TOSHIKI ENOMOTO all rights reserved.
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アトリエ enoeno 主催 ワークショップ Vol.2
Workshop & Performance for infinite sense
だから、やめられない
三鷹天命反転住宅 in Memory of Helen Keller
2009.10.31[sat.]ー11.08[sun]
● 超・スペシャル・プログラム お泊まりワークショップ
日 時:10月31日(土) 19:30より、翌朝10:00まで
11月2日(月) 19:30より、翌朝10:00まで
11月6日(金) 19:30より、翌朝10:00まで
11月7日(土) 19:30より、翌朝10:00まで
2009年10月31日(土)ー 11月1日(日) お泊まりワークショップ
この住宅で一夜を過ごすというのは、以前から興味のあることでした。昼間だけでは体感することの出来ない様々な事柄を楽しめました。スペースシャトルにありそうなシャワーでは、どちらを向けば良いのか少し考えたり、ちょっと落ち着かなかったり。眠る場所には、部屋ではなく、凹凸の床を選び、自分にとってちょうど良い位置を身体で探っていきました。うつぶせになって、床を抱きしめるようにすると、地面というのは本来は平らにならされたものではないのだという事を改めて感じます。灯を落としたこの部屋で、横になって息を潜めていると、うす暗闇の中にぼんやりと浮かぶ柱や天井、球体の形が、有機的な気配を持っているようでした(内蔵の中にいるようだった)。晩→朝の体験は大変貴重でした!
まず初めに、遠くから見た時の印象が南国でした。ホームページやネットなどで存在は知っていたけど、こんな不思議な建物が町の中にあるなんて、まわりの空間とどんな風に関わり合ってるのか、来る前まで気になっていました。だからてっきり山奥とかあまり人が多くない所とかにあるのを想像してたけど、来たら全く普通の住宅と並んで、それが違和感なく、ある意味この風景を調和している象徴的な存在な気がしました。
みんなでくつろいだり、お酒を楽しんだりできるスペースでも、常に知らないうちに自分の五感でこの空間を感じている自分がいました。少しゴツゴツする足元も、自然とそれが自然になりました。
オフロを体感してみて、はじめは狭いのかなとと思ったけれど、ある意味この大きさだったり、包まれる感が心地良く感じました。見た目的にも、なんかドラエモンの世界に入った様な、近未来的な時間でした。
後は、ドーム型の部屋で、皆で布を膨らませて、滑り込んで膜の中の膜に包まれてる気持ち良さ、ツルツルすべるひやっと感、寝返りはちょっと痛くなったり、そんな体全体で感じられる、色んな筋肉を使う部屋だと思いました。それが、今の体に表れている気がします。。。
普段使わない自分の五感を目覚ましてくれる切っ掛けの一晩になりました。貴重な時間を過ごさせて本当に幸せだと思います。
ボコボコの傾斜のある床で寝た。寝る位置を探すとき、ふと目覚めて、また寝る位置を探すとき、なかなか痛くもあるが、寝てしまうと意外と気持ちいいものだった。
体の部位、部位が、それぞれ場所を探し当て(?)、体全体で協力しあって(?)、位置が決まる。普段そういった体の使い方をすることがなく、とても面白かった。上に下にと寝ながらよく動いていた。無意識にも各感覚がうごめいて、寝ながらも活きていることを、ボケーとしながら感じた。
シャワーから出て来た時、「生まれた!」という感覚があり、目の前に広がる色・色・色。何かが起こるような期待感があって楽しかった。白い世界(シャワーの内)からの脱皮がすごくワクワクさせた。ここが分娩室でも意外とあり?
もう一度、泊まりたい。だから、やめられない。
球体の寝心地はなかなか良い! 寝転んで重力に身を任せると、じりじりと滑って体が丸みにフィットしていく。そこですかさず横向きになれば、部屋との一体感が感じられます。洞穴で寝ている様な安心感も。
シャワールームは狭そうに見えて、意外と解放感がある。円柱空間の半分は透明で、周囲の風景がぼんやりと透けて見えるから、さほど閉塞感はない。日本人だから湯船があればもっといいのにとは思った。
洗面所で歯を磨くときや、鏡に顔を近づけて見たいとき、床が斜めになっていてツルツル滑る。洗面器に近づきたいのに、ツルツルツルツル…悲しい。でも、あと3日住めばコツがつかめるかも知れない! 自然とあの洗面所を使いこなしてみたい。そしたらカッコイイ。
和室は違和感がありました。カラフルな壁や、カーテンやカーペットがあるのが落ち着かない…。
見えそうで見えないトイレはすごく快適。友人を呼ぶには音が気になるけど、家族で住むならプーとかシャーとか平気。今まで見てきたトイレの中で断トツ1位!
大地に降り立った宇宙船…のように見えるボコボコ床の上のヒーター。
2009年11月2日(月)ー 11月3日(火・祝) お泊まりワークショップ
5月末のキャンドル・ナイトに参加して、「今度は朝まで…」と思っていたところ、実現していただいてよかった。
初めての202号室の色使いも面白く、参加メンバーとの会話も楽しく、夜はふけていきました。
Tシャツに短パンでは寒くないかと聞かれても、寒くないし、球体の部屋も確かに冷たく感じるものの、寝ることはできました(いつもは早朝に起きているのに、今日は東八道路の車の音がだいぶ大きくなってから起きたようです)。贅沢を言えば、あっち・こっちで寝てみたいのだが。。。1日中ただゴロゴロしていたらどうなるか、やってみたい。
多くの色が光の加減で、感じが変わっていくのが、実に面白い。
初めてシャワーを使ったのだが、「カランがない」。。「あ、いらないか。。」。。ドアを閉めると実に不思議な感覚。。。使っている・別に圧迫感はないのだが、開けた時の開放感が面白い。
多分この建物、部屋の意図は、まだ、ほとんど理解できていないだろうけど、「住」に必要なのも「衣」に必要なのも、既に提示されているのだから、「食」についてもなにか示していただければと、元気に長生きしたい欲をもつ俗物は思っています。
そういえば、今日は別に目隠しウォークもやっていないのに、体のあっちこっちが前と同じように「疲れた!」といっている。
うーん、前回は10人中1人、今回は4人中1人だけ男というのはどういうことだろう。さあ、冬もくるぞ!
ただ、303号室の球体も、202号室の球体も、コンクリートの部分にクランクが入っているのは残念。
へその部屋は色調が落ち着いていてほの暗く、間取りも手狭で丁度良い。「中心」とは確かに狭く、薄暗いものかも知れない、と考えながら、上下左右に部屋があり、(本来なら)人の住まうその中心の、この洞穴のような空間で夜を過ごせば、その日知り合ったばかりの人達とでも、夜半すぎにはファミリーのようになれるだろう、そんな予感がした。そしてそれは、その通りだった。
「常とは異なる」という意味では、空間も状況も確実に“異常”だけれど、意外にも自分にしっくりなじむ。もしかしたら通常の生活の方が、よほど“異常”なのかもしれない。白い壁の四角いハコに住み、内輪と他者の隔てを常に意識する日常の方が。
シャワーは座って。これはシャワールームが座って使うのに具合良くできていることを知ってから、心に決めていた。円筒形の空間に入ると、周囲は透明だから良く見えるのに、切り離されたような気持ちになった。シャワールームが実はロケットで、このまま天井を突き抜けて、素っ裸の自分を乗せたまま、遥か宇宙へ旅立ってしまったらどうしようと、一瞬本気で心配した。それも最初のうちだけで、イスに座ってシャワーを浴びていると、目を閉じていても、ガラスが曇り始めても、自分の前に開かれた空間があることを妙にまざまざと感じられた。ドアのない部屋。寝ること、食べること、身づくろいをすること、それら全てが“生きる”営みが、一つの空間に渾然一体となっているのだと思った。様々な色が騒がしいようでいて、どこか調和のとれている部屋そのもののように。
寝場所について。初めは友人と2人で球状の部屋で寝ようとしたものの、床から伝わるしんしんとした冷えに一時間でギブアップ。自分の体温で温めきれないコンクリの偉大さに敗北感を覚える。寒ささえなければ、友人と2人、吹き溜まりのように、球の底にごろりと転がるのは悪くなかった。2人してすごすごと布を引きずり和室へ移動。目を閉じてしまえば鮮やかな部屋も意味はなく、床は平らなので、眠りは通常通り訪れる。「死なないための家」という高尚そうなテーマを持つ家で、女子の煩悩トークを繰り広げつつ就寝。
目覚ましが鳴る15分前、不意に目覚める。自分の状況を思い出したのが、覚醒する一瞬前だったのか、横で眠る友人の寝顔を見てからだったかは定かではない。
振り向くと朝の光の中、真っ青な洗面室が目に飛び込んで、それが妙に嬉しかった。とても良い朝だった。
思っていたより普通だと思ったのは、家の持つ力か、ゴキブリ並みと噂の人間の順応力か、それは正直わからない。でも、過ごした時間、見た色、出会った人、そのどれが欠けても違っていたその空気は、かなり素敵な思い出になるだろうと思う。人生の中で輝いて、時折思い出してニヤけてしまうような。
「色」について…最初に2時間ではなじむことより慣れることを意識していたので、夜に再び訪れた時は、もっとあたたかく迎えられた感じがしました(「ただいま~」とか言ってみたり、「おかえり~」って言われたり)。一晩過ごすと、「なぜこんなに色があるのに、こんなに落ち着くのか」という疑問に対して、なんとなく答えが浮かんでくる。それはもちろん各部屋の配色であったり、空間の仕切られ方などがあるが、一番私は窓の存在が大きいと思う。天井までのびる窓、朝日がぎりぎりまで、部屋の隅の最後の一筋まで、入ってこようとする。床の凹凸。そしてその光に当てられた構造物の形と影。それらがみんなやわらかく調和して、視覚的にだけでなく、身体的に感じられた。
「シャワー」について…シャワー室だけ白いのは外から見てもわかることだが、中に入って扉を閉め切ると余計に感じた。部屋の色が不自然なくらいに目立つ。身体を洗う場所が真っ白というのは、逆に無機質な感じ。けど、あの閉め切られた細長い空間が落ち着くような。しかしこの部屋全体が、落ち着くようなんだけど、全然落ち着かないのです。いてもたってもいられず、シャワーは立ちっぱなし。出たり入ったりして、電気をつけたり消したりして。オススメは、①全部真っ暗(後ろのトイレだけつける)②シャワールームのみ明るくする!
話をしている時も歩き回ったり、揺れたり、寝転んだり、じっとしていられなかった…。そこがこの部屋の不思議。感覚を揺さぶられる。その心地良さに酔ったりした一晩だった。
「共有」について…私にとってこのワークショップで体験して得がたかった事は、この一晩で、この5人と同じ時間と空間を共有できたことです。偶然集まった5人が、それぞれの話をしながら、漫画の話や美大の話などをして、盛り上がってしまったことは、なんて奇異で、なんて居心地の良い時間だろうと思いました。それはまさにこの建物のような。端から見るとバラバラな形や色が集まっているのだけど、構造物として、居住区として成立っている。本当にに、素敵な出会いと再会と発見の時間でした。
キューブとカラフルな色彩にもかかわらず、前回とても居心地良く感じたのが、何故だったか、ずっと考えていました(今回もずっと心地良く落ち着いていましたよ)。結論としては、内装の仕上げや色の取り合わせなど、細部までひめやかに心使いされていることと、目に入る色が多いということの2点が大きな要因だと気付いた、というか、身に染みて理解、実感したところで朝食が終了。日常生活にある色彩の数がストイックなほど限られているので(屋内生活者なもので)、精妙に変化してゆく光のうつろいや、反射光が材質によって異なる様、色と色が対比し拮抗するところを、感嘆しつつ、ぼーっと眺めています。外国に行って知らない文物を目にした時に、「何じゃ、コレ」と思ってまじまじといろんなモノを、口をあんぐり開けて観察してしまう時と、全く同じような感覚に浸っています。子供の頃は、世界がこんな風に新鮮に見えていたのか?
2009年11月6日(金)ー 11月7日(土) お泊まりワークショップ
前回はワークショップで多勢の方との遊び場としてのイメージが強く、刺激的であるがゆえに「暮らし」には向いてないのでは?との印象でした。今回は2部屋を2ファミリーという贅沢な使い方で、まさに実際の暮らしに近い体験が出来ました。
はっきり言って、特別な違和感は無く、床も壁も数時間で馴染み、快適に感じられました。開放感は広く感じさせてくれ、色彩は明るい気持ちにさせてくれます。
子供は球体の中から出てこなくなり、キャ~と身体を動かし続け、TVなど縁のない時間がない、理想的な時でした。
実は前回から来て、徐々に生活空間に新しい考えが芽生え、荷物をどんどん捨てている所です。あ~、いつか、ここに住みたいなぁ~(いや、近々)。
2009年11月7日(土)ー 11月8日(日) お泊まりワークショップ
ぼこぼこのところで、ねぶくろをきてねたのが、きもちよかったです。
きゅうたいはすべりだいみたいになっていて、おもしろかったです。
あさごはんはおいしかったです。
ねぶくろでねるのが楽しかった。なぜかと言うと、球体の中で、スーとすべるのが楽しいからです。球体はオススメです。
ワークショップをやり、シャワールームがすごく小さくて、すこしとまどいましたが、そんなに害はなかったです。逆にそのふんいきにあっていて楽しかったです。
寝袋で球体のへやで寝たのに、テーブルの下にいたのがびっくりしました。
ゆかの凸凹や色のカラフルな感じなどが、最初の方は引きましたが、だんだん慣れてきて、外の風景などが逆にふしぎになりました。
でこぼこしている床がおもしろかったです。球体では色々な遊び方で遊べるのがたのしかったです。
遊戯施設(体感施設)、アートとしては得るものが確かにありました! 五感、特に触感を研ぎ澄まさなくては、うっかりケガをする?緊張感が常にあります。でこぼこ床はセメントなので、うっかり気を抜くとねん挫するでしょう(笑)。でも、そのおかげで、普段そそっかしい私は注意深い(慎重な)人間になれること間違いなし。ずっと住み続けるには不向きでしょうが、床、結露を改良すれば住めるようになると思います。制作者の荒川氏は純粋で儲け主義ゼロの方らしいので、建築の視点から、どなたかが手助けをしてあげれば、この建物も流行に乗れるのではないでしょうか? つい利益を追求してしまう俗世間の住人からの一見解でした。