ところで会社生活でずっと、うっすら気になっていることがある。 それは、休んでいる同僚宛にかかってきた電話での応対。最近の会社では、「○○は本日お休みをいただいております」という人が多い。昔長く勤めた会社では、私や部署の同僚は「○○は本日休んでおります/休暇を取っております」と言っていた気がする。 はっきり憶えていないけど、ここ1〜2年で急に気になりだしたことなので、きっとそうだと思う。そして私は個人的に「お休みをいただいております」というのがどーもなァ、なのだ。 休みをもらうのは会社からなので、客先に対して自分の会社に敬語を使ってるんじゃないの?と、すごく抵抗がある。でもこの会社で一応みんなそう言う風習があるのなら、派遣の私はまぁそれに混ざっとこか、と最近は嫌がる口を無理に動かして「休みをいただいて」もらっている。ヨクワカラナイ。 あと、書類や封筒宛名書きの『様』と『殿』。少し前に勤めていたある会社では、郵便物の宛名に‘○○殿’と書く人が結構多かった。社風も社員の誰もがとても上品で丁寧で、来客が気後れするほどの雰囲気をもつ(外資だからか?すごく働きやすい良い職場だったけど)会社だった。で、何事にも丁寧に、のつもりだったのか社内メールにまでも‘○○殿’が多かったのだ。でも!私は学生時代に『様は目上の人に使う。殿は目下・格下の人に使う』と教わった。 社会人になりたてから7年もお世話になった、何事も完璧な役付き秘書の先輩も、どんな会社の会長・社長宛でも郵便物には『様』と書いていたので、きっとこれは正しい記憶だと思う。 ひとに送るときには私も気をつけるけれど、自分には『殿』付き書類を誰からもらおうと全く気にしないだろう。そういう人が多いとは思うが、一応ルールというか常識にウルサイ人もいるだろうし、これまた微妙に気になることなんだなぁ。 こんな常識は、時代とともに変わっていくことでもあるんだろう。
今日は、通勤の往復に『ロンドンパブのメニュー』というレシピ本を眺めていた。 ロンドンで昼間のパブには入ったことがなかったけれど、イギリスの田舎のパブでのパブランチはお気に入りだった。もともと肉・芋・野菜・チーズは大好きなので、これら中心のほっこりパブランチは性に合ったのかも。イギリス家庭の食事も私には基本的にオッケーだし。 そして、この本のレシピのいくつかは、ロンドンのホームステイ先で夕食に出てきたことがあったなぁ・・・と思って気がついた。そういえばあのホストファミリーのパパ&ママは、昔パブを経営していたって言ってたわ!そっか、だから夕食がいつも美味しかった上に、幾品もおかずが出てきたのかも。 ・・・さてさて、先日初めてティラミスを作ってみた。自分ひとりで作るのは初めてだけど、友人がティラミスを作るのを、イタリアで見ていたことはあった。(いや、私も微力ながら手伝ったけど。)以前にも書いたがその彼女からは、ノート一冊ぎっしりイタリアンを中心とした百以上のレシピが詰まった、彼女手書きのレシピノートを結婚祝いにいただいている。それにティラミスも載っていたので、彼女の手順も思い出しながら作ったのだ。 私でも簡単なほど単純な作り方なのに、美味しく出来てちょっと感激。愛しい友人に感謝。
十数年前にイギリスへ児童教育・文学を学ぶため留学した頃の、ステイ先家庭と近隣で繰り広げられる数々のドラマティックで人間的なエピソードを綴ったものだ。 私のイメージでは、いつも曇り空のイギリスの一地方都市で、そして旅先で、彼女が日々淡々と日常を見つめていた様子が思い浮かぶ。なんとなく、曇り空の空気が漂うイギリス家庭のキッチンがずっと頭に浮かんでいた。静かな書きぶりだけれど、劇的な人間模様が展開されてなかなか読みごたえのある本。 ちなみにこのタイトルの‘苺’は、草かんむりの下に母ではなく、毎という字が使ってある。 日本人文筆家の作品では、海外に滞在していた経験からくる濃いめエッセイが私は好きかも。 たとえば・・・須賀敦子さん、米原万里さん、林望さん、池内紀さんなど。(伊・露・英・独・・・) ところで、きのう素晴らしい写真集を手に入れた。 ![]() 以前、神戸大丸での写真展も観に行ったヤン・アルトゥス・ビャルトランによる、地球各地を空撮した写真集、『The Earth From The Air』。 (これはUK版。アメリカ版は『Earth From Above』) もう地球ってスゴイ、これ一体どこ?こんな‘世界’がこの地球にあるなんて・・・と感動しっぱなしの空撮写真、人間や動物たちもたくましく写る。400ページ以上のオールカラー (重い!)、Amazonで7千円少々。 ・・・もー安いよ、これは! ということで、世界地理の好きな父のために、早速もう一冊注文して送ってもらう。
ペット達はどんなに苦しくても痛くても、がまんしてつらさに耐えるしかないので、人間以上に気をつけてあげないといけない、とその獣医さんは言っていた。ほんとにそうだ。 ちょっと関係ないけれど、実家のドナを飼う前「次に犬を飼うときは、保健所で殺されるワンちゃんを引き取ろう。」と母は言っていた。人間の勝手で捨てられ、保健所に収容されて殺される犬猫は、決して安楽死になんかしてもらえない。 苦しんで苦しみぬいて死ぬ方法で処分されるのだ。処分の前日には犬も敏感に察するらしく、最少限の食物も水も摂らなくなるという。私は、そうしようそうしよう、とすぐ乗った。 が、母が「そのときは私、つらくてきっと一匹を選べないから、あなた選びに行ってくれる?」と続けたときには「・・・私もやだよ・・・」と一気にしゅんとしてしまった。 そんな話をしょっちゅうしていたのに、ある日、ビーグルがいれば・・・と二人ペットショップにのこのこと赴き、ドナを見つけてしまった。ドナに会えたのは本当に幸運だったけれど、保健所で一匹救えたかもしれないのに、と今でも正直、心が痛むことがある。 アイドル映画スターのアリシア・シルヴァーストーンも(今なにしてる?)以前ファッション誌の取材で、将来大金持ちになったら「メディアを使い、皆がペットショップなんかで犬を買わず、保健所で殺されゆく犬を引き取ってもらえるように運動をして訴えていきたい」と語っていたことが忘れられない。
両親の歓待に甘え、ビーグルのドナ姫と戯れ、フレンチレストランに連れて行ってもらい、いつものごとくだらだら過ごし、あげく今日神戸の自宅まで車で送ってもらう。 その後、DVDを借りてきて『ライフ・イズ・ビューティフル』を観た。 途中、「政治的にはどうお考えで?」とロベルト・ベニーニが男性に尋ね、その男性が双子の男の子に「ベニート!アドルフォ!静かに!」と怒鳴り、それがムッソリーニとヒトラーの名前をとったものなのでファシストということが明白にわかってしまうというシーンがある。 映画公開時は台詞はもちろん、日本語字幕もベニートとアドルフォになっていた記憶があり、私は正直、意味がわかっていなかった。(イタリア人の友人におしえてもらって知った。) 今回せっかくこの意味をオットTに解説しようとはりきっていたのに、DVDではアドルフォの字幕がご丁寧に「アドルフ!」になっていて、しかも世界史をちゃんと勉強した彼はムッソリーニのファーストネームも理解しており、すぐに意味がわかって笑っていた。 なんだか負けた気がした 。ところで今日、イタリアの都市別の写真集の第一弾をUPしてみた。イギリスのもベルギーのも都市別に作りたい・・・と思ってるのだけど、いっぺんにはとても無理なので、ゆーっくり地道に楽しんで作っていこうっと。
ケータイの表示が外国からを示す『通知不可能』と出たので、ドイツ人の仲良しから久しぶりにかかってきたのかと思って出ると、案の定男の人の声だった。 友人モードの応対で「チャオ。今電車の中なんだけど。元気?」と話し始めたが、どうやら様子が違う。 よくよく聞いてみると、先日インテックス大阪のイタリア祭りで親しくなったバジリカータ州の食品メーカーのおじさんだった。 がぜん急に目が覚めて、日本で恋しがっていた新鮮野菜のサラダとたっぷりフルーツを食べたか(日本では心斎橋のホテルに泊まっていて、全く思うようにこれらが食べられなかったらしい。スーパーもないしね。)訊いたり、回らぬ頭と口でなんとか話をした。マテーラに来たら絶対遊びに来なさい、早くおいで、とワヤワヤまくしたてられ、ほんとイタリアに行ったら未知のバジリカータ州、未知のマテーラに行ってみよう!と単純に思った。 今日イタリア語教室に行くと、やはりイタリア祭りで仲良しになった、アテンド通訳仲間の女の子が新しく生徒になって来ていた。感動の再会!うれしー。 さて、オットTがケータイを替えた。ドコモのアンテナのないやつ。今までしょっちゅう、アンテナをぴゅーっと伸ばして、ふいに私の鼻の穴をつっつくのを喜びとしていた彼だが、それができなくなるとハタと気づいて残念そうだった。私のケータイはといえば、丸2年以上使い続けていて、いまどき白黒の画面だ。塗装もハゲハゲだけど、まだしばらくこれでいくの。
ドリュー・バリモアの愛らしさ、おしゃまさには胸キュン状態。 新しく付け加えられたシーンも、あって良かった、ますます充実してたな。 時々、より表情を豊かにするためCGを駆使したE.T.の顔があまりにアニメ的なところがあり、かなり浮いてたけど。 自転車少年のひとりのトーマス・ハウエルに当時から『かっこいい男の子だなぁ』と目をつけていて、その後たまに映画に主演したりもしていたけど、今やすっかり消えてしまっている? 久しぶりに、どうしてるんだろトーマス君、などとどうでもいいことを心配してしまった。 ところで、隣に座っていた高校生くらいの女の子二人組が何かとお菓子の入ったビニール袋をガサガサさせたり、カットが変わるたびにいちいちペチャクチャおしゃべりするので、堪忍袋の緒が切れて「ちょっと静かにしてもらえます?」と顔を回り込ませて注意してしまった。 それきり静かになったので、もっと早く注意しとけばよかった。Tの隣の小学生低学年の女の子ももぞもぞ動いたりおしゃべりしたり(場面転換とか理解できないようで母親に訊いていた)していたけど、子どもだからしょうがないかなぁ、程度に思っていた。でもTによると、もう後半なんて母親がいちいち字幕を音読したり、説明したりとかなりウルサかったようだ。最初っから近くの映画館でやってる日本語吹替版に行けばいいのに!と後で文句を言っていた。私は「注意して静かにしてもらえばよかったのに」と言ったが、Tは結構気が小さいところがあり、できなかったらしい。子どもを含め若い子も対象の映画を観に行くときは周囲に要注意、と改めて肝に銘じた。
以前から、なんでポンドなのにLなんだろう??と常々ギモンには思っていた。 (今あえてポンドって書いたけど、イギリスでポンドなんて言う人はいない。パウンドだもの。 あんなにはっきりパウンドなのに、なんで日本では「ポンド」なんだろう??) 空港の銀行窓口で日本円をイタリアリラに換金する際、金額を記入する用紙に思わず‘Lに2本線を引いたマーク’を付けて提出したら「これはイギリスポンドのマークです。書き直して下さい。」とあっさり言われたことがあった。 えー、イタリアではずっとこのマークを書いてた気が・・・。あれ、そういえばイギリスでも同じマークを書いてた?と、一年近くたっても時々思い返していた。そのナゾが解けた! むかーし昔、イタリアを拠点にしていたユダヤ人を中心とする富裕な銀行家たちがイタリアを追われ、巨額の資産を持ってイギリスへ逃れたらしい。そして移って来たイギリスでも、イタリア通貨リラのマークをそのまま貨幣単位として使用し、その名残でLが通貨のマークになったのだとか。だからイタリアと表記が類似してたんだなぁ。 かぶせてある2本線は、アルファベットのLと区別するためにつけてるだけだろう。日本円のYの2本線、ドルのSの2本線と同じように。 あれ、なんでドルはSマークなんだろう・・・。 ところで、郵便マークの〒は片仮名の‘テ’を記号化したものだそう。 昔、郵政省は逓信省という名称だったことがあり、そのテイシンショウのテ。 だからこのマークは世界には通用しない。カタカナなんだもの。 さてその後、試しに洗濯したピエモンテ州のスタッフTシャツは、案の定、クチャクチャになり、伸びてねじれて出来上がった。 アイロンをかけたら、赤い染料の部分がびーっとのびた。
ひさしぶりに遭遇した日本人知人との交流、コックをしていたイタリア人友人と数年ぶりに偶然の再会をしてみれば調理師学校の先生になっていた、などが連日続々あったし、イタリア語学校の先生(ほとんど友人と化している彼らだが)も連日入れ替り立ち代り遊びに来たし・・・。 何よりも、新しい日本人の友人知人との輪ができたのが私には一番嬉しいことだ。 なぜかこの仕事をする日本人仲間はいつもいい人に恵まれている。みんな同じことを勉強して頑張ってきた同士で助け合える、と言ったらキレイすぎるのかもしれないけど。 そして今日は最終日で片付けも手伝い、大収穫の大荷物で帰ってきた。 我が家でイタリア観光局神戸支部でもできそうな各都市の観光パンフレットの山、お店を開けそうなオリーブオイル(うそ、大げさ。でも各種計8本)、スタッフTシャツ計6枚(イタリア製だから、きっと1回洗ったらヨレヨレだろう)、州のPRポスター、何枚ものマウスパッド、トリノのチョコレートにキャンディ・・・持ってけ持ってけ・・・。 こういうイタリアの見本市・フェア関係に参加したのは4回目だけど、出展しに来るイタリア人はどの催事でもいつも来ている、というのもわかってくる。 あぁイタリアレストラン界ではこの人がけっこう重要人物なんだな、とか、この人いっつもいるよ、何関係の人だ?とか。所詮、日本国内でのイタリア社会は狭い世界なんだな。 とにもかくにも、明日からはまた気を引き締めて事務仕事に戻ろう・・・。
インテックス大阪の第2号館が丸々イタリアのためだけに使われているのだ。 すんごくたくさんのイタリアの会社(基本的に州別に区割りされている)が出展していて、朝の開場前や夕方の閉場後など日本人は通訳と出展会社の人しかおらず、あとは全員イタリア人、館内放送もイタリア語しか流れないような不思議な環境。 アテンド通訳仲間(皆、兼・売り子である。当然。)も見知った顔の人が多く、歩き回るたびに、意外なブースで見かけて‘あーっ!’とニコニコ手を振り合う。そんなことがなんだかウレシくて、スタッフに顔見知りを探してうろうろするだけで楽しい。 私はある州の担当なので、ひとつの企業に釘付けなわけでなく、人の集まり具合を見て2〜3の出展社ブースをかわるがわる見ている。今回一緒に仕事をしているイタリア人たちは、私にとって今までで一番クセの無い、感じのいい人たちが多い。ちょっと目からウロコが落ちた。 だから二日経った今日現在、まだ「ハァ?」と思ってしまう出来事もなく、気分よく働いている。 昨日はまあまあの人出だったが、今日は連休初日とあって、すんごい人、人、人。 しかも今日はパキスタンの繊維工場のお偉い様たちがわが州のゾーンに来て、なぜか私がイタリア語−英語の通訳までさせられた。なんで誰も英語話せないのさ?!と、純粋にほんとに不思議だった。日本人の仲間だけでなく、イタリアから来ているお偉い様の皆さんにしても。 なんで私ごときがパキスタン人とイタリア人の間でエイゴを話すはめになるわけ?でも、これを機会にますます英語もがんばろうと思った。こんなスキマがあるのなら! ・・・初日の昨日は、帰宅するなり疲労と頭痛のあまり2時間眠れないほど体調が悪くなったが、今日はまだマシ。 |