*過去日記*
      



1.Settembre.2002 Sereno
今日から9月。とうとうこの夏はいっぺんも蚊にさされなかった。新記録。
8月末にて派遣で通っていた会社を辞めたので、明日からしばらく平日もノンビリできる。
何ヶ月もノンビリはこれまた困るのだけれどね。次もゆっくり探すとしよう。
気候が涼しく爽やかになるだろうし、近所や神戸の未知の場所を当分散策できるのが楽しみ。
今朝の道浪漫では私の旅ゴコロをかきたてるかのようにイギリスの田舎町をやっていて、森公美子さんがフィッシュ&チップスをとっても美味しそうに頬張っていた。
それにすぐ影響された私たち。夕食はイギリスのパブ風、をテーマに『フィッシュ&チップス』と『マッシュルームとベーコンの炒めたの』(なんだそりゃ・・・)。
揚げ物の苦手な私は、衣をつけるのをスッカリ忘れてカレイの切り身を油に放り込み、素揚げ状態にしてしまったりと大成功とは言えなかったけれど・・・まぁいっか。

3.Settembre.2002 Sereno
テレビで、おかずの残り物をパンに焼きこんでおかずパンを作る、というのをやっていた。肉じゃがでも何でも(あんまりちゃんと見てないけど)まずそうに見えて美味しいようだった。
みんなが試食前に疑心暗鬼な様子なのを眺めていて、思い出したこと。
以前会社のランチタイムに‘奇食’が話題になったことがある。
ご飯にプリンを乗っけてぐちゃぐちゃ混ぜて食べるとか、割りチョコをご飯に乗っけてその溶けかけをかっ込むのがたまらない
とかいう感性の人びとのこと。 そのときの同僚たちはたいてい、気持ち悪いーおぇーという子がほとんどで、私もへぇーとびっくりはしたのだけど、眉をしかめて気持ち悪い!と全否定する気にはならなかった。 かえって「そういうのを考えついて‘うむ、これ美味しい'って発見するのってすごいよねぇ」とひとりで言って、「そう、私もそれ思った!」と目をきらきらさせてくれた子がいたのがなんとも救われた気がした。
そういえば、お砂糖を加えた牛乳でお米を煮てナツメグをふって焼いたライスプディングをイギリスで私は美味しい!と思って食べたし、イタリアにもお米が具になった甘いタルトがあるけれど、それも日本の常識で考えたら気持ち悪いのかなぁやっぱり、と頭をよぎる。
反対に、日本人が豆に砂糖を入れて甘く煮るというのは向こうでは信じられないようだし、和食のように、料理に砂糖を入れるというのが考えられない、気持ち悪い、というところもある。
一度コックの友人がお豆に砂糖をたっぷり入れて煮たあんこをイタリアで作ったのだけれど、イタリア人フランス人スイス人達はかなり引いていた。遠巻きな彼らに「美味しいんだからぁ!」と無理やり試食させてみると「・・・うん、なかなか美味しい」と認めてくれていたけれど。
つまりなんというか、美味しいと思って楽しんでるのを、自分の観点からだけで頭ごなしに否定するのはねぇ、ということです。

 5.Settembre.2002 Sereno
ここ1年ほど、私のアンテナはアンティークの食器や雑貨や家具に向いている。
以前から母が日本のむかーしの箪笥を購入していたり、イギリスアンティークの素敵な木製椅子やコートかけ等を少しずつ買っているのを見ていたので興味はあったのだけれど、最近は新品の食器や家具にはスッカリ興味がなくなってきた。
アンティークと言っても50年ほど前の物でも私はかまわないし、家具はいくら好きでも予算と部屋の容量が受けつけない面があるけどね。 ともかくそんなわけで最近アンティークショップにいそいそと足を運ぶことが多い。
日本の昔々の振り子時計や明治〜昭和初期の生活ガラス小物が特に充実しているアンティークショップが近所にあり、そこには3週間に1回は通っている。明治・大正時代にヨーロッパから輸入された物にしろ、商品はもっぱら国内で集めているとのことでお洒落なアンティークというより‘おばあちゃんの家のモノたち’といった品揃え。古きよき、それでいてハイカラな日本の空気が漂っているのがまた楽しい。
行くたびに店主のおじさんは私が興味津々なプレスガラスの小皿などをひとつひとつ嬉しそうに手にとり、詳しく親切に解説してくれる。「これはね、ほら、1865年にイギリスで作られてそのまま長崎に輸入され、日本で古くなったものです。この当時の西洋の輸入品が珍しい日本にとっては学ぶべき技術だったのでしょう、日本が一生懸命真似をしてつくったのがほら、こちらの小皿なんですよ。デザインは同じようでもプレスが甘いしガラスの合わせ目も稚拙で。でもそこにまた味がありますねぇ。」等々、ときどき骨董の本や写真集を広げながら懇切丁寧に説明してくれるのだ。昔の日本人がいとおしく思え、プレスガラスがますます好きになる。
その英国・日本の小皿は両方買ってしまった。
そして今日は奈良で、イギリスのアンティーク家具を専門に扱うお店へ。家具となるともうお小遣いでは買えない。もっと大きな部屋だったらこの食器棚が素敵、この本棚も綺麗とため息続き。母が陶器の水差しやお皿に目を留め、店主のおじさんに「これもイギリスのアンティークですか?」と訊くと、「そうです、これはデヴォンシャーという地域のもので」。・・・私が思わず「あ、エクセターのある州だ」と言うとおじさんの目の色が変わった。「エクセターなんてよくご存知で!なんでですか?!」「・・・いや、語学留学してたので・・・数ヶ月ですケド・・・」。デヴォン州のとりわけエクセター近辺は有力なアンティークディーラーが多く、日本の業者もみな買い付けに行くところなのだそうだ。知らなかった!
それから急におじさんは態度が変わり(もとから悪くはなかったけど)、奥から宝物を出すかのように秘蔵のアンティークリネンを幸せそうに広げて見せてくれたり、昨日到着したばかりで「割れずに着いてほっとしましたぁ」という、ボックス入りバターディッシュ&ナイフの6組フルセットなどを大事そうにそぉっと見せてくれた。エクセターの縁でちょっと得したかな?
私は買える物がなかったが、母はウォールシェルフに目星をつけ、父と出直すらしい。いいな。好きなことを書いているとこんなに長くなってしまったよ・・・反省。

9.Settembre.2002 Sereno
毎日ビューラーでまつげを地道にカールしていると、まつげが抜けることがけっこうある。
そして、抜けたまつげが目の中に入ってチクチクしてしまうことがしょっちゅうある。顔を洗ったときも抜けたまつげがよく目に入る。ティッシュをそぉっと白眼のところやまぶたの内側に貼りつけて取り除くんだけど、なんだかそのまま下まぶたのどこかに飲み込まれて消えてしまうことが多い。あのまつげってどこに行ってしまうんだろう。3〜4日に1本くらいは眼の中でなくなっていくような気がするんだけど、もしあれが目玉の底だかに残っていくのなら、私の頭部には抜けまつげがワンサカ溜まっているのだろうか。大丈夫なのかなぁ・・・。
そんなことをふっと考えた日曜の朝。

11.Settembre.2002 Sereno
おととい、運転免許の更新に行った。毎回思うことだけれど、周りでうじゃうじゃ列をなして並んだり書類に書き込んだりしている大半の人が9月生まれのおとめ座さんだと思うと、ミョーな親近感が湧いてくる。念のため、並んでいる左隣の人の書類をのぞく。9月14日生まれ。右隣は9月16日。すぐ前の人、9月6日。なんだか楽しいかも。
さて、ここ数日‘なつかしのイタリア’づいていた。(またか?!)
イタリア人上司その2の会社で働いていたとき、バジリカータ州の商品を主に扱っていたが、その頃お世話になった現地マテーラに在住の日本人女性(GWの国際見本市でも偶然の再会をしている)が先日日本に一時帰国し、お誘いがあったので飛んで行って一緒にお昼を食べた。
南伊のかの地では仕事ができそうな日本人が案外誰もおらず、5年前にただ日本人駐在員妻として夫に付いてマテーラに移り住んだだけの彼女は、日本がからむ貿易や観光のイベントに、地元の様々な企業から引っ張りだこで大忙しなのだ。おっとりお嬢様がそのままマダムになったような彼女だが、日々やれ通訳だ、アテンドだ、翻訳だ、と日本人代表として大活躍。今回も「atsukoさん・・・あなたがいてくれたらどんなに嬉しいかしら!もう私みたいなのが引っ張り回されてねぇ、毎日ほんと大忙しなのよ・・・。ねぇ、ダンナさんはイタリアに住むの、だめかしらねえ?某社の某さん(GWの国際見本市で知り合い、その後電車で居眠り中の私の携帯にマテーラから電話をかけてきた)も『atsukoはいつ来るのか』ってえらくご執心よ(私はなぜかオヤジにウケがいい)」などとありがたいお言葉。明らかに過大評価だけど。
「いやぁ、さすがにちょっとオットは・・・。私も1年半前にお誘いいただいていればねぇ!・・・」おいおい、結婚前だったら渡伊してたか?!私。イタリア人上司複数と働いた経験をもつ今となってはイタリア人と働きたいとはもう思わないけれど、さてどうしたかなぁ。
・・・翌日には、先週イタリア語教室で教えた生徒さんからかわいいメールをもらう。ありがとう!その日はイタリアで知り合った日本人親友ちゃんから長いお手紙をもらい、昨日の誕生日には同時期に知り合ったドイツ人親友くんからおめでとうコールがかかってきた。ドイツからの電話は異様に声が近くて、懐かしいとか久しぶりとかそういう感覚もなかったけど嬉しかったよ。旅行で最後にイタリアに行ってからでさえ1年以上たつのに、なんだか‘伊’な数日間だった。

14.Settembre.2002 Poco nuvoloso
昨日、神戸の派遣会社のひとつに登録に行ってきた。
テンキーの入力スピード、和文の入力スピード、漢字読み書き、計算、英語など登録のためのちょっとした測定をいくつかやったのだけれど。小数の割り算と分数の掛け算がとんと出来なくなっているのに気がついてボー然。561÷0.3みたいな計算に、へっ、これどうやるんだっけ?と固まってしまい、苦し紛れに余白にあの√の式を書き、情けなく筆算し始めてやっと思い出した。でも分数の計算方法は思い出さなかったぞ!ふむ。
まぁ今後の人生で使うこともないかな・・・。英語の穴埋めや和訳英訳ミニテストはやったけれど、ヒアリングと会話は後日自宅に直接外国人から電話がかかってきて、電話でテストするらしい・・・ご丁寧なことです。驚きました。その場で早速ひとつ英語がらみのお仕事紹介してくれたけど(結構先の話だったので保留中)、英語テストがさんざんっぽかったのに、いいのかねぇ。いや、後で困るのは私だね。・・・

19.Settembre.2002 Sereno
ここしばらくWTCテロ一周年関連に引き続き北朝鮮拉致問題と、テレビから目が離せない。
拉致問題ではまさか死亡という形でこんなにたくさんの人数が挙げられるとは想像もしていなかったのでかなりショックだった。私も色々考えたけれども、つらつら述べるには言葉がどうしても足りなくなりそうなので、ここではわざわざ書かないことにする。
さて、イタリア留学時代の友人が結婚して滋賀に住んでいるので会いに行ってきた。
神戸と滋賀なのに、電車一本で乗り換えなし・座りっぱなしで1時間。とってもラクチン。
この友人(私の結婚祝いにレシピノートを作成してくれたコックだ)は、やはりイタリア時代の仲間だった日本人の男の子とイタリア滞在中に付き合い始め、私より2年も長く二人でかの地にとどまっていた。揃って帰国し、この夏めでたく入籍した彼ら。二人一緒にイタリア生活を長く楽しんだ彼らの、お部屋にあちこち飾られたポップなイタリアングッズやポストカードや本たちが、私にとっても懐かしい匂いを放っていた。うちもイタリアのアンティーク図版画を飾ってはいるけれど、やはり3年も住んで、特に彼女はイタリア人にまじって働いていたことだし、彼らのひときわの思い入れが伝わってくる。
彼女はコックなもんでガスコンロにこだわり抜いたそうで、一般家庭では見たこともない業務用仕様の四つ口コンロがキッチンに鎮座していた。たとえば子どもには危なくて触らせられないような、いかにも頑丈で火力もボワッと強烈なもの。こんなの普通に売っているのねぇ・・・。お鍋もテフロンものはもちろん一切なし、イタリアのお家のような、日本で言えばレストランの厨房のような台所用品の数々が、さっすが彼女!と頼もしい。
自他共に認める根っからの料理人であり今や主婦でもある彼女は、昨今の料理研究家の方々から広まったらしいお鍋ブランド信奉を憂えていた。耳が痛いです。
ランチにイタリアンのフルコースをご馳走になり、デザートにたどりつく頃にはすでに4時。私まで幸せのおすそ分けをいただいたようで、満ち足りて帰ってきたのでありました。・・・

 24.Settembre.2002 Sereno
ときどきのぞくHPで、近所の小学校の運動会で小6の演技‘組み体操’がなくなったという話があった。児童が体力不足で、友達同士で体重を支えられなくなっているのだそうだ。そして今どきの子ども達は、崩れたり落ちたりのちょっとしたことですぐ骨折しちゃうらしい。組み体操って今じゃそんなにむずかしいことになってしまっているんだぁ・・・。しかも私が子どものころは組み体操って小5の演技だったような気が。兵庫の小学校も奈良の小学校も・・・。
それはともかく、気候はすっかり爽やか。運動会の季節というのがなんだか嬉しい。
さて、前の会社で出会って以来親しくしてもらっている女性から料理本をいただいた。「レシピ本、読むの好きって言ってたでしょ?」・・・ハイ、大好きです。よくベッドに持ち込みます。で「パンが大好きって言ってたから」ということで今回いただいたのは
上野万梨子著の『パンが残ったら・・・recettes de pain perdu』という本。一生お米なしでもいいけどパンがないと困る、家の夕ごはんも洋食ならパンを食べる私にとっては、残り物のパンでというより、もうそのためにパンを万端準備したくなるような美味しそうなレシピの数々。例によって例のごとく、熟読させていただきました。
(家庭的な)フレンチ、ロシアン、イタリアン、ブリティッシュ等その国の台所や生活の匂いが伝わってくるようなレシピ本、しかも写真にぬくもりがあって筆者のコメントやエッセイ風の文が添えられているのが特に好き。お料理がざっくりと作りやすそうだったら尚良し。だってさすがに読むだけでなく、一冊につき2品くらいは作ってみたいからさ、心がけとしては・・・。

27.Settembre.2002 Pioggia
最近知ったお気に入りのイタリア雑貨店が西宮にある。私の祖母が西宮に住んでいることだし、車で来た母と西宮で待ち合わせ、祖母を連れ出して一緒にお店に行くことにした。
祖母は九十歳を超えているが、今でも毎年シーズンごとに新しいワンピースを何着もあつらえさせ、出かける用がなくとも毎日スキンケアとお化粧に時間をさき、家でもアクセサリーを必ずきちんとコーディネートしてつけるエレガントなおばあちゃんだ。 以前は海外旅行にもよく行き、孫達の進学先にもいちいち気をもむ(高校や大学のランクもしっかり把握している)色んな意味で忙しい祖母だったが、ここ十年ほど目が弱ってほとんど見えなくなってから、気落ちして急に年を取ってしまった。九十過ぎだから当然なのだけれど、ほっぺなんてシワひとつなく桃みたいなだけに、近年の弱り方はなんだかとても痛々しい。
この日もお昼を祖母宅でいただいてからお店に出かけたのに、行きも帰りも車中で「家に戻ったらお昼を取らなくちゃねぇ。」とことあるごとに言う。 「おばあちゃん、さっき食べてきたのよ。」と言っても、しばらくすれば「帰ったらお昼をどこかから持ってこさせなきゃね。」と繰り返す。「おばあちゃん、もう4時前なのよ。」と言うと「あらもうそんな時間だったの・・・私はまたてっきり・・・」と声が小さくなってしまう。
ちょっと悲しくなるけれど、これが老いるということだ。(そのわりにはまだ面識を持って1年少々であるはずの私のオットの名前や実家家族構成などは克明に脳にインプットされていて間違えず。そういうところはさすが、抜かりがない。) お店をじっくり一緒に見て回ったあとでお茶をしたときに‘マンゴー・ジュース’を頼むところがまたハイカラなおばあちゃんらしくて嬉しかった。 息子家族から『皇太后』のように大事に扱われて幸せなおばあちゃん、ずっと長生きしてね。 ちなみにこの西宮のイタリア雑貨のお店は、ほかでは売っていない商品が多くてほんとに楽しい。2週続けて通ってしまいましたワ。



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