『俺と僕で何?』


第参拾四話 気持ちの準備


「お早うございます、リツコさん」

「お早う、シンジ君。・・・レイは?」

「綾波はまだ寝てるみたいです」

昨日は遊び疲れてた上に寝るのも遅くなったからな。

「リツコさん、今日は俺達も本部に行くんですよね?」

「ええ、1400から起動試験があるから遅れないでね」

「あの・・・アスカもですか?」

「もちろんよ。どうして?」

「いえ・・・また色々とご相談したい事があるんですけど、いつもいつもアスカを仲間外れにするのもどうかな、と思って」

「そうね・・・わたしは朝食を食べたら本部に出掛けて起動試験の準備をしなくちゃいけないし、試験後のブリーフィングは3人一緒だから、内緒話の時間を取るとしたらその後になるわね 」

「そうですよね」

「それがどうかしたの?」

「うーーん、毎度毎度でアスカも怪しんでくるんじゃあないかな、とか」

「そんな事を気にしてたの?」

「ええ、おかしいですか?」

「シンジ君とレイはわたしと一緒に住んでるんだから、わたしと一緒に帰ると言う口実で少し残業に付き合ってる、ってポーズを取ればいいじゃない」

あ、そうか。

ん?

「でもミサトさんはどうなっちゃうんですか?アスカと一緒に帰るんですか?」

「それはアスカ次第ね」

「はあ」

「アスカがミサトと一緒に帰りたくてミサトの残業に付き合うならあんた達もアスカを放って置く訳にはいかないでしょうけど・・・」

「アスカは一人でさっさと帰るだろう、と?」

「多分ね」

「・・・」

確かに前のアスカだったらそうなるだろうな。

「今日はミサトには悪いけど、今日は残業してもらいましょ。」

「いいんですか、勝手に決めちゃって?」

「いいのよ、仕事なんだから。ミサトにはわたしから連絡入れて置くわ」

「それよりそろそろレイを起こしてきてくれないかしら?ごはんにしましょ」

「あ、はい」

「じゃ、行ってくるわね」

「はい、行ってらっしゃい」

「行ってらっしゃい」

(バタン)

さて、と。

「ねえ、綾波・・・本部に行くまでの時間何してようか?」

「碇君は何がしたいの?」

「いや、俺は特に思いつかないから綾波に聞いてるんだけど」

「・・・じゃあ本部に行きましょ」

「え?・・・だって起動試験は二時からだよ?」

「それまで本部でテニスをして昼食も本部で済ませましょ」

「あ、なるほど」

最近テニスもしてなかったから丁度良いかも知れない。

「どうかしら?」

「いいね。ここしばらくやってなかったし。でもコート空いてるかな?」

「一般の職員は勤務時間中だからきっと空いていると思うわ。」

「それもそうだね」

「碇君は自分の準備をしていて。わたしはアスカを誘ってみるわ」

「あ、うん」

綾波もやっぱりアスカの事を気にしてるのかな?

「結局、またショッピングセンター巡りになっちゃったのかぁ」

「仕方ないわ、コートは予約で一杯だったんだから」

「でも事前に確認してみて良かったよ。あのまま本部に行ってテニス出来なかったら時間の潰しようがなかったからね。この町は娯楽施設が少ないから、ネルフの職員は本部の構成施設を使う人が多いんだって。でもまさか予約満杯だとは思わなかったな 」

「いっつもこの町の中にいたんじゃあ息が詰まるわよ。たまにはどこかに旅行でも行きたいわよねえ」

「旅行?」

「そうよ。レイ、あんた行った事ないの、旅行?」

「ええ、ないわ」

「ふうーーん。シンジは?」

「俺もは第二東京出身だから、この町以外のところも行ってるさ」

「そういう意味じゃなくって、旅行よ。した事あんの、あんたは?」

「家族旅行はないけど、学校の遠足とかは何度か行ってるよ」

「どうして家族旅行はないわけ?」

「・・・先生の家に居候してて家族なんていなかったからさ。母さんは小さい時に死んじゃって、ネルフ指令の父さんは忙しいから俺を叔父さんのところに預けたんだよね」

「そっか・・・悪いこと聞いたわね」

「いや、別にアスカが気にする事じゃあないさ」

「そろそろ時間よ。本部に向かった方がいいわ」

「うん」

「シンジとレイはこの後どうするの?」

「リツコさんの仕事が終わるのを待って一緒に帰る約束なんだ」

まあ嘘じゃあない・・・けど、正確ではないな。

「ふうーーん、そっか」

「アスカは?」

「それがミサト、残業なんだけど終わる時間が中途半端なんで、あたしが先に帰って夕飯作るのよ」

「そうなんだ」

「そ。だから先帰るわ」

「うん」

「気を付けて」

「じゃね、バイ」

・・・行っちゃった。

「さて、と」

「リツコさんの研究室に急ぎましょ」

「ああ。」

「で、シンジ君の相談事って何かしら?」

「そのぉ・・・カヲル君の事なんですけど・・・」

「珍しく歯切れが悪いわね。まるで前のシンジ君みたいよ」

確かに・・・そうかも知れないな。

「カヲル君の事なんですけど、彼の言い分を信用しちゃっていいんでしょうか?」

「彼の言い分って、具体的にはどの事を指してるの?」

「はっきり言えば全てかも知れません」

「でも彼はガギエルを倒したわ。そしてわたしに前の記憶を返してくれた」

「それはそうなんだけど・・・彼の行動や言い分を信用するに足る具体的で、かつ、客観的な裏付けが全くないんじゃあないかと思うんだよ」

「確かにシンジ君の言う通りね。今のシンジ君にとっては、彼を信用してもいいと思える根拠の全ては状況証拠みたいなものよね、実際のところ」

「では碇君はどうしたいの?」

「わからない・・・本当にわからないんだ・・・いろんな事があり過ぎて自分でも整理が出来ていないんだ」

「昨日私は渚君に用があるって言ったの覚えてる、シンジ君?」

「はい、覚えてますけど」

「実は昨日彼をいわゆる嘘発見器にかけていろいろと質問して見たの」

え?・・・そんな事をしてたのか・・・。

「・・・で・・・結果は?」

「結論から言えば、彼の言っている事は全て真実だという結果になったわ。ただし、彼の使徒としての肉体とその機能がホモ・サピエンスの物と同じだ、という前提条件があっての話だけれども 」

「どういう意味ですか?」

「嘘発見器というのは、主に人間の自律神経系の代謝変化を測定する装置なのよ。だから、もし渚君が自律神経系の代謝を自らの意思で制御する事が出来るとしたら意味をなさないのよ 」

「カヲル君の身体は人と同じだったんですか?」

「全ての検査結果が出た訳じゃない段階だけど、渚カヲル君の肉体はヒトと同じだわ」

「ヒト、って・・・ホモ・サピエンスの事ですか?」

「そうよ」

「綾波の場合はどうなんですか?」

「レイも同じだったわ」

「過去形なんですか、綾波の場合は?」

・・・でも・・・何かが違う筈なのにな。

「ええ、大分前の実験だったから。今はどうなるか判らないわよ」

「わたし、三人目の記憶も取り戻しました」

「え?どうやって?」

「今回も渚君がわたしの記憶を持っていたんです」

「・・・で・・・全て思い出したの?」

「いえ、リリスと合体する直前までの記憶でした」

「そうなの・・・しかし・・・人間の科学の法則なんてまるで関係ないのね、あなた達にとっては・・・」

「すみません」

「レイが謝る事じゃないわ」

「綾波は前回俺が渚カヲルを殲滅するところを目撃していたんだそうです」

「本当なの?」

「はい」

「でもどうやって?その時のセントラルドグマには渚カヲルの張った強力な結界があったって聞いてるわよ」

「ATフィールドの展開で結界を中和して侵入しました」

「・・・なんて事・・・だから・・・だからリリスと同化出来た、という訳か」

「リツコさん。今の綾波ってカヲル君に極めて近い状態なんじゃないでしょうか?」

「その可能性は高いでしょうね」

「今の綾波を嘘発見器にはかけたら結果が変わってる可能性があるんでしょうか?」

「さあ、実際にやってみなくてはわからないわね。全く予測不可能よ」

「わたしは構わないわ」

「何が構わないの、綾波?」

「嘘発見器の実験の事」

「それって自律神経を意図的に操作出来るかどうかを試してみるって言う事?」

「そうよ」

「そんな事をして何か役に立ちますか、リツコさん?」

「確かにレイは渚カヲルとは厳密な意味で同じじゃ無いから役には立たないかも知れないわね。そのうち検査してみるけど今日じゃ無くていいわ。それより、シンジ君、本題に戻らないこと?」

「あ、そうですね」

ついつい話題が脇道に逸れてしまったな。

「私は、渚君の言い分は今のところ信用していい、と判断してるわよ」

「では彼を味方として考えて良いと言う事なの?」

「まあ当面はそうね」

「当面とはどういう意味ですか?」

「彼以外の使徒を全て処置するまで、ね」

「俺はどうすればいいと思いますか?」

「シンジ君がしたいようにすればいいと思うわよ」

「え!?」

思わずリツコさんの顔を見る。

と・・・リツコさんは少し笑い顔になった。

「前にいったでしょ・・・この世界はシンジ君の夢なんだ、って」

「そうでしたっけ?」

「ええ、そうよ。だからシンジ君のしたいようにすればいいのよ」

「そんなぁ」

「それが、前のシンジ君が望んだ世界を作るためにこの世界を作ったリリスの希望なんじゃないかしら」

うぅーーん、マジなのかなぁ?

「ホントにここはそういう世界をなんですかぁ?」

「多分ね。九割方はそうだと思ってるわよ、マジで」

リツコさんも『マジ』なんて言葉使うんだ・・・。

「でも俺自身は前の世界と何にも変わってないんですから、そんな事急に言われても直ぐには出来ませんよ」

「あら、今のシンジ君は前の『僕』じゃぁなくって『俺』の方のシンジ君じゃなかったの?」

「あ、いや・・・それはそうなんですけど・・・それが何か関係あるんですか?」

「関係ですって?」

「・・・はい」

「大ありよ!」

えらく力入ってるな・・・。

「いいこと、シンジ君」

「・・・はい、なんですか?」

「前に色んな『碇シンジ』について話たのは覚えてるわよね?」

「・・・」

・・・覚えてるけど、それが何だろ?

「『前回の碇シンジを覚えていない今回の碇シンジ』、『前回の碇シンジを思い出した今回の碇シンジ』、『前回の碇シンジ』。で、今の状態は『前回の碇シンジを思い出した今回の碇シンジ』でしょ?つまり、『僕』でもある『俺』って事かしら?」

「はい・・・多分」

何が言いたいんだろ?

「今回の世界では碇シンジの主体は『僕』よりも『俺』よりにあるみたいなの。言葉を言い換えれば、『僕』の魂が『俺』の魂に埋没している状態ね」

うぅ〜〜〜ん・・・そうなのかなぁ?

「魂が、って言うよりも、記憶が、なんじゃないですか?」

「シンジ君の実感はそんな感じなのね」

「ええ。リツコさんは前に『魂には機能がない』っておっしゃってました」

「ええ、言ったわ」

「記憶を持ってるっていうのは一つの機能ですよね」

「そうよ」

「その機能である記憶と機能を持たない魂との関係が今一つピンと来ないからお話が良く見えて来ないんですよ」

「そうね・・・じゃあそこからまた話しましょうか」

「すいません、お願いします」

「その前にちょっとコーヒーを入れさせてね。時間が掛かると思うから・・・。シンジ君もコーヒーでいいかしら?」

「あ、はい。ブラックでお願いします」

「了解。」

コーヒーを入れるって言っても、コーヒーメーカーのポットからコーヒーカップに注ぐだけなんだよね。

あ!あれ?捨てちゃった?

「コーヒーわざわざ新しいの煎れるんですか?」

「ええ、大分前に煎れたやつだから。」

あれ、綾波もコーヒーでいいのかな?

「あ、綾波」

「何?」

「綾波もコーヒーでいいの?」

「ええ、ミルクとお砂糖があれば問題ないわ」

「そっか」

「ええ」

確かにこの今の俺は『僕』の感覚と言うよりも『俺』なんだ、とは思うけどさ。

・・・綾波はどうなんだろう?

「あのさ、綾波」

「何、碇君?」

「綾波は今の自分をどう捉えているのかな?」

「・・・どういう意味?」

「あ、うん・・・そのぉ前の『二人目』と『三人目』とさ・・・どっちの感覚かな、って思ってさ」

「わたしは・・・良く判らないわ」

「そうなんだ」

「・・・でも・・・わたしはわたし、綾波レイだわ。ただ単に『三人目』の記憶を識っている『二人目』の綾波レイだと思うわ」

「・・・」

それって前回には存在しなかった綾波だよな。

ても、前回の二人の綾波の足し算みたいなもんだよな。

俺の場合は違う、かな・・・けど、何が違うんだろう?

あ!

「お待たせ。コーヒーが入ったわ。シンジ君はブラックでレイはミルクとお砂糖付きでいいかしら?」

「「はい」」

煎れ立てのコーヒーのいい香りがする。

「二人とも前回との違いを検証しているの?」

ちゃんと聞いているんだ。

「ええ。前の自分を識ってしまいましたから、今の自分が前回とどう違うのか確認しておきたいんです」

「そうね。それは良い事だわ」

「で、リツコさんのお考えはどうなんですか?」

「あくまでもシンジ君から聞いたサードインパクトの状況が前提なんだけど、現状この今回の世界では、前回の記憶を完全かどうかは解らないけど持っているのはシンジ君と渚カヲル君しかいないみたいね 」

「はぁ」

「シンジ君自身がレイに確認したようにレイも完全な記憶は持ち合わせていない。多分司令も副司令も前回の記憶はないんじゃないかしら?」

「どうしてそう言えるんですか?」

「もし前回の記憶を持っているなら、今までの私達の行動を放っておく筈がないわよ。何か干渉があって然るべきだわ。これは加持君も同意見よ」

「そうかも知れませんね」

でも・・・父さん達は予測の範囲内だと考えてるのかも知れない。

「話を元に戻しましょう」

「はい」

「シンジ君はサードインパクトでリリスと同化して、リリスの魂を受け継いだ状態が『僕』とは異なる『俺』という存在を産み出しているんじゃないかと思うの・・・想像で科学者らしくないんだけれど・・・ 」

「はぁ」

「言い換えれば今のシンジ君はこの世界の神に近い存在なのよ」

神?

「神、ですか?」

「そうよ。渚君によれば『リリス』はこの世界にとっては神に極めて近い存在、いえ、『神』と言ってもいいでしょうね。本当の神は『リリス』つまりレイの筈なんだけれど、レイは今は目覚めていない・・・と言うよりも、その立場をシンジ君に譲っているんじゃないかしらね 」

思わず綾波を見る。

『神』?

この俺がこの世界の『神』?

今の俺は『僕』の記憶を持ってるけど『俺』であって『僕』そのものじゃあない、とは思うけど・・・。

しかし・・・だからと言っていきなり『俺』の本質が『リリス』でこの世界の『神』だなんて・・・。

なら綾波は?

本家本元の『神』である綾波はどうなんだろう?

「綾波は神様の役を演じないのかい?」

「うん」

「どうして?」

「碇君がいるから必要ないもの」

そんなぁ・・・ずるいよ。

「俺だって何したらいいのか判かんないよ」

「シンジ君ったら欲がないの?」

「欲・・・ですか?」

「そうよ。何でも願いが叶うんじゃあないかしら?」

本当にそうなのかぁ?

「何でもって言われても思い付きませんよ」

「じゃあ・・・取り合えず次の使徒とでも仲良しになる、って言うのはどうかしら?」

「次のって『イスラフェル』でしたよね」

「ええ、そうよ」

なんだかなぁ・・・。

「ま、考えて置きますよ」

「そうやって他の使徒達と仲良しになったら、渚君の事も自然に何とかなるんじゃないかしら?」

「あ!」

そうか!

「ね。」

「ありがとうございます、リツコさん!」

「良かったわね、碇君」

「うん。ありがとう、綾波」

何とかなるかも知れない気がしてきたぞ。


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