| 舞台/NODA・MAP(野田地図) | 最新更新日:2004年03月31日 |
| タイトル | コメント | ||
| 劇団(主催) | 会場 | スタッフ | キャスト |
| 「TABOO」 | ★★★★★ 後小松天皇の御落胤、一休さん。母が南朝方のために(だったかな)生まれつきバカだったことにする。 久しぶりに夢の遊眠社みたいで面白かった。が、世間的には野田地図になってから一番といっていいほど評判がよろしくなかったようである。かなりめくるめく感じでよかったぞ。 |
||
| NODA・MAP | Bunkamura シアターコクーン | ||
| 作・演出 野田秀樹 |
唐沢寿明 羽野晶紀 渡辺いっけい 篠井英介 鷲尾真知子 佐藤正宏 松重豊 須藤真里子 野田秀樹 |
||
| 「キル」 | ★★★★ 初演と全然違う印象を持ったです。もっと父と子の戦いが熾烈だった気がするです。古田は受けていたけど、わかりやすくやり過ぎだと思うです。 |
||
| NODA・MAP | Bunkamura シアターコクーン | ||
| 作・演出 野田秀樹 |
堤真一 深津絵里 古田新太 野田秀樹 高畑淳子 辻萬長 鷲尾真知子 深沢敦 手塚とおる 西牟田恵 猫背椿 |
||
| 「ローリング・ストーン」 | ★★ 野田秀樹の芝居ってのは、いつも世界が多層構造になっていて、その間を「言葉」を媒介にして(というかダジャレで)行ったり来たりする、あるいは視点を変えれば世界がでんぐり返る、というような展開になっていて、私はそのでんぐり返るときとか、拡散した世界が一気に収束する瞬間なんてのが、テンションも上がり(実際に息が苦しくなる)、非常にスリリングで、そこにある種のカタルシスがあって(エクスタシーといってもいいぞ)好きだったのですが、今回のはそういうのがありません。 全体としては、国境の街(コキョウをかけてある)を舞台にしていて、その場所なりそこにある記念碑の意味合いが、時間によってまた見る立場によって一変するというのが大まかな筋立てなので、これをいつものズバリ多層世界のでんぐり返りの変わりにしているのでしょうが、それはなんか違う。 世界がでんぐり返った時というのは同じセットでも全然違う風景に見えたものですが、今回は頭では、あー見る立場で様相が一変しているのだろうなー、とは思うものの、全然そんな気にはなりませんでした。ひょっとするとただのスピード感の問題かもしれませんが。 野田秀樹の芝居は考えてもわかんない、感覚・感情に訴えるものという認識でいたので、深くは考えないで見ているのですが(ここんとこ話の展開のためにちょっと嘘ついてます)、今回のはちょっと考えるといろいろわかってしまいそうなのが、変ないい方ですが、怖い。ので、内容については今も考えないようにしているのです。あれはこういうことのメタファーだな! いやいや、そっとしておこう。 |
||
| NODA・MAP | Bunkamura シアターコクーン | ||
| 作・演出 野田秀樹 |
|
||
| 「半神」 | ★★★★ 初演より重いような気がする。というのは深みを増したとかでなくて、軽快さが失われたような……右近健一のせい? |
||
| NODA・MAP | Bunkamura シアターコクーン | ||
| 原作・脚本 萩尾望都 脚本・演出 野田秀樹 |
深津絵里 加藤貴子 勝村政信 野田秀樹 鷲尾真知子 山崎一 山下裕子 右近健一 水谷誠伺 佐々木蔵之介 明星真由美 佐藤拓之 |
||
| 「パンドラの鐘」 | ★★★★★ 王の責任。 本来ならホームグラウンドのシアターコクーンでは芸術監督の蜷川幸雄演出で同じ演目を上演しております。 |
||
| NODA・MAP | 世田谷パブリックシアター | ||
| 作・演出 野田秀樹 美術 堀尾幸男 照明 小川幾雄 衣装 日比野克彦 |
堤真一 天海祐希 古田新太 富田靖子 入江雅人 野田秀樹 松尾スズキ 矢嶋智人 銀粉蝶 明楽哲典 春海四方 戸谷昌弘 張春祥 堀朋恵 豊川栄順 音室亜冊弓 |
||
| 「カノン」 | ★★★ たぶん平安時代とかその辺。酔うと人柄の変わる警官にして裁判官の野田は、猫の目と名乗る泥棒団の脅迫状を受け取る。野田んちの牢番で九州出身の唐沢は、九州弁をしゃべる女囚の鈴木の色香にコロッと騙されてつい脱獄させてしまう。野田の部下の大森に罰として鈴木一味のアジト捜索を命じられた唐沢は、願ったりとばかりに鈴木をストーカーする。盗みを働けば仲間に入れてやるといわれたが、実直な唐沢は悩む。そうと察した野田は大森の指輪を与えて、それを手土産に一味に潜入させる。唐沢は悩みながらも泥棒に励む。そんなある日、唐沢の弟の岡田が逮捕されてしまう。実はファシスト野田に脅迫状を送りつけていたのはマルクス主義者の岡田だったのだ。一味は岡田救出に向かう。その最中に唐沢は昔の同僚を殺してしまう。そのことで一味に一目置かれた唐沢は一味のオカシラである鈴木といい仲だ。一味に加わわった知恵者・岡田の頭脳プレイで仕事は繁盛、一般庶民も一味の味方をして路地裏を逃げるときなど手助けしてくれるようになる。勝手に作戦を立てる岡田に鈴木はおカンムリ。というのは実はカモフラージュで、誰もいないときには鈴木と岡田はイチャイチャ。鈴木は唐沢から岡田に乗り換えようとしていた。岡田の立てた計画の次の獲物は「自由」。だが、一味が「自由」を盗もうとすると次々と災難が降りかかるのであった……。 ストーリー1本。隠し事はあるけど裏はない。リアルタイムで進む普通の話。とはいっても野田ですから、あれこれネタは散りばめてあるので、上の書き方ではストーリーの最後まで書けません。猫と絵のことを書かないといけない。それ書くとわけわかんなくなっちゃうけど。 いわゆる寓話なんでしょう、わかりやすい暗喩あり、でも政治向きの話なんであまり考えないようにしていたら、最後の辺は意味がわからなかったです。 ということで役者の話に逃げますと、串田和美、年寄りなのはわかってたけど、もうどうしようもないくらいジジイであり、見ていて情けないです。セリフもモゴモゴして何いってるかわからないくらい(前から3列目で見てましたけど)。後半はちょっとよくなったけど、前半は腹立つくらいダメ。中島らも、市川笑也と並ぶ私の観劇人生ワースト3ね(これはいい過ぎ)。反対にスッゲーよかったのは須藤理彩。ナレーション替わりでもある全てを見ている猫の役。舞台からはけるときの動きが甘い(半端な走り方なの)のだけど、それを抜かせば完璧でございます。特にまばたき。前も映画で女優のまばたきをほめたことありましたが、まばたきは重要です。女性は練習しましょう(でも鏡見ても自分じゃわかんないね)。あとやっぱ野田秀樹ね。まだまだ動きが素早い。今回の出演者で一番早いです。 今回見かけた有名人。トイレに行ったとき、洗面台で鏡ながめてた帽子に長い金髪の男は古田新太だと思うね。というわけで劇場に行ったら喫煙所と男子トイレは要チェック。きっと有名人がいるぞ(しかし煙草吸う役者って多いね)。 |
||
| NODA・MAP | Bunkamura シアターコクーン | ||
| 作・演出 野田秀樹 |
|
||
| 「贋作・桜の森の満開の下」 | ★★★★ これを見る・語るにあたって私にはハンデが2つある。1つは89年の初演・92年の再演を見ているということで、もう1つは初演・再演をほとんど忘れているということだ。 と、何々が2つあるというカッコイイ書き出しで始めてみましたが、何がいいたいかというと、私はどうしてもこの芝居のラストは真ん中に太い満開の桜の木が立っていたような気がするのであり、今回は立ってなくてアレッと思ったのだが、実は再演の時にも「桜の木が立ってたように思ったがなあ」と思ったような気がするのである。ということは再演も立ってなかったんでしょう。私のねじ曲がった記憶によりますとですね、後半に出てくる大仏がグルッと回ると桜の木になっていて、国の境を決めるシーンでは、長いリボン(警察の立入禁止用みたいの)を持った人たちが左右にサーッと走って桜の周りにリボンが張り巡らされる。この状況について、映画「ザ・セル」の感想でラストがそっくりと評したのです。ひょっとすると他の芝居、たとえば善人会議(現・扉座)「女殺桜地獄」とか鳥獣戯画の歌舞伎ミュージカル「桜姫東文章」とかだったのかもしれませんが、しかしおそらくこれからも私は「贋作・桜の森の満開の下」と聞くと”ラストの桜の木”を思い浮かべてしまうであろう。私は舞台上に幻の桜を見た! それはそれでカッコイイ感じがする! そのような状態なものですから比較で話を進めるわけにもいかず、かといって見ているうちにいろいろ思い出すことはあるわけで、ちょっと困っちゃってるのです。役者も違うし舞台装置も違うので当初見た目は結構違うと思いましたが、セリフはほとんど前のままじゃないかなあと思っているうちに、後半になると、鬼瓦、舟、鳥居、大仏、その他もろもろの小道具とかは前のままな気がしてきます。セリフについては堤真一が夢の記者会見で「女優に手は出しません」といってウケたりしますが、前に同じ役をやった野田秀樹もちょうど結婚が発覚したときで同じセリフをいってウケてたような気もします。堤のキャスティングはこれのためか、とか考えてしまいました。他の役者についても、例えば深津絵里、前の毬谷友子に比べて、とか思いつつ実は前のことはほとんど覚えていなくて比べようがなかったりするわけです。ただ私の受けた衝撃は覚えている。いやあ毬谷さんはよかった。おかげで鈴木清順の「夢二」を見に行きました。深津は声もテンションも高い可愛いキャラの時はいいのだけど、ひょっと顔を出すブラック・キャラがいまいち。いや役の解釈が違うのかも。毬谷さんのは二重人格の気がしたけど、深津のはブラックが可愛いのを演じている、という役作りで、しかしブラックの方が不自然に見えてしまう感じ。 ヒダの王(野田)は二人の娘、夜長姫(深津)と早寝姫(京野)のために弥勒像を用意しようと思った。そこでヒダ匠組合の三名人を呼び寄せる。しかし集まった名人はみなニセ名人だった。赤名人(荒川)の弟子だったがヒョンなことから師匠を殺してしまった耳男(堤)。青名人(平沢)を殺した強盗団のボス、マナコ(古田)。そして革命を志すオオアマ(入江)。耳男は夜長姫に気に入られるが、彼女の無邪気な悪意のために耳を削ぎ落とされる。耳男はその恨みを弥勒にこめる。オオアマは都から丑虎の方角、つまり鬼門にあたるヒダで地獄に通じる門を開け、呼び出した鬼の軍勢を引き連れて都に攻め入ろうと画策していた。彼は早寝姫と情を通じ、父王の知る門の開け方を探る。オオアマの正体に気づいたマナコは手下たちとともに、彫刻のフリをして革命用の武器と、保険で都に渡す武器もつくる。エンマ(大倉)やハンニャ(犬山)ら、物語の影でうごめく鬼たちは、なんとか表に出ようとしていた。 物語の中心は耳男と夜長姫のラブストーリー(そう?)なわけですが、これがなんとにっかつロマンポルノ「狂った果実」にそっくり。本当です。要するにお嬢さんと貧乏青年の定番ということなのでしょう。僕たちはお嬢さんにいじめられるのが大好きだ。ズバリSMです。 私が非常に感心したのは舞台の奥行き。50mくらいありますね。見た感じ遠近法を使ったみたいな美術だったのですが、遠近法じゃなかった、本当に遠かった。横が広い舞台は嫌いだが奥深い舞台は大好きだ。でも、そのせいか、前からそうだったのか、上下の動きが少ない気がします。昔の野田はもっと上へ下へ激しかったような……。 今回は席が列の真ん中辺だったし、喫煙所も遠かったので、有名人は見かけませんでした。いや、斜め前の女の人が見たことある気はしたんだけど。 |
||
| 新国立劇場 (NODA・MAP) |
新国立劇場中劇場 [PLAYHOUSE] |
||
| 作・演出 野田秀樹 美術 堀尾幸男 衣裳 ひびのこづえ |
|
||
| 「透明人間の蒸気(ゆげ)」 | ★★ 普通だと2点のものは「つまんねえよ」とかちょっと怒りの気持ちが入っていたりするのですが、今回はそういうのありません。なぜなら、初演が(私の見た)夢の遊眠社史上最低のつまらなさだったからです。筋はもちろんわからない。そんなことはどうでもいいことで、問題なのは見ていて何も感じないし、後にも何も残らないということです。今回は、前より話はちょっとわかるんじゃないかと思いました。が、ズハリいって野田には怒ってないが、俺はお客さんはちょっと怒ってるぞ。お前ら絶対カーテンコール4回やるほど気分乗ってないだろう。野田だってそんなに大勢が支持してくれるようにつくったつもりはないと思うぜ。 宮沢りえは手が長いのがよかったけど、8割くらいの力しか出してないと思いました。阿部はホント体の動きはスゴイよね。 |
||
| 新国立劇場 (NODA・MAP) |
新国立劇場中劇場 [PLAYHOUSE] |
||
| 作・演出 野田秀樹 美術 堀尾幸男 照明 小川幾雄 衣裳 日比野克彦 美粧 柘植伊佐夫 選曲・効果・演出補 高都幸男 振付 川崎悦子 |
福原寛菜(笛) 松坂典子(筝・三絃・胡弓) 山田貴之(太鼓) 福原徹秋(太鼓) 中畝詩歩(太鼓) |
||