| 階層 | 作用範囲 |
| 文化的影響 | 日常の現象 | 行動・職業・収入 |
| 日常の意識 | 文化・世界観 |
| 認知的現象 | 環境の認識 |
| 物質的影響 | 生物的現象 | 神経伝達 |
| 化学的現象 | 分子・イオン |
| 物理的現象 | 波動 |
この構造から考えると、この構造を規程した<現代の認識の枠組み>というのは作用範囲として文化や世界観に影響し、この世界観が認識の枠組みとして全体を規程しています。
つまり、この構造は非常に無理のある考え方なのですが、私の予想では多分、一般的な<現代の認識の枠組み>を基に人間の認識能力を考える限りどのような構造も、この矛盾から逃れることができません。(とゆ〜か、すでに。。。。とほほ状態ですが。)
これを掘り下げてゆくとキリが無いので、取り合えずこの枠組みで考えることにします。
(補足:2006年12月31日追加)
何かを説明するためには、現在の日本社会で一般的に通じる言葉や概念などを用いなくてはなりませんが、この段階ですでに「文化・世界観」の影響が生じてしまいます。
つまり<現代の認識の枠組み>を越えて思考することは大変に難しいことなのです。
天体の影響力は物質的な階層でも、文化的な階層でも波動・周期・調波的な形で表現できます。
天文学的には二重星である冥王星+カロンに、占星術で他の矮惑星とは異なる特別な影響力を認めることが可能であると考えるのも、それが波動を基にしているからです。
物理的な現象として波動には共鳴・同調・干渉などがありますが、それが人間における認知の働きとの関係によって占星術の体系を形作っています。
「虹」の話が重要なのは、この波動に関係しているからです。
(補足:2006年9月2日追加)
言うまでも無いことですが、言葉の上で惑星の定義にどのような変更が有っても、物質としての冥王星にはなんら影響がありません。
しかし物質的影響は同一でも、それを認識する文化的側面は時代や地域によって異なります。
未発見の天体は物質的に考えれば発見前から存在するわけですが、発見によって文化的な影響が生じるようになるわけです。
また、発見には物質的影響を個別に認識する人間社会の文化的な背景が整う必要があります。
言い換えれば、新たな天体の発見は、それを識別できる段階まで天文学や技術などが到達したということなのです。
前にも述べましたが、今回の惑星の定義変更も、惑星探査機によって冥王星の外側に冥王星より大きな天体が発見されたことが直接のきっかけになっています。
占星術は占星術の構造で示したように天体が地上に与える物質的影響のみを扱ってはいません
ホロスコープの見方と解読法の最初で述べたように、基本的にホロスコープの解読は、人間社会の出来事が(文化的影響を中心に)どのように変化するのかを考えます。ですから、どの天体をホロスコープの解読に採用するかを決める際に、天体発見を可能にした人間社会の文化的背景を無視することはできません。むしろそちらが重視されることが多いとも言えます。
(これは天体が何らかの作用機構により、地上に物質的影響を与えていることが前提ですが、物質的な作用機構については、今後、機会を見て「波動」を中心に述べたいと思います。)
(補足:2006年9月3日追加)
物理的な作用機構は生物的な認知機構を通して文化的影響(認識)を基に意味付けされます。つまり文化による認識の枠組みと生物的認知機構があるからこそ物理的作用を信号と雑音に分けることができるのです。
占星術というのは、あくまでこの構造にそって人間社会の出来事の変化を予測するための手段・技術であり、「ホロスコープの読み方」とは、この技術のマニュアルなのです。
(補足:2006年9月4日追加)
もう一度、問題点を整理してみましょう。
ホロスコープで扱う天体は天文学上の惑星の定義に従って決められているのか?
この答えは「いいえ」です。初心者の方は天文学上の惑星を使うと思っていた方もいらっしゃるかもしれませんが、どの天体を採用するかについては天王星の発見以来考え続けられてきたことで、占星術独自の基準で決められています。
ですからこの問題の一番大事な点は、ホロスコープ(占星術)で扱う天体(構成要素)がどんな基準で選ばれているのか?ということです。
これまでの長々とした説明を一言で言えば「(物質的影響を基にした)文化的影響を基準にしている」ということです。
<現代の認識の枠組み>では、階層構造を想定してこそ整合の取れた説明が可能なのです。一方だけでは惑星定義の問題は解決できませんし、占星術のシクミを理解したホロスコープの解読もできません。
(補足:2006年9月9日追加)
もう少し細かく考えれば、物質的には変化はありませんが、太陽系に対する認識や世界観の変化は起こると思います。
これは社会の変化として徐々に現われてきますので、今すぐ占星術での冥王星の扱いを変える必要はありません。
もちろん個々のホロスコープを解読する際は、これまでと同様に各天体の働き具合は個別に判断します。
これは前に述べた天体を使う癖がつくことに関する問題です。
文化的な認識が低下し冥王星を使う癖がつきにくくなれば、(一例:原子力の使用停止、原子力技術の消滅など)それを考慮してホロスコープ解読マニュアルの書き換え(例えば蠍のルーラの再考)があるかもしれません。
あるいは新天体の中から影響の大きいものにどこかの支配サインを考えるかもしれません。
(補足:2006年9月14日追加)
占星術の構造をもう一度見てください。それぞれの階層は相互に関係しています。
世界観などの文化は人間の神経回路に影響を与えます。また人生経験や地球・宇宙の物理的な環境も神経回路に影響を与えます。そして宇宙から地上に届く信号をノイズと切り分け、意味のある情報として受け取るのは神経回路の働きです。
(補足:2006年9月19日追加)
神経回路が信号として受け取ることができるようになることで意味が生じるのです。言い方を替えれば、人間に認識されるようになることで、占星術的な働きを持つようになるのです。
また神経回路で受け取ることのできる信号は、太陽光の反射だけとは限りません。それは宇宙線や地磁気の変化として現われているのかもしれません。
地球と宇宙の物理的環境については中緯度地帯で生活している場合、基本的には大きな違いは無いものとして扱っています。しかし、高緯度地帯では色々なハウスシステムを使用する場合もあるように、地球・宇宙の物理環境の違い(白夜、オーロラなど)が神経回路に及ぼす影響について考慮する必要があることが分かっています。
実際に地磁気が擾乱している場合に生まれた人は刺激に対する神経の反応が大きいという研究もあり、電磁場の影響と占星術の関係が示唆されます。
(補足:2006年12月18日追加)
占星術では「天体を使う癖がつく」という表現が有りますが、これは(条件反射のような)神経回路の問題を示唆した言葉です。(占星学教科書第二編:石川源晃著:丸善)。
□■□21世紀の占星術の形
(補足:2007年11月17日-NEW)
天王星の発見、海王星の発見、冥王星の発見は何れも科学技術の成果であり、冥王星が海王星外の天体の仲間であることを見出したのも科学技術の成果です。これまでも、そしてこれからも時代に即した占星術として生まれ変わり続けていくのです。
(補足:2007年11月18日-NEW)
つまり占星術と科学は「現在では全く別の体系」では無く、共通の基盤の上に成立しているものです。少なくとも全てが古来の思想の上に成り立つ占星術でもない限り「科学とは別の体系」という主張は間違いなのです。
繰り返しますが、天王星発見以降にそれらの天体を採用した占星術(そして現代の科学によって作られた天文歴を採用する占星術)は、現代の科学と同じ土台の上に成立するものであり、占星術を科学的な思考に乗せることは極めて当然なことなのです。
ですから現代では社会的に通用する占星術に関する言説は科学的に筋の通る内容を持っていなくてはなりません。
皆さんが占星術に関する言説をどこかで目にした場合には、その著者がこのことをどれほど自覚しているか良く確認してください。
(補足:2007年11月20日-NEW)
このテーマは認識の枠組みと同様の問題を含んでいます。
何故なら、土台になる考え方を抜きにしては語ることが出来ない問題だからです。もう少し詳しく述べれば、天王星発見以降に見つかった天体を占星学の体系に組み込むことや、現代の天文歴を採用するということは、否応無く「天体の発見と計算を支えた科学技術の成果を認めることに他ならない」ということなのです。
(補足:2007年11月21日-NEW)
その上、現代人は生まれた時からずっと、「現代的な認識の枠組み」を周囲から与えられ続けています。
ですから実際には「全てが古来の思想の上に成り立つ占星術」が(現代文明から隔絶された文化を除いて)現代社会で成り立つことはあり得ません。
もし現代社会の中に占星術が存在するとすれば、それは「現代的な認識の枠組み」によって社会の一部として位置付け可能なものになります。
(補足:2007年11月22日-NEW)
筆者のこのサイトも現代社会に存在する限りは、上記のような「現代的な認識の枠組み」の上で存在を主張する必要があります。
ですから宇宙生物学として科学的なアプローチを取るのは、占星術の効果として「当たる」ということを社会に向かって主張するためには当然必要な手続きであるということになります。
筆者の知る範囲では、ほとんどの占いがエンターテイメント(遊び)として社会的に位置付けられていますが、それは、ここで述べた「現代的な認識の枠組み」で通用する「当たる」ということを主張するための手続きを取っていないので、止むを得ないことではあります。
(補足:2007年11月23日-NEW)
重ねて述べますが、これは「当たる」ということを主張するための社会的に通用する手続きの話です。
だれがどんな事柄を信じていても自由ですが、それを社会に通用する形にするためには、「現代的な認識の枠組み」の上で一定の約束にそった形式が必要とされるのです。
心理占星術などでは「将来を予測できる可能性がなく、過去現在についての解釈に限定する」、「当たるということを主張しない」立場の人もいるようですが、当たらなくても良い解釈ならどんな言説も可能です。
癒し・心理療法としての価値も将来について「良くなる」という何らかの予測の上で成り立つものです。何の役にも立たないならば、そこにはどんな価値があるのでしょうか?
(補足:2007年11月24日-NEW)
もちろん、ここで述べている疑問は、「現代的な認識の枠組み」の上で通用する説明が無いことに対してです。
これまでの話の流れからちょっと脱線した占星術的な言い方をすれば、「ホロスコープによる判断では学術的な専門分野について社会的に通用する説明が出来ないチャート」と言うことです。
占星術の構造で述べたように「現代的な認識の枠組み」は無条件に受け入れられるものではなく「完全なる真理」とは限りませんから、社会的に要請される意味として考えてください。
もしも「現代的な認識の枠組み」から自由になることができ、身体(細胞?)から直接情報を受け取ることが出来たら、どんなリアリティを持てるのでしょう。
果たして、その体験を社会的に通じる説明に置き換えることができるでしょうか?
|