『俺と僕で何?』


第拾四話 アスカとミサト(前編)


リビングに入る。

「碇君、おはよう」

「あ、おはよう、綾波」

あれ?

「リツコさんは?」

「もう本部に出掛けたわ」

「今日は早いんだね、リツコさん。昨夜は寝るの遅かったのに・・・

俺は滅茶苦茶眠いぞ・・・

「今日は会議があるんで遅くなるそうよ。ミサトさん、加持さんも一緒らしい。だから晩御飯はいらないって」

「うん、わかったよ」

「あと、明日は1500再起動実験あるって」

「了解」

この間の戦闘以来だな、エヴァに乗るのは・・・でも・・・今の俺で動くのか?

昨夜の続きも気になるよな。

この世界は元の世界の『過去』でもないし、『パラレル・ワールド』でもない。

じゃあ何なんだろう?

昨夜のリツコさんの話のキーワードは『自我』と『自己同一性』とその『感覚』、それと・・・『魂』、か 。

『自己同一性の感覚』の途切れた感覚を持つリツコさん達三人、『自己同一性の感覚』を保っているように見えるその他大勢の人間、そして、更にイレギュラーなケース、つまり、俺のように喪失した記憶を取り戻しながらも『自己同一性の感覚』を保っているように感じている人間・・・

話の要点は、このパターンが全て併存可能な世界がこの世界だ、ってことだよな。

多分、リツコさんは見付けたんだ、リツコさんなりの回答を・・・

そして、その回答はミサトさんや加持さんも知っている。いや、三人で考えた結果かも知れないな。この世界には他に相談できる相手なんて、いないものな。

「碇君。考え事もいいけど、遅刻しちゃうわ」

「ご、ごめん、綾波。行こう!」

「おはよう、碇君、レイ!」

「おはよう、洞木さん」

「おはよう、ヒカリ」

「今日は二人とも危なかったわね。遅刻寸前よ!」

そう言いながらも目は笑ってる。

「わたしのせいじゃない。碇君がボケボケしてただけ」

「え?ええっ!」

ああ、綾波ぃー。綾波ってそんな事言う性格だっけ?

やっぱりここは知らない世界なんだ。

でも・・・変なのは俺達だけで、他のみんなは普通なのかな?

「碇君にレイ。おはようございます」

レイと俺に深々とお辞儀をするアスカ。

「アスカ。そんなに丁寧なお辞儀はしないで」

「でも・・・レイ。」

「そうだよ、惣流。友達なんだからさ、そんなにかしこまることはないと思うよ」

アスカの変化がどういう理由でどの時点から起こったのか知らないけど、アスカは元からこういう丁寧な仕草や言葉遣いを知ってたんだろうか?

「でも・・・碇君 」

前は知ってたのに使わなかったのかな?

「そうよ、アスカ。そんなに丁寧にされるとわたし達も丁寧にしないといけないみたいだし、それって変でしょ?」

「委員長の言う通りや。友達は友達らしゅう、子供は子供らしゅう、そういうこっちゃ!」

「でも・・・ヒカリ、鈴原君。」

「何(なんや)?」

「まだ二日目で失礼じゃないかしら?」

「もしそうならわたし達は失礼な事をしている事になるわ」

おお、綾波。相変わらず鋭い。

「あっ・・・

「だろ。だからいいんだよ、気にしなくて」

「わかったわ、碇君。みんな、ありがとう」

アスカが、にこっ、と微笑んだ。

・・・

・・・お、思わず見とれてしまった。

気が付くと、教室全体の雰囲気が・・・しーん、となっている。

ケンスケは写真撮るのも忘れている。

「あのー・・・みんな、どうしたの?」

「あ、いや、そのっ!」

「碇君。何焦ってるの?」

「あ、別に・・・何でもないよ、綾波」

「相田も鈴原もアスカに見惚れちゃって」

「べ、別に見惚れた訳やないで、委員長。ちょっとびっくりしただけや。あんまり可愛かったんでな 」

そういうのを、見惚れた、って言うんじゃないか 。

「し、しまったあぁ。シャッター・チャンスがぁぁぁぁ・・・

沈没者、若干一名。

アスカは数学等の理科系は全く問題ないのだが、文科系はやはり苦手だった。

でも、前よりも漢字が読めてるんじゃないか?

性格も本当に良くなってる。

むしろ内気でシャイな感じだ。

でもどうして前と違うんだろう?何が違ってるんだろう?

加持さん、かな。やっぱり。

「アスカ。今日の夕御飯どうするの?ミサトさん遅いんでしょ?」

「ええ、そうなの。でも何も考えていないわ」

大分アスカの喋り方が自然になってきたな。

「俺達んとこも、リツコさんが遅くなるから晩飯いらないんだってさ」

「どうする、碇君?」

「三人で外食でもいいし、みんなで何か作ってもいいかな。惣流はどっちがいい?」

綾波のやつ、ちゃんと俺のシナリオを守ってるじゃないか。えらい、えらい。

「そうね。任せるわ」

やりっ!

「じゃあ、これから買出しして、そのまま惣流んちに行こう」

「わたくしの家で夕御飯にするんですか?」

「そのつもりだったけど、拙いかな?」

「わたし達の家でもいいけど、それだと碇君がアスカを送っていかなくちゃいけない。別に泊まってくれても構わないけど、アスカの家ならその方が楽よ」

「それはそうね。わかったわ。そうしましょう。じゃ、買出しね」

結構切り替えが早いじゃないか・・・こういうとこはやっぱりアスカらしいのかな?

うーーん、ミサトさんのマンションに行く口実ばっかり考えてて、肝心の晩飯の献立・・・考えてなかったなぁ。

「碇君。何にするの?」

「どうしよっかな・・・

あっ!

「そうだ!ハンバーグなんてどうかな?・・・!って、綾波、肉駄目なんだったっけ?」

あれ?でも肉食べてたよな、家でも学校の弁当でも。

「肉、大丈夫よ。良く火が通っていれば」

リツコさんが改造したのかな?

「そ、そう。良かった!で、惣流は大丈夫かな、ハンバーグで?」

「もちろん、異議ないわ。どちらかと言えば、わたくしの好物の部類よ!」

「よしっ!決まりだ!」

「じゃ、早く材料買いましょ」

きっちり決めた俺のこのポーズ、完璧に無視、かよ。

「おっじゃましまーっすっと」

「お邪魔します」

「どうぞどうぞ。二人とも来た事あるんでしょ、ここに」

「うん。良く知ってるね」

「ミサトから聞いてたのよ。碇君の歓迎会やったんだってね」

アスカはミサトさんのこと、やっぱりミサトって呼ぶんだな。

「そうなんだ。そうだよ!惣流の歓迎会も、当然やるんだろうな、ミサトさん」

「別にいいわよ、そんなのわざわざやらなくても。でもわたくしの誕生日には何かお祝いして欲しいわね」

「惣流の誕生日って12月じゃなかったっけ?」

「何で碇君が知ってるの?」

あ!しまったぁ。

「あ、ほら、MAGIのデータで見たんだよ」

「ふーーーーーん。ま、いいわよ」

なんだか、だんだんと前のアスカっぽくなってきている気がするのは、気のせいだよね。

「へえ。でも驚いたわ。碇君までお料理出来るなんて」

「別に大した事じゃないんだ。父さんの知人の家に預けられて、独立した部屋というか家というか貰ってね、自炊してたんだ。嫌でもそこそこ上手くはなるさ」

「ふーーーん。結構複雑なのね・・・。総司令でしょ、碇君のお父様って」

お父様、ね。あいつの柄じゃあないな。

「ネルフの総司令は想像以上に忙しい筈。碇君もそれはわかっている筈」

「わかってるさ、今は。でも、頭と心は別物なんだよ」

「恨んでるの、お父さんを?」

「綾波。恨んじゃあいないよ。ただ必要があるからって、こっちの都合もお構いなしで呼び付けるのは迷惑だよな、ってね。その時は父さんが総司令だなんて知らなかったし」

「それはそうかも知れないわね」

「ごめんなさい、碇君。碇君の気持ちも知らないのに・・・

ちょっとムキになってるかな、俺は?

「いいんだ。俺も自分勝手なだけだったんだし・・・。それより飯にしようよ」

「そうね」

「じゃ、料理運びましょ!」

「「「ごちそうさまーっ!」」」

「美味しかったわー」

「リツコさんのより美味しいと思う」

「結構上手く出来てたよな」

「シャンピニオン風ソースが絶妙だったわ。あのキノコなんて言うの?」

「あ、あれは、しめじ、って言うんだよ」

「しめじ、ね。覚えとこうっと」

「リツコさんのよりもわたしのよりも血のにおいがしなかったわ。何故なの?」

「レイ。それはね、今日のハンバーグはわたくしに合わせてヨーロッパ風にアレンジしてくれたからだと思うわ、お肉の隠し味とかソースとかね。アメリカンだったらもっとお肉の味がストレートに出るわよ。碇君、ありがとう。本当に美味しかったわ 」

「いや、喜んでもらえれば嬉しいよ」

アスカに料理誉められたのって、初めてだ。まあ、このアスカは俺の料理食ったの初めてなんだけど。

「碇君。わたしにも今日のハンバーグの作り方教えてくれる?」

「もちろんさ!俺達に食わせてくれよ!」

「うん。わかった。頑張るからねっ!」

「後片付けも無事終ったわ。レイも碇君もありがとう」

「お互い様さ。惣流はスープを作ったし、綾波は何かしたっけ?」

「助手よ。そして、今は紅茶を入れたわ」

無視、無視っと。

「ところでさ、惣流」

あ、綾波、ちょっと怒ったかな?

「なあに?」

「ミサトさんとの生活、慣れた?」

「ああ、そのこと?気に懸けてくれてたんだ。ありがとう」

「で、実際のところどうなの?」

「特段の問題はないわよ」

「それだけでは良く判らないわ。具体的に言って欲しい」

「そうね・・・ミサトは部屋のお片付けとお洗濯とゴミ出しの担当で、お料理とお掃除がわたくしの担当ね」

なるほど、繊細な部分はアスカで、まあ力仕事ってのがミサトさん、って事か。

「いい分担になってるみたいだね」

「そうね。最初の分担は違ったんだけど、やってるうちにこうなったのよ。ま、適材適所ってやつね。本当は全部わたくしがやった方がいいんだけど、どうしてもミサトも何かやりたいって言うんでね 」

ミサトさんにも拘りがあるんだろうな。

「アスカは偉いのね」

「えっ?そ、そんなことないと思うけど」

あれ?赤くなって・・・、照れてるのか?

そう言えば、前もそういう時あったな。

アスカは本当は優しくて人を思い遣る心も持っている。

それは前も今も変わらない。本質的には変わりはない。

それが変わっているように見えるのは、アスカの置かれている環境とか立場とか人間関係とかが違っているからだ。

それは、アスカを見る俺達自身についても同じなんだ。

「どうしたの、碇君?」

「いや・・・綾波の言う通りアス、いや、惣流さんって偉いなぁって思ってさ 」

あぶない。

「い、碇君まで・・・。恥ずかしいからそんなに言わないでよ」

また一段と赤くなっちゃった。

「もういいでしょ、碇君。アスカが困ってるわ」

何だよ、綾波が最初に言ったんじゃないか。

「ところでさ、惣流はドイツにいたときからミサトさんのこと知ってたんだよね?」

「ええ、そうよ」

「いつミサトさんと知り合いになったの?」

「ミサトがゲヒルンに入ってすぐよ。ミサトは2009年にゲヒルンに入って独国第三支部配属になったの。わたくしは2005年にセカンド・チルドレンに選出されてたし・・・

「アスカ。ミサトさんって、ドイツでは何してたの?」

「良くは知らないの。なんか・・・軍事訓練とかエヴァ弐号機のデータ収集とか、そんなことだったかな。赴任というよりは、もともと研修みたいなものだったのよ」

「へえ、そうだったんだ」

訓練、か・・・戦闘訓練だったんだろうな。射撃や格闘戦とか得意そうだもんな。

しかし、あの若さで作戦部作戦局第一課課長で一尉だけでも大したものなのに、実戦では総司令と副司令に次ぐ指揮官だ。

近いうちに一度ミサトさんとじっくり話がしたいな。・・・それに、きちんとお礼とお詫びしないとな。

「アスカはミサトさんのこと好きなの?」

「別に嫌いじゃないわよ。ミサト、変わったのかな。何か雰囲気が落ち着いたような感じがするのよね」

「それってドイツにいた時と違うって事?」

「うーーん。まあ随分と前の話だから当てにはならないわね」

「今日はアスカを送ってミサトのとこで一緒に夕飯作って食べたんだってね。レイから聞いたわ」

「あ、リツコさん、帰ってたんですか?お帰りなさい」

髪の毛をタオルで拭きながら言う。

「ねえ、どう、アスカの感じは?前と違うの?」

「最初は違うと思いました。言葉遣いが滅茶丁寧で、この人誰、って感じでした。でも、友達言葉になって打ち解けてきたら、やっぱりアスカだなって感じです。優しくて思い遣りがある、前のアスカはそんな素振りは見せなかったけど、 きっとこっちの方がアスカの本質じゃなかったのかなって思いました」

「ミサトともうまくやってるそうじゃない」

「そのようでした。リツコさん。」

「何、改まっちゃって?」

「明日の訓練の後、ミサトさんと話がしたいんですけど。内緒の話です」

「いいわ。私の研究室をお使いなさい」

「ありがとうございます」

・・・でも、怪しいことはしないでよ 」

ハア…。


「シンジ君、レイ、久し振り。元気してたぁ?」

・・・相変わらず軽いな。

「こんにちは、ミサトさん」

「昨日は無断でお邪魔しちゃって」

「いーわよ、別に。アスカが許可したんでしょ。問題ないわよ、レイも一緒だったし。ね、レイ」

「どうしてそこでわたしに振るの、葛城一尉」

「お、怒る事ないでしょ、怒る事は・・・

綾波って怒ると、さん付けじゃなくて階級で呼ぶんだよな。

結構怖いよな、怒ってるの直ぐ解かるし。

アスカだって解かってるみたいだし、笑ってるけど。

「さあ、みんな。今日は再起動実験なんだから、余計なのには構わなくていいわ」

「な、なーによっ!余計なの、って。わざわざ見に来てやったのにーっ」

「見に来てやったって、みんなあなたの部下なんだから当然でしょ。でも、ミサト、あなたは実験の手伝いする気も能力もないのよ」

はっきり言うなあ、リツコさん。

「はい、はい。あたしが悪うございました。とっとと始めてくださいませませ」

・・・

今度はリツコさんが切れ掛かってる・・・あ、我慢した。

「マヤ、コダマ。準備に入って。パイロットは着替えて10分後にケイジに集合、いいわね」

「「「了解っ!」」」

とばっちり食う前にさっさと行っちまお。

「みんな揃ったわね」

聞かなくても、見りゃ分かるだろうに。

「「「はい」」」

と、元気良く。

「では、零号機、初号機、弐号機の順に再起動実験を開始します。コダマは零号機を、マヤは初号機と弐号機を担当、いいわね」

「「了解」」

・・・久々のLCL、やっぱり慣れないな。この辺は前の『僕』の感覚が戻ってないってことかな?

モニターの綾波もアスカも目を閉じている。集中してるんだ。

『零号機、起動しました。シンクロ率、63パーセント。ハーモニクス、全て正常です』

『了解。レイ、問題ないわ。終了します』

『初号機、起動しました。シンクロ率、42パーセント。ハーモニクス、ほぼ正常位置』

『了解。シンジ君、ちょっと問題あるけど、まあいいわ。終了とします』

んー・・・本当に起動したのか?そんな感じしなかったぞ?ま、いいけど 。

次はアスカの番だな・・・

『起動、開始します

『主電源、全回路接続完了

『起動用システム、作動開始します』

『起動電圧、臨界点まで後零点5、零点2、突破しました』

『起動システム、ただいまより第2ステージに移行します』

『A10神経接続、開始しました』

『初期コンタクト、全て問題ありません』

『双方向回線、開きます』

『シンクログラフ上昇。・・・絶対境界線まであと1点2・・・・・・ボーダーライン、突破!弐号機、起動しました。・・・シンクロ率73パーセントで安定。シンクログラフ最大誤差プラスマイナスゼロコンマ2パーセント。ハーモニクス、全て正常です。問題ありません 』

『了解。アスカ、良くやったわ。これで本日の再起動実験は全て終了します。みんな、お疲れ様』

普段の生活では性格がおっとり気味になったように思えたけど、こういう時の集中力はさすがだな。

やっぱり君はすごいよ、アスカ。

「三人ともお疲れさま。みんなの結果は予想の範囲内よ」

「予想範囲内って言っても、63パーセントと42パーセントと73パーセントでしょ。随分とバラ付きがあるんじゃないの、リツコ?」

「それはそうでしょ、みんな機械じゃあないんだから。バラ付きがない方が不気味よ」

「でもシンちゃんが一番低いのはどうしてなの?」

「新米ですもの、仕方ないですよ。葛城一尉」

「あーっら。マヤちゃん、シンちゃんに甘いのね」

始まったか。

「そ、そんなんじゃありません」

あれ?焦ってるよ、マヤさん。

「ほら、ミサト。邪魔しないでって言ってるでしょ。みんなはこれからデータの分析やらで忙しいんだから」

「へいへい、っと。じゃリツコの部屋で話しましょ。それならいいでしょう?」

「はいはい。敵わないわね、ミサトには。いいわ。行きましょう。みんなも着替えて。その後、レイとアスカはマヤとブリーフィング。シンジ君は私の部屋に来てちょうだい。いいわね 」

「「「分かりました」」」

「リツコさん。ありがとうございます」

「何が?」

「昨夜の約束、守ってくれました」

「まだ早いわよ。ミサトが来るのはもう少し後よ」

「おんなじですよ。リツコさんのお気持ちに感謝してるんですよ」

「意外と律儀ね、シンジ君は」

「えっ?意外と、ですか?」

「まあ、いいわ。この前の晩の続きしなくてはね。気になってるんでしょ?」

「ええ、まあ」

あの後はアスカの方に気を取られてあんまり考えてはいなかったけど。

「『魂』が肉体の構成や物質をベースとした『自我』を認識し、『自己同一性の感覚』の根拠となっている。しかも肉体は一つの『魂』しか受け入れない、ですか・・・過去や平行世界では説明にならないということですね 」

自分で言った言葉だ。

今日はこの続きから始まる訳か・・・

「過去でもない、平行世界でもなくって、この世界をうまく説明出来る可能性なんてあるんですか?」

「あるわよ、いろいろとね」

「例えばどんなのですか?」

「そうね、これは夢かも知れないわね」

「誰のですか?」

「誰のでもいいのよ。私のでも、シンジ君のでも」

「ここがシンジ君の夢の世界なら、私達はその登場人物だし、ここにいるシンジ君だって単なる登場人物でしかない。だって本当のシンジ君は夢を見ているんだから、ここにはいないわ 」

「そんなぁ」

「もしかしたら、ここはゲームの世界で私達はそのキャラクターなのかも知れない。」

・・・

「ゲームのプレイヤーがリセット・ボタンを押したのよ。あるいはセーブ・データをロードしたのかも知れないわね。何かのバグでリセット前のデータがキャラクターに残ったのかも知れないし、もともとそういう仕様になっているのかも知れない 」

「その仮定はちょっと苦しいんじゃないですか?」

「1999年に『マトリックス』という映画が大ヒットしたの。私がちょうどシンジ君の歳の頃ね」

「どんな映画なんですか?」

「今まで日常だと思っていた世界が実は脳内に電子的に構成されたバーチャル・リアリティだった。それに気が付いてそこから現実世界に戻った一部の人間が、仮想世界に人類を閉じ込めた機械文明に反旗をひるがえす、といった内容よ。でも、その現実世界も更なるバーチャル・リアリティだったというシナリオも書けるわね 」

・・・

「その少し前には、ヨースタイン・ゴルデルという人が『ソフィーの世界』という小説の形を借りた哲学入門書を書いて世界中の大ベスト・セラーになったわ 」

一応聞かないと機嫌悪くなりそうだな。

・・・どんな小説なんですか?」

「この切抜きを読んでみて」

 

ある日、ソフィーのもとへ1通の手紙が舞い込んだ。
消印も差出人の名もないその手紙にはたった1行、「あなたはだれ?」と書かれていた。
おもいがけない問いかけに、ソフィーは改めて自分を見つめ直す。
「わたしっていったいだれなんだろう?」
今まで当たり前だと思っていたことが、ソフィーにはとても不思議なことのように思えてきた。
その日からソフィーの周りでは奇妙な出来事が次々と起こり始めた
・・・

 

・・・

「この話の落ちは、主人公がこの小説の中に出てくる小説の登場人物だった、というものなの。詳しく知りたければ自分で調べなさい。面白いわよ」

・・・でも、そんな可能性を考えていったいどうなるっていうんですか?」

『ガチャッ』

「リツコ。シンちゃん、怒っちゃったわよ」

「あら、ミサト。早いのね」

「ミサトさん。リツコさんってこういう話が好きなんですか?」

「んー。今回になってからじゃないかなぁ」

「何ですか、その『今回』って?」

「ああ、この世界って結局何なのか訳わかんないでしょ、今のところ。で、とりあえず前の世界での記憶を『前回』、この世界のことを『今回』って呼ぶことにしたのよ。共通の言い方がないと不便でしょ 」

「それはそうですね。分かりました。皆さん三人は随分と議論したんですね」

「そりゃあね。あたしはもう割り切っちゃったんだけど、リツコはまだね。特にシンちゃんという新たな研究材料が出てきてまた張り切ってるんじゃあないの?」

「別に研究してる訳じゃないわ」

「じゃあ、何の為なんですか?俺を混乱させてるだけに思えるんですけど」

「ごめんなさい。別にそういうつもりじゃないんだけどね」

「はい。でも・・・結局どういう結論になったのか早く教えて下さいよ 」

「じゃ。結論、言うわよ」

「えっ?」

「この世界はね、文字通りあのサードインパクトの後の世界だ、という可能性が強いわ。私はこれが真実だと思ってるけどね」

「ええっ?・・・どういう事ですか?」

確かに結論早いけど・・・訳わかんないよ。

「シンちゃんが結論を焦るからよ。最初からちゃんと聴いてれば面食らう事なかったのにぃ」

『ガチャッ』

「あれ?加持さんじゃないですか?どうしたんですか?」

「これはご挨拶だな、シンジ君。ま、せっかく両手に花だったのに、俺なんかが来て無粋だったかもな」

「そ、そういう意味じゃないですよ!もう」

「悪い、悪い。どうもシンジ君はからかい甲斐があるもんでね」

「そうですか?」

「そうやって直ぐむきになるんだから、からかい甲斐のあるやつ」

「ミサトと一緒ね」

「グワァ」

ミサトさん、自滅だな。

「まあ、いいですよ。その話題は止めましょう」

「そうだな。話が全然進まないからな。で、リッちゃん」

「この根拠ね」

「ええ、どうしてそう考えたんですか」

「まず。コーヒー飲ませてくれないかしら」

「「「・・・」」」

またおあずけかぁ・・・

「ねえ、リツコさん。『この世界がサードインパクトの後の世界だ』っていう結論って、さっきの話と別の話じゃないですか」

「あら。良く気が付いたわね」

「リツコさんに訓練されたおかげですよ」

「葛城は全然気が付かなかったのにな」

「シンちゃんにばらす事ないのに・・・

いじけないでよ、ミサトさん・・・

「まあ、この世界が、誰かの夢であれ、ロールプレイング・ゲームのストーリーであれ、機械文明の仮想世界であれ、誰かの書いた小説の中であれ・・・はあ 」

息、切れたんだな。

「ともかくそんな事は今の事態には関係ないのよ。重要なのは、記憶の世界と今の世界の繋がりが何か、って事なのよ。それを教えてくれたのは・・・ミサトなんだけどね」

「そうなのよね。リツコったら、最初はこの異常な事態を変な世界に飛ばされたって考えたみたいなんだけど、前の世界だってゲームの世界だったかも知れないのよね」

「そう。ミサトの言う通りよ。前の世界がゲームで今の世界は夢かも知れない。でもここに存在している私達はそこ事を知っても仕方がないわ」

「じゃあ何でそんな話をしたんですか?」

「リッちゃん。シンジ君はまだご立腹みたいだぜ」

「この世界で生きていく心構えを持つため、かな」

「なんですか、その、かな、って」

「シンジ君。俺達は前の世界では悩んで迷ってフラフラと生きていた。今もそうかも知れない。ただね、この前シンジ君の話を聞いて感じたんだ」

「そうなのよ。この世界はある意味でシンちゃんの夢なんだろうってね。

「そうね。確かにシンジ君の話は信じ難いものがあるわ。でも私達は『人類補完計画』の存在とその概要を知っていた」

「本当にそうでしょうか?後から操作された記憶かもしれないですよ。サードインパクトだって俺しか経験してない訳でしょ?」

「いいのさ、それでも。人は何かを信じて縋る事で生きていけるのさ」

「ま、そゆこと!」

「いいんですか?そんなんで?」

「いいの、いいの。とにかく何か方針決めないと、前に進めないでしょぅ」

・・・はい。まだ納得出来ませんけど、話を前に進めましょう 」


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