*過去日記*

Fiori Chiari の名前の由来は・・・?

2004年6月6日(日)
出発前日まで会社に行って、送別の花はそんなわけで帰国後にもゆっくり楽しめるよう鉢植え(ラベンダーとハイビスカス!)にしていただき、え、ホームステイって十代じゃなくてもできるの?などと会社の先パイから言われつつ、関空に着くと待ち合わせた両親から「あんたこんなスーツケースひとつに詰め込んで重過ぎるでしょ!ほら無理よ小さいのも買いなさい」と空港で小さいキャリーバッグを買い与えられ詰め替えつつ・・・、なんとかここモンテプルチャーノMontepulcianoに到着して一週間経過!
ホームステイ先は家族構成もマンマのタイプも数年前にフィレンツェで滞在したグラツィエッラ宅と似た感じで初老のかわいいマンマ。ともかく超のどかでのんびりした生活なので、夜はニュースを見ながら8時に晩ごはんをとり始め、食後は居間へ移動してテレビを見ながらだらだらしているうちに眠くなり、10時過ぎにはシャワーを浴びて寝てしまうような調子。すぐに眠くなってしまうのは、きっとやっぱりまだ気が張っているんだろうなー。日本にいるときより毎日歩いているってのもあるけれど。
こちらに着いた当初は寒くって、なんか鼻がぐすぐすしたので初日の初買い物は薬屋で風邪薬。さすがキツイのかよく効いてくれて箱もカワイイので大事に日本に持って帰ることにする。
町がとにかく小さいので一度入ったバールやお店の人にはしっかり顔を覚えられてしまう。町を歩いていて、チャオ!と言いたげな顔で見られたときに無視しないよう、こちらも店に入るたびにおニイちゃんやおジイちゃんの顔を覚えようとしっかり顔を見ておく癖がついたよ。私にはフィレンツェよりも町の人が皆やさしいというか親しみやすい気がする。道なんかで私が気がつかないうちからよくこっちを見つけてくれて(そりゃめったにいない東洋人だし見つけやすいだろうけどさ)挨拶の声をかけようと、近づくまで向こうから笑顔でジィっと待ってくれている。
学校は80%くらいがドイツ人で、日本人の女の子が一人だけいる。やっぱりたまに日本語をしゃべるとなごむねー。日本人観光客もほぼ皆無なのはきっと交通の便がそんなによくないからかな?・・・こんなかわいい町なのに。ドイツ人はあふれているのに。
さて、学校が昼過ぎに終わって夜9時ごろまでなかなか暗くならないので学校の行事でワインの試飲に行ったり近場の町や村へ行ったりと、よくお散歩に出ている。今日はクラスのドイツ人と一緒にモンテプルチャーノ国鉄駅前に出ているメルカート(露天マーケット)をうろうろした後ピエンツァへ。ドイツ人は車で来ている人が多いので、身軽にあちこち行けてうらやましいさ。

2004年6月11日(金)
二週間が経過。二週間単位でコースが終わるので、ヨーロッパ人達は大量にどばっと帰っていき、そして今日明日で入れ替わりに新しい生徒が到着する。二週間、しかもたまにしゃべるだけなのにいい人たちとまたいっぱい知り合えたと思う。最初はこんな小さい町で二ヶ月近くもどうしよーと思ったけれど、散歩したり店を冷やかしに入ったりするたび町にどんどん知り合いが増えてきた。夜9時頃(まだ明るくて涼しくて観光客はいなくてグーなのだ)に、犬連れで散歩してるおじちゃんに犬目当てで話し始めようもんなら、彼の知り合いご夫婦が次々と散歩で通りかかるたび「おぉ紹介するよ、これ日本人の友だち」みたいに呼び止めてくれ、入れ替わり立ち代り一緒に腰掛けて話していく調子。ネットショップのおやじにもすっかり顔をおぼえられ、道で「3時に店を開けるよー」とか、訊いてもいないのに声をかけられるようになった。とほ。
今週はG8のためテレビのニュースで小泉首相をちょくちょく見かけた。あとはイタリア人3人の人質開放がニュースのメインを占め、それから今日明日の選挙の話題。
これまでに行った近郊地:モンタルチーノ、Sant'アンティモ修道院近辺、ピエンツァ、コルトーナ、トラズィメーノ湖。

2004年6月18日(金)
イタリア国営放送RAI1で夜8時からのニュースキャスターをしているフランチェスコ・ジョルジーノ氏が私のお気に入りで、毎晩食い入るようにジィィっと見ている。
彼ハンサムだわぁー、とうちのマンマに言うと、したり顔ですかさず「彼はまだ独身」と言ってくれた。だからどうってわけでもないのだけれど。番組開始時にジョルジーノが「ブォナセーラ」と挨拶すると私もテレビに「ブォナセーラ」と返す。するとマンマが「ちゃんと彼に聞こえたよ」と言ってくれる。(そういえばオットTもNHKの女性キャスターによく挨拶していた)
先週ジョルジーノが1週間休みをとったときは大変つまらなかったのだけれど、代理を務める年配のキャスターを指してマンマは「でもこの人もハンサムでしょ」とフォロー。
今週からまたジョルジーノ氏が復帰したときには「お帰りジョルジーノ!」と喜んでしまった。彼は濃いブルーとか濃いグレーのスーツがよくお似合いなのに、昨日だったかヘンに淡いクリーム色の背広でせっかくの男前が台無しだった。思わず「この色似合ってないわぁ」と言うと「あらほんと。ジョルジーノどうしたのあんた、まるで病人みたいだわー」と一緒に眉をひそめて首を振っていたのがおかしかった。
友人によると、ジョルジーノよりも朝8時のニュースキャスターが竹野内豊みたいでかっこいいらしいのだが、うちは朝テレビをつけないのでまだ真偽のほどは確認できていない。
さて、RAI局公式HPにジョルジーノ紹介ページがあったさ。つーか、フォトギャラリーまであるんですけど。→

2004年6月20日(日)
ノルウェー人の友だちが一人でフィレンツェに行くのが心細そうだったので、一緒について行ったげることに。着いてみるとさすが世界に名だたる観光地、人が多いー!そして暑いー!
モンテプルチャーノはまだバラがわんさか咲いているけれど、フィレンツェのボーボリのバラ園はもう花が咲いていた形跡すら残っていない状態だった。やっぱり気候が違うんだろうなぁ。
ポンテヴェッキオを歩いていると、前方から美男美女の新婚カポーがウェディングドレスと軍服風衣装(何ていうの?)でまるで映画のワンシーンのようにゆったりラブラブと橋の中心を闊歩していた。二人の前方にはもちろんカメラマン。たくさんいた観光客も両端にわかれて歩きながら、誇らしげにうれしそうに歩く二人を注視している。・・・でも誰も何も言わないしめずらしそうに見ているだけだったので、ふたりが私たちの横を通りかかったところでせっかくだから「アウグーリ!(おめでとー)」と声をかけてみたら、ふたり揃って満面の笑みで「グラァーツェ!!」と返してくれた。あまりに嬉しそうだったので、ほかの人も何か言ってあげてぇ、と思った。
私は3年ぶりのフィレンツェだったのだけれど、30分ほど歩いたところでそういえば久しぶりだとか懐かしいだとか何の感慨もないことに気がついた。でも、ついこないだまで居たかのように街が変わらないのかというと、大通りなど私の印象で6割近く入れ替え?ってくらい見覚えのないお店だらけ。ドゥオモはいつのまにか入口にガラスがはめこまれ、肩を出した観光客にスカーフを貸与してはおらせてるし(今さら・・・)、以前は無料だったサンタクローチェ教会とかサンロレンツォ教会が有料になってたりするし。そんならもう入らない。一番驚いたのは、真っ赤な2階建て観光バスが街をめぐっていたこと!ここはロンドンか?
パラッツォヴェッキオが修復でまるごと覆われていたのをはじめ、パラッツォリッカルディとかドゥオモとか町中やたら修復工事をしていたのも、仕方ないけどがっかり。バディアフィオレンティーナ教会なんて8年は修復し続けてるし。7月末あたりにまた数日フィレンツェには滞在する予定だけれど、きっと以前のようにアルノ川左岸中心の行動になるだろうな。
フィレンツェ以外に今週行ったところ:オルヴィエート、モンテフォッローニコ、ふたたびコルトーナ。

2004年6月27日(日)
今、ここら近辺の庭先ではジャスミンと白ゆりとゼラニウムが真っ盛り。実ものではさくらんぼ(もう終わりかけてるけど)とビワがたくさん実っている。モンテプルチャーノの城壁の外にうねうね連なる一面の丘では麦の穂がきつね色に波うっていて、まさに麦秋ってやつ。糸杉とのコントラストがすごくきれい。ひまわり畑ではひまわりも咲き始めた。

さて、おとといまでの二週間のクラスには、オスロで劇場付きの女優であり脚本家でもある、自称ノルウェーでは有名という気さくで魅力的なマダム(オスロでぜひ彼女のオペラを観たいぞ)と、私にとって初めての親しく会話するアメリカ人となる素敵なシカゴ女性がいた。
ほかのクラスには、オーストリアでもっとも若い催眠術師としてドイツでも名を知られているという可愛い若い男の子がいたり、アメリカで何作も著書があり日本語訳本も何冊か出ているという作家のおじさんもいた。彼は私とは同じクラスでもなく一緒に出かけたこともなかったけれど、学校で顔を会わせるたび「名前はえっと・・・もう一度おしえてくれる?そうそう、Atsuko!」と何度も確認してくれたっけ。アツコという名前は本当に欧米人には難しいようで不便だわ。
学校のセンセも「日本人の名前はトモコ、ユミコ、ジュンコ・・・私にはどれも一緒!」とお手上げだったけど、「もう今は『コ』のつく名前は時代遅れだから、十年もすれば欧米人にも簡単な華々しい名前の日本人ばっかり来るって。」と言っておいた。まあ私に言わせれば、アンナリサにマリアンナとか、クリスティーナとフランチェスカが国は違えど複数いっぺんにいるこちらの状態のほうがよっぽど「みんな一緒」なんですが。
そうそうフィンランド人の子が、日本の衆議院か参議院かにフィンランド由来の政治家がいる、名前は日本の名前だけどフィンランドで有名なんだよ、と言っていた。誰のことじゃ?
昨日の土曜はシエナへ行ってみた。フィレンツェ同様やっぱり暑いー、しかも蒸し蒸し。
フィレンツェに住んでいたときは、たまにシエナに行くとちょっと小粒の可愛い街という印象だったのに、モンテプルチャーノから行ってみると大きい町ーお店がこんなにイッパイー!とびっくりしてしまった。まずい・・・。そしてモンテプルチャーノでは買えないDVDだの語学関係の本だの、色々買い込んで帰ってきた。
シエナ以外に今週行ったところ:バンニョ・ビニョーニ、キウーズィ。
キウーズィはエトルリア文化の遺跡がたくさんでたいへん興味深く、バンニョ・ビニョーニはテルメ(温泉)があちこちちょろちょろ湧いていてこれまたおもしろいところだった!常にどこへ行くのも、車ではるばるお越しのドイツ人の方々にたいてい便乗して連れて行ってもらう。



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