*過去日記*



2002年11月29日(金) Sereno
7月に、イタリアはドロミティのふもとカナツェイのおみやげ物屋さんに手紙を出していた。
以前そのお店を訪れたことがあり、母がお店のあちこちに吊り下げられた数種類の魔女たちからひとつ選んで買ったのだった。ちゃんと箒にまたがり、布で丁寧につくられた結構大きなその魔女は実家の玄関の天井からテグスで吊られ、中空で訪問者を出迎える。そして母は、遊びに来るお友達連中からも「私も欲しい」「また行ったら買っておいて」などとお願いされていた。
いくらなんでもドロミティにはそうしょっちゅう行けないし、小さい店でHPを持っているわけでもなく、母から「あっちゃん、お店にお手紙書いて、まだ売っていたら日本に送ってもらえないか聞いてみて?私ももうひとつ欲しいし」と頼まれたのが7月。我が家の玄関に浮かぶ魔女の写真と私のネームカードも同封しておいた。
それきり忘れていたのだけれど・・・・・・つ、ついに返事がE-mailで来たよ。
相手はイタリア人(半分ドイツが混じったような地域だけど)、その上ヴァカンスシーズンまっさかりで郵便事情も悪そうだったので、ハナから期待してなかったけれど案の定梨のつぶて。
あったかい好感度たっぷりのメールをくれたマダムはやはりいかにもドイツっぽい苗字の方で、『おっそろしくお返事が遅れてごめんなさいね』だって。ううん、たったの4ヶ月よ。
彼女によれば、いいものを見つけるたびに仕入れる方式なのでしょっちゅう商品構成は変わっており、例の魔女たちも今はないけれど(あんなにあったのに!)、『また似たようなものを見つけたら必ず写真に撮って送るので、欲しいかどうか決めて下さったらいいですよ』だそうな。ありがとう!・・・外国から注文なんかされたことがないらしいのがアリアリとうかがえ、それでも送料など色々調べてくれていて感激してしまった。メールの最後にはいきなり「・・・もしよければあなたの住んでいる町の写真と、素晴らしいお庭(gardensに当たる伊語だった)の写真を何枚かメールで送ってくれたら嬉しいです」とあったのでTに訳して聞かせたら、「え、庭の写真?!どうする?ベランダ・・・?!」だって。こういう場合の庭っていったらどこかの日本庭園のことだってば!

京都か奈良か、手近な相楽園にでも撮影に行かなきゃねぇ。まてよ、銀閣寺と竜安寺の庭園の写真ならあるな。実家のごくフツーの庭の写真も混ぜとくか?
ほんとに素敵なメールをもらったので、写真を貼って(カナツェイのページにも載っけてるけど)宣伝しちゃおう。‘Idealregalo イデアルレガーロ’というお店。


2002年11月26日(火) Pioggia
2年越しで生木のクリスマスツリーを探していた。
昨日、なかなか素敵なヤツを見つけたのでついにウチに連れてきた。ピッシャという植物らしい。まだちっちゃいのだけれど、葉っぱをぷちっとちぎると生意気にちゃんと針葉樹の爽やかな香りもする。
私は通りがかりの生垣のきれいな葉っぱや野草のハーブを見つけるとついつい一枚むしって観察したり匂いをかいだりするのが好きな厄介モノだけど、そういえば昔、葉っぱや花をちぎるなんて残酷なことは大抵オンナがするという説を読んだことがある。そうかもしれない。
このピッシャの木、お花屋さんではサンキライの実のリースをかけられて売っていたので、そのリースも一緒に連れて帰ってきた。
これから年々ぐんぐん大きくなるというから期待大!このシンプルさが可愛いなぁ、と自己満足なクリスマス1ヶ月前の夜。
が、Tは綿雪だの星だのを飾りたいらしい。むぅ)


2002年11月24日(日) Sereno
土曜日曜と二日続けて神戸骨董祭に行ってきた。土曜はひとりで行って二時間たっぷり歩き回り、あまりに楽しかったので日曜はTをむりやり連れて行ってみた。
アンティーク好きとは言っても、四十年程度前のものでも私はかまわないし高価なものは対象外なので、一般にジャンクとかコレクティブルズと呼ばれるようなものを買っていることが多い。
今回も結局ゲットしたのはフランスの数十年前の殺虫剤の広告イラストポスター(だって可愛かったんだもの。また額装を頼もう!)、デヴォンシャーと書かれていたのに思わず惹かれてシュウェップスのノベルティらしい戦前イギリスの小皿、デンマークとドイツで1909年〜1920年に実際に投函されたクリスマスカード計5枚、フランスの戦後のマスタード用陶器ポット。
ほんとにジャンクだよ・・・。でもね、こういったモノたちを実際にどんな人々が使っていたのだろう、どんな部屋に置かれていたんだろう、と考え出すとわくわくして止まらない。
どの店も半分くらいの商品には値段がついていないことが多く、お客が「これいくら?」と尋ねると「エート・・・七千円」とか「えー・・・・・・一万五千円」とか答えるので、どこまでホントなのやら疑わしい。本当に記憶しているのか客を見ているのか、古道具の世界は奥深くアヤシイ。
ちなみにTは日本刀とか十手、刀のつばとかあとは昔のオモチャに異様に関心を示していた。
日本刀や武具がたくさん並べられた一角に立ち止まって興味深げにのぞきこむたび、横から私が「これはいったい今まで何人の人を殺してきたんだろうねェー」「これに刺された人は痛かったねェー」としゃあしゃあと言うので、店の人に聞かれまいかとあせるのが面白い。・・・12月には馴染みのアンティーク屋さんが蚤の市を開くので、またプレスガラスを仕入れるぞ。


2002年11月21日(木) Nuvoloso
私は切符なくし大王だ。改札を出ようとして、しょっちゅうあたふたするウッカリ女なのだ。
今日も梅田でしばらくバッグやポケットをかき回してから、肩を落としてお財布片手に駅員さんのブースへ。「淀屋橋で切符を買って、あっというまになくしてしまいました」(隣の駅だぞ)
こんなとき、いつも駅員さんは軽く一言「どうぞ行ってくださーい」と通してくれる。
近鉄・阪急・地下鉄・JRとこの1年ほどの間にことごとく駅員さんに自首しに行っているけれど、払わされたことがない。近年はどこも二度払いさせずに放免する方針にしてるのかしらん?
それともなに、わたしのジントク??・・・ちがう?
さてまったく話は変わるけれど、高円宮さま関連のニュースを見ていて今更ながら気がついた。
皇室の宮家の名前って、奈良の地名でできてるのね・・・。秋篠宮さまとか三笠宮さまとか皇室の方々の名前が出るたびに、そういえば高円近辺の風景、秋篠寺、三笠山の情景などをふうっと自然にいつも頭に浮かべている。これってもしかしたら奈良県民に共通するサガかも、と思う奈良在住歴21年のワタシだった。


2002年11月18日(月) Nuvoloso
きのうの日曜日は、管制塔と飛行機の格納庫を見せてもらいに空港へ行ってきた。
Tの弟夫婦が管制官で、奥さんの勤務する空港の管制塔に誘っていただき、ホイホイと。
当然と言えば当然だけれど、360度ガラス張りの職場というのはなんとも開放的でいいなぁ、眼の前の風景は飛行場なのでもちろん広々しているし。お昼間ということもあり、管制塔内はのんびりとアットホームな雰囲気に溢れて拍子抜け?ボタンやスイッチ等の機器が思いのほか旧式に見えたり、あまりのガラス張り加減にこりゃ夏の日差しがキツイだろうなと思ったり、他所の職場拝見する機会はめったにないので興味津々。
父の海外赴任の見送りに行った時、空港のデッキで横にいたマニアな男の子が、不思議な機械でパイロットと管制官の交信のやりとりをくっきり傍受して聴いていたのを、へぇっすごい、そんなのが聴こえるのね!と一緒に聴かせてもらったことなんかを思い出した。
ニュースや映画なんかで登場しそうな、いかにもなレーダーの並ぶ暗い部屋にも連れてってもらい、レーダーに映る関西上空にウヨウヨいる飛行機達の様子をジィっと眺めて酔いかける。
やはり不審者の侵入を防ぐためか、やたら建物の中が入り組んでいたのも印象的だった。
そのあと飛行機の格納庫に行き、整備士さんに飛行機一機まるごとすみずみまで案内してもらう。 コックピットに座って少年のような目になるTと、一緒に行った友人のダンナさん。
コックピットや飛行機のおなか部分を開けたところの複雑な構造などを、撮って撮ってとやたらTは私に頼むが、撮ってどうするっちゅうねん!・・・私はそういう飛行機の構造を口を開けてのぞきこむ皆の表情をもっぱら撮って楽しんでいた。
飛行機のお腹でも、指一本でパコンって開いちゃうところが実はたくさんあって「なんだ、今度飛行機乗っても、急いでたら『私自分で荷物出します!』って言えるね。もうここの開け方わかるもんね」などと勝手なことを言い合う。そんな機会はありません。きっと。
頭から尻尾の先まで私達のために懇切丁寧に嬉しそうに説明してくれ、飛行機のお腹のあちこちをネジマワシ一本と指一本で開けて見せてくれ、整備士さんが飛行機に注ぐ愛情みたいなものをひしひしと感じちゃったよ、私は。それからやっぱり男の子ってのは、つくづく機械が好きだねぇ。ともかくとっても面白い一日だった。また誰か、職場見学させてくれないかなぁ!


2002年11月16日(土) Nuvoloso
日本海というネーミングはけしからんと韓国の人々が以前から盛り上がっている。らしい。
アメリカの世界地図専門サイト‘ワールドアトラス’で、『Sea of Japan』(日本海)の表記が韓国国民からの猛抗議で『East Sea』(東海)に変わってしまってる!とTからの報告。
早速のぞいてみると、まるで以前からそうであったかのようにEast Seaとの表記。
あの海はマルコ・ポーロの時代から日本海だったんだよ!と興奮気味に不満を表明するT。
‘哀しみ本線日本海’が‘哀しみ本線東海’じゃあぱっとしないじゃない?!とも。ふむ。
そして今朝、再度このサイトをのぞいてみると、今度は日本人の抗議を受けたのか、なんと世界地図上の日本海のところの記述は『???Sea』だって。ハテナマークにするかぁ・・・。
詳細拡大図まで見てみると『Sea of Japan(East Sea)』と苦肉の策に。明日はどうなる?!
世界地図業界も揺れてますなぁ、なんだか複雑。ちなみにWorldatlasのサイトはこちら
さてさて今日は久しぶりにアンティークショップでも、お散歩ついでに見に行こう。いつかこのHPに、少しずつ集めているアンティークのページをひっそり作りたいものだワ。
・・・と書いてUPしてしばらくすると、Tが自室からニヤニヤとやってきて「あっちゃん、マルコ・ポーロの時代からっていうのは大げさに言ったんだよ」。テキトーな男だねぇ。


2002年11月12日(火) Sereno
私の住んでいる近辺は神戸という土地柄、外国人が多く住む。
家から駅までの7分間に、必ず複数の外国人とすれ違う。英語を話す人々だけでなく、東欧っぽい言語で話す親子連れも何組か見かけるし、インド系の家族連れも多い。私の知っているイタリア人の先生が徒歩圏内のご近所に住んでいることも判明している。そして何より若い学生さんが携帯で元気に中国語を話しているシーン、お友だち同士でぺちゃくちゃ可愛く中国語でおしゃべりするシーンによく出くわす。
こないだTと外食をしていたとき。私は前から思っていたんだけれど「将来私に余裕ができたら(思う存分専業主婦でいられる身分になったらという意味)留学生を受け入れてホストファミリーをしたいなぁ」と言ってみた。今まで通算3つの家庭でホームステイをし、留学生仲間たちのホストファミリー宅にも遊びに行き、ファミリーの学生を支えて成長を見守る充実感というか楽しさと苦労や配慮を見て、素敵だなぁこの仕事、と心の奥底でなんとなく思っていたのだ。
また、私の両親がずっと学生を受け入れたがっていたのも影響しているかもしれない。ただ実家は奈良の住宅地なので、留学生がわざわざステイするには京都へも大阪へも1時間かかってしまう。で、両親はまだ学生を受け入れたことはない。 私のドイツ人とオーストリア人の友人が旅行で来日し、うちに滞在してたときは張り切ってたけどなぁ。
・・・その点、ここ神戸なら留学生は大量にいるはず。ただ、私がいくら留学生を受け入れたいと言ったってTの協力は不可欠だし、今の時点では部屋は狭いし私も家事に余裕がないし、ただ今は勝手に思い描いているだけれどね。そんな話をしていたら、Tが「あっちゃん・・・そんなこと思いついて言い出したの、後ろのチャイニーズちゃんたちを見てるからでしょ」と指摘した。
そう、確かにそのとき後ろの席で、中国人の女の子ふたりが上手な日本語で料理をオーダーしていたけどさ・・・。 とりあえずぼんやりした将来の構想その1、ということで。だけど今どき日本に留学する学生ってホームステイするかしら、という素朴な疑問もアリ。


2002年11月7日(木) Sereno
私はもともと魚より肉が好きだ。チキンのソテーやトマトソースで煮たの、牛肉の赤ワイン煮込みにポトフ、豚の角煮にしょうが焼き。ミンチのお料理もいいなぁ・・・。
そういえば「atsukoの一番好きな食べ物は?」と訊かれたら、だいたい「ハンバーグ」と答えてきた。あまりしょっちゅう「ハンバーグ」と答えていたので、仲のいい友人は「atsukoのお母さんのハンバーグはきっとよっぽど美味しいんだね・・・」とつぶやいていたもんだ。
大きくなって友人と頻繁に外食をするようになり、フレンチやイタリアンのメインディッシュに私以外たいてい「私はお魚ー」「私もお魚」と友人達がオーダーするのを‘へぇっ、女の子って魚が好きなものなの?!お肉のほうが美味しいのに’と密かにずっと私は思っていた。
お魚って食べにくいし食べるところもそんなに無さそう、おなかも膨れなさそう・・・という認識が最近まであって(!)、実際今でもお魚の食べ方は超ヘタだ。
でもともかく、食べさせる相手がいると毎日肉料理ばっかり作るわけにはいかない。
Tはお肉好きで同じくらいお魚も大好き。今は週のうち4〜5日は魚料理をしている。おかげでお魚料理にもたくさん美味しいバリエーションがあるのがよくわかってきたし、すっかりお魚好きになってきた。母も喜ぶだろうさ。
料理ってったって、ナントカの塩焼きみたいなシンプルなのも頻繁に登場させてるけどね。
そして私の食べた魚の残骸にTは毎度ため息をつく。・・・だって骨が難しいんだもの。
本日は、『きょうの料理』最新号のしょっぱなに出ていた鯛と大根の煮物に挑戦。ほんとは鯛のアラのはずが、今日に限ってスーパーでは売り切れだったので切り身を奮発。結果・・・美味しかったァ!・・・。汁物は白菜とベーコンをコンソメで煮込んだスープ、とちょっと合わない取り合わせ(我が家ではヘーキ)だったけど、いかにも晩秋の雰囲気のほっこり晩御飯だったよ。




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