バイク雑記帳 1 高校時代とバイク 高2の冬に、バイクの免許を取りました。 当時は、125ccのビジネスバイクで、所定のコースを走ればバイクなら何でも乗れる制度でした。 それで、当然バイクが欲しいわけですが、お金が無いので友達から1.500円で買った、ホンダドリームC72(ビジネス)で、走り回っていました。 写真は、兵庫県の道場というところのキャンプ場で、川渡りしているところです。 大阪で、万博が開催された1970年の頃です。 万博終了後、会場を取囲む1周5Kmの道路が高速サーキットと化し、サバンナRX3や箱スカのGTRが走り回り、土曜日の夜はパトカーが出動して大騒ぎでした。 ちなみに、箱スカはケンメリの前のモデルなので、ケンメリに対して太朗と花子と言われていたことご存知でした。 バイク雑記帳 2 卒業ツーリング 高校卒業前に、友達と九州の阿蘇まで、ツーリングに行きました。 寒い中、よくぞ行ったもんですが、今でも行きたいところです。 写真は、やまなみハイウェーの途中の湖をバックに、記念撮影しました。 手前から、CL250・CB250エキスポート(70)・CB250エキスポート(71)です。 私が高校の頃から、バイク通学がうるさくなり、学校近くの路地に隠したり、少し離れた場所に隠したり、イタチゴッコをしていました。 ある時、通学にバイク用のブーツを履いてきた友人がいてズボンで隠していましたが、先生もさるもの目ざとく見つけられ、こっぴどく叱られていました。 バイク雑記帳 3 就職とバイク 昭和47年、高校を卒業して、就職しました。 初めての給料で買ったバイクが、スズキのバンバン90です。 これは、タイヤが太い為、コーナリングが難しくて苦労しました。 でも、慣れるとその癖をコントロールする楽しさもありました。 2サイクルということを忘れ、オイル切れで2回も焼きつかせ、とうとう手放してしましました。 バイク雑記帳 4 トライアルブーム 就職後まもなく、トライアルブームが来ました。 これは、ホンダからバイアルスTL125が発売され、デモストレーションにイギリスからトライアルの神様サミーミラーが来たからです。 バンバン90からハスラー250Vに乗り換えていた私は、早速バイアルス125を購入、三重県は菰野町の三滝川でトライアルを始めました。 バイアルスの初期型は、同型エンジンのCB125と比べシリンダーヘッド・カムシャフト・キャブレターなどを変更しており、低速でも粘り強いエンジンで3速でもアクセル操作と体重移動だけでウイリーが出来ました。 また、燃費が非常に良くて、最高1リッターで60Km走れました。 モデルチェンジ後は、同型エンジンは総てキャブ・シリンダーヘッド等共通部品となり、セッティングだけ変えた似非トライアル車になったのは残念でした。 その為、低速もパワーが無くなり、燃費も悪くなりました。 バイク雑記帳 5 雪上ツーリング 冬に林道ツーリングを先輩達と行きました。 しかし、さすが冬の林道、御覧のように雪だらけになりました。 でも、こんな事でへたっていてはライダーとはいえません。 全員完走、痛快無比のツーリングでした。 みなさんも、一度やってください。 雪上走行は、楽しいですよ。 でも、一般道では、絶対にしないように。 写っているバイクは、バイアルス125・エルシノア125・SL125です バイク雑記帳 6 草レース 昭和51年、XE75(90ccに改造)で、草レースに出ました。 コースは、大阪のオートランド生駒です。 岩盤の下り斜面を、ジャンプして着地したところです。 まだ、モトパンやブレストガードなんて、普及していない頃で、Gパンにやっと買ったクシタニのMXブーツを履いているだけです。 で、結果は見事1等賞で、気持ち良かったです 。 バイク雑記帳 7 こんなバイクも乗ってました。1 昭和50年に発売されたXL250です。 SL250以来の本格的なOFF車と期待したのですが、エアークリーナーのエアーチャンバーがシートの下半分ぐらいまである為、シートが分厚くシート高まで高くなり足つき性は最悪でした。 今みたいに、オフ車でもセルがついている時代ではなかったので、信号待ちでエンストしたらと思うと心配で心配で、常にアクセルをあおっていました。 で、すぐに売ってしまいました。 バイク雑記帳 8 こんなバイクも乗っていました。 2 昭和52年発売のCB400T(ホークU)です。 これは、とにかく乗りやすい優れものでした。 初期型は、丸いタンクなのでやかんタンクと言われていますが、駄洒落でポークUと私だけが言っていました。 いやほんと、いいバイクです。 ところで、同型の250ccホークも同時発売になりまいたが、車体・エンジン寸法がまったく同じの為、エンジンを載せ変えて乗っている人が多くいました。 実際は、キャブ・電装系の要交換ですが・・・・。 バイク雑記帳 9 こんなバイクも乗っていました。 3 ヤマハTY250です。 当時としては、本格的なトライアルバイクでしたが、街のりやツーリングには向きませんでした。 で、すぐに売っちゃいました。(タンクは、塗りなおしています) バイク雑記帳 10 CB750KO フレーム番号100番台のK0です。 K0マニアの方なら、涎モノです。 タンクエンブレムは違うものが付いています。 いま思えば、手放した事を悔やんでも悔やみきれません 。 バイク雑記帳 11 こんなバイクも乗っていました。4 ホンダモンキーZ50Zです。 写真は、大阪の実家で撮りました。 このモンキーは、昭和48年か49年頃、三重県の鈴鹿市で買いました。 慣らしを兼ねて、鈴鹿市から守口市まで120Kmを、国道25号線と163号線を時速30Km/hで走りました。 たしか、5時間ぐらいかかったと思います。 いつまでたっても大阪は見えてこないし、お尻は痛いは、使い方を間違えるととんでもないことになる良い見本でした。 で、すぐに売ってしまいました。 バイク雑記帳 12 こんなおいしい仕事もありました。 アルバイトで、カタログライダーをやりました。 カタログの各1シーンを撮るだけで、フィルムを2本使い切ります。(72枚ですよ) その分私は、同じコーナーを72回連続で走る羽目になりました。 あちこちのコーナーでこれを繰返すのですが、ええ加減に疲れまっせ〜。 で、今でもカタログをお持ちの方、カタログを開いた中の青色のVF400のステップの前、チェンジペダルの下の部分を拡大鏡で見てください。 ボルトが1本抜けています。 当日、このバイクも持ってきていたのですが、その時からボルトがありませんでした。(^^) ちょっと疲れましたが、無事故で終わっていい思い出になりました。 ちなみに、CB250RSのヒラリヒラリ感のカタログ撮影には、元GPライダーの片山敬済選手を起用しましたが、なれない仕事で転倒したそうです。 (何気に、自慢しています^^) バイク雑記帳 13 エンデューロMX大会 '84年、那須高原の麓で、社内レーシングチーム主催のMX耐久レースがありました。 私は、当時F3クラスゼッケン25の河合選手と参加し、早々にマシントラブルでリタイアしましたが、ただでは転ばない関西人と 国際A級弱い者いじめライダーは、ゲスト参加していたホンダワークスの小林大選手のチームに強引に入れてもらい結局3位で ゴールイン。(せこい!!) 左は、テーブルトップを飛んでいる(なめている???)私。(手前) 右は表彰式で、小林大選手・坂口選手・河合選手のA級ライダーが出ているので、ライディングスポーツの記者が取材に 来ていました。(ライディングスポーツ'84年 9月号に載りました) バイク雑記帳 14 ロードレース国際A級 河合選手の走り エンデューロMX大会の表彰式に、河合選手が何故か写ってなかったので、サービスカットです。 この写真は、'84年にMFJで開設されたF3クラスに初参戦した時期の写真でマシンはCBR400改ですが、プライベートチームの為フレーム等多くのところはノーマルに近い仕様です。 ちなみに、翌年市販CBR400に、河合選手レプリカのF3モデルが出来ました。 バイク雑記帳 15 ピープル 自転車バイクです。 時速30K/mも出ない為、ヘルメットなしでも良さそうなのですが、エンジンが付いているので原付となり、ヘルメットを被らないと乗る事は出来ません。 でなければ、もっと売れたと思いますが、まっ世の中そんなに甘くないか? でも、これで小学校の前を通る時、小学生が指を指して「なんだあれ、何もしないで走ってる???」と大騒ぎになります。 快感でした。(^^) バイク雑記帳 16 4輪バギー アメリカで販売された、ホンダの2サイクル400cc4輪バギー車に乗る機会がありました。 低圧タイヤで、砂地をもろともせず思いっきり走れます。 頑丈な車体は、ひっくり返っても、思いっきりジャンプしても壊れません。 でも、4点式のシートベルトで、体をがっちり固定しなければ体が持ちません。 思いっきり十数メートルジャンプした着地時、鼻の奥がきな臭く感じるほど、体に衝撃が走ります。 腰に悪い乗物でした。 でも、これで海岸を走ると注目の的です。 一緒に行ったおじさんが、これで水着の女の子をナンパし、無理やり2人乗りをしていました。 そのおじさんは今、某○○○学園の先生をしています。 バイク雑記帳 17 今も欲しいバイク 1 CB250エキスポートです。 8年前に所有していましたが・・・・・・・・・。 今でも欲しいですが、K0だけでも維持が大変なので、いまは我慢です。 今のバイクもいいのですが、買うとなるとどうしても若い頃の憧れのバイクになっていきます。 70年のバイクを、もう一度そのまんま再販してくれればいいのですが、今の法規制・品質保証がそれを許しません。 だからといって、名前だけとか中途半端なレプリカは、興ざめします。 バイク雑記帳 18 今も欲しいバイク 2 CL250です。 知合いの方にお借りして、ちょっとの間だけ乗っていました。 エキスポート同様、高校の頃欲しくて欲しくてたまらなかったバイクです。 もうこんなバイク、もう造れないだろうな〜。 バイク雑記帳 19 今も欲しいバイク 3 SL350、これも堪りません。 (自分のアルバムに、SLの写真が無かったので、ホンダコレクションホールの写真でご勘弁。) 本当は、マイナーチェンジ後のSL350K1が、今でも欲しいバイクです。 しかし、SL350K1には悲しい思い出が有ります。 就職して、鈴鹿の寮に住んでいた頃、同じ寮生仲間がSL350K1で死亡しました。 たしか、対向車線にはみ出して、130Km/で正面衝突した事故でした。 寮生の事故再発防止の為、フロントフォークが曲がり、タイヤがエンジンケースをぶち壊したSL350K1の悲惨な姿が 全部の寮に晒されました。 みなさん、バイクは楽しく乗りましょう。 バイク雑記帳 20 今も欲しいバイク第1位 CB750K0 何と言ってもあの排気音です。 今のバイクでは、絶対に出せない・作れない排気音です。(法規制があるから・・・) あの排気音に、お金を払ってもいいぐらいです。 写真は、つい3年ほど前に所有していたK0。 車検の切れ目が縁の切れ目でした。(^^; バイク雑記帳 21 プロの走り この画像は、'80年前後の全日本鈴鹿MX大会(だった??)の福本選手の走りです。 杉尾選手とホンダワークス同志で、チャンピオン争いをしていて、おおいに盛り上がった年でした。 ところで、雑誌等でプロの走りのノウハウを紹介したりしていますが、彼等のマシンのサスやエンジンのセッティングはそのライダーの 走りやすい(癖も含めて)状態にしてあり、またエンジンパワー&特性・サス・タイヤ等々の性能は市販マシンとは別物です。 したがって、ノウハウや解説通りに操作したところで、自分のマシンでその通り走れるとは限りません。 また、同じ性能のマシンに乗ったとしても、プロと同じ速度で走らないとサスやタイヤにかかる荷重が違うので、同じ様に走れません。 プロの走りやセッティングのノウハウは、あくまでも参考程度に活用し、自分の実力に似合ったセッティングにしましょう。 それに物足らなくなれば、早く走れるようになったと思われるので、それから徐々に速い走りのセッティングにしていけばいいと思います。 特にMXは、路面状況によって同じコースでもセッティングだけなく走り方まで千差万別で、まして周回ごとに路面状況が変わりますので、 本に書かれているノウハウが自分に役に立つとは限りません。 ハンドルが直線方向に向き、車体が真直ぐ立っていて、ライダーがきちんとライディングポジションをキープし、アクセルを適度に開けているなら 泥濘でも少々のギャップでも大丈夫です。 あとは、それから外れた時の対応を焦らずきちんとすれば、速くはなくとも転ぶ事はありません。 まずは、走りやセッティングに迷った時、いつでも戻れるように自分なりの基本を身に付けましょう。 バイク雑記帳 22 「ホンダフライング」昭和35年1月号。 定価25円とあるので、社報ではなく販売店で売られていたのでしょうか?? ユーザー向けの内容で、取扱説明書を読みましょうとか、専門用語の解説もあります。 面白いのは、宗一郎さんと柳家金語楼さんとの対談や松山恵子さん音羽信子のコラムもあります。 それにしても、画像の表紙のイラストも素晴らしいですが、裏のモデルさんのファッションは???。 バイク雑記帳 23 CB750K0初期型用、メインキーです。 マニアの間では、へそキーと呼ばれています。 キーの差込口が凹んでいます。 その分、キーに黒いプラスチックがついています。 これが、初期型のほんの僅かな間しか使用されていない為、とても希少なのです。 キーNoがT6364と有りますが、へそキーは短い同じ時期に他機種でも使用していて、6000番台がK0用といわれており、さらに希少なのです。 だから、このセットで6万〜7万円します。(^^; その後、もう一枚の写真のように簡素化されたのですが、真鍮製のキーは細いところで簡単に曲がってしまいます。 どう考えても持つところが大きく、差し込む部分は細いので、当然の結果としてキーは曲がるかねじれます。 その対策として、へそキーならわかるのですが、なんでこうなったのかなぁ???? バイク雑記帳 24 今から13年前、アメリカに行った時の写真です。 撮影した私は、地上に立っています。 そのはるか上をバビュ〜ンと飛びながら、カメラ視線でピースサインです。 こいつら、頭変! ネジが2〜3本無いんじゃないかと思っていましたが、いまはもっと変な人が日本人でも増殖してしまいました。 ま、それほどテクニックが全体的に上がっていったということですが、その発祥の地はアメリカです。 それまでは、ヨーロッパが主流でしたが、ロードではケニー・ロバーツで始まり、フレッディー・スペンサーに至っては、それまでのヨーロピアンの走りの哲学をひっくり返してしまいました。 モトクロスも同様で、スーパークロスがアメリカで始まるやいなや、瞬く間にヨーロピアンを蹴散らしてしまいました。 アメリカは、なんでも一番じゃないと気がすまないみたい・・・・。 バイク雑記帳 25 さて、ここはどこでしょう? 今では、跡形もありませんが、土手下の河川敷に舗装路があります。 ここが、元ホンダの荒川のテストコースです。 CB750やGL1000、シビック・初代アコードもここで生れました。 でも河川敷なので、本当ならトップシークレットのテスト車が、誰でも見学が出来るといういかにもホンダらしいテストコースでした。 もっとも、じっくり見ていると「ご遠慮ください」と、丁寧にお断りしていたそうです。(そりゃそうだろう^^) それでも、数々のスクープを提供し、雑誌社に貢献していました。 バイク雑記帳 26 この2つのピストンは、何のピストンでしょう? 大きいピストンは、直径約130mm・高さ約80mm、2バルブです。 小さいピストンの直径は、約43mm・高さ約40mm、小さいのに4バルブです。 大きいピストンは、旧日本軍の戦闘機「紫電」(写真参照)や「疾風」に搭載されていた星型複列空冷18気筒・約2000馬力・誉発動機のピストンです。(約3000回転/分) 製作は、中島飛行機(現富士重工)です。 小さいピストンは、1966年世界選手権ロードレースで大活躍した、ホンダRC166(写真参照)60馬力オーバー 250cc6気筒4バルブDOHCエンジンのピストンです。 (18,000回転/分もまわります^^) 250ccで6気筒ともなれば、すべての部品が小さくなり、バイクのエンジンというより精密機械のようです。 エンジンの写真は、上が誉発動機です。 数年前、東京の交通博物館にあった誉発動機の本物を見た時、あまりの迫力にしばし動く事が出来ませんでした。 激動の時代を戦った迫力なのか、ともかく鬼気迫る迫力でした。 下のエンジンは、RC166のエンジンです。 当時、東洋のちっぽけな敗戦国日本が、世界の頂点に立つなんて誰もが想像もしなかった時代でしたが、やらまいか精神と武器ではなくバイクの技術をもって、世界の頂点に立つようになりました。 どちらも、無骨な形ではありますが、機能を追及したゆえの機能美があります。 バイク雑記帳 27 大阪府守口市南寺方中通1丁目20番地の自宅(コレクション雑記帳1の長屋)前で撮った、父と愛車(ホンダC90か92)です。 父は、これにリヤカーを繋いで、松下電工から請負った仕事の納品をしていました。 子供の頃、そのリヤカーに乗せられて、あちこちに連れて行ってもらいました。 その順番でよく兄弟喧嘩になったもんです。(^^) 続く バイク雑記帳
バイク雑記帳 1