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1997年8月16日(土) at 東京ビッグサイト さて、この年は春過ぎから私はある計画で大わらわだったのである。 それはコミックマーケット、通称「コミケ」。それも単にコミケに行ってみようというのではない。コミケで同人誌を売ろうという大計画なのだ。 当時仕事場にいたオタクのMくんはちょくちょくコミケには行っていたらしいのだが、出店側という形で参加したことはなかったようだ。しかしいつかは、と狙っていたのであろう、今回、目の前に便利なヤツが現れたと思ったのかどうか、私に声をかけてきたのである。実は私は学生のころ所属していた漫画研究会の会誌を売りに行ったことがあるのだ。当時はコスプレなんかもなく、周りは学漫(学校の漫研)ばかりでアニメなんかもどこ吹く風という地味な印象しかなかった(後で調べてみると、私がそういうコーナーへ足を踏み入れなかっただけで、当時から凄かったらしい。「伝説巨神イデオン」とかの時代である)。私も今のコミケには一度行ってみなければなるまい、と常々思ってはいたのだ。 すでに去年の暮れのコミケに彼が行って申込用紙を買い、2月には申し込んでいたのである。その抽選結果(希望サークルが多いのだ)が6月に来て、参加OKが出てしまったのだ。 テーマは決まっていた。「京極夏彦」。 当時はやりの「新世紀エヴァンゲリオン」とかでないところが通であろう。いや京極もはやっていたのだが。 どのような同人誌にするべきか。 京極夏彦の小説はキャラが立っている(登場人物が生き生きとしている)ので、キャラクター主導のパロディというのが妥当なセンであるが、はっきりいってこれはホモ関係がどうのというものが主流で、私にはどうにも面白いように思われない。お耽美な絵も女性にはとても太刀打ちできない。 我々理性的な大人の男が勝負するなら、硬派な作品分析であろう。実はその前から年表づくりというのをやっていたのだ。仕事仲間が次々と京極に侵されていった時に、新参者があれはどうだ、これはどうだと聞いてきてうるさいのである。先に読んだ者が自分より詳しいと思ってのことなのだが、先に読んだ者というのは要するに読んでから時間が経っている者ということなのだ。そんなこたァ忘れたわいと突き放していたが、ちょうど『絡新婦の理』が出て、読んでみると前作と妙に関わりが深く、ああこりゃ人間関係くらいは整理した資料を持っていた方がいいかな〜、と考え直したのである。 そして一作目『姑獲鳥の夏』の年表ができた後、コミケの話が持ち上がり、このまま全作年表化、と思ったものの、これが大変な作業なのだ。全て時間に沿って書かれていればいいが、推理小説に隠された過去はつきもので、地の文、会話を問わず、バシバシと過去について触れている。はてさてこのエピソードは何年前のことなのか。というようなことを考えて一向に先に進まない。 ひとまずそれは置いといて、登場人物を絵にしてみようと思った。同人誌はやはり絵だ。 まず京極堂こと中禅寺秋彦を描いてみよう。 ここで早くも問題が発生した。京極堂はいつも着物を着ているのだが、着物の絵など私は描いたことがない。着たのだって七五三が最後、あとは柔道着くらいのものだ。着物の構造すらわからないのである。 試行錯誤でなんとか着物の絵を描いていると、これはこれで試行錯誤自体がとても楽しい。小説の登場人物を絵にする作業というのは、絵自体より面白いのではないか。 ということで、顔はこんなで、髪型はこう、着ているものは、小道具は……というテキトーなページをつくったところ、同人誌として大変サマになっている。 コミケに申し込む話になった時点では、人物辞典だ、地図(中央線沿線の)だと真面目な企画が目白押しだったのだが、みんな時間がかかり過ぎる。年表の時には学生時代以来のメモ取りながらの読書なんてこともやった。仕事じゃないんだからもっと楽しくやった方がいい。その楽しさが誌面に出ればいうことなしだ。 そこで、私のもっとも楽しいこと、好きなことで京極夏彦をもてあそぶ、という風に方向を転換した。 今、私のもっとも好きなこととは、香港電影だ! 特撮だ! よおーし、京極を香港映画にしてしまえ! 特撮映画にしてしまえ! 楽しい。楽しいのう。 コミケ前日に同人誌は完成した。タイトルは「中禅寺湖ファミリー牧場」。コピー誌である。 特撮、特にスーパー戦隊ファンにはグッと来るセンスのあるタイトルだが、京極ファンには取り立てて意味はない。もちろん自分が納得していればOKだ。 会場はまるで科特隊基地のような外見の東京ビッグサイトである。開場の一時間以上前に着いたのだが、ものすごい列ができていた。オタクはみんな早起きだ。感心しながら、出店側の私は列を横目に専用口からとっとと入場。ちょっと優越感? 自分たちのブースは京極本ばかりのところで、案の定まわりは女性ばかり。 事務局に見本誌を提出して(一応検閲みたいなことしてるのね)しばらくすると開場。さすがにアニメとかのコーナーと違って特に変なカッコの人、あるいは見るからにオタクという人も通らない。ポニーテイルだ、お下げだ、眼鏡だ、の文学少女風な女の子たちを見ていると、学生時代の思い出がグワーッと迫ってきて、ちょっとクラクラしてしまう。 のちにコスプレの人も通るようになり、京極堂のカッコ見て、自分の間違いに気づいたりした。 商売の結果はというと、表紙の地味さ(絵はなく、タイトルが書いてあるだけ)のせいか手にとってくれる人すらほとんどなく、時間ばかりが過ぎていく。いや、うちだけではない。お耽美な絵が表紙のまわりのブースも立ち読みされるだけで売れやしない。そして売り手の私は昔を懐かしんでいるだけ。という、非商業的な空間がそこにはあった。 午後になってから、事務局の腕章をつけた人が一直線にうちのブースを目指してやってきて、中身も見ずに買っていってくれたが、これは見本誌を見て気に入ってくれたのだろう、誇りとするところである。(自分たちだけ事前にじっくり中身の確認とかしてズルイという気もするが) 結局この日は実売5部。参加登録料の分、大赤字である。ちゃんと釣り銭も用意していたのだが、ほぼ無駄であった。 三々五々帰る周りのブースの人々。「お先に失礼します」「お疲れさまでした」の挨拶が、どことなく会社のそれとは違い、ますます私を過去の想い出へと運んでいくのであった。
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