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映画「戦場に架ける橋」で有名になったクウェー川鉄橋を渡る鉄道は、日本ではタイとビルマを結ぶ泰緬鉄道として知られているが、現地では「死の鉄道」と呼ばれている。
現在は、バンコクのトンブリー駅からカンチャナブリ駅(カンチャナブリ線)を経てナムトック駅(ナムトック線)まで鉄道が延びている。
左下はタイ国鉄の指定席券であって、「DEATH RAILWAY」と印刷されている。
右下は建設当時の過酷な労働と悲惨な状況を説明する絵である。


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クウェー川鉄橋
第2次世界大戦時に日本の管理下で戦争捕虜の労働者によって建設されたクウェー川鉄橋と、この鉄橋上を走る列車。現在ではこの鉄橋の辺りは観光地化されている。
アーチ型の橋は当時のままの部分で、長方形型の橋はその後に建設された部分である。




クウェー川鉄橋を渡る観光客と、クウェー川鉄橋駅の前に置かれている当時の蒸気機関車
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アルヒル桟道橋
カンチャナブリ市内から約55km行ったところにある木製の橋で、ナムットック線の最大の見所である。絶壁の麓を切り開き、ここに木製の高架橋を造ったのであるが、多発する事故で多数の死者が出たらしい。



左下の写真は、爆破ででこぼこになった絶壁に沿って設けられた線路である。絶壁の上の部分は列車の屋根の上に位置する。
右下の写真は、列車から見た絶壁であるが、列車は絶壁すれすれに走る。左下の写真と右下の写真とを見比べて欲しい。


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クラセー洞窟
アルヒル桟道橋の近くにある洞窟で、第2次世界大戦当時、日本軍が倉庫として利用していたらしい。「地球の歩き方」には、カンチャナブリ市内の近くにあるカオプーン洞窟は紹介されているが、このクラセー洞窟は紹介されていない。多分、マイナーな洞窟なのであろう。チャーターしたソンテウのドライバーに案内してもらった。
左下の写真は洞窟の入り口付近であって、どこの鍾乳洞にもあるように石灰岩でできた岩が立っていた。
この辺りには仏像が置かれ、御供えも置かれていた。右下の写真は石灰岩でできた岩のアップである。


ガイド役のソンテウのドライバーは、仏像の前に置いてあったろうそくを頼りにずんずんと奥に進む。
写真ではカメラのフラッシュによって明るいが、実際はろうそくの明かりだけが頼りであって心細かった。


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ヘルファイア・パス
ナムトック線の終点であるナムトック駅から奥に(ビルマ寄りに)約25kmほど行った所にあり、泰緬鉄道の工事に際して最も困難を極めた箇所である。熱帯ジャングルを切り開き、山を崩し、岩を爆破してひたすらビルマを目指したのであろう。
現在はオーストラリアの協力で復元が進行中であり、復元された鉄道跡(片道約4km)を歩いてみたが、こんな場所に鉄道を敷設しようとした日本軍に恐れ入ると共に無理をし過ぎて敗れたと思った。


出発点から約0.5km程行ったところにあるKonyu Cutting(地名らしい)。
数mほどの線路と枕木が残っていた。
オーストラリアの国旗が多数あった。

クウェー川渓谷と、その向こうに見えるミャンマーの山々。
鉄道の建設工事中はこの渓谷で水を調達したらしい。

出発点から約1.5kmの所にあるHammer & Tap Cutting。
地名から想像するに、ハンマーをこつこつと叩いて切り開いた場所であろう。

出発点から約2.2kmの所にある高さ7mの盛り土部分。

高さ7mの盛り土部分に続いて設けられた三段式の橋梁の基部。
橋梁の構造を三段にすることによって強度を維持したのであろう。
橋の長さは30m程度と思われる。

出発点から約3.2kmのところにあるHintok駅。
この辺りは平坦な土地で、線路が複線になっていた。
ここで上り列車と下り列車とがすれ違ったのであろう。

出発点から約4kmのところにあるCompressor Cutting。
どのようなコンプレッサーを使って岩山を切り開いたのであろう。
まだ、復元路は奥の方まで延びていたが、歩きやすいのはここまでであるから、ここで引き返した。