精 道 小 学 校  校 舎 の 歴 史
          

part one : 1945-1970     part two : 建て替え前の校内散策スライド

extra part : 遥かなる時間の旅
    part three : 1995 INORI

  

母校創立137周年
SINCE 1872 明治五年

新 校 舎 落 成

芦屋市立精道小学校公式ホームページ  http://www.edu-ashiya2.jp/seidoe/ 

剥落個所 2002年3月4日



正門は
東門だったと
今知って


創立120周年
精道小
1992
 







 精小は昭和20年8月5日夜半から6日未明の空襲 (「日本本土空襲」 「ルポライター児玉隆也氏・14歳の手記」 を参照) で、北東すみにあった「旧鉄筋校舎」(当時までは新館)の躯体と、近年の消防本部の位置にあった木造2階建ての「西校舎(市役所前校舎) (のちに市内の小中高・各学校の仮校舎や市分庁舎などとなる。被災当時は青年学校) を残して、全て焼失し、明治大正以来の姿を失いました。

昭和16〜22年度の6年間、
精小は「芦屋市立精道国民学校」でした。


   (見取り図の茶色は木造部分です)





     単立する「旧鉄筋」全景の貴重な写真です   

「北の木造校舎」が誕生

 しかし教育復興にかける当時の方々の思いと情熱は如何ばかりだったでしょう。数年の間に着々と新しい木造校舎が建築されました。
 まずは1947年(昭和22)に、木造平屋建ての「からす校舎」が誕生します。真っ黒な校舎だったので、そう呼ばれました。
 また運動場西側に平屋建ての「給食調理室」も。
 上の写真は翌、昭和23年、次の建設のための基礎工事が始まろうとしている頃のものです。校地を買収して拡げ、戦後初となる2階建ての通称「北の木造校舎」(クリーム色の外壁)が出来上がっていきます(右上)。


精小に木造校舎3兄弟が誕生!
  『130周年誌』から

  

 昭和24年になると、「旧鉄筋校舎」の南に木造2階建て「みどり校舎」(外壁は水色とも緑色ともいわれる)建築へと進みました。

 この段階で早くも、今日の姿の原型が完成されました。


   ※ 校舎の呼称は年代によって、多少の違いがあるようです。




巻頭を飾ったハナヤ勘兵衛氏撮影の精小と大阪湾の眺め




 当時の芦屋市役所の屋上から南東を
見渡すと、新築なった精道小学校の2階
建て木造校舎、そして整備された校庭の
間近に、美しき芦屋打出の浜が眺望でき
ました。                *** 
  精小に平和の光がふりそそいでいます。
          ( 「あしや」創刊号から )
 






 1952年(昭和27)、創立80周年当時の母校の姿です。
 この年に、80周年記念事業として鉄筋造の「白亜の大講堂」と称された旧「体育館」(講堂)が建てられました。終戦後わずか7年にして、この復興ぶりは驚きです。
 1階には教室5室などが設置されました。     
             講堂での音楽会(1969年)
 また、市役所前の木造校舎が精小に返還され、使用を再開したとも記録されています。




 ピカピカの講堂の勇姿は、まだまだ住宅復興の進んでいない当時の市内風景の中では、とても目立っていたことだろうと思いますね。校舎の配列は、今日のものとだいたい同じになりました。



 さらに高倍率でご覧下さい。講堂周辺はまだ未整備の状態です。




 網がけ写真なので、鮮明さに欠けますが、これは南側の旧国道(のちの43号線)のあたりからの眺めです。
 やはり講堂は、精小いな芦屋の復興のシンボルだったのかも知れませんね。



戦後の精道小学校新講堂がいよいよ誕生です!




1952年
『80周年記念誌』
から



特に背の高い人達なもんで…
――― 八十年坂の造成は、1953年(昭和28)―――

 芦屋川の“天井川”という地形によって生まれたこの小さな坂。芦屋の街のなかでこれほど、親しまれ、歩きやすい坂道は他にはありません。両側に植えられたヒマラヤ杉や松の木立や草花たちは、かわいい植物園の趣き。学校を訪れた者にしばしのあいだ、清浄な空気のシャワーを浴びせてくれるような気がします。歴史ある精小キャンパスへの誘いの小道として、ひっそりと奥ゆかしい姿は、いつまでも変らないことでしょう。

         やはり大人が歩くと、ずいぶん小さく見えてしまいます…(近年の撮影)




1952年
『80周年記念誌』から

旧鉄筋校舎の屋上より北西山側

山手小学校から南方向を望む





 1955年(昭和30)、給食調理室を別棟(★)に改築。
 「からす校舎」を取り壊し、待望の鉄筋造3階建て校舎「新館」を建築。
 この校舎に、職員室、校長室などの管理部門や、のちに「テレビ放送室」、近年には「コンピューター室」などが設置されます。
鉄筋校舎誕生の祝賀式

     古い精小の給食室は、体育倉庫として、長く使用されます 校庭の南西隅にあった体育倉庫(もと給食室)

 1960年(昭和35)、ついに講堂南にプールを設置。
これで創立以来、芦屋浜に出かけていた水泳が、校内で出来るようになったのです!

「市役所前校舎」は消防本部などへと役割を変えていきます。
建設中の地ならしの光景昭和47年頃の様子です
…芦屋浜時代の授業光景…
精道小学校は戦前、運動会も芦屋浜近辺で行っていたのですよ
飛び込み台も設置。本格的な競泳も可能に25mプールが精道小学校に誕生。低学年用プールもできました
 校内で水泳の出来る歓びで一杯の河童小僧たち。

 ですが、海であろうとプールであろうと、泳げない僕には、苦しくて辛い時間でした…




1960年(昭和35)5月

『100周年記念誌』によりますと、ソニー社のヘリコが校庭に
歓迎着陸したようです。日付:unkown 目的:unknown……
 当時のイベントの情報をお持ちの方はお報せ下さいませ。



1961年(昭和36)頃

視角を変えて…

 国道43号線(第2阪神国道)の開通(1963年)は、公害の時代到来の象徴でした。


昭和36年の芦屋近辺の写真



歴史まめ知識

現在の校旗校章旗が制定されたのは、
創立90周年の昭和37年でした。



昭和37年に架かった
市内初の横断陸橋
(二国こと43号線)


新館後方に建て替え
中の消防本部が見え
ます。





 1967年(昭和42)、5年後に迫った創立100周年へ向かって、精道小学校は新たな学校整備・教育体制充実への歩みをスタートします。
  この年に、創立95周年の記念事業として、現・校歌が歌詞公募によって誕生したのです。


昭和41年。西の空からの眺め。   
   ●昭和42年頃。 みどり校舎の移動工事前


100周年への夢の構想が発表されました

 「青空」 95周年記念号より








 下の2つは、1968年(昭和43)の春、僕たちが5年生の1学期に、グラウンドで人文字をつくって、撮ってもらった時の写真です。これをお持ちの方も多いことでしょうね。前年度から「みどり校舎」の大移動が挙行されて、新館の東への延長として、6つの教室が増設。つづいて、この年に、さらに6教室と音楽室や理科室などの特別教室部分の増設・新築へと進んでいき、新「南校舎」が完成します。


 当時の5年2組は「イ」の字の縦棒のどこかだったという記憶です。はっきり憶えている方はいませんか? 屋上から吉田先生(図画・工作)が陣頭指揮をとられて、スッタモンダした挙句に、やっと文字になりました。体育の赤帽白帽をひっくりかえしながら、何度かシャッターが切られたようです。 おや、阪神高速は、まだなかったんですね。思えば、校内でも校外でも、工事だらけの日々でした。

 少し、ワイドレンジの写真です。
 右端は県芦高のグラウンド。左端は、川西グラウンド。懐かしい芦屋の街の眺めでしょう。







新「南校舎」が竣工し、まもなく「みどり校舎」の生涯が終えようとしているところです。






最後の鉄筋化なった北校舎西部と渡り廊下。  

 




1971 アルバム


 1970年(昭和45)、ついに「北の木造校舎」と、新館との「渡り廊下」部分が、眩くばかりの鉄筋3階建てに生まれ変わりました。入り口が南向きの11教室や、3階構造の幅の広い「渡り廊下」部分には、最新の給食調理室を設置。
 旧鉄筋校舎との連結部も工夫され、長すぎる直線的な廊下を排して、アクセントのある構造になりました。新たな「北校舎」の誕生です。

 そして「平和池」は埋められて中庭が整備され、綺麗な芝生と花畑に姿を移し、各階の廊下からはテラスのように全体を見渡せる、新しい空間が創出されました。



芦屋市立精道小学校の復興完了
                                           1971 アルバム



かくて、戦後25年目のこの年、オール鉄筋化を達成した新しい精小の姿が現れたのです。





part one : 1945-1970     part two : 建て替え前の校内散策スライド     

extra part : 遥かなる時間の旅
     part three : 1995 INORI



芦屋市立精道小学校と消えた講堂
   新講堂
     かと思いきや
        消防署
ご意見・ご連絡をお願いします。
***1970年卒 若林 伸和 ***

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    First upload on 2001.06.06 / Second appearance on 2007.06.06 / Last updated on 2009.11.11