『俺と僕で何?』


第六拾八話 夢の再現


紅い海。

少年が一人浜辺に蹲っている。泣いているみたいに見える。

(・・・どこかで見た光景だ・・・いつどこで見たんだろう?)

ぼんやりとうっすらと光沢を放っている人影が少年の近くに突然現れた。

その人影は少年の頭上に手をかざす。

『光あれ。』

そして・・・。

(・・・リ)

(ユ・リ)

ああ、誰かが俺を呼んでいる。

「ユリ、起きて」

誰かが俺の身体を揺さぶっている。

「・・・んん・・・」

「ユリ、もう起きないと遅刻だわ」

目を開けると綾波の顔があった。

あ!

「ごめん、寝過ごしちゃったか」

「まだ間に合うわ。早く支度してね」

「ああ、わかった」

ベッドから飛び起きると着替えをし洗面所にいく。

顔を洗って歯ブラシ、髪を軽くブラッシングして準備終了。

「待たせたね。行こうか」

「うん」

いつもの朝食、いつもの面子。

朝食が終わってフェルが片付けをしている。

「今日はシンジ君とレイは1500本部集合だから忘れないでね。」

と、リツコさん。

「フェル達は〜?」

と、耳聡いフェル。

「フェルとユリちゃんは通常待機でいいわ。今日はシンジ君とレイ、アスカの三人だけ起動試験をするのよ」

「三人だけ・・・ですか?」

「そうよ」

「またどうして三人だけなんですか?」

「碇司令の指示よ。」

父さんの指示・・・。

そう言えば俺はまだ父さんと話しすらしていないな。

「明日は1000から全員トレーニングがあるからそれも忘れないでね」

昼休み、またいつもの面子、チルドレン全員とトウジ、ケンスケ、洞木さんとで弁当を食べている。

これだけの人数が集まると流石にかなり騒がしい。

それにしても・・・今朝はなんか夢を見ていたような気がするんだけど・・・どんな夢だったか思い出せないや。

こういうのって凄く気になるんだよね。

「ユリ、あんたさっきから何ボーッとしてんのよ」

ああ、アスカか。

「いや、今朝見た夢の内容が思い出せなくてさ」

「そんなのよくある事じゃない」

「今日ユリ、寝坊したわ」

綾波・・・何もそんな事言わなくてもいいじゃないか。

「ふ〜ん。それが気になってるって訳ね」

「うん。何か大事な内容だったような気がするんだけどね。思い出せないんだ」

「だったら大した事じゃないのよ」

「そうかな」

「せやせや、わしもそないな事はようあるで」

「でも気にし始めると気持ち悪いよな、それって」

と、ケンスケ。

「わたしもよくあるわよ。でもそれで思い出せる時ってほとんどないわ」

と、洞木さん。

「私は夢見た事ないわ」

と、綾波。

「わたしもないわ」

と、イスラ。

「フェルもない〜!」

「あんた達変わってるわね、夢見ないなんて。単に覚えていないだけじゃないの?」

「アスカはよく見るの?」

「うん・・・まぁね」

なんだか歯切れが悪い。

あ、そうだ。

「カヲル君はどうなの?」

「僕かい」

「うん」

「僕も夢は見た事があるよ。長い長い夢だけどね」

「どんな夢?」

「それはプライベートな事だから秘密だよ、ユリちゃん」

「そっか・・・そうだよね」

「シンジはどうなのよ?」

「え?」

「あんたはどんな夢見てんのよ?」

「僕は・・・あんまり夢は見ないかな」

それが嘘だと知っているのは俺だけか。

「そう」

「うん」

「シンジってさ、なんだか最近性格変わったわよね」

ギク!

「そ、そっかな・・・」

「そうよ。前よりも軟弱になったんじゃない?最近は自分の事『俺』じゃなくって『僕』なんて言ってるしさ。態度もオドオドしてる感じじゃない」

う〜ん・・・アスカってそういうとこ案外と鋭いんだよな。

「そ、そんな事ないよ。その・・・自己変革だよ。意識してやってるんだ」

苦しい言い訳だな。

「何の為によ?」

ほら、突っ込まれた。

「別に良いじゃないか、僕自身の問題なんだから」

お!開き直った。

「よかないわよ。あんたもパイロットなんだからそんなわけの解かんない自己変革とやらでエヴァとのシンクロ率が悪くなってたりしたら迷惑だわ!」

「そんなの大丈夫だよ」

みんなシンジとアスカの言い合いを聞いている。

「だったら、今日の起動試験でキチンと証明しなさいよ!」

「わかったよ」

「今日はみんな本部なのか?」

と、ケンスケ。

「いや、今日はシンジとレイとアスカだけなんだ」

と、俺。

「そっか・・・じゃあ他のみんなで放課後どっか行かないか?」

「どっか、ってどこに?」

「ケンスケの言う事じゃい、どうせゲーセンやろ」

「いやゲーセンじゃなくったっていいよ」

「悪いんだけどわたしはちょっと用事があるから今日はパスするわ」

「委員長は付き合いが悪いなぁ」

「ごめんね、相田君。この埋め合わせは絶対にするから」

「いいよ、別に。冗談だよ。ほかのみんなは大丈夫かな?」

ケンスケ、トウジ、フェル、イスラ、カヲル君、そして、俺は放課後に待ち合わせる事になった。

イスラがゲームは苦手という事で結局ファミレスでただ何と無くお喋りをする事になった。

「しかしあれから使徒は全然来ないなぁ・・・」

「なんやケンスケ、まるで使徒に来て欲しいみたいに言いよるやないか」

「ああ、そうでもなきゃエヴァの出番もないじゃないか。碇達はそのために日々訓練に明け暮れているんだろう?」

「あほ!エヴァで出るっちゅう事は使徒と戦うっちゅう事でシンジらは命賭けるっちゅう事なんやぞ!不謹慎やで、ケンスケ!」

「悪い。そうだよな」

でも使徒は来る。次は・・・マトリエルだったっけ?

「イスラはんもエヴァに乗りよるんか?」

「わたしはパイロットと言っても予備ですから。多分余程の事がない限り出撃はないと思います」

「ユリちゃんはどないなん?」

「俺もシンジの予備だよ」

「渚、お前はどうなんじゃい?」

「僕は一応正規パイロットだからね。心の準備は出来ているよ」

「あ〜あ、俺も一度位エヴァに乗ってみたいよ」

そう言えば今回はケンスケもトウジもシャムシエル戦の時にはエヴェには乗ってないんだったっけな。

「エヴァになんて乗るもんじゃない」

いつに無く厳しい声を出すカヲル君。

「いや戦闘じゃなくっても試乗とかさ」

「それは無理なんだよ」

「軍事機密ってか?」

「それもあるし詳しくは言えないけど、エヴァに乗るには適性が要るんだよ」

「俺には適性が無いって言うのか?どうしてそんな事が渚に判るんだよ?」

「だから詳しくは言えないって言っただろう」

「相田君の気持ちも分かるけどこればかりは仕方無いのよ。わかって」

聴くに聴きかねたのか、イスラが仲裁に入った。

「ごめん、自分勝手言って。ゲームやってんじゃないんだよな、実際は」

「ケンスケの趣味だもんな」

と、俺。

「ああ、実際今は趣味だけどな、将来はネルフか戦自に行こうかと思ってるんだ」

「マジ?」

「趣味が仕事になるって最高だろ」

「趣味と仕事じゃ違うやろ。理想と現実のギャップちゅうもんがあるわい」

「そうかも知れない。でも夢を持つのはいい事だろう?」

「まぁそらそやな」

「でも何で相田君はそういう趣味を持つようになったの?」

「さぁ・・・物心付いたらそうなってた。親父がネルフ勤務って事もあったし、この街自体が戦略都市だって事もあったかも知れないな」

確かにこの街に住んでいる人間は多少の差はあっても何かしらネルフに関っているんだからな。

「そうだったのね。でもわたしは好んでパイロットになっている訳じゃないわ。カヲルに適性があってわたしやフェルにも適性があった・・・それだけだわ」

「拒否権はないのか?」

「あったわ。でもわたしに適性があるのに、カヲルや他のみんなにだけ押し付ける事も出来ないもの」

「偉いんだな」

「そんなんじゃないわ」

イスラもフェルも使徒自身だったなんて言える訳もない。

ここらで話題を変えた方がいいかな。

「ところでさ、トウジとケンスケはテニスするの?」

「テニス?・・・わしはやった事ないのう」

「俺もないな。なんだよ藪から棒に」

う・・・話題の選択を誤ったか。

「わたし達、訓練の一環でテニスしてるのよ」

「訓練にテニスかいな」

「変わった訓練だな」

「もし良かったら今度一緒にテニスしてみない?結構楽しいわよ」

イスラがフォローしてくれる。

「しかし一度もやった事ないズブの素人やさかいなぁ」

「誰でも最初は初めてだわ。わたしも最近始めたばかりだし。ラケットは余分もあるから」

「さよか、ほならいっぺんやってみるかのう、なぁケンスケ」

「トウジがそう言うならやってみてもいいけど・・・」

「じゃあいつかセッティングするわ」

分かれ道。

「じゃあ、ここで」

「またね」

トウジとケンスケが手を振って帰って行く。

「わたしも買い物して帰るからここで」

と、イスラ。

・・・

カヲル君と二人だけになった。

「ねえ、ユリちゃん。ちょっとそこの公園に寄って行かないかい?」

「うん、良いけど、何?」

「君に少し話したい事があるんだよ」

「わかった、いいいよ」

・・・

「で、話しって、何?」

「ユリちゃん、今朝夢を見たって言ったろう」

「うん」

「でも内容を覚えていないって」

「そうなんだ。まだ思い出せない」

「ちょっと目を瞑ってくれるかな?」

「いいけど・・・」

一体何をするのかな?

カヲル君の事は一応信用してるから・・・言われた様に目を閉じる。

「じゃあ行くよ」

って、何?まさか・・・。

と、思うと額にカヲル君の掌が当てられるのを感じた。

「何?」

と、自分では言った様な気がした・・・。

紅い海を見下ろしている自分がいる。

でも自分には身体は無い。

意識と感覚だけがあるみたいだ。

遠く紅い海の浜辺に少年が一人蹲っている。

(・・・既視感・・・どこかで見た光景の様な気がする・・・いつどこで見たんだろう?)

その少年の近くにぼんやりと人影の様な物が現れつつあった。

それは段々と形がはっきりしてくる・・・うっすらと光沢を放っている。

俺の視点が彼らに近づいていく。

「君は誰なの?」

〔私はリリス・・・、かつて「綾波レイ」と呼ばれ、その意識を継承する者・・・

「綾波レイ・・・

〔あなた・・・私が解るのね。・・・何故?・・・でも良かった・・・

・・・

〔じゃあ、あと、お願い。私も一緒だから・・・

それは・・・制服姿のシンジと綾波だった。

綾波がシンジの頭上に手をかざす。

シンジは俯いたままだ。

『光あれ』

と、綾波が言った・・・様に感じた。

すると俺の視点は一気に綾波達に急接近する。

と同時に、シンジの頭が眼前に迫り、やがて、気が遠くなって感覚が麻痺した様になり、俺はシンジを段々と包み込んでいった。

『望んで、碇君』

そんな綾波の声が聞こえた様な気がした。

と感じた瞬間・・・世界の全てが弾けた?

・・・。

・・・眼が覚めた・・・。

まだ暗い。何時だ?

・・・5時かよ・・・。

しかし、なんか、妙な気分だ・・・。

ここはどこだっけ・・・?

・・・。

・・・。

・・・思い出した・・・今日だよ・・・。

第三新東京市に行く日だよ!

でも、今更なんだってんだ。

ただ『来い』ったって全然わかんないよ・・・。

・・・。

確か9時12分発だったよな・・・。

仕方ない、起きるか。

「お早う、シンジ君」

え?

「誰だ?」

「『誰だ』は酷いな、シンジ君」

目の前に銀髪の少年がいた。

誰・・・だったっけ。

あれ?・・・俺は何をしてるんだろう?それに・・・。

「確かに・・・俺は君を知ってる様な気がする」

「本当に忘れちゃったのかい、僕の事」

「ごめん・・・」

「ほんとに君は自分自身に対する認識が薄いんだね」

「どういう意味だ?」

「自我が希薄だという事さ」

「自我?俺の?」

「そうさ」

「俺は碇シンジだ。それ以上の者でもそれ以下の者でもない、碇シンジだ」

「本当にそうかな?じゃあ僕は誰だい、シンジ君」

「君は・・・君は・・・」

君は誰だっけ・・・。

少年の掌が俺の額に触れた。

「カヲル君!」

「やっとお目覚めだね、シンジ君、いや、ユリちゃん」

あ!

「これは一体何なの?」

「君のこの世界での始まり。そして君が忘れてしまった事のほんの一部分を再現したんだよ」

「どういう事なんだい、カヲル君?」

「まぁ・・・とりあえず戻ろうか」

と言ってカヲル君は俺の両目を塞いだ。

俺は目を瞑った。

カヲル君の手が俺の両目から離れた。

「もう目を開けて良いよ、ユリちゃん」

俺は目を開けた。

自分の身体を見る。

制服だ、シンジのではない、ユリの制服だった。

「・・・カヲル君・・・」

「どうだい、お目覚めの気分は」

あれは・・・今朝見た夢?

「うん、大丈夫だよ。」

「さっき見たのがユリちゃんの今朝の夢だよ」

やっぱり。

「カヲル君って色んな事が出来るんだね」

「まぁね、一応これでも僕はこの世界のアダムだからね。君はこの世界に来た時の事を今朝夢に見たんだ。君がそれを忘れてしまったみたいだから僕はそれを少し再現してみただけだよ 」

「そうなんだ。・・・でもどうして?」

「ユリちゃん、君にはやるべき事がある。だから今この世界にいるんだ」

「やるべき事?」

「そうだよ」

「俺はこの世界で何をやらなきゃいけないんだ?」

「今は忘れてしまっているかも知れないけど・・・時が来れば必ず思い出すんだ」

「カヲル君は知ってるんだね?」

「ああ、でも僕からは言えないんだよ。君が自分自身で思い出さなければ意味がないんだ」

これ以上聞いても仕方なさそうだな。

「わかったよ」

「ありがとう。じゃあそろそろ帰ろうか」

「うん」

家に帰っても綾波は本部だから誰もいなかった。

着替えてリツコさんのところにいく。

『ガチャ』

「誰〜?」

フェルだ。

「俺だよ」

「ユリちゃんか〜。ちょうど良かった、一人で暇だから猫達と遊んでたんだよ〜」

猫部屋に行くとフェルがいた。

トトは食事中、チャチャは寝子、ミミは毛繕い、で、ウーシャはフェルの手を咬んでいた。

「それって遊んでるの?」

「そうだよ〜、仔猫は咬んだり猫キックしたりして遊ぶんだよ〜。甘咬みだから痛くないし〜」

「そうなんだ」

俺もウーシャに向かって手を出す。

「ってっ!痛いじゃないか!」

咬まれて少し痛い。

「でも本気じゃないから大丈夫だよ〜」

「そうかもしれないけど・・・ほら手に歯形が付いちゃったよ」

「引っ掻かれるよりマシだよん。ほら〜」

フェルが腕を見せる。

なるほど引っ掻き傷がたくさんある。

「凄いね」

「ウーシャといっぱいいっぱい遊んだ証拠だよ〜」

「ところで今日の晩飯はどうするんだろう?何か聞いてる?」

「リツコさんがみんな遅くなりそうだから二人で何か出前でも取れってさ〜」

「そっか。」

「フェル、お鮨がいい〜!」

「はいはい、わかったよ。じゃあ電話してくるね」

「特上だからね〜!」

「はいはい」

食事の後フェルに今朝の夢の話しをしてみた。

「へ〜、そんな夢を見たんだ〜」

「カヲル君はそれをこの世界の始まりだって言ってたんだ」

「ふ〜ん。じゃあそうなんじゃないの〜」

「フェルはこの世界に来る前はどんな世界にいたの?」

「フェルはイスラと一緒にこの世界に似た世界に行ってエヴァ初号機と弐号機のコンビにやっつけられちゃったんだよ〜」

「それって前回のこの世界のことかな?」

「多分そうなんじゃないの〜」

「で、その後はどうなったの?」

「多次元宇宙の狭間に暫くいて、それからこの世界に引き込まれたんだよ〜」

「そっか」

「今回はフェルとイスラに分離して人型になっちゃったから、この先どうなるかなぁ・・・」

「でもフェルは前にも人型になったことがあるって言ってたよね?」

「うん」

「その時はどうなったの?」

「そん時はサード・インパクトが起こって気が付いたらまた多次元宇宙の狭間に戻ってたな〜」

「そうなんだ・・・」

「でもユリの夢が過去の再現だとしたら、ユリも他の宇宙から多次元宇宙の狭間を通ってこの世界に来たって事なんじゃないかな〜?ユリはその世界にいた時の事は覚えてないの〜?」

うーん・・・。

「残念だけど覚えてないんだ」

「そっか・・・」

「だいたい俺が他の世界のリリスだって事だって自覚がないんだよ」

「う〜ん。まあ仕方ないんじゃないかな、覚えてないんじゃ。あまり気にしない方がいいよ、ユリ〜」

「そうだね。じゃあそろそろ帰るよ」

フェルの言うように今考えても仕方ないよな。

「あ〜い。あんまり考え込まない方がいいよ〜」

「うん、ありがとう、フェル」

リリスの魂、か。

だいたい記憶って魂にあるのかな?

記憶は脳の中にあるんじぁなかったっけ?

そもそも魂なんて本当にあるのか?

・・・。

いや・・・フェルやイスラって実例があるんだ。

『ガチャ・・・バタン』

「ただいま」

「おかえり、綾波。今日は遅かったね」

「ごめんなさい」

「いや綾波が謝る事じゃないだろ」

「それはそうね。ユリは夕飯どうしたの?」

「フェルと一緒にお鮨を食べたんだ」

「そう」

「それより綾波風呂は?俺はシャワーで済ませたけど」

「わたしも本部でシャワーを浴びたから」

「そっか」

「碇君・・・」

「え、何?」

久しぶりに『碇君』って呼ばれた。

「何かあったの?」

「いや別に大した事じゃないよ」

「そう。・・・ならいいわ」

綾波って結構勘が鋭い。

でも綾波にはあの夢の話しは出来ないよ、絶対気にするからな。

「明日は朝から訓練だから早目に寝ようか」

「わかったわ。お休みなさい、ユリ」

「うん。お休み、綾波」

・・・

また今夜も夢見るのかな?


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