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最近のピンク映画業界は、ピンク四天王に次いでピンク七福神という若手が台頭してきているらしい。 彼らは四天王もかくやという型破りな作品を連発する(興行主に嫌われる)。 1999年のピンク映画大賞をその七福神の一人・田尻裕司が取ってしまい、四天王の武闘派・瀬々敬久は激怒。 「ピンク映画の歴史をどう考えてるんや」 「ピンク撮ってるつもりありませんから」 「ほな、なんや」 「映画を撮ってるんです」 というので大喧嘩(実際に蹴りが入った)。 世代抗争勃発に色めき立つ業界。 仲間内や評論家連中相手にしてもラチがあかん、ここは勝敗をお客さんに決めてもらおう、 ということで企画されたのが、このP−1グランプリだ。 入場者には表裏が赤青に塗り分けられたボードが渡され、一挙に2本上映して、 どちらが面白かったか、客がボードを上げる。 その場で勝敗がきっちりつく仕組み(実際は2回上映した合計票数)。 勝った方は別の対戦の勝者とセットで上映し、というトーナメント方式だ。 優勝者にはチャンピオン・ベルトが渡される。 ただの張りぼてのベルトだが、その価値は計り知れないものがあるのだ、たぶん。 (実は「蹴り」含めてすべてがヤラセだった。) というのが2000年の状況で、 翌2001年には早くも七福神は分裂、ヤングライオンと名のって4人だけ残った、かと思いきや、 実際のグランプリではよくわからない派閥を組んで、団体戦の様相を呈したのであった(プロレス界の真似か?)。 でも結局、2回とも四天王が優勝してるんだよね。 |
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グランプリ 2000年 チャンピオン サトウトシキ 絶対零度のエロス グランプリ 2001年 (作成検討中) チャンピオン 瀬々敬久 + 1 (プラスワン) |