思い出


 久しぶりに郭皇后の部屋に通った魏帝・曹丕は、彼女に泣き付かれていた。

「皇太后に言われたのです。『もし曹将軍を殺せば、明日あなたを廃してもらう』と……。わたくしを哀れに思うなら、どうか将軍の処刑を思い止まってくださいませ」
「分かった。分かったから泣くな」
 言葉とは裏腹に、曹丕の表情は困っていなかった。むしろ、自分と皇后の『演技』を楽しむ余裕さえある。
 やがて、外で控えていた宦官の足音が遠ざかっていくのを確認すると、
「もういいぞ、女王」
 字を呼ばれた燎は泣き真似をやめ、顔を上げた。
「お前に脅しを掛けるとは、母上も考えたものだ」
「と申されますと、陛下のところにも?」
「ああ。『誰のおかげで、今、こうして暮らせると思っているのか』と言われた」
 曹丕の父・曹操の従弟で、驃騎将軍・曹洪の食客が罪を犯したので、身元引受人である曹洪の処分をどうするかで揉めていた。
「『帝は私怨から建国の臣を処刑した』と、史書に書かれるのも癪だからな。爵位を下げるのと、職と領地の没収で手を打っておくか」
 実を言うと、家臣たちからも『処刑はやめた方がいい』との声が上がっていた。同族でも特別扱いしないことを広く知らしめるためには、族父の処刑もやむなしと思っていたが、相次ぐ諫言と母の叱責を受け、さすがに曹丕も決意が揺らいでいた。
 現代の感覚で考えれば、一言『処刑はしない』と言えばよさそうだが、最高位の施政者である皇帝が一度口にしたことを撤回するには、それ相応の『こじつけ』が必要なのだ。
 そう、悪妻に泣きつかれたとか───
 『お互い悪名が高まるばかりだな』と、曹丕はぼやいた。
「あなた様の側室になった時から、覚悟はできております」
 ……そして、『あの人』に代わって皇后の座に就いた時から。
 ふと、悪戯心が頭にもたげてきた燎は、女官に酒を持ってこさせる間、曹丕に聞いてみた。
「昔、将軍に借金を断られたそうですが、何に使うつもりだったのですか?」
「お前ならいいか。実はな……」

 話は、約二十年前に遡る。
「だめったらだめだ!」
「そんなこと言わずにさ……」
 取り付く島もない曹洪に食い下がっているのは、若き日の曹丕。
「金が入り要なら、父上か母上に言えばいいだろ」
「親父たちが貸してくれるなら、頼みに来ないって」
 司空の地位にあり、庶民の一生分使っても有り余る財を持っていると思われがちな曹操だが、その実は倹約家で、妻妾らが住む奥向きにもしっかり倹約精神が行き届いている。
「大体、何に使うつもりだ?」
「いや、その……絹に……百匹ほど」
「百匹だと!? 馬鹿者! 司空の後を継ぐ男が、そんな無駄使いをしてどうする!!」
 曹丕としては、『絹を買いたいので、銭を『百匹』(注:一匹=十文。後に二十五文)貸してくれ』と言ったつもりだった。だが、曹洪は『匹』を布の単位とと取った。
 族父(おじ)の容赦ない雷に、さすがに曹丕も堪忍袋の緒が切れた。
「族父上のケチ!! 後で後悔しても知らないからな!!」
「やれるものならやってみろ! 若造が!」
 売り言葉に買い言葉のけんか別れで、曹丕は曹洪の邸を後にした。
 己を律しているつもりだ。まあ……少しは羽目を外して狩りをしたり、隠れて酒を飲んだり、女の子にちょっかいかけたりしているが。
 伸び盛りに加え、もうすぐ孝廉として宮中へ参内する。朝服だって揃えなければならない。
 それなのに、こちらの言い分も聞かず、頭ごなしに怒鳴らなくてもいいではないか!

 翌日、曹丕の元に来客があった。
「ふてくされてるな」
 来客は曹仁、字は子孝。彼もまた曹丕の族父で、曹操・曹洪とは従兄弟の関係になる。
「『あの』子廉(曹洪の字)から金を借りようなんて、素手で呂布に勝とうとするようなもんだぞ」
 それくらい、『無謀な』ことというわけだ。
 『まあ、これでも飲んで頭を冷やせ』と言いながら、曹仁は持ってきた酒を杯に注いだ。
「あっ!? これって……」
 注がれた赤色の液体を見て、曹丕の目の色が変わった。
都の商人が、西方から葡萄酒を仕入れたとは聞いていたが、実物を見るのは今日が初めてだ。
 この国の酒は穀物酒、しかも濁り酒が主だ。
 しかし、遠く西の国で作られた葡萄酒は澄んだ色をしているという。葡萄好きの曹丕としては、まさに垂涎物だった。
 早速、口に含んでみる。
「うぐっ……」
 色の鮮やかさとは裏腹に、強い渋みと酸味が口内を占拠し、曹丕は顔をしかめた。
「……子廉のこと、悪く思うなよ。今でこそ、財を貯める余裕もあるが、旗揚げした頃は、とかく金がなくて苦労したからな。そん時の苦労が身に染みついてるんだ。戦にしても、政にしても金が掛かる。殿にしたって、まず家のことから切り詰めないと、口さがない連中が何を言い出すか分かったもんじゃない」
「それくらいで崩れる立場ではないでしょう」
「それはそうだが……殿の覇業はまだ途中だ。これからも色々手回ししていかんとな」
「……はい」
 族子(おい)が神妙な顔になったのを見て、胸を撫で下ろした曹仁は酒を注ぎ足した。
「とにかく、戦も政も金も、使い道と使い所を見極めんとな」
「……」
 喉に流し込んだ赤い酒が、やたら苦かった。

 他人への評価が辛いとされる曹丕だが、弟の曹彰に『軍を率いる時は、(曹仁)将軍のようでないといかん』と言っているのをみると、曹仁に対しては高い評価を持っていたようだ。
 正史三国志によると、曹仁は若い頃は慎みがなかったが、年を重ねる毎に法規を遵守するようになったという。
 また、曹仁の人柄を称した、こんな記述がある。
 『将軍は真に天人なり』
 従兄弟たちの姿を間近で見、数多くの戦を乗り越えていった経験が、彼を成長させたのだろう。
 
「そんなことがあったのですか」
「その時は、こんなことになるとは思ってはいなかったがな」
 酌を受けながら、曹丕は苦笑いを浮かべた。
「忠候(曹仁の諡)様が下さったというお酒、今度飲ませて下さいな」
「……死ぬほど不味いぞ」
「まあ!」
 あの時の味を思い出してか、真顔で忠告する曹丕に、袖で口元を隠しながら笑う燎。
 さすがに、
(この人のことだから、処刑も半ば本気だったかも……)
 と、思ったことは内緒だが。


 お題が『思い出』ということで、曹洪伝で書かれている「曹丕の借金を断ったせいで処刑されかけた」というエピソードをネタ元に、色々背景をでっち上げ膨らませて作りました。
 頭を混乱させてくれたのが、注の方に書かれている「絹百匹」という記述。
 漢代の一匹(疋)は「幅二尺二寸×長さ四丈」。後漢の一尺=23.04cmですから、約「51×922cm」の布地が百枚となると、(おそらく、太子になる前の)曹丕個人が使う分にしては多すぎるんじゃあ……と、思った次第。『匹』が金銭の単位でもあったのは、正直助かりました(^_^;)。ちなみに現在の日本では、鯨尺(一尺=約38cm)で「九分五寸×六丈=一匹」だそうです。(注:絹織物の場合。一匹の基準は素材によって違う)
 「卞太后に脅された郭后が曹丕に泣き付いたので(曹洪は)処刑を免れた」の記述に関しても少し。
 これは注でなく本文の方なので、一見史実っぽいのですが……卞太后の性格考えたら(曹植の件とかも見ると)、曹丕に直接言いそうな気がしたり。案外、曹丕の説得に失敗した時の『保険』のみが史書に残ったのかも(^_^;)。ここでは、「卞太后は曹丕と郭燎、両者に処刑をやめるよう言い、2人がそれをきっかけに処刑撤回のための芝居を打った」ということに。
 あと、葡萄酒を不味くしたのは一応考証に沿って(^_^;)。当時の葡萄酒(ワイン)はまだ醸造・保存技術が未発達で、かなり酸っぱかったようです。
 古代ローマでは、鉛の杯で飲んでいたそうですが(味が甘くなるらしい)……当然の如く、鉛中毒者が増加(-_-;)。葡萄好きの曹丕や酒乱の孫権がそこにいなくてよかった……のか?

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