外国映画−せ

★は1個から5個の間でテキトーにつけてあります。製作国は目安程度。
最新更新日:2004年08月30日
<外国映画−す 後編>
タイトル コメント
スタッフ キャスト
「[SAFE]」
(SAFE) (アメリカ)
★★
町中の化学物質にやられてしまう病気にかかった主婦が、その手の人を集めたコミューンに行く。
監督・脚本
    トッド・ヘインズ
撮影 アレックス・ネポンニアスキー
ジュリアン・ムーア
ザンダー・バークレー
ピーター・フリードマン
ジェイムズ・ル・グロ
メアリー・カーヴァー
スーザン・ノーマン
ケイト・マクグァイア・スチュアート
エイプリル・グレース
「セイブ・ザ・ワールド」
THE IN-LAWS  (アメリカ)
★★★
監督 アンドリュー・フレミング
脚本 ナット・モールディン
    エド・ソロモン
原作脚本
    アンドリュー・バーグマン
撮影 アレクサンダー・グラジンスキー
音楽 クラウス・バデルト
    ジョン・パウエル
    ジェームズ・S・レヴィン
主題歌
    ポール・マッカートニー
マイケル・ダグラス
アルバート・ブルックス
ロビン・タニー
ライアン・レイノルズ
リンゼイ・スローン
デヴィッド・スーシェ
キャンディス・バーゲン
マリア・リコッサ
KC & ザ・サンシャインバンド
「セイント・クララ」
SAINT CLARA <英題> (イスラエル)
★★★★
近未来SFなのだが、イスラエルの文字(ヘブライ語? 右から左に書く)がすでにSFな感じ。風景とかも特に近未来風につくったわけじゃないと思う(室内は別)んだけど、「ウルトラセブン」なんかに出てきそうな団地とか、いいですねえ。
監督 アリ・フォルマン
    オリ・シヴァン
原作 パヴェル・コホウト
撮影 ヴァレンティン・ベラゴノフ
音楽 バリー・サハロフ
ルーシー・ドゥビンチック
ハリル・エロハフ
ジョニー・ピーターソン
マヤ・メイロン
マヤ・デ・フリース
タル・ファイゲンバイン
イーガル・ナオー
ヨセフ・エル・ドロール
「世界中がアイ・ラヴ・ユー」
EVERYONE SAYS I LOVE YOU (アメリカ)
★★★★
歌・ダンスの素人によるミュージカル。これが楽しい。
オープニング・タイトルの字体はいつものウディ・アレンですが、音楽がジャズでないのがちょっと新鮮です(だと思ったけど)。
さらにニューヨークべったりもやめてパリくんだりまで出張してます。が、これはさほど意味があるとは思えません。
ドラマの内容としては今回も三谷幸喜っぽいです。
監督・脚本
    ウディ・アレン
撮影 カルロ・ディパルマ
音楽 ディック・ハイマン
衣装デザイン
    ジェフリー・カーランド
振付 グラシエラ・ダニール
アラン・アルダ
ドリュー・バリモア
ゴールディ・ホーン
エドワード・ノートン
ジュリア・ロバーツ
ウディ・アレン
ティム・ロス
ナタリー・ポートマン
ルーカス・ハース
ナターシャ・リオン
ビリー・クラダップ
「セクレタリー」
SECRETARY (アメリカ)
★★★
シネマスクエアとうきゅうは、日曜のみ朝1回追加上映されており、それは1000円なのだ。といったわけで、ここ最近シネスクの映画は前売券を買わずに日曜の早朝(たいてい上映最終週ね)に見ている。割と客入ってると思う。この日は、おやおや、中野等でおなじみのポニーテールの人に遭遇してしまい、そういえば前にも映画サービスデーの「発禁本 SADE」でも遭遇したことがあり、まあこれも同系統の作品(文芸ポルノ)だからなあと思いつつも、いやいや、たぶん僕らは”千円で見られる映画”愛好会のメンバーなのだろうと考え直す。朝だろうが夜だろうが、旧作だろうが新作だろうが、洋画だろうが邦画だろうが、千円で映画がかかっていれば我々は駆けつけます。
監督 スティーヴン・シャインバーグ
脚本 エリン・クレシダ・ウィルソン
原作 メアリー・ゲイツキル
    短編集『悪いこと』より
撮影 スティーヴン・フィアバーグ
美術 エイミー・デインジャー
衣装 マージョリー・バウワーズ
音楽 アンジェロ・パダラメンティ
マギー・ギレンホール
ジェームズ・スペイダー
ジェレミー・デイヴィス
レスリー・アン・ウォーレン
パトリック・バウチャウ
スティーヴン・マクハッティ
「セシル・B ザ・シネマ・ウォーズ
Cecil B. DeMented (アメリカ・フランス)
★★
ボルチモアのセシル・B・ディメンテッド君(ドーフ)は、近頃のアメリカ映画業界を見ていてブチ切れてしまったのである。シネコンだの外国映画のリメイクだの続編だの完全版だのゲームの映画化だのロビン・ウィリアムスだの、腐りきってやがる。俺が本当の映画をつくってやるぜ。というわけで、仲間というより信者スプロケット・ホールズとともに、(ちょうどボルチモアに来ていた)落ち目のハリウッドスター・メラニーを誘拐、ムリヤリ自分たちの映画テロリズム映画に出演させるのであった。内容は、銃を持ったメラニーたちが「パッチ・アダムス完全版」上映中の映画館(客ボロ泣き)に殴り込んだり(元から長すぎるんだよ!)、撮影中の「フォレスト・ガンプ2 ガンプ・アゲイン」の現場(人生はカニのようなものだ。甲羅をはがしてみないと……。カニとかカキがボルチモアの特産品らしい)に踏み込んで主演俳優を撃ち殺したりというものである。これを一発本番ゲリラ撮影、手持ち16mmカメラで追う。テーマは究極のリアルだ。官憲に追われる彼らはピンク映画館やカンフー映画館の客たちに助けられ、映画製作をつづける。メラニーもその気になってきた。「アンダーグラウンド映画に栄光あれ!」
いかにも私がほめそうな感じでしょ。でも全然違うんだなー。ハリウッド映画だからダメ、インディーズならグー、とかそういうことは私は全然いってないのですよ。勘違いされやすいけど、良識派の作品だからダメっていうのもいってないよ。ハリウッド・ファミリー映画から鬼畜・ピンク映画まで、好きなものは好き、つまらないものはつまらない、というのが私のスタンスであり、全人類にとってもらいたいスタンスである。その点で「パッチ・アダムス」は見てるらしいからいいとして「ガンプ・アゲイン」を邪魔したりするのは論外である。ガンプ・ファンがやるのはまだいい。なにしろ主演がトム・ハンクスじゃないので嫌がられてもしかたない。私はガンプは好きではないが「ガンプ・アゲイン」は見るであろう。実は続編好きなのだ。
というわけで、これ映画マニアがほめてたりすると思うけど、そんなヤツらは全然映画好きじゃないのである。A・B・C・Zと映画が4本あったら4本とも見るのが正しいマニアであって、CとZだけ見るってのは、Aしか見ない人たちと同じである。 ← などと書いておいて一夜明けて冷静になったところ、フランス映画とイタリア映画は見ねえ! とかあちこちで公言していたことに気づいた。
スプロケット・ホールズのみなさんは、アルモドヴァルとかデヴィッド・リンチとかそれぞれお気に入りの監督名を刺青していたりするのだけど、そういう人たちが女優をさらってくるというのもよくわからない。元にした誘拐事件があったらしいけど知らない。でも、アニタ・ムイとかアンディ・ラウが黒社会(台湾の方みたい)に誘拐・脅迫されて映画撮ったってのは知っているし、ついでにいうとゲリラ撮影、そしてあらかじめ脚本がなく毎朝セリフ書いた紙を渡す、なんてのは香港映画では常識である。わざわざ映画にするほどのことではない。親方星条旗のアメリカ人にいってもしょうがないが。さらに手持ちワンカットで追うというのもウォン・カーウァイ以降手垢のついた方法であり(カーウァイっていうよりクリストファー・ドイルか。彼らは別にワンカットにこだわりはないけど)、この映画での使われ方は、そういうのよりはむしろワイドショーの手法である。つまり、ただのお手軽。映画をナメてるだろう。
字幕についてもなんか書こうかと思ったが、そう前置きしただけで何がいいたいかわかってしまったであろう。担当者がね……。

セシル・B・ディメンテッド = トチ狂ったセシル・Bという意味。昔ウォーターズがそう呼ばれたらしい。セシル・B・デミルは「クレオパトラ」「史上最大のショウ」「十戒」等で知られるハリウッドの大監督。
監督・脚本
    ジョン・ウォーターズ
撮影 ロバート・スティーヴンス
美術 ヴィンセント・ペラーニョ
衣装 ヴァン・スミス
スティーヴン・ドーフ
メラニー・グリフィス
アリシア・ウィット
エイドリアン・グルニアー
マギー・ガイレンハール
ジャック・ノーズワーシー
ハリエット・ドッジ
ゼンゼル・ウゾマ
ラリー・ギリアード・Jr.
エリカ・リン・ルプリ
エリック・M・バリー
リッキー・レイク
「セックス調査団」
Investigating Sex (アメリカ・ドイツ)
★★★
監督 アラン・ルドルフ
脚本 アラン・ルドルフ
    マイケル・ヘンリー・ウィルソン
原作 アンドレ・ブルトン編
    「性についての探究」
撮影 フロリアン・バルハウス
美術 ベルンハルト・ヘンリック
音楽 ウルフ・スコスベルグ
ネーヴ・キャンベル
ロビン・タニー
ダーモット・マローニー
アラン・カミング
ティル・シュワイガー
ジェレミー・デイヴィス
ジュリー・デルピー
ニック・ノルティ
チューズデイ・ウェルド
「セブン」
SEVEN (アメリカ)

さすがにこの得点は、あまりに世間の評判が高いので、というバイアスがかかってますが、とにかく全然面白くなかったんですよ。だから何、という感じ。オチも早くからわかってたし。ていうか、見た当時「オチがないじゃん」と思った私であった。例によって画面が暗いしオレンジだし、「エイリアン3」で寝た私はいい加減にしろよと不機嫌だったのだ。
監督 デヴィッド・フィンチャー
オープニングタイトル
    カイル・クーパー
ブラッド・ピット
モーガン・フリーマン
グウィネス・パルトロウ
ジョン・C・マッギンリー
ケヴィン・スペイシー
リチャード・ラウンド
「セレンディピティ」
SERENDIPITY (アメリカ)
★★★
クリスマス・シーズンのデートムービーとしてはかなりイイんじゃないかと思うのだが(この後デパートに行くし暗くなりかけの5時くらいに終わる回がオススメ。しかし私の経験上ではこの回が一番眠い)、この手の映画で最大の問題である部分をまったく後処理していないのはどうかと思う。
内容は、あそこにもサインがここにもサインが、ああ、これは宇宙人が攻めてくる前触れでは……という話ではありませんが、「サイン」という言葉は「サイン」以上にたくさん出てきます。まあ、テーマは一緒かな。
TVディレクターのジョナサン(キューザック)と英国美女のサラ(ベッキンセール)はある年のクリスマス直前、恋人へのプレゼントを買おうとしてブルーミングデールズ百貨店で同じ黒いカシミアの手袋に手を出した。それはひとつしかなかった。後から来た客から協力して手袋を死守した二人は、その流れでカフェ「セレンディピティ(幸福な偶然)」でお茶をした。手袋はサラに譲った。お互いにこれからデートだといって別れるが、どうもこれは嘘くさく(でもサラには彼氏いたはずだけど)、マフラーを忘れたジョナサンと譲ってもらった手袋を忘れたサラはともに戻ってきてセレンディピティで再会し、夜のセントラル・パークでスケート・デートとしゃれ込むのだった。ここでカシオペアだのポール・ニューマンの「暴力脱獄」だのゴルフだのキーワードが散りばめられる。おそらく本当は彼女のいないジョナサンはこのまま別れてしまうのが惜しくて名前と電話番号を書くが、そのメモは渡す前に風で飛んでしまう。サラは5ドル札にジョナサンの名前と電話番号を書いてもらい、すぐに使う。二人が運命で結ばれているなら、このお札は自分の元へやってくるはずである。このオカルト女め、と思うジョナサンだったが(思ったのは俺か)、サラがメチャクチャ綺麗なので諦めきれない。彼女の方はガルシア・マルケスの『コレラ時代の恋愛(初版本)』に自分の名前と電話番号を書いて古本屋に売るという。最後にウォルドーフ・アストリア・ホテルのエレベータで賭けをするが悪魔小僧に邪魔をされる。手袋は片方ずつ持ち帰った。
これはニューヨークの観光映画でもあるので、いちいち場所の名前とか書いて紹介しなければならないのが面倒だ(2001年製作の本作は、撮影後にあるビルが映らないように編集し直したりしたらしい)。いや、素人はそんな気遣いしなくていいんです。全日空から金もらった配給元から仕事を請け負った人だけ苦労してください。
(翌日からシャカリキに古本屋を回るジョナサンだが見つからず)数年後、ジョナサンはブリジットとの結婚を間近に控えていた。が、最近周りにサラという名前が出没し、あの本ではないものの『コレラ時代の恋愛』を発見し、と数年前のことを思い出させるサインがある。結婚式場からしてウォルドーフなのだ。彼は親友の新聞記者ジェレミーとともにサラの手がかりを探して駆けずり回る。ブルーミングデールズの店員ユージーンと丁々発止の駆け引き。一方、サラはサンフランシスコで「運命なんてものに頼るな」と指摘するような精神カウンセラーをやっていたが、インド系ミュージシャンのコーベットと婚約したばかりだった。こちらもジョナサンのことがしきりに思い出されて、ついに親友のモリーを引き連れてニューヨークへ飛ぶ。すると、中華街で「保羅紐曼電影節」で「暴力脱獄」を上映するポスターを見つけたり、やはりサインの波状攻撃に会う。さらに本人たちは知る由もないが、モリーはブリジットの知り合いだったりするのだ。
テンポが非常によく、あまり客に考えさせないのがうまい。実は私はハリウッドのイッセー尾形ことユージーン・レヴィを期待して見に行ったのだが(今さっき命名しました)、期待に違わず笑わせてくれました。でも全体としてはラブコメというにはかなりロマンチック寄りで、もうちょっと笑いに力を入れてもよかったのではと思う(俺の好みではね)。
監督 ピーター・チェルソム
脚本 マーク・クライン
撮影 ジョン・デ・ボーマン
美術 キャロライン・ハナニア
衣装 マリー=シルヴィー・デヴュー
    メアリー・クレア・ハナン
音楽 アラン・シルヴェストリ
ジョン・キューザック
ケイト・ベッキンセール
ジェレミー・ピヴェン
モリー・シャノン
ブリジット・モイナハン
ジョン・コーベット
ユージーン・レヴィ
クリスタル・ボック
ロン・ペイン
マーシア・ベネット
マイケル・ガリノ
ブレンダ・ローガン
「セント・エルモス・ファイアー」
ST. ELMO'S FIRE (アメリカ)
★★★★
懐かしさ込みで点つけてしまったかもしれません。
ここはどこだ。ワシントン州かな。1985年であろう。大学を卒業して4ヶ月。アメリカだから秋なわけだ。いつ頃どのように集まったのかわからないが、学校ではいつも一緒につるんでいた男女7人の仲間たちはそれぞれの道で悩んでいた。
元アメフト部で、実は妻子持ち(できちゃった結婚)のロブ・ロウは、サックスで暮らしていきたいのだが、セックスで暮らしていた。あわわわ。とにかく職と女を転々とし、酒とドラッグに溺れかけていた。
彼を秘かに愛するメア・ウィニンガムは、(たぶんユダヤ人の)お金持ちのお嬢様で、父のいいなりに結婚すれば有閑マダムの道が約束されているが、福祉事務所で働き、独立を夢見ていた。はっきりいって7人の中では違和感がある存在だ。その証拠にクライマックスで山田太一的にみんなが集まるときも彼女は登場しない。おそらく地道に働いていたのであろう。彼女は処女で、というのを聞くとロリコンのロブ・ロウは目をキラキラさせるのであった(地が出た?)。その後も「まだ処女?」と2度も聞く。
デミ・ムーアは銀行でお勤めをしていたが、派手で遊び(パーティ、ドラッグ、セックス)好きな彼女は、クレジットと前借りで借金地獄。上司とも関係していて、親子関係も複雑。私はこの映画のデミが一番好きで、しかし今回見直してみるとそんなに美人なわけでもなく、やっぱガラガラ声にまいっちゃったんだろう。なっ、ブルース君。
学生時代、デミとルームメイトだったアリ・シーディは、民主党の上院議員秘書になったジャド・ネルソンと同棲していた。ジャドは女癖が悪く、それはアリも薄々感づいていた。結婚しちゃえば自分の女癖も治るに違いないと思うジャドだったが、そんな理由で結婚させられるわけには行かないと思うアリだった。しかもジャドは金のために共和党下院議員秘書に鞍替えするというのだ。
アリとジャドの二人にベッタリつき合うアンドリュー・マッカーシーは、女とつき合ってるのを誰も見たことがないし、ホモではないかと思われていた(ここら辺がシューマッカー・テイスト?)。デミからは隣室のインテリア・デザイナー(男)を紹介され、家の近所の黒人娼婦からも声をかけてもらえない。しかし彼はホモではなく、昔からアリひと筋で、それは誰にもいえない秘密だった。
エミリオ・エステベスは、学生時代の憧れの先輩、アンディ・マクダウェル(女医さん)に再会し、ストーカーと化してしまう。彼は弁護士を目指しつつ、聖エルモの店(ST. ELMO'S BAR)でウェイターをしていた。そこは彼ら7人がいつも集まる店だったが、いつもの席には今は後輩たちが座っていて、もう彼らの落ち着き場所ではなくなっていた。
誰でも人生に迷う時がある。そんなときは海で遭難した船員のように聖エルモの火の導きを欲するものだが、実はそれは実在するものではなくて、自分がつくり出す幻なんだ。僕たちには聖エルモの火は見えないけれど、ほら、仲間がいるじゃないか。
あっ、今「ケッ」とか言ったろ。いいんだよ、80年代はそういう時代だったの。
そして洞口依子は妊娠し、加藤善博にいじめられたチョロ(中野英雄)は自殺してしまう。それは番組が違います。
当たり前といえば当たり前なのだろうが、舞台が1985年の「ウェディング・シンガー」の時代再現ぶりに改めて感心する私であった。それで思ったのは、流行歌についてリアルタイムで処理するのが難しいのは理解できるが、本作は音楽的にちょっと寂しいので、当時の流行歌差し替え版をつくると結構受けるのではないか、ということだ。でも金かかるからなー。
監督 ジョエル・シューマッカー
脚本 ジョエル・シューマッカー
    カール・カーランダー
撮影 スティーヴン・H・ブラム
音楽 デヴィッド・フォスター
ロブ・ロウ
デミ・ムーア
アリ・シーディ
アンドリュー・マッカーシー
エミリオ・エステベス
メア・ウィニンガム
アンディ・マクダウェル
ジャド・ネルソン
マーティン・バルサム
ジョン・カトラー
ジョイス・ヴァン・パタン
ブレイク・クラーク
マシュー・ローレンス
ジェニー・ライト
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