『俺と僕で何?』
第伍話 レイ、心の向こうに(前編)
ん?
・・・ここはどこだ?・・・なんだ、ソファーか・・・。
・・・いかん、何時の間にか眠ってしまったんだな。
誰かがタオルケット、掛けてくれたんだ 。
何時だろう?・・・5時か。
多分みんなは6時過ぎには起きるだろう。
・・・。
昨夜は生意気なこと言ったけど、綾波、大丈夫みたいだったな。
俺が寝ちゃったあとリツコさんとは何か話したのかな?
・・・。
綾波のこともそうだけど、自分のことも考えなきゃいけないないんだよな。
色んなことをいっぺんに聞かされて・・・なかなか頭の中が整理出来ないや。
母さん・・・母さんのことはあまりよく覚えていない。実験中の事故で死んだとばかり思ってた。
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「えっ?母さんは死んだんじゃあなかったんですか?」
「違うわよ。『死』をどう定義するかにもよるけど、一般的な概念での死とは違うとは言えるわね」
「初号機に取り込まれたって言いましたけど、それってどういう状態なんですか?」
「正確なことは解らないわ。こんなこと滅多にないもの。でも推測は出来るの。あなたのお母さんは、肉体的には量子レベルに分解されてエヴァと同化していると考えられるわ。そしてそこにはお母さんの精神、魂とでも呼ぶべきモノも存在している。そこでお母さんのサルベージが計画され実行された 」
「サルベージ?」
「そう。さっきも言ったように、ユイさんを構成していた物質はエヴァの中に保存されていたし、魂というべきモノもそこに存在している。サルベージとは、その体を再構成して精神を定着させる作業よ 」
「そんなこと出来るんですか?」
「細かい説明は省くけど理論上は可能よ」
「でも・・・、失敗したんですよね」
「そういうことになるわね」
「母さんの事故、俺も見てたんですね。・・・覚えてないです・・・」
「2004年のこと、シンジ君はまだ3歳だったもの、無理ないわ」
「今でも母さんの肉体と魂、ですか、エヴァの中にあるんですか?」
「多分ね。さっきも言ったように正確なことは言えないわ」
「母さんは今の状態がわかっているんですか?」
「それは自意識があるか、ということ?」
「ええ」
「これも推測だけど、普通の人間で言えば眠っている状態に近いと思われるわ」
「眠っている状態・・・」
「シンジ君は眠っている時に眠っている自分自身をどう認識しているかしら 」
「認識ですか・・・。難しいことを聞くんですね」
「・・・」
「普段は意識してませんよ、そんなこと。・・・夢を見ることはあります。夢は覚えていることもあれば全然覚えてないこともあります。あ、これは夢の内容のことです。あと、夢を見てたことは覚えているけど内容を思い出せないこともありますね。・・・夢の中では碇シンジであることもあれば、碇シンジじゃない他人であることもあります。それに碇シンジなんだけど本来の碇シンジじゃないこともあります。なんか、うまく言えないですけど・・・」
「それじゃあ夢を見ていないときの自分はどうかしら?」
「夢を見ていないときの自分ってわからないですよ、そんなの。・・・それって無意識、って言うんじゃないですか?・・・それが今の母さんの状態ってことですか」
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母さん・・・。
「あら、起きてたの?シンジ君」
「あ、お早うございます。昨日は済みません、お帰りの前に眠っちゃったんですね」
「気にすることはないわ。一度に話し過ぎたかも知れなかったわね・・・」
「知らずにいるよりは良かったと思います。確かに消化不良ではありますけど・・・」
「ま、急ぐことはないわ。何か思い出したら教えてね。焦らないで 」
「はい。大丈夫です。綾波、起こしましょうか?」
「昨夜は珍しく夜更かしだったのよ、レイ。もう少し寝かせてあげて 」
「いいですけど、俺は今日から学校ですよね 」
「ああ、言い忘れてたかも知れない。10時までに行けばいいのよ。レイと一緒に行けばいいわ。学校には連絡済みだから。本当は私が行ければいいのだけど本部に行かなくちゃいけないから、悪いわね 」
「いいんですよ。10時までですね。分かりました。食事の準備、手伝います」
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さて、綾波起こさなくちゃ。
「わあっっ!あ、綾波っ!いたの?」
「・・・」
「・・・綾波さん?」
「・・・」
「レイ、寝起きが悪いのよ、低血圧よ 」
「お、は、よ、う・・・碇、く・・・ん」
「お、お早う、綾波」
って、まだどきどきしてるよ。
「お、は、よ、う・・・ございます。 ・・・リツコ、さ・・・ん 」
っ!!!
思わずリツコさんの顔を見た・・・。
・・・リツコさんはとても嬉しそうな顔をしていた。ほんとうに。
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「綾波っ!リツコさんのこと『リツコさん』って呼ぶようになったんだね 」
「碇君、それ、日本語が変よ」
「い、いや。俺、・・・嬉しくって。綾波がリツコさんのこと『リツコさん』って呼ぶようになったんで」
「そう・・・」
これって照れてるんだよな、多分。
綾波の表情、っていうか・・・、喜怒哀楽って、解りにくいよな。感情がないってわけじゃないのは知ってる。その感情の表わし方を知らないだけなんだと思う。
「綾波」
「なに?」
「学校のクラスメイトってどんなやつがいるのかな 」
「よくわからない」
「よくわからないって・・・」
「知らないもの、クラスメイトのこと。ほとんど話したことないから 」
「もしかして、綾波、クラスのみんなから嫌われてるの?」
「・・・わからない」
「そうか・・・綾波は休み時間とかには何してるのかな?」
「・・・読書」
「・・・多分、それだよ。読書中の人には普通話しかけたりしないもの 」
「そう?そうかも知れない。・・・気が付かなかった 」
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「起立、礼。着席」
「皆さん、今日は転校生を紹介します。さ、入りなさい 」
「はい」
教室の扉を開けて中に入る。
ちょっと緊張するな。
あ、綾波が後ろの扉から入って来た。あ、窓際の席なんだ ・・・綾波。
「さあ、自己紹介をしなさい」
「あ、すいません。・・・。今度父の仕事の関係で松代から引っ越してきました。碇シンジです。よろしくお願いします」
結構注目されているみたいだ・・・ここに転校して来るやつなんて少ないだろうしな。
「では、碇君の席は・・・」
「はい」
綾波が手を挙げた。
(ザワザワ)
なんか教室の雰囲気が変わった?
「綾波さん、何かね?」
「わたしの前の席が空いています」
「「「え、えっーーーーっ!」」」
どうしてそうなるんだ?
「あ、ああ。そうでしたね。では碇君、綾波さんの前の席に座って下さい 」
先生は動じていないな・・・。
「はい、わかりました」
指定された席に向かう。皆の視線が痛い ・・・。
綾波と眼が合う。綾波が頷いた。俺もちょっと笑って席に着く。
「綾波。よろしく」
「ええ、碇君」
綾波、それって、もしかすると微笑んでいるのかな ?
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授業の内容は俺の知っていることばかり。前の学校とはカリキュラムが違うのかも知れないな。早く終わんないかな・・・。
使徒、エヴァンゲリオン、特務機関ネルフ、そして ・・・綾波レイ。
ちょっと前までは俺には何の関係もなかったもの。でも俺が知らなかっただけなんだ。
でも知ってしまったからには避けることは出来ない。それに知ってしまっただけじゃあない。もう逃げられないんだ・・・俺はエヴァのパイロットなんだからな。
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「起立、礼。着席」
授業が終って思考が中断された。
昼飯だ。そういえば職員室での説明ではここでは給食はないって言ってたよな。購買部でパンかなんか買うか。
そう思って椅子から立ち上がる。
「碇君」
後ろの綾波から声を掛けられた。
「ん、何?」
「これ」
と言って、包みを差し出している。って、弁当じゃないか!
なんだ、最初から言ってくれればいいのに。
「ありがとう。綾波。いつも弁当なの?」
「いいえ。お弁当と購買部のパンと半々くらいよ 」
「そっか。お弁当はリツコさんが作ってくれるの?」
「うん。時間がある時には用意してくれるの」
「綾波はいつもどこで食べてるの?」
「この席で食べるわ」
「他のみんなはどうしてるのかな?」
「自分の席で食べる人、校庭や屋上に行く人もいる 」
どうしよっか・・・。
「それじゃあ、屋上で食べないか?」
「どうしてわざわざ屋上に行くの?」
「どうしてって・・・。ほら、屋上の方が気持ち良いじゃないか。景色もいいだろうし。市内が見渡せるかも知れない。俺、まだこの街の全景って見たことないんだよね」
「わかったわ。碇君がそう言うのなら 」
「それじゃあ行こう。案内してくれるかな?綾波 」
「ええ」
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屋上には結構人がいる。クラスメイトもいるようだ。
というよりも俺達が屋上に出た途端に皆の視線を感じた。
俺に対するよりも俺と一緒にいる綾波に対してか・・・。
気にしないで食べよう。
「食べよっか、綾波」
「うん」
結構うまいじゃないか・・・。リツコさんて料理上手いんだ。別に下手だと思っていた訳じゃないが、リツコさんと手料理ってなんとなくイメージが繋がらないんだよな。
「美味しいね、綾波」
「・・・リツコさん、料理が上手」
いいね。自然に呼べるようになってるじゃあないか。
「そうだね」
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弁当を食べ終わって席のPCを開けると・・・電子メールの嵐だった・・・。
『碇君へ。綾波さんとはどういう関係なの?』
『碇君、綾波さんは何故碇君のことを知っているんですか?』
『碇!綾波とお知り合いなのか?』
『碇君と綾波さんはなんで一緒にお弁当を食べていたのですか?』
『碇と綾波の弁当って誰が作ったんだ?』
このクラスの反応はなんなんだ?
どうなってるんだよ?
周りを見渡すと、皆興味深々といった様子で見ている。
でも何で直接聞きに来ないんだろう・・・?
それに答えようがないよな・・・、まさか本当のことは言えないし・・・。
綾波の方を見ると、綾波は落ち着いている。俺の視線に気が付くと黙って頷いてメモリーカードを取り出す。で、PCに入れてなんか操作している。
「碇君、今みんなにメール打った とこ。碇君も読んで置いて」
「えっ?わ、わかったよ。ちょっと待っててね 」
綾波からのメールを開く、と。
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2年A組の皆さんへ。 私は碇シンジ君と綾波レイさんの保護者の赤 木リツコと申します。 本日、碇シンジが転入させていただきました。綾波レイともども仲良くしてやって下さい。 よろしくお願いします。 両名の関係について興味を持たれる方も多いと思われますので、簡単に説明します。 結論から先に言うと、両名は兄と妹の関係にあります。ただし、事情があって当人達がそのことを知らされたのは、碇シンジが当地に来て綾波レイと面識を持った後で、つまりつい最近のことです。 その事情は当人達にも詳細な説明がなされておりません。 両名の父親が本人達に直接説明することを希望しているからなのですが、同人は極めて多忙で、かつ、勤務先に居住しており、直接本人達に面談する機会がないためです。 私、赤城リツコが両名の保護者となっているのもその理由によるものです。 メールでの説明には限りがありますが、以上の事情からあまり当人達が困るような質問は避けてやって下さい。 では最後に重ねて、碇シンジ、綾波レイをよろしくお願いします。
保護者 赤木リツコより
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うーーーん。さすが、用意いいな、リツコさんは。準備万端怠り無く、ってやつか・・・。
でも・・・みんな、納得してないだろうなぁ・・・。
顔をあげる・・・と、なんだかなぁ。余計に興味深々って感じじゃないか。
「あのさ、綾波。このメールの内容は知ってたの?」
綾波が頭をフルフルする。
「リツコさんなりに考えてくれているみたんだけど、相談して欲しいよね 」
綾波が頭をコクコクする。
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「今日は結構大変な一日だったね」
「うん」
あのメールの後、逆にみんなから質問攻めとなってしまった。
『なんで苗字が違うの?』、とか。
『二人は一緒に住んでるの?』、とか。
答えられないのと答えられるのとグチャグチャだった。
質問は俺に集中して綾波には向かない。
多分、そのこと自体が綾波のクラスの中での存在を象徴していたんだろうな・・・。
やっぱりみんなも綾波には話し掛けにくいんだろう。
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