『俺と僕で何?』


第拾六話 僕ってなあに?


「ねえ、惣流・・・

「何?碇君」

「今日の訓練でさ、綾波と俺、テニスするんだよ」

「ふーーん。本当にテニスするんだ」

「アスカ、知ってたの?」

「ええ、加持さんから聞いてたわよ。加持さんがコーチする事になったって」

「そうなんだ」

「それで?」

「それで、って?」

「だからわたくしにその話をしたのには何か理由があるのでしょう?」

「ああ、そうなんだけど・・・

「はっきりしないわねぇ。」

「アスカ。碇君、アスカを誘いたいのかも」

「えっ?そうなの?」

「あ、うん。でも惣流、テニス好きかどうかわからないし、嫌ならいいんだよ」

どうしてアスカ相手だとおどおどしちゃうんだろ。

「誰も嫌だなんて言ってないわ。碇君が誘ってくれなければ、わたくしの方から誘ってって言うつもりだったのよ」

「えっ?」

「だから一緒にしましょ、テ・ニ・ス。」

「ああ。うん!一緒にやろう!あ、綾波も・・・いいよね?」

・・・ほんとに・・・いいよね?怒らないよね?

「ええ、問題ないわ。アスカなら大歓迎。でも・・・どうするの、テニス・ウェアとラケット?」

ほっ・・・怒ってないみたいだ。

「ああ、それなら大丈夫。加持さんから今日からやるって聞いてたから、ちゃんと持ってきたわよ。でも・・・断られなくてほんとに良かったわ。ありがとう、レイ、碇君」

「そんなぁ、断る訳ないじゃないか!ねえ、綾波」

「そうね」

実は・・・怒ってるのかな?

「やあ、みんな揃ったな」

「よろしくお願いします、加持さん」

「よろしく」

「加持さん!レイも碇君も一緒にやっていいって言ってくれたの!」

アスカ、本当に嬉しそうだ。誘って良かった!

「だから心配ないって言ったろ」

「あーーら、アスカったら。断られるんじゃないかと思ってたの?」

「だってミサト。レイと碇君二人のお邪魔になるかも知れないじゃない」

「アスカ。レイとシンジ君は兄妹だって言ってあった筈よ」

「まあまあ、リッちゃん。アスカだって不安だったんだろ。兄妹って言っても純粋に血が繋がっている訳じゃない。しかも、お互いまだ苗字で呼び合ってるんだぜ。気にするなって言う方が無理さ。でも良かったな、アスカ。チルドレン同士仲良くなれて 」

「本当に!感謝してるわ」

「そ、そんな・・・当然の事じゃないか!」

「そうよ。これから協力し合っていきましょ、アスカ」

「うん!」

「さ、時間が惜しい。みんな早く着替えてコートに集合してくれ」

「「「はい!」」」

「この三人の中で、テニスの経験者はアスカだけだ」

「わたくしだけ?」

「ああ、言いだしっぺはシンジ君なんだが、彼はテニスをやった事がないそうだ。レイはシンジ君に付き合いたかっただけで、彼女も未経験だ」

「碇君」

「へ?」

「へ、じゃないわよ。どうして急にテニスがやりたくなったの?」

「うーーーーーん。それが良くわかんないんだ・・・。前に綾波にも聞かれた。なんとなく、なんだよね。本部にテニス・コートがあるって分かったからなんじゃないかな?テニスだったら好きになれそうな気がしたんだ。うまく説明できないけど 」

「ふーーーん。でもテニスって見た目よりもハードで奥が深いわよ」

「わかってるさ。リツコさんもミサトさんも、テニスは反射や運動神経のいい訓練になるから、気晴らしだけじゃなくて、訓練メニューに入れてくれたんだよ」

「そう。訓練だから真剣にやらなくてはいけないの」

・・・訓練にかこつけて楽しむって訳にはいかないか」

「まあアスカ。最初はゆっくりやるさ。レイもシンジ君も初心者どころかラケットでボール打つのさえ初めてなんだから」

「そうなのよね」

「じゃ、みんな。準備運動から始めよう」

「「「はい!」」」

「まあ素振りはこんなもんかな。何事もまずは形からだ。基本だぞ。そのフォームでボールを打つ事が大切なんだ。ボールに打たされちゃいけない」

「碇君はちょっと力が入り過ぎかしら・・・レイは力が抜け過ぎ、ね」

「そうだな。繰り返しになるけど、ラケットは落とさない程度に握って、ボールを打つ瞬間に全ての力を集中させるといい。そうしないとラケットまで飛んで行っちまうからな」

「まあ論より証拠よっ!加持さん、わたくしと少しラリーして見ててもらいませんか?」

「そうだな」

『パーーーン!』

『ポーーーン!』

『パーーーン!…ポーーーン!』

『パーーーン!…ポーーーン!』

…………

『パーーーン!…ポーーーン!』

『パーーーン!…ポーーーン!』

・・・

・・

加持さん、本当に上手かったんだ。

でも・・・加持さんが上手いせいもあるだろうけど・・・その加持さんと打ち合えるアスカって・・・相当上手いって事なんじゃないのか 。

「加持さん、上手い。でも、アスカも上手ね」

「そうだね。俺達も負けられないな、綾波」

「ええ。マジ、頑張るわ」

え?マジ・・・って、そんな言葉いつから使うようになったんだ?

「じゃ、まずレイちゃん。アスカと打ってみろ」

「了解」

「『はい』でいいよ、俺は軍事訓練の教官って訳じゃないんだから」

「はい。加持一尉」

あちゃあー。

「ねえ、レイちゃん」

「はい」

「階級で呼ぶ必要もない。加持、でいい」

「わかったわ、加持」

げ。

「あ、綾波。加持さん、一応年上なんだからさ、さん、位付けようよ」

「わかったわ、碇君」

・・・一応、ね。シンジ君も結構言ってくれるじゃないか」

あ!

『パーーーン!』

『スカッ・・・

『パーーーン!…スカッ・・・

あちゃーー。

『パーーーン!ポヨヨーーーン!』

おっ!

『パーーーン!ポヨヨーーーン!』

おおっーーー!

当たってるじゃん。

『パーーーン!ポヨヨーーーン!』

よしよし。

『パーーーン!ポヨヨーーーン!』

『パーーーン!スッテーーーン!』

「い、痛いのね、わたし・・・

あちゃー。

「無様ね」

「リ、リツコさん!来てたんですか」

「ええ。どんな様子か興味あるじゃない」

「結構・・・難しいみたいね」

「いや、結構いい線いってるよ。筋はいい」

「加持君が言うなら間違いないわね」

へー。リツコさんが誉めるなんて、加持さん、本当にコーチ出来るんだな。

『パーーーン!ポヨヨーーーン!』

『パーーーン!ブーーーーーン!・・・バキッ!』

「キャーーーッ!」

あちゃー。

「ご、ごめんなさい・・・大丈夫、アスカ?」

「なんとかね・・・もしかして、わたくしのこと狙ってない?」

『ブンブン』

綾波…首を横に振ってる。

「レ、レイちゃん、アスカ。もういいぞ!上がってくれ。ほんと、筋はいいぞ。アスカ目掛けて一直線に飛んでたからな、ラケットがだが。・・・

「はーーーーい!」

「はぁ・・・・・・・・・はぁはぁ・・・

しんどそうだな、綾波・・・

「じゃ、シンジ君。今度は俺達の番だよ。準備はいいかな?」

「ええ、いつでもいいですよ・・・」

『パーーーン!』

『スカッ』

あれ?

『パーーーン!』

『スカッ』

なんで、当たんないんだ?

良く見てゆっくり振ってみよう。

『パーーーン!』

・・・今だ!

『ポヨヨーーーン!』

おっし、当たった!次っ!

『パーーーン!』

・・・今だ!

『ポヨーーン!』

よっしゃぁ!次っ!

『パーーーン!』

『ポーーーン!』

『パーーーン!ポーーーン!』

『パーーーン!ポーーーン!』

『パーーーン!ポーーーン!』

『パーーーン!ポーーーン!』

コツがつかめたぞっ!よしっ!

『パーーーン!ポーーーン!』

『ボソ・・・

ネット・・・か。

「よし、いいぞ。シンジ君、上がりにしよう」

「えっ?もうですか?」

「いきなり沢山打てばいいってもんじゃないんだ。初めに言ったろ、フォームが大事なんだ。まだフォームが固まっていないから、今はこの程度でいいのさ」

「はい」

「でも、シンジ君。筋がいい。と言うよりも、とても初めてとは思えない位だ」

「そうですか?・・・ありがとうございます。加持さんのコーチングのせいですね。綾波も上手かったし」

「そうじゃないと思うわよ」

「アスカ!あ、いや、・・・惣流」

「アスカ、ねぇ・・・

「あ!・・・ごめん 」

「別にいいんだけどね、わたくしは。初めは、惣流さん。最近は、惣流。で、今は、アスカ」

「何か問題があるの、アスカ?」

「レイ。あなたは未だに碇君から綾波って苗字で呼ばれてるわ。レイの方がわたくしより付き合いは長いのよ。それに一応は兄妹なのに・・・。レイこそレイって呼ばれていいのよ。それなのに、わたくしの事をレイより先に呼び捨てだなんて・・・不自然じゃなくって?」

「そうかい?積極的でいいんじゃないか」

「二回目なのよねぇ」

「えっ?」

「これが二回目なのよ。碇君がわたくしの事を呼び捨てにしたのは。最初のは厳密に言えば未遂だけどね。確か、アス、までだったかしら、しかも会った翌日に」

よく覚えてるな・・・と言うか気が付いていたなんて!

「アスカ。それは多分みんながアスカをアスカって呼ぶから、つられただけ。アスカが日本に来る前から碇君の周りの人達はみんなアスカって呼ぶもの」

綾波っ、うまいぞ!

「そ、そうなんだ。つい・・・その・・・つられてなんだよ。気を悪くしてたら謝るよ 」

「ふーーーん・・・ま、いいわよ。呼び方を気にしてる訳じゃないんだし 」

「あ、ありがとう」

「じゃ、これからはアスカ、でいいわ。そのかわり、わたくしも碇君改めシンジでいくわよ」

「わかったよ、アスカ。でも惣流って呼ぶことが多いかも知れないし、アスカって呼ぶこともあるかも知れない。あまり気にしないでくれるかな?」

「うーーん?なんかよく分かんないけど・・・ま、いいわよ。じゃ。改めて、よろしく、シンジ!」

「う、うん、・・・アスカ。俺の方こそ、よろしく」

なんだか変な感じだ・・・このアスカをアスカ、って呼ぶのが・・・やっぱ惣流かな。

「ついでだから、『わたくし』も止めっ!『あたし』でいくわ。…だいたい加持さんが『わたくし』って言えって言ったんだけど、誰もそんな言い方してないじゃないの!」

「えっ?そうだたんですか、加持さん?」

「まあ、その・・・で、アスカ。話を戻すが、俺のコーチングのせいじゃないって、どうしてそう思ったんだ?」

誤魔化したな・・・俺を驚かそうと思ったのかな?確かにびっくりはしたけど。

「私も興味あるわ。聞かせてくれる、アスカ?」

・・・リツコさんも知ってたんだろうに。

「わたしも聞きたい。碇君とわたし、どう違うの?」

綾波は・・・どうだったんだろう?

「っじゃ、説明するわ。いい、レイも十二分に素質があるわ。初めてであれだけ打てるなんて並の運動神経じゃない。フォームの説明と素振りの感覚を始めてのラリーで実践するなんて普通の人間には出来ないわ。ただ、あんまり忠実すぎてラケット飛ばしちゃったけどね 」

「ごめんなさい」

「あ、ごめん。いいのよ、全然気にしないで、レイ」

「じゃあ、シンジ君はレイとはどう違うのかしら?」

「シンジの場合はね、スイングが教えられたフォームと違うのよ。初めの二回の空振り、あれは教えられたフォームそのものね。で、次はゆっくりとしたスイングでラケットにボールを当てた。でも、フォームは基本的には同じ。問題はその後なの 」

「加持君は気付いてたの?」

「ま、伊達にコーチ、やってないよ」

どういうことなんだ?俺はわかっていないぞ。

「シンジはボールがラケットに当たって気を良くした。ま、当然よね。で、次はもっとしっかりと強く打とうとしたのよね。ここで普通は肩とか腕とかに力が入るのが普通の人間。というのは、人間の肉体はそうなる仕組みに創られているからよ 」

「それは解かるわ。で、シンジ君は違った、ということね?」

綾波は首をかしげている・・・解かんないんだろうな・・・俺もだ。

「そういうこと。確かにシンジは加持さんの言った事を忠実に守っていたわよ。『ラケットを落とさない程度に握ること』そして『ボールを打つ瞬間に全ての力を集中すること』はね。でもフォームは違った。むしろ加持さんが教えた初心者向けではない、より実践的な上級者みたいなフォームになっていたのよ。偶然ってことはないわよ。さっき言ったように普通の人間ならその逆になるんだから。スポーツの技術は人間の肉体的本能を如何にして精神力で制御するかが重要なのよ。だから反復訓練が有効なの 」

「「「「・・・」」」」

「結論は一つしかないわ。シンジはテニスの中級者以上のレベルにある。もしかしたら上級レベルかも知れない。テニスもしくは類似したスポーツをやっていたとしか考えられないわ。どう、シンジ?」

この感じって・・・前のアスカとあんまり変わらないかも・・・

・・・どうって言われても・・・自分では身に覚えがないし・・・どうしてなんだろうね?リツコさん、何か心当たりあります?」

「何言ってるのよ、シンジ君。わたしに聞かれても解かる訳ないじゃない」

「そうですか?・・・実は俺の記憶を消してるとか」

「そんな薬使う訳ないじゃないの。いやーねぇ」

え?そんな薬作ってあるのかぁ?

「リツコさん、失言かも」

「あ、レイ・・・冗談よ、冗談」

冗談に聞こえてないっすよ、リツコさん。加持さんも綾波も完全に引いてるよ。

『バアーーーーンン!』

誰だ、入ってきたのは?貸切の筈だぞっ!

ん!

「ほーーい!お待たせっ!」

「ミ、ミサトさん。どうして?しかもその格好は何ですか?」

「あーら、見ればわかるでしょ、シンちゃーーん」

「どう見ても、テニス・ウェア。テニスするの、ミサトさんも?」

「あら、レイ。お姉さんに焼餅かな?シンちゃんにはチョーーッチ刺激的だったかしら?ほれほれ」

って、スコートをヒラヒラさせて・・・どうしようってんですか・・・ミサトさん。

「ミサト!下品よ」

「加持さんの前でシンジを誘惑して・・・何考えてんの、ミサトは!」

あ、アスカ・・・

えっ?綾波ぃ・・・綾波がスコートをヒラヒラさせて・・・綾波こそ何考えてんだぁ?

そういえばみんな・・・ちょっと意識しちゃった。

「はぁ・・・葛城、折角気合入ってるとこ悪いんだけどな…練習、もう終わったんだぜ 」

「へ?」

「ミサト、十分に遅いのよ、来るのが」

「あーーによー」

と、膨れっ面。・・・これって一応訓練の筈だよなぁ・・・ほんとこの人は何処までジョークで何処から本心なのか・・・わっかんない人だ。

「じゃあレイとアスカは機体連動テストを、シンジ君は別のテストをするので私の研究室へ。みんないいわね」

「「「はい」」」

「結構。では連動テストはマヤとコダマで予定通り進めてね」

「「了解!」」

「さて、シンジ君。今日もよろしくね」

「はい」

また哲学っぽい話かぁ。

「まずさっきの話の続きをしましょう」

「なんですか、さっきの話って?」

「何って、決まってるでしょ。テニスの事よ。何故あなたがテニスの技術を身に付けているのか?」

「何故、って言われても・・・俺はテニスなんかした事ないですよ。さっきが初めてです。この世界でも、前の世界でも」

「そうなのよね。ネルフの調査記録にもテニスのテの字も出てこないわ。と言うよりもスポーツ全般について学校の授業以外での活動記録は一切ないわ。体育の成績も並で運動神経が良いという訳でもない。不思議だわ 」

「そう言われても何とも言いようないですよ、わからないんですから」

「シンジ君に直接こんな事を言うのもどうかと思うんだけど」

・・・

「思ってもどうせ言うんじゃないんですか?いいですよ、多少のことではびくともしない心積りでいればいいんでしょう?」

・・・そう言ってもらえると助かるわ」

「どうぞ。さっさと言っちゃって下さい」

「じゃ、言うわよ」

「はい」

でも・・・ちょっと緊張するな・・・

「この世界はサード・インパクト後の世界で、何者かの意思と手段で過去に遡って再構成された世界と思われます。間違えないで欲しいんだけど、時間が過去に戻ったのではないわ。時間軸は変化のないままで、世界のエネルギーと物質がその変化の過程を逆に辿って行った 」

「?」

「分かり易く言い替えましょう。人間は普通一年経つと一才歳を取るわね。ここで歳を取るとは肉体も精神や記憶さえも一年分の経過による変化が蓄積した、と言う事よ。ところが、サード・インパクト後の世界では、どれ位の期間かは解からないけど、世界全体が少なくとも数年分は若返ったのよ。人間の場合はその肉体も精神も記憶も数年分の変化の蓄積がなくなった状態になった、と思われ、物質にしても破壊された本部施設が破壊される前の状態に戻った」

・・・

「言葉で表現するのって難しいわね」

「いえ、なんとか理解できますよ。世界がリバース、巻き戻されたって事ですよね」

「ええ・・・そう言えば簡単だったのかしら・・・

「でも完全な巻き戻しではなかった」

「そう言う事。今のところ3つのパターンが見られるわ。4つに増えたかも知れないけど」

「パターン1は大多数の人間を含む生物と無生物、パターン2は加持さんとミサトさんとリツコさんの三人、パターン3は綾波とアスカ、パターン4はパターン3から派生した俺 」

『パチパチパチ』

「ご名答」

「で、各パターンの巻き戻し方法に違いがあるんですね?」

「最終的にはどうなるか・・・現段階では解からない。でも、今のところ表面的には、パターン1は純粋な巻き戻し、パターン2は記憶以外の巻き戻し、パターン3は精神以外の巻き戻し、パターン4は精神以外の記憶抑制型巻き戻し 」

「はあ」

「ただし、各パターンは時間の経過とともに別のパターンだったということになるかも知れない、シンジ君のようにね」

「俺の場合、プラスアルファがあるんでしょ、多分」

「ええ。多分・・・だけど、ね。・・・シンジ君、あなたの場合、さっきのパターンにプラスアルファがある。それは魂よ」

「魂がどうなってるんですか?」

「あなたの魂は・・・元のシンジ君の魂ではない、というのが現段階での私の結論よ 」

・・・

「今の話を頭に入れて今までの自分の事を見直しておいてくれるかしら?ちょっと残酷かも知れないけど・・・悪いわね、シンジ君 」

「いえ、それはいいんです。確かに色々思い当たることはあります」

「具体的な話は後で、そう家でもいいわよ」

・・・リツコさん、一つ質問してもいいですか?」

「いいわよ、何?」

「どうして、その、今の状態を分析するんですか?このまま流されてもいいんじゃないですか?」

「その質問はそのままあなたに返すわよ。シンジ君こそ、それでいいと思うの?」

「この世界に再構成した何者かの意思を汲み取る為、ですね」

「そうよ、分かってるじゃない。その何者か、は多分・・・リリス、レイ、そしてシンジ君の意思の代理人よ 」

俺って何なんだろう?

そして・・・前の世界の『僕』、前の世界の『僕』を知らなかったこの世界の『俺』、前の世界の『僕』を知ったこの世界の『俺』・・・どれが本当の俺なんだろう?

みんな同じなのかな?・・・いや違う。

少なくとも、前の世界の『僕』、前の世界の『僕』を知らなかったこの世界の『俺』、この二つは違うんだ。リツコさんの言う通り『魂』が・・・違うのかも知れない。

じゃあ・・・前の世界の碇シンジの『魂』はどうなってしまったんだ?

彼の最後の望みは何だったんだろう・・・知ってる筈じゃないのか?

綾波レイの意識と融合したリリス、彼女は『僕』の心に何の望みを見出したのか?

今の綾波は覚えていないし、この後も思い出すかどうか分からない。・・・それはアスカも同様だ。リツコさん達三人だけが・・・多分その三人だけがサード・インパクト前の記憶を持っているのはリリスの意図があっての事なのか、単なるイレギュラーなのか?

綾波が言ってたよな、この三人はサード・インパクト未体験者で唯一綾波レイが面識のある人間だったろう、と。

綾波レイ。彼女の肉体は母さんとエヴァ初号機との合成物、彼女の魂はエヴァ初号機の魂の切片・・・

という事は・・・エヴァ初号機はリリスから創られた?

『バッタン』

「ただいま」

綾波。

「おかえり、綾波」

「ただいま、碇君」

「リツコさんは?」

「もうじき帰ると思う。仕事、終ってたみたいだったもの」

「そう」

「風呂、もう沸いてるよ」

「ありがとう。じゃ先に入るわ」

「うん、そうしなよ」

飯の用意しなくっちゃな。

『バタン』

「おかえりなさーい!」

「ただいま、シンジ君。レイは?」

「あ、今風呂です」

「悪いわね、食事用意させちゃって」

「いいえ。俺結構好きなんですよ、料理。こればっかりは前のシンジ譲りですね」

・・・

「どうしたんですか?」

「いえね・・・シンジ君は本当に強いんだな、って思ってね 」

「ああ、『俺』と『僕』の事、『魂』の違いの事ですね」

「ええ」

「色々考えましたし、さっき言ったように思い当たる事とかもあります。食事と風呂が済んだら話しましょう」

「そうね・・・

「じゃあ、まずはシンジ君の考えを聞かせてくれるかしら?私が先に話すと予断を持つかもしれないから。いいわね」

「ええ、いいですよ。まず、変な言い方かも知れませんが、碇シンジについて分類してみました。第一の碇シンジは前の世界の『僕』、第二の碇シンジは前の世界の『僕』を知らなかったこの世界の『俺』、第三の碇シンジは前の世界の『僕』を知ったこの世界の『俺』、ですね。ここまでで何かおかしいところはありますか?」

「いえ、ないと思うわ。続けてちょうだい」

「第一の碇シンジは皆さん三人が前の世界で認識していた碇シンジと同じだと仮定しましょう。その場合問題となるのは、第二の碇シンジが知らない『僕』とはその時以降の、つまり前の世界の未来の碇シンジのことなのか、という事です。言い換えれば、第二の碇シンジは前の世界と同じ行動、もしくは、同じ記憶を保持していさえすれば、第一の碇シンジと同じだと言えるのか、その時までの前の碇シンジと同じ記憶を持っている第二の碇シンジは第一の碇シンジとイコールか、という事ですね 」

・・・

ここまでは・・・いいのかな?

「続けます。しかし、実際には第参使徒戦までの俺の行動は前の世界とは違っているし、そもそもリツコさんの行動にも違いが出てしまっています。リツコさん達三人は前の記憶を保持していてその延長線上での行動ですから問題は少ないでしょう。ところが・・・俺の場合には、前の記憶の延長線上ではない、第一の碇シンジとして行動してもいい筈なのに、第一の碇シンジと違う結果を招いている。その点は、リツコさん達三人の前とは違う行動の影響もあるのかも知れません。ただ、その影響はあったとしても、重要ではないんです。決定的なのは・・・第四使徒戦で俺が第一の碇シンジの前の世界での全ての記憶を回復してしまったという事実です。何が決定的なのかと言うと・・・第二の碇シンジは第一の碇シンジではない、という事がです。多分、この事をリツコさんは以前『僕』と『俺』という言い方をしたんじゃないですか?」

「そうなんでしょうね。その時には明確にわかっていた訳じゃないから・・・

「碇君・・・

「綾波、ありがとう。でも、心配しなくても大丈夫だよ。俺はいたって平静なんだ」

「うん」

「そうすると、次の疑問点が出てきます。つまり、第二の碇シンジは何者だったのか、という事。第一の碇シンジはその時どこにいたのか、という事。そして、今の第三の碇シンジは第一と第二とどういう関係にあるのか、という事です 」

「いい線行ってるわよ」

「どうも。でも、ここまでですね。この先はまだ考えてないんです。多分・・・リツコさんの言ってた『魂』の問題に行き着くんでしょうけど・・・

「十二分だと思うわ。なんだかシンジ君を研究材料にして大学の講義をしているみたいで申し訳ないんだけど」

「いいんですよ。前のシンジも同じような自問自答をしてるんです」

「そうだったの?」

「ええ、エヴァに取り込まれた時と補完発動中にです」

・・・

「リツコさんのお考えではどうなるんですか?」

「私の考えは『魂』に囚われ過ぎだと自省しているところよ。だから、シンジ君は一つの可能性として受け止める段階に止めて欲しいわ」

「ほかの可能性もあるって事ですか?」

「そう。そもそも、自分とは何か、という問いは自分の定義の問題でもあって、自分を定義しなければその回答が得られないという一種のパラドックスなのよ」

「だから堂々巡りっぽくなっちゃうんですね」

「そうよ。この種の問題は本当のところ冬月副司令のご専門に近いんだけど。まさかいきなりこんな質問も出来ないし、ねぇ・・・

「そう言えば・・・今回はまだ副司令とはお話した事がないですね。父さんだって初日に顔を会わせただけだったな・・・。明日にでも面会を申し込みますよ。問題ないですよね?」

「問題はないわよ、シンジ君が失言さえしなければ」

「この前、リツコさん言ってましたよね。父さんが前の記憶を持っている可能性を否定できないって」

「ええ、言ったわよ」

「どうしてそう思ったんですか?」

「最初はね、みんなを疑ったのよ。みんな前の記憶を持っているのに隠してるんじゃないか、ってね。疑心暗鬼になっていたのよ。でも、私は前の経験を教訓にして自分の行動を意識的に変えたわ。それは碇司令のシナリオから外れる事でもあった。にもかかわらず、司令は何も文句を言って来なかったのよ。シンジ君も今は知っているように、司令にとって自らのシナリオには修正を要する事態の発生は好ましくない筈でしょ。特に私がレイを引き取った事は致命傷になりかねないもの 」

「そうですね」

「あと、この前レイが言った私達三人の共通点は司令にも当てはまるかも知れないわ」

「でも、父さんは経験者だと思いますけど」

「そうね・・・レイのみぞ知る、か」

「わたし?」

「あ、気にしないでいいと思うよ。ね、リツコさん」

「ええ。ごめんなさい。つい口をついて出たけど、今のレイの事じゃないのよ。気にしないでね」

・・・

・・・綾波。

「リツコさん。そういうのを失言、って言うんですよ。気を付けてくれないと困りますよ」

「ごめんなさい、レイ、シンジ君」

「リツコさんが謝る必要はない。碇君の気持ちは嬉しいけど・・・リツコさんを責めるような事は言わないで 」

「わかった。言い過ぎでした、リツコさん。すみませんでした」

「いいわ。ま、お互い失言は寛容に対処しましょう。気分を害したら遠慮なく言い合いましょう。そう思えば気を使わなくて済むんじゃない?」

「わかったわ。家族だから」

「そうですね。じゃ明日父さんへの面会をミサトさん経由で申し込みます」


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