心理の大学院生。ホームページには、日本の心理学関係の実に整備されたリンク集も作っておられます。
 ちなみに私は「トップをねらえ!」が劇場公開されたときに庵野監督の封切り初日の舞台挨拶まで見ています。劇場で見るとあのモノクロの第6話はえに言われぬ風格がでます。その日のレポートをかつて投稿して掲載されているのですが、「アンソロジー」のページの方に再録していますので、そちらの方もご覧下さい。

96/04/15  番場 武志 様

homepage:
http://www2.meshnet.or.jp/~rtngb-p4
e-mail: banba@mxb.meshnet.or.jp

 拝啓 阿世賀浩一郎様

 そちら様のホームページを拝見いたしました。特に劇場版「きまぐれオ レンジロード・あの日に帰りたい」論は興味深く読ませていただきました。
 私も、「きま ぐれオレンジロード」の大ファンでありいろいろと考えてきた一人です。初めてメールを そちら様に出したのですが反論というか私は違った見解を持っておりここで述べる事を お許し下さい。

  私は、「きまぐれオレンジロード・あの日に帰りたい」の世界は、「きまぐれオレンジロード 」世界の過去におけるすべての清算を描いた世界ととらえています。私は、まどかも・ひ かる・恭介もお互いを利用してきた清算を「あの日に帰りたい」において実現したと思って います。
 具体的には、まどかはひかるを枕に恭介との持ちつ持たれつの関係をするため に利用し、恭介をその反対を行ったのです。ひかるはまどかを通じ恭介を取り込もうとしていた。
 阿世賀浩一郎様が述べているようにひかるは「逆転できる」と信じていたのではなく、すでに「逆転できていた」と思っていたのではないでしょうか。

 まどかはお姉 さんとして、ひかるのために身を引いてきた過去があります。ひかるはそれを知りつつ、まどかが取らないならひかるが取ってしまうと考え実行してきたのではないでしようか 。
 現実にも最後に笑った人が勝ちという感覚があります。ひかるはたとえまどかが恭介のことが好きでも、恭介もまどかのことが好きでも、最終的に恭介がひかるをえらべば感情の流れは決まってしまいます。そのような意味では過去の清算と位置づけられるのではないでしょうか。

 以上が私のきまぐれオレンジロード・あの日に帰りたいの世界観 です。いきなりメールを出しておきながらこのような不躾な振る舞いを重ねてお許し下 さい。


〔阿世賀より〕 番場さんのホームページでは、テーブルトークゲームをインターネット上で繰り広げる試みについて賛同者を募っておられるようです。私個人はテーブルトークゲームには疎いのですが、関心がある方は覗いてみてはいかがでしょう。
 さて、劇場版「きまオレ」です。実は私個人としても、この作品は、ひかるだけではなくて、まどか、恭介それぞれにとっての過去の清算のドラマであると考えていることには違いがありません。
 ただ、この作品の公開当時は、このような凄惨な三角関係清算ドラマをアニメで表現することそのものへの拒絶反応が凄かったんです(試写会の会場は悲鳴の渦、終わっても観客はみんな沈み込んでしまうという感じで)。特にひかるがあまりに可哀想すぎるという捉え方が少なくなかった気がします。
 僕はそういう反応に何か違和があったんです。少なくとも「ひかるは被害者、かわいそう」という捉え方だけは異議を唱えたかった。ここで描かれているひかるは実は凄くしたたかな女なのではないか。それどころか一番輝いているのはひかるではないのか。その一点をまずは強調して、当時のこの作品への批判を根底から覆すことが私の意図でした。
 なるほど、ひかるは一応「逆転できていた」と思っていたかもしれません。しかしそれにもかかわらず、恭介の心が自分にではなくまどかに向き続けていることにも気が付いていたはずです。まだ恭介との関係が本当に確かなものになっているとはとても言えないことはよく知っていた。

>現実にも最後に笑った人が勝ちという感覚があります。
>ひかるはたとえまどかが恭介のことが好きでも、恭介もま
>どかのことが好きでも、最終的に恭介がひかるをえらべ
>ば感情の流れは決まってしまいます。

 しかし、ひかるが「最後に笑う」ためには、恐らくプラトニックな次元でのみ恭介を巻き込み続けても不可能だったでしょう。つまり、肉体による誘惑という形を取るしか道は残されていなかった。だからキスをした。ひかるが最後に恭介に「部屋に入れてくれ」と頼みに来た時、ひかるは恭介に身体を許す決心をしていたと思います。恐らくそのことに成功した時には、恭介の「感情の流れ」を動かせたかもしれません。
 ところが、まどかは逆に、恭介に口づけをお預けにするという、逆の戦略でむしろ恭介の心をつなぎ止めてしまうのです。このあたりがこの作品の、あまりに時代に先んじた、アニメにおける心情表現の本当の凄みかもしれないと、最近は思います。
 いずれにしても、番場さんのメールを読んで、むしろ、この作品を真っ向から論じるということを自然にできる時代がやっと来たのかなと、むしろ嬉しく思った次第です。
 恐らく、現時点で見ても、アニメの歴史の中で最もショッキングな作品のひとつには変わりないと思いますので、未見の方、どうか覚悟を決めて、この「劇場版」にチャレンジしてみて下さい。もとよりどんな気分になろうと責任は持ちません(笑)。現在はじめてこの作品を観た人の感想のメールとかも読みたいですね。


96/04/30  高川 朋和 様

E-mail:tomotaka@po.iijnet.or.jp

 エヴァ私の回りでも話題になっています。最終回の前はそれぞれどのような決着をつけるのかを 予測しあっていましたが、まさかあのようなやり方とは。

 死海文書に関する情報がファンの間にて議論されないのが不思議なのですが。 放送が終わって1ヶ月以上たつのに未だにエヴァの話しが出ています。 ところでロンギネスの槍ってなんだったんですか?


96/05/01  高川 朋和 様

E-mail:tomotaka@po.iijnet.or.jp

ご返事ありがとうございます。

 ところで エヴァ初号機はシンジの母がなくなった事故によって エヴァに精神が宿ったと愚考していたのですが。単にアダムからクローンしただけで精神が宿るとは 思えないのですが。

 レイのクローンが培養液の中に一杯いたのも 一斉に見つめるのも精神の存在性を考えると 疑問だったシーンですが(映像的には感動ものですが)

エヴァを理解するにはラカンやベイトソンを読む必要があるの かな〜と考えております。

 余談ですがバイオシックス論議もバックボーンとして関連がありそうな

 MEGUEで登場人物の名前が大戦の艦船関連が多いとの話しが載っていましたが(2、3月号頃)「綾波」は艦船ではなく南洋諸島との航空便96式大艇の名前ですね。 見つけたのは航空機銘々伝からでした。

論文にならず単なる雑感ですが、これからもメールします。


 96/05/06 エルカセット様

E-mail:elcaset@tcp-ip.or.jp

 初めまして。

 エヴァについての考察、読ませていただきました。

 新鮮だと思ったのは、エヴァでの登場人物の「その後」について、本編で触れられているかどうか、と言う点について書かれていることでした。わたし自身も、あのラスト2話の変化の「差」の大きさに、エヴァ自体を物語として捉え直そうとする努力を放棄してしまったクチですが、確かにその道筋も追いかけるに値するものだと思います。ただ、その作業はとてつもなくつらく、根気を必要とするものでしょうから、わたしは行うことはできないと思います。ちーちゃんさんの今後の分析に期待しております。

 わたし個人としては、放映地区が東海地方であったため、タイムラグの関係から放映前に大体の内容がパソコン通信でわかってしまうと言う環境で観たので、ラスト2話については衝撃は受けませんでした。むしろ終盤にさしかかってからと言うもの、散りばめられた情報や伏線が何かのジャミングのように思えてきて、わたしはそれらをある程度無視するという鑑賞方法に切り替えました。結果、とても感覚的には心地よい映像だったと思います。

 どうもわたしが愚考するに、エヴァは「映像による体験」をかなり志向していたような気がします。また、謎は謎として、あくまでも視聴者の主観の中で解釈するのみに留めて、あえて作り手側からその解釈と説明はしない、これは作り手もあるていど意識してわざとやっていたような、そんな印象を受けました。

 リテイク版にしても、それは一つの「解釈」なのであり、絶対的なものではないような予感がしています。

 物語が死に絶えつつある今日、エヴァは今後のアニメのあり方を示す、一つの道標であると思っています。


レタールーム 続きへ進む

レタールーム Indexへ戻る


       
お便りお待ちしています。「エヴァ」のあのラストは何なんだー! でもなんでも大歓迎!「エヴァ」についてのメールは、特に「25・26話についての緊急アピール」の方にもおたよりコーナーを特設しましたので、こちらのページと併せて是非ご覧下さい


ちーちゃんの部屋・入口に戻る
ホームページに戻る


Email:kasega@nifty.com