
表題の詩句は、台湾の文芸評論家、唐文標(タン・ウェンビャオ)が残した詩句で、丸川哲史さんの翻訳によると、「時に応じて力を尽くし、天地にまさにさすろうべし」という意味だそうです。昔日、テント芝居(「風の旅団」)で一介の役者として日本列島を巡っていた頃を彷彿とさせる詩句なので、初心に立ち返るという意味で、この詩句を、ホームページの冒頭に掲げてみました。
2006年6月、東京八幡山で野戦之月海筆子のテント芝居『野草天堂 海峡と毒薬』が上演されました。この公演に合わせて、通算で6冊目になる通信『ディ・プレッセIII』を刊行しました。通信とは、野戦の月や独火星の芝居の公演に合わせて出すパンフレットのことです。その時々の公演のために政治的・文化的な文章を集め編集したものです。これまでの通信には次のものがあります。
『ディ・プレッセ』 野戦の月&海筆子 『阿Qゲノム』 東京東小金井 2002年10月
『独火星急使』 独火星 『東京難民戦争外伝 九龍の蛆虫ども <第2部>虚無への供物』 東京中野 2003年7月
『ディ・プレッセII―台湾特集』 野戦の月=海筆子 『阿Qクロニクル 罠と虜』 東京東小金井 2003年10月
『独火星急使II』 独火星 『東京難民戦争外伝 九龍の蛆虫ども <第2部>希望の原理』 東京瑞江 2004年7月
『東風通信』 海筆子企画 『台湾faust』 台湾台北 2005年3月
『ディ・プレッセIII』 野戦之月海筆子 『野草天堂 海峡と毒薬』 東京八幡山 2006年6月
現在、今秋予定されている独火星の公演のための通信『独火星急使III−朝鮮半島特集』の準備を進めているところです。請御期待!
次の4つの文章を加えました。
「上野英信の『出ニッポン記』を読むー下層と国策」 日本寄せ場学会年報『寄せ場』第19号 2006年
「鏡の中の国の記憶」 情況 2006年5・6月号
「劇評ゲオルク・ビュヒナーの『レオンスとレーナ』」 『ディ・プレッセIII』 2006年6月
小品の翻訳:「キリンよ、ここにいて」ヴォルフガング・ボルヒェルト 2006年6月23日
濱村 篤 2006年6月23日記
日本寄せ場学会、年報『寄せ場』投稿論文
10号 「『夢のげてもの』− 劇的なものをめぐって」(1997年)
11号 「『山岡思想』をめぐって(1)− 山村組闘争獄中書簡を中心に」(1998年)
12号 「『山岡思想』をめぐって(2)− 叙事的世界と子供たち」(1999年)
13号 「労働の近代性 − 上野英信を読む」(2000年)
14号 「レトロスペクティブ − 懐かしさの根底にあるもの」(2001年)
15号 「廃墟とユートピア − 宮内康とヴァルター・ベンヤミン」(2002年)
16号 「寄せ場とオールドカマー − 戦後における寄せ場形成の再検討(2003年)
19号 「上野英信の『出ニッポン記』を読む−下層と国策」(2006年)
書評・劇評
「『新宿ホームレス』というこの<新しさ>とは」(「図書新聞」1999年9月25日)
「芝居という棘」(「アビエルト通信」2002年)
「社会学的なアプローチにあって質的評価はあり得るのか?」(「図書新聞」 2003年6月28日)
「もうひとりのドン・キホーテが歩んだ屈折した道のり『ルカーチとこの時代』論評」(「池田浩士2004 past & present」2004年3月20日)
「時代の精神と時代の書物
Der Zeit-Geist und die Zeit-Schrift『闇の文化史−モンタージュ1920年代』論評」(「池田浩士2004 past & present」2004年3月20日)
「せむしの小人の眼差し『この時代の遺産』論評」(「池田浩士2004 past & present」2004年3月20日)
「鏡の中の国の記憶 藍博洲『幌馬車の歌』書評」(「情況」2006年5・6月号)
論考
「台湾で『風土』を読む」(「情況」2005年3月号)
ディ・プレッセ
「蟻にたかられて唖蝉がおり」(「ディ・プレッセ」野戦の月&海筆子 2002年10月18日)
「台湾プロジェクト−『民衆』とは、いったい誰なのか」(「ディ・プレッセII」野戦の月=海筆子 2003年10月24日)
「劇評ゲオルク・ビュヒナーの『レオンスとレーナ』」(「ディ・プレッセIII」野戦之月海筆子 2006年6月1日)
独火星急使
「『彼の悲しみをわかってやってくれ』と村の長老は語った」(「独火星急使」独火星 2003年7月10日)
「風景論−なぜテントなのか」(「独火星急使II」独火星 2004年7月1日)
東風通信
「千の眼、千の客体の中に」(日本語版、「東風通信」では中国語で掲載)(「東風通信」2005年3月23日)
「羅生門 軍史館殺人事件劇評」(日本語版、「東風通信」では中国語で掲載)(「東風通信」2005年3月23日)
カルチュラル・タイフーン
「台湾プロジェクト−『民衆』とは、いったい誰なのか?」(Cultural Typhoon @ Waseda 2003年6月29日)
小品の翻訳
「都市計画に関する考慮の経緯の中で」ヨハネス・ボブロウスキー(未発表)
「ドイツ国の本の書き出しの最初の2つの文章」ヨハネス・ボブロウスキー(未発表)
「暴力に対する処置」ベルトルト・ブレヒト(「
「台所時計」ヴォルフガング・ボルヒェルト(「
「3人の暗い王」ヴォルフガング・ボルヒェルト(「
「別れの無い世代」ヴォルフガング・ボルヒェルト(「
「声はそこにある 空気の中に−夜の中に」ヴォルフガング・ボルヒェルト(「
「それなら、答えはたったひとつだけだ!」ヴォルフガング・ボルヒェルト(「
「もし鮫が人間だったら」ベルトルト・ブレヒト(「
「小さなふくろう」ヨハネス・ボブロウスキー(「
「交配種」フランツ・カフカ(2002年9月4日試訳)
「せむしの小人」ヴァルター・ベンヤミン(2002年9月18日試訳)
「かわうそ」ヴァルター・ベンヤミン(2002年10月16日試訳)
「ラディ」ヴォルフガング・ボルヒェルト(2002年10月30日試訳)
「パン」ヴォルフガング・ボルヒェルト(2002年11月9日試訳)
「皇帝パノラマ館」ヴァルター・ベンヤミン(2002年12月10日試訳)
「ボウリングレーン」ヴォルフガング・ボルヒェルト(2003年1月18日試訳)
「4人の兵士」ヴォルフガング・ボルヒェルト(2003年2月2日試訳)
「破壊的性格」ヴァルター・ベンヤミン(2003年2月27日試訳)
「ポセイドン」フランツ・カフカ(2003年4月28日試訳)
「市の紋章」フランツ・カフカ(2003年5月5日試訳)
「ティアガルテン」ヴァルター・ベンヤミン(2003年7月17日試訳)
「夜になるとネズミは眠る」ヴォルフガング・ボルヒェルト(2003年9月3日試訳)
「水車小屋のコーボルト」グリム兄弟(2003年11月14日試訳)
「終わった、もう終わってしまった」ヴォルフガング・ボルヒェルト(2003年11月21日試訳)
「クッテンベルクの三人の坑夫」グリム兄弟(2003年12月15日試訳)
「ハーメルンの子供たち」グリム兄弟(2004年1月9日試訳)
「レンツ」ゲオルク・ビュヒナー(2004年10月6日試訳)
「ハンブルク」ヴォルフガング・ボルヒェルト(2004年10月27日試訳)
「家父長の心配」フランツ・カフカ(2004年11月10日試訳)
「冬の朝」ヴァルター・ベンヤミン(2004年12月18日試訳)
「1916年末書簡」ヴァルター・ベンヤミン(2005年4月5日試訳)
「ムンメレーレン」ヴァルター・ベンヤミン(2005年4月13日試訳)
「ドイツのインフレーションを旅行する」ヴァルター・ベンヤミン(2005年8月18日試訳)
「経験と貧困」ヴァルター・ベンヤミン(2005年12月31日試訳)
「月」ヴァルター・ベンヤミン(2006年5月31日試訳)
「キリンよ、ここにいて」ヴォルフガング・ボルヒェルト(2006年6月23日試訳)