フィオーリ・キアーリ

このサイトの日記タイトルをFiori Chiari(フィオーリ・キアーリ)とした理由を日記から移して補足。
日本語の直訳は‘明るい花々’、そしてこの名のつく通りがミラノのブレラ地区にある。
2ヶ月住んでどーも馴染めなかったミラノだけれど、このフィオーリ・キアーリ通りとそのそばのソルフェリーノ通りのあるブレラ界隈は雰囲気のある上品なたたずまいの地区で、心落ち着いて歩けた。
ふたつの通りの名の語感もすごく好きで、特に‘フィオーリ・キアーリ’というきれいな響きはぜひいつか使いたいと思っていた。・・・で、ヨコドリさせていただいた次第。
尚、ソルフェリーノ通りのSolferinoソルフェリーノとは、紫がかった濃い紅色の、という意味で、これまた素敵な名称ではないの!・・・蛇足ながら、セピア色のseppiaというのも伊語のイカから来ていて、イカ墨色という意味なのだ・・・。

さて話は戻ってこの地区、素敵な雑貨店やリストランテ等あって今ではミラノきってのお洒落な界隈となり、アパルタメントもとても一般庶民は住めなくなってきたらしいが、フィオーリ・キアーリは何十年も昔、娼館の集まる通りとして知られていた。
若い時分に胸をどきどきさせながらこっそり足をはこんだ老人が、昔に想いを馳せつつ、いま同じこの洒落たフィオーリ・キアーリを散歩道にして歩いていたりするんだろうな。
そういう陰みたいなものをひっそり秘めていながらきらきらした語感なところがますます気に入ったのだ。
ちなみに、娼館は伊語で‘casa chiusa カーザ・キウーザ(閉ざされた家)’とか‘casa di tolleranza(忍耐の家?英語直訳でhouse of toleranceとでもなるか)’と呼ばれていた。

フィレンツェではVia del amorinoに住んでいた友人が、イタリア人に住所を言うたびに「そこは五十年前までは、カーザ・キウーザが集まっていた通りなんだよ」とニヤリとされることが多かったらしい。
そこは今ではなんてことないひっそりとしたたたずまいの小道なのだけれど、確かに道の名前amorinoアモリーノはamoreアモーレ(愛)の縮小版、ちっちゃな愛、とか、可愛い子、という意味であり、いかにも言い得て妙、意味深な名称だと思う。

今となっては公には娼館の類は閉鎖されているはずだけれど、1900年代初頭のカーザ・キウーザの写真を眺めると、ぽっちゃりした女の人が上半身はあらわにレース(木綿っぽいぞ)の長い下穿きをはいてとろんと微笑んでいたり、レース飾りのついたバスタブに夢見る表情で浸かっていたり、なんだかノスタルジックムード満点で映画のワンシーンのような趣がある。一緒に写りこむ男性がぴしっとスーツを着こなし、手入れの行き届いた口ひげのこざっぱりした紳士なのがこれまた妙な図なのだ。
彼女たちはこれで幸せだったんだろうか?それぞれが人生にどういう事情を抱えていたのだろうか。