『俺と僕で何?』
第四拾話 独りよがり
「おはようございます、リツコさん」
「おはよう、シンジ君」
「綾波とフェルは?」
「まだ寝てるわよ」
「リツコさんの今日の予定は?」
「いつも通り本部に行くけど、何で?」
「俺も一緒に行っていいですか?」
「構わないけど・・・学校はどうするの?」
「明け方に綾波からATフィールドの展開の仕方を教わったんです」
「あら、そうだったの。じゃあレイは寝坊する訳だわ。で、成功したの?」
「ええ一応は、弱々しいやつでしたけど」
「それはおめでとう、なのかしらね。良かったじゃない」
「ありがとうございます」
「それで?」
「は?」
「それが何で本部に行く事に繋がるの?」
「もっと練習したいんですけど、いい練習場所が思い付かなくて」
「それはそうかも知れないわね」
「そうなんです」
「いいわ。私も協力するわ」
「いいんですか?」
「もちろんいいわよ」
「すみません」
「いいのよ。でも普段は絶対に使わない事、いいわね」
「はい」
「それならレイとフェルも連れて行きましょう」
「え!綾波も学校休ませちゃうんですか?」
「だって先生がいた方が良いでしょ?」
「それはそうですけど・・・」
「じゃあ決まり。今日は臨時の実験にするわ」
「はあ、じゃあアスカやカヲル君やイスラも?」
「当然よ。フェルは一人で置いとく訳にはいかないから一緒に連れて行かざるを得ないわね」
「ですね」
「じゃあ、朝ご飯にしましょう」
「はい。綾波とフェルを起こして来ます」
「頼んだわ。私はアスカと渚君とイスラへの連絡と食事の支度をしておくわ」
「はい」
・
・
・
「シンジ君の計測時にはエヴァのとは別に数値を取れるようにしてあるから心配しないでいいわよ」
「はい。でも大丈夫なんですか、そんな事して?」
「万事オッケーよ」
・
・
・
「なあにリツコ、臨時の実験ってさあ?」
アスカが不機嫌そうに言う。
「各人のATフィールドの強度を計測したいのよ」
「各人のってエヴァの、って事?」
「そ、そうなのよ」
「まあ、何で急に今日なわけぇ?ま、いいけどさ」
「じゃあ各人の担当と実験場所を言うからみんな間違えないでね」
・
・
・
「ここは完全に独立した施設だから外部にデータや映像が流れる心配はないわ。だから思いっきりやっていいわよ、シンジ君」
「わかりました。ありがとうございます」
「じゃあシンジ君、そこに立ってくれる?」
「はい」
部屋の中央に立つ。
「ATフィールド、発生なし」
「シンジ君、今度はATフィールドを展開してみてくれる?」
「はい」
壁をイメージする。
「ATフィールド、2オクト発生・・・エヴァ起動時と同じだわ」
マニュピレータが伸びてきた。俺の身体をつっ付く。身体に触れる。
「2オクトじゃあ無いも同然ね」
「もう少し強くイメージしてみてくれるかしら?」
「はい」
眼を閉じて壁をイメージする。他者との壁・・・。
(コンコン)
「シンジ君」
「なんですか?」
「出来たわよ、ATフィールド。53オクトで発生。マニュピレータを遮断しているわ」
「そうですか。」
(コンコン)
とマニュピレータがATフィールドにぶつかる音がした。
「シンジ君はATフィールドの展開に集中していてちょうだい。レイは何かアドバイスあれば適宜言ってね」
「わかりました」
またマニュピレータが伸びてくる・・・。
・
・
・
「お疲れ様、シンジ君」
「どうでしたか?」
「ATフィールドは一応発生しているわ。ただし極めて弱いものね。テニスのボールを跳ね返すくらいかしら」
「そうですか」
そんな程度か・・・。
「なに、がっかりしてるの?」
「あ、ええ・・・まあ。せっかく綾波にも来てもらってアドバイスしてもらったのに情けないな、って」
「仕方ないんじゃないの?良く分からないけど初心者なんだから・・・」
「そういう問題なんですか?」
「私にはわからないわ。どうなの、レイ?」
「わたしにもわかりません」
「やっぱり個人の資質の問題じゃあないんでしょうか?」
「いいえ、基本的には違うんじゃないかしら。確かに限界的な部分では個人の資質やその場の状況が影響すると思われるけどね。エヴァを例に考えると、シンクロ率が同じならこういった実験ではそれほどの個人差は出ないと思うのよ 」
そうなのかな・・・。
「何かコツがあるんでしょうね?何がうまくいかない原因なんでしょうか?」
「それは良く判らないけど、シンジ君の『自己連続性の感覚』の問題かも知れないわね」
「『自己連続性の感覚』の問題、ですか・・・」
「ええ。シンジ君はまだまだ今回のシンジ君なのよ。だからリリスとの一体感がないんじゃないかしら?言い替えればリリスとのシンクロ率が低い言ったところね」
「俺じゃあなくて『僕』の方がいいと言う事ですか?」
「そうは言ってないわ。ただ、サード・インパクト後の前回のシンジ君ならリリスと同化しているからATフィールドを自在に操れたんでしょうね」
「今回の俺はそのシンジと『自己連続性の感覚』が途切れてると言う事ですか・・・」
「そういう事なんでしょう。渚君なら何かいい知恵があるかも知れないわ」
「なるほど・・・そうかも知れませんね」
「彼を呼んでみる?」
「はい」
・・・
「と言う訳であなたの協力が欲しいの」
「分かりました、シンジ君の為とあらば。でも今回はあまり役に立たないかも知れませんよ」
「どうしてなの?」
リツコさんは意外そうだ。
「今のシンジ君は自分自身を大切にしているんじゃないかな」
「どういう事なの、カヲル君?」
「シンジ君が自分の中にあるもう一人のシンジ君を認めていないと言う事ですよ」
「もう一人の自分?」
「初号機から貰った前回の碇シンジ君の事さ」
それは・・・そうかも知れない。
「だって良く分からないんだ、前回の僕と今回の俺の違いが」
「前回のシンジ君は記憶の中での知識でしかないんだね」
「それはそうかも知れない・・・。
「何を怖れるんだい?」
「それは・・・自分が自分でなくなる事・・・」
「それは理解出来るわよ、シンジ君」
「リツコさん」
「だから無理する事はないのよ」
「・・・リツコさん」
俺は俺でいたいのか?俺でいる限りATフィールドは使えないのか?
「大体の状況は判ったので今日の実験はここまでとしましょう。上がっていいわ、シンジ君」
「・・・はい」
ATフィールドは使えないのかな?俺が俺である限り。
・
・
・
「ねえ、カヲル君」
「なんだい、シンジ君?」
「どうしてカヲル君や綾波はATフィールドが使えて俺は使えないの?」
「それは簡単な理由だよ」
「何?」
「僕もレイちゃんも今の意識は前回の僕でありレイちゃんださらさ」
「え?」
「そういう事だよ」
「だってカヲル君は元々前回のカヲル君だったけど綾波は違う。今回の綾波だった筈だ!」
「シンジ君・・・レイちゃんが三人目の記憶を取り戻したのは知ってるだろう」
「・・・」
「レイちゃんは前回の三人目になっているんだよ」
「・・・そんな・・・」
「だから前回の三人目と同様にATフィールドが使えるんだ」
「じゃあ・・・じゃあ今回の綾波はどうなってしまったんだ?」
「レイちゃんの中にある」
「中にあるって・・・」
「今のレイちゃんの意識は今回のレイちゃんの意識に前回の三人目のレイちゃんの意識が上書きされた状態だと思う。正確なところはレイちゃん本人に聞く方が確かだけれどもね 」
綾波が・・・今回の綾波はいなくなってしまったのか?
「綾波・・・」
思わず涙が出てきた。
「泣くなよ、シンジ君。今回のレイちゃんがいなくなった訳じゃあないんだ」
「でも・・・」
「レイちゃんに聞く事だ。それが一番良い方法だよ」
「分かった。ありがとう、カヲル君」
「良かった」
「俺は今回のままだ。前回の碇シンジじゃあないんだ」
「・・・」
「だからATフィールドは使えない」
「そうか」
「ところでシンジ君は何故ATフィールドを使いたいんだい?」
「何故って・・・使徒と戦うのに必要だからだろ」
「でも生身で戦う事はないんじゃないかな?」
「・・・それはそうかも知れない」
「だったら必要ないんじゃないかな」
そうか。それもそうだな。
・
・
・
あ、イスラとフェルだ。
「やあ、イスラ、フェル」
「あ、碇さん」
「シンジ〜、元気してた〜?」
「ああ。君達は何をしてたの?」
「見学です」
「そうそう、でも見学だけ〜」
「ふーん。何を見学したの?」
「ケージに行ったり発令所に行ったりしました」
「みんなに挨拶したんだよ〜」
「そうなんだ」
「なんかシンジ元気なくない?」
「そんな事ないよ」
「そっかな。」
「イスラはいつ引越すんだっけ?」
「明日です」
「そっか。二人とも来週から学校だね」
「ええ」
「おんなじクラスなんだよ〜」
「みたいだね」
「よろしくお願いします」
「よろしく〜」
「こちらこそよろしく」
「学校って楽しみだなぁ」
「フェルも〜」
「あのさ、学校って勉強するところだって知ってる?」
「もちろん!」
イスラが元気良く答える。
「勉強が楽しみなの?」
「ええ。知識が増えるのは良い事ですもの」
そうかな?俺は勉強嫌いだけど・・・。
「フェルは?」
「フェルは友達作りた〜い!」
「そうなんだ」
「いっぱいいっぱい作るんだ」
「それもいいよね」
「シンジさんは学校で何が楽しみなんですか?」
「俺?・・・俺は・・・やっぱり友達と一緒にいられる事かなぁ」
「勉強は?」
「自慢じゃないけどあんまり好きじゃないね」
「そうですか」
イスラは喋り方が丁寧だな。
「フェルも勉強は好きじゃないかも」
「なんだよ。まだ授業も受けた事ないのに今からそんな事言ってどうするんだ」
「あはは」
「レイさんはどうなんですか?」
「わたし?」
「はい」
「わたしは勉強嫌いじゃないわ。知らない事を知る喜びがあるわ」
「ならわたしと同じですね。フェルはシンジさん、わたしはレイさんと同じ感じみたいです」
双子なのに違うのか。まあ使徒だけど・・・。
あ、ミサトさんだ。
「あんた達まだいたの?イスラは明日引越しだからちゃんと用意しておきなさいよ」
「はい。大丈夫です」
「じゃあそろそろ帰ろうか、綾波?」
「そうね」
「イスラ。じゃあ今度は学校で!」
「はい、シンジさん、レイさん」
「じゃあね」
「またね〜。フェルはリツコさんと一緒に帰るから先に帰っていいからね〜」
え?一緒に帰らないのか。
「何かあるの?」
「リツコさんが何か検査したいんだって〜」
「わかった。じゃあまた後でね」
「あい!」
・
・
・
「ただいま」
「ただいま、トト、チャチャ、ミミ」
「「ニャン」」
「ニャー」
やっぱり綾波になついてるな。
「・・・」
「碇君、元気ないのね」
「そんな事ないさ」
「そう?ATフィールドがうまく出来なかったから?」
「あ・・・うん」
「ならいいけど」
「うん」
「でも・・・碇君が自らATフィールドを使う必要はないと思うわ」
「うん。考えてみればそうなんだよね」
「・・・今日はわたしが夕飯を作るわ」
「え?」
「わたしが夕飯を作るの、構わないかしら?」
「あ、うん。構わないよ。じゃあ俺も手伝うよ」
「ありがと」
「何を作るの?」
「蟹クリームコロッケにするの」
「わかった。じゃあ作ろうか」
「ええ」
・・・
綾波は大分料理が上手になった。始めはほとんど出来なかったのに・・・。
・・・。
「綾波は元々何で料理をしようと思ったの?」
「リツコさんや碇君がしていたから」
「どうして出来るようになったの?」
綾波はちょっと小首を傾げた。
「リツコさんや碇君が教えてくれたから」
ああ・・・そうだよね。やっぱり綾波は今回の綾波なんだ。
三人目になっても今回の綾波はちゃんと生きているんだ。
「碇君・・・何故泣いてるの?」
え?泣いている?
「何でもないよ」
そうか・・・泣いてたんだね、俺は。
「・・・?」
「本当に何でもないんだ。ただ嬉したっただけだから」
「碇君、変」
「そうだね。変だね」
泣いてしまった。
「・・・変だわ」
「うん。・・・さあ作ろう」
「ええ」
「リツコさんは今日は遅いのかな?」
「いいえ、普通だと言っていたわ」
「そうか。わかった。じゃあ今から使れば丁度いいね」
「ええ」
「綾波は具の用意をして。俺は衣の用意をするから」
「了解」
・
・
・
「夕飯作ってくれたのね、ありがとう」
「いいんですよ、リツコさん」
「わ〜い。いい匂いだ〜」
「綾波が作ったんですよ」
「まあ、レイが?」
「はい。美味しいかどうかはわからない」
「そんな事ないでしょう。じゃあ頂きましょう」
「は〜い!」
「「はい!」」
・
・
・
(コンコン)
?
「はーい」
「碇君、今いい?」
綾波か。
「どうぞ」
(ガチャ)
「何、綾波?」
「ATフィールドの事」
「あ、うん。何」
「あまり気にしないで」
「ああ。もう気にしてないよ」
「そう?」
「・・・」
「ならいいけど。何だか元気なかったから」
「ありがとう。俺は大丈夫だよ」
本当に大丈夫だから・・・。
「碇君は何故生身でATフィールドを使いたかったの?」
「使徒と闘うために・・・だと思うんだけど」
「でも使徒と闘うのならエヴァがあるわ。碇君もエヴァでならATフィールドが使えるわ」
「そうだよね」
「だったら何故?」
「きっと綾波やカヲル君が使えるから自分も、って思ったんだと思う」
「そう」
「勘違いしてたんだ」
「何を?」
「ATフィールドが使えれば俺は僕に、前回の碇シンジになれるんじゃないか、と。本当は前回の碇シンジになるのが怖い癖にね」
「怖いの?」
「ああ。今の自分がなくなってしまいそうで怖かったんだ」
「なら・・・なおの事ATフィールドが使えない方がいいのに・・・何故?」
「多分他にも前回の碇シンジななる方法があるんだと思う。でもそういった直接的な方法は怖かったんだ。だからATフィールドという間接的な方法に頼ったんだ。それなら今の自分が維持できると思ったんだ 」
「自分が自分でなくなるのが怖いのね」
「綾波はどうだったの?」
「何が?」
「三人目になる時怖くなかったのかな、って・・・」
「怖かったわ」
「だったら何故?」
「このままじゃ駄目だから」
「どういう事?」
「わたしには前回の記憶がなかった。」
「それはそうだったけど・・・」
「わたしがサード・インパクトを起こしてしまったかも知れないのに」
「そんな・・・サード・インパクトを起こしたのは俺だよ」
「でも知ってる筈なのに覚えてないなんて耐えられなかったの。だから記憶を取り戻したかったの」
「今迄の自分を捨ててまで?」
「本当は・・・怖かったわ。わたしが消えてしまいかも知れないから」
「でも綾波はそれに立ち向かったんだよね。俺は恥ずかしい」
「そんな事ない。渚君が大丈夫だって勇気をくれたから」
「そうなんだ」
「わたしはわたし。元の綾波レイだわ。今回の綾波レイなの。わたしの想いは残っているの」
「じゃあ今度は俺の番だ。記憶だけじゃなくて僕の、前回の碇シンジの気持ちを取り戻したいんだ。そうしないとこの今回の世界の本当の意味が解らない気がするから」
「無理しないでね」
「うん」
「渚君に相談すると良いと思うわ」
「わかった。ありがとう」
「碇君には碇君が自分で良いと思った事をして欲しい」
「そうだね」
「わたしはわたしに出来る事をするから」
「うん」
「じゃあおやすみなさい」
「おやすみ」
(カチャ・・・バタン)
・・・。
俺に出来る事。
俺にしか出来ない事。
やるっきゃない・・・か。
綾波とこんなに喋ったのは初めてかも知れないな。
彼女も真剣なんだ。
だから俺もいつまでもフラフラしてはいられないや。
カヲル君と話しをしよう。
これからの俺の在り様を考え直さなきゃいけないからな。
俺の中の僕も俺だ。
・・・怖れる事はない。
* 感想をお願いします。