『俺と僕で何?』
第六拾九話 ユリ、テニスをする
「おはよう、綾波」
「おはよう、ユリ」
身支度をして綾波と一緒にリツコさんのところに行く。
『ガチャ・・・バタン』
「おはようございます」
・・・
朝食を終えて本部に向かっている。
リツコさんは今日は非番だそうだ。
休日の朝だから車内はガラ空きだ。
「今日の午前はテニスだよね」
と、シンジ。
「そうだよ。シンジはシンジとしては初めてだったっけ?」
「うん。ちゃんと出来るかな?」
「俺がシンジの時にやってたんだから身体が覚えているんじゃないかな?」
「そうだといいけど・・・」
「なんか心配なの〜?」
「だってさ、もし前のシンジの時みたいに出来なくて初心者丸出しだったらアスカが怪しむんじゃないかと思うんじゃないか、と」
なるほど。
アスカはシンジと俺の本当の関係を知らされていないんだったな。
「その辺は加持コーチがちゃんと考えてるよ〜」
それもそうだよな。
「ならいいけど」
途中アスカとイスラが乗ってきた。
「おっはよう!」
「おはようございます」
「「「おはよう」」」
声が揃った。
「アスカ、おっきいバッグだね〜」
確かにフェルの言う通りアスカのテニスバッグは異様に大きかった。
「でしょう。そんなに荷物はいらないって私も言ったんだけどね」
と、イスラ。
「こんぐらい普通よ」
アスカが応える。
アスカ以外は適度な大きさのバッグを持っているだけだ。
俺以外は皆ラケットを本部に置いているから、ラケットを持っているのは俺だけだ。
「どうしたらそんなになるの?」
と、シンジが聞く。
「ラケットとシューズとウェアとその他諸々よ」
「それでそんなに大きくなるかなぁ?」
「女の子は男とは違って色々あんの、いちいちうっさいわね!」
「はいはい」
シンジも退き下がった。
綾波やフェルやイスラもいるのだが言わぬが花だろう。
・
・
・
更衣室で着替え中。
俺のロッカーもちゃんと用意されていた。
綾波とアスカ、フェル、イスラも一緒だ。
綾波の着替え姿はもう見慣れている。いや裸だって何度も見ているから別に抵抗感はない。
だけど・・・アスカやフェルやイスラのは初めてだから少しドキドキする。
ただ自分も女の子になったせいか男としての変な感情はない、と思う。・・・自信ないけど。
しかしみんなプロポーションが良い。
「ユリのプロポーションってファ・・・レイに似てるわね。いえ、そっくりと言ってもいい位だわ」
ギク!アスカ、鋭い。
「そ、そうかな?」
「そうよ。良く見るとイスラやフェルも似てるわねぇ・・・」
「それだけ平均的な日本人体型なだけだって事だよ。アスカなんてさすがにクオーターだけあって日本人離れしたプロポーションだよね」
と、フォローを入れておく。
「そうかしら?さてと、今日は何を着ようかな」
と、まんざらでもない様子のアスカ。
俺も自分の着替えを始める。白にピンクのストライブの入ったシャツと白のショートパンツにしよう。
みんなめいめいに着替えをしている。
「ちょっとユリ」
「何、アスカ」
「あんた女の子なのにショートパンツなんかはくの?女の子は女の子らしくスコートにしなさいよ。男っぽいのは言葉遣いだけにしときなさいな」
えー!
「だってスコートって丈が短いからヤダよ」
「ちゃんとアンダースコートを着けるんだから見られたって大丈夫じゃない」
「まあ・・・それはそうだけど・・・」
「じゃあ着替え直しなさい。あたしが見立てたスコートがあったでしょ」
「うん。一応持ってきた」
「ならチャッチャと着替える!」
仕方ないな・・・。
「わかったよ」
いったん履いたショートパンツを脱いで、アンダースコートとスコートに着替える。
「そうそう可愛いわよ、ユリ」
『ガチャ!』
ミサトさんが入ってきた。
「何着替えに時間掛ってるのよ!とっくに集合時間は過ぎてるのよ!もうさっさとしなさい!」
「「「「「はーい!」」」」」
・・・
コートに入ると、加持さん、シンジとカヲル君は既にスタンバイしていた。
「やあユリちゃん、いらっしゃい」
「よろしくお願いします」
一応ユリとしては初めてのテニスだ。
準備体操が終わって加持さんが言った。
「今日はペアを決めて練習する。まずレイちゃんとユリちゃん。それから葛城とアスカ、フェルとイ
スラ、シンジ君と渚君だ。ではミニラリーから始め!」
綾波とミニラリーを始める。
シンジだった時とは少し違和感はあるもののスイングは大丈夫みたいだ。
バックハンドが片手打ちだとちょっとしんどい位だ。エンドラインからのラリーだと少しきついかも知れないな。
「次はエンドラインからのロングラリーだ」
フォアハンドは問題ないけどバックハンドは打球に威力がない。
ちなみにバックハンドはミサトさんとアスカが片手打ちで他はみんな両手打ちだ。
「ユリちゃん、ちょっと」
「はい。綾波、ちょっとごめんね!」
俺はラリーを中断して言った。
「ユリちゃんはバックを両手打ちにした方がいいかも知れないな。」
加持さんが俺の側にやってきてそう言う。
「両手打ちなんてやったことないですよ」
「野球はやったことあるだろう?」
加持さんが小声で言った。
「ええ、ありますけど」
「バックの両手打ちは野球の左バッターのスイングと基本的には同じなんだよ。だからそれをイメージして試してごらん」
「わかりました」
ラリーを再開する。
「綾波ー、行くよー!」
綾波が構える。
『ポーン』
『ポーン』
『ポーン』
『ポーン』
あ、バックに来た。
じゃあ両手打ちで・・・えい!
『ポン・・・ボス』
ネットか・・・。
もう一度。
『ポーン』
『ポーン』
『ポーン』
『ポーン』
『ポーン』
『ポーン』
なかなかバックに来ないな。
『ポーン』
『ポーン』
あ、来た!
『ポーン』
うん、今度は何とか返ったぞ。
『ポーン』
『ポーン』
『ポーン』
「綾波ー、俺のバックに狙って打ってくれないかなー!」
綾波が頷いた。
『ポーン』
『ポーン』
『ポーン』
『ポーン』
うんうん段々コツが掴めてきたぞ。
腰の捻りが大切なんだな。
『ポーン』
『ポーン』
『ポーン』
『ポーン』
しかし綾波も巧くなってるよな。球に威力こそないけれどミスかないや。
『ポーン』
『ポーン』
『ポーン』
『ポーン』
「良し、ラストだ。そこまで!みんな集まってくれ!」
加持さんの号令。
みんなが加持さんのところに集まる。
「今度ベアボレーをする。レイちゃん・ユリちゃんのベアとフェル・イスラのベア、それから葛城・アスカのベアとシンジ君・渚君でコートに入って片方のベアが後ろでストローク、もう一方のペアが前でボレーをしてくれ。俺が合図をしたらストロークとボレーを交代だ。では各自初め!」
ボレーなんてあんまりやったことがない。
最初は俺と綾波がボレーでフェルとイスラがストロークだ。
「行っくよ〜!」
『ポーン』
フェル。
『バシッ』
俺。
『ポーン』
フェル。
『バシッ』
綾波。
『ポーン』
イスラ。
『バシッ』
俺のが大きくアウトした。
・・・
その後サイドチェンジした。
『ポーン』
『バシッ』
『ポーン』
『バシッ』
・・・
「じゃあラストだ!ストロークとボレーを入れ替わって!」
今度は俺と綾波がストロークだ。
加持さんは各人に対して適宜アドバイスしている。
『ポーン』
『バシッ』
『ポーン』
『バシッ』
・・・
「じゃあここでいったん休憩にしよう」
・・・
「ユリって結構テニス出来るみたいね。やってたの?」
と、アスカに聞かれた。
「前にちょっとだけね。でも初心者同然だよ」
「あれだけ打てれば十分よ。レイもイスラもフェルもなかなかね。シンジは相変わらずだけどさ」
俺は隣のコートを見てる余裕はあんまりなかったな。
シンジだけは大丈夫かどうか心配だったから少し見てたけど何とかやってたな。やっぱりテニスした
時の記憶も引き継がれていたんだ。良かった。
「ミサトさんとアスカはやっぱり凄いわ。渚君もい上手だし」
と、イスラが言った。
「あたしは加持さん仕込みだもの、それに、あたしの才能をもってすれば当然の結果だわ」
アスカらしいや。
「ユリちゃんもなかなか上手だわ。前の学校でもやってたの?」
イスラが俺の正体を知ってるにも関わらず、わざわざ言った。
「ちょっとだけね」
「シンジはともかく渚もまあまあやるし、これなら試合が出来るわね」
と、アスカ。
「わたしはまだルールが良く解らないわ」
「何言ってんのよ、レイ。とにかく来たボールを相手のコートに入れさえすれば良いの。そうしたら絶対に負けないわよ」
「わかったわ」
「アスカは簡単に言うけどフェル達はミスしたりエースを取られたりしちゃうよ〜」
「だからこうして練習してるんじゃない」
「休憩は終わりだ。今度は試合形式でやるぞ。さっきと同じペアで1セットマッチ、対戦相手は葛城・アスカペア対シンジ君・渚君ベア、レイちゃん・ユリちゃんペア対双子ベア。それじぁ各自コートに入って試合開始だ」
・・・
「じゃあフィッチ?」
フェルがラケットを回す。
「ラフ」
と、俺。
『カラン』
「スムース。フェル、サーブ取るね〜」
「じゃあコートはこのままで。・・・綾波はフォアとバックとどっちがいい」
「ユリに任せるわ」
なら俺はバックの練習がしたいから。
「じゃあ俺はバックで、綾波はフォアを頼むよ」
「わかったわ」
各自ポジションに付いた。
「ワンセットマッチ!フェル、サービング!よろしく〜」
「「「よろしくお願いします!」」」
フェルの第一サーブ。
・
・
・
結果は6−2で双子ペアの勝ちだった。
技術的には大差ないんだけど、フェルとイスラはコンビネーションが抜群だった。
双子、それも一卵性双生児、と言うか、つい最近二人に分離した訳だから意心伝心が完璧に近い。
前回のイスラフェルの動きそのまんまだった。
ちなみにもう一方は6−4ミサトさん・アスカ組の勝ちだった。
「今日のテニスはこれにて終了。お疲れさん」
「後は各自昼食を取って、レイとユリ、イスラは1400迄に赤木博士の部屋に、残りのみんなはマヤちゃんの指示に従って実験よ。」
・
・
・
シャワーを浴び着替えて食堂に行く。
さすがに運動の後はお腹が空いた。
「な〜に食べようかな〜?いっぱ〜い食べたいな〜っ!」
「フェルって色気より食い気?」
「うん。アスカは違うの〜?」
「あたしはどっちも程々に、よ」
「へー。アスカって誰が好きなのかな〜?」
「アスカは加持さん一筋なんだよ」
「何よ、シンジ。あんたには聞いてないでしょう」
「じゃあ違うの?」
「加持さん一筋よっ!」
なんなんだよ。
そうこうしているうちに食堂に着いた。
皆めいめいにサンプルと睨めっ子している。
うーん・・・何にしようかな?
Aランチは豚カツ定食、Bランチはハンバーグ定食、Cランチは焼き鯖定食、あとは丼物か麺類の単品だ。
アスカは多分Bランチだな。
俺はAランチにしよう!
みんな適当に食券を買った。
・・・
アスカはやっぱりハンバーグ定食だった。
「こうして大勢みんなで一緒に食べると楽しいわね」
イスラが言った。
「そうね。毎日毎日家ではイスラとあたしと二人だけじゃあね」
「ミサトさんは夜は本部で外食なの?」
「そうなのよ。せっかくイスラが美味しい料理を用意してるってぇのにミサトったらほとんど毎日残業してんのよ。まあ味覚音痴のミサトにはイスラの手作り料理の良さなんて分かりっこないんだけどね」
「へー、ミサトさんって味音痴なんだ〜」
またミサトカレーでも食べさせられたのかな?
「あれは音痴の域を完全に通り越してるわね」
「アスカは何故そんな事知ってるの?」
「あ!・・・イスラは知らないんだったっけ・・・。まあ・・・そのぅ・・・あれよ!ミサトがドイツにいた時に分かったのよ!」
やっぱりミサトカレーなのかな?でもドイツにレトルトカレーなんてあるのかな?
この世界ではまだあれは食べてないからな・・・食べたくもないけど。
「葛城さんは美貌と知性を兼ね備えているけど天はリリンには二物までしか与えない、と言う事かい、シンジ君」
と、カヲル君。
「なんで僕に振るんだよ」
「まあまあ、そろそろ集合時間だよ。急ぐとしようか」
カヲル君がその場を絞めた。彼等の集合時間も俺達と同じみたいだ。
・
・
・
『コンコン』
「どうぞ」
『ガチャ』
「「「失礼します」」」
『バタン』
「いらっしゃい、みんな。適当に座っててね。みんなコーヒーでいいかしら?」
「「「はい」」」
「よう」
加持さんがソファーに座っていた。
ソファーは二人掛けが二脚、一人掛けが二脚、それぞれテーブルを挟んで向かい合って置いてあった。
「もっともコーヒーしかないんだけどね」
各人適当にソファーに座る。綾波は俺の横でイスラは加持さんの向かいに座った。
リツコさんがコーヒーとクッキーを持ってきた。
「さあどうぞ。おかわりもあるから心配しないで召し上がれ」
「「はい」」
「いただきます」
「加持君もこの子達がいる時は禁煙でお願いするわよ」
「わかってるさ」
「今日はなんの話しなんですか?」
俺が痺れを切らしてそう言った。
「まあ各人の色々と最近の状況報告といったところよ」
「本当ならアスカを除いた全員で話ししたいとこなんだが、さすがにそれは目立つからな。今日はこのメンバーにしたんだ」
「そうですか・・・」
「まずは碇司令と冬月副司令だがユリちゃんの事を始め俺達みんなを疑っている」
「何を疑っているって言うんですか?」
「まず君の事だが碇司令はリッちゃんの報告を信用していない節がある」
「リツコさんはどんな報告をしたんですか?」
「リッちゃんは、ユリちゃんはシンジ君の別人格が分離してレイちゃんの素体に定着した産物だと報告したんだ」
「そうだったですね」
「碇司令には副司令を経由してユリちゃんとシンジ君のDNA鑑定結果を提出してある。シンジ君のDNA鑑定結果は本物だが、ユリちゃんのは勿論偽造データだ」
「俺のDNA鑑定結果はどうやって偽造したんですか?」
「それはリッちゃんから聞いてもらおうか」
「貴方のDNA鑑定結果はシンジ君のDNA鑑定結果をベースにシンジ君が女の子だったらかくあるべしっていうデータとレイのデータを合成して捏造したのよ」
「でも元々の身体は綾波と同じなんですよ。本来なら綾波と同じじゃなきゃおかしいんじゃないですか?」
「それは私も悩んだわ。DNAは後天的に変化する物ではないものね」
「ならどうして・・・」
「ユリちゃんのDNAがレイのDNAと同じならユリちゃんもリリスという事になってしまうから、それを避けたかったのが一つ目の理由。それからユリちゃんのDNAが本当にレイのDNAとは異なっていた事が二番目の理由」
「なら俺のDNAは俺固有の物だって事ですか?」
「そうよ。そしてそれはイスラやフェルも同じなの。本来なら変わる事のないDNAがどうして変化したのか、そのメカニズムは解明出来ていないわ」
「リツコさんの推測は?」
「そうね。水槽の中にいるレイの素体とユリちゃんやイスラ、フェル達との違いはその魂しかないわ。魂そのもに付いてすら解明されていないから、これは本当に憶測だけど魂がDNAの変化の原因だと私は考えているのよ」
「魂・・・ですか」
「そんなの曖昧で納得し難いでしょうけど多分間違いないと思っているわ」
「判りました。それで父さんは何を疑ってるんですか?」
「それは俺から説明しよう」
と、言って加持さんはコーヒーを一口飲んだ。
「まずはユリちゃんの事だが、碇司令はリッちゃんの提出したデータを信用していない節がある。どういう内容かは解らないが調査部が碇司令の指示で動いているんだ」
「調査部、ですか?」
「ああ。ユリちゃんの事だけじゃない、前回の記憶を持つ者全員が調査対象になってる様た」
「全員ですか?」
「おそらくはな。今までにリッちゃんの部屋で何回か会合を持った事も碇司令はとっくにご承知さ。ま、この部屋には幸い『目』と『耳』がいから話しの内容までは掴んでいないと思うかな」
「ホントにないの、『目』と『耳』?」
綾波が口を挟んだ。
「大丈夫よ、レイ。この部屋は私がリアルタイムでサーチしているから」
父さんは何を調べようってんだろう?
「碇司令はユリちゃんが分離した後から具体的に行動に出ているんだ。シンジ君は実際に呼び出しをくらって碇司令と面会している」
「シンジは何か言ってましたか?」
「それが大した話しもなくて二言三言しかなかったそうだ。ま、分離前のシンジ君が直接碇司令に会っていなかったのがせめてもの救いだった。副司令から何か言ってるかも知れないが所詮間接的な情報に過ぎないからな」
「そうね。前のシンジ君と今のシンジ君とでは随分雰囲気が違うもの。でも仮にそれが知れても二重人格だったと言うことで何とか誤魔化せるわ。あながち嘘じゃないものね」
「そうかも知れませんね」
「とにかくこれからは少し慎重に行動した方がいいのは確かだと言う事だ」
「はい」
「はい」
「わかりました」
「ところでイスラ?」
「はい、なんでしょうか?」
「アスカの事なんだけど、何か気が付いた事ないかしら?」
リツコさんがイスラに問掛けた。
「例えばどんな事ですか?」
「そうね・・・ミサトとの関係が何と無くうまくいってないとか、前回の記憶がある様な素振りがあるとか・・・」
「これと言って特に気が付きませんが。そもそもわたしは前回のアスカを知りませんから、むしろミサトさんの方が良く分かるんじゃあないですか?」
「ミサトにも注意する様に言ってるんだけど・・・あの性格だから・・・細かい事には気が付かないでしょ」
「それは違うな、リッちゃん。葛城は私生活はチャランポランだが仕事には厳しいぞ。何かあれば言ってくるさ」
「だといいけど」
「アスカは最初に較べると随分とくだけた雰囲気になりました。でもミサトさんには・・・何と無く遠慮している感じがありますね。
あのアスカがミサトさんに遠慮?
「そうなの?」
「ええ。学校とか本部にいる時と家にいる時は感じが違います。もちろん他の人が家にいる時はいつものアスカなんですけど。わたしが気が付くのはそれ位でしょうか」
「いえ充分だわ。ありがとう、イスラ。ところでシンジ君はどうかしら?」
「そう言われてみれば確かにミサトさんが家にいる時のアスカは前よりおとなしいかも知れませんね」
「イスラに言われて気が付くって程度なのね。まあいいでしょう。わたしがアスカに抱いている疑念は、アスカもまた前回の記憶を持っているんじゃないか、と言う事なの」
「え?アスカもですか?」
シンジが驚いている。
「ええそうよ」
「でも・・・もし本当にそうなら、アスカの性格かしてむしろ自分からみんなに話すんじゃないですか?」
「多分疑心暗鬼になってるんじゃないかしら?」
「疑心暗鬼?」
俺は思わず声に出した。
「確かにアスカは頭のいい聡明で開放的な子だわ。でも全ての人間がそうな様にアスカにも表と裏があるの。そう表と裏ね、例えば・・・大学を卒業した天才的な頭脳を持った少女と心に深いトラウマを持った感情的には不安定な少女、絶対的な自己過信と硝子細工の様なプライド、忘弱無人な振る舞いと神経質な観察力、これらはみんなアスカの強味と弱味だわ」
「それがどう関係するんですか?」
「アスカが前回の記憶を持っているとしたら、まずは前回と今回との成り行きの違いに戸惑っている筈だわ。アスカがここに着た経緯、シンジ君の性格の違い、イスラとフェルや渚君の存在、これらは前回とは全く異なっているわ」
「それはそうですね」
「だからアスカは前回の記憶そのものの真偽を疑っているのかも知れないわ。前回の記憶が自分の妄想だとしたら他人には絶対に話せないと思うでしょう」
「確かに」
「仮に自分の記憶に自信があったとしても他の人に話して信用してもらえるかどうか不安に思うでしょう。アスカが話すとしたらまずは私に探りを入れる可能性が高いと思うわ。でも今のところその兆候はない」
「ミサトさんには話さないんでしょうか?」
「それはないわね。前回のアスカは基本的にミサトを信用していないから今回も同じだと思うわ」
確かにアスカはミサトさんのことあんまり好きじゃなかったのかも知れない。
「今回もそうなんでしょうか?」
「ミサトからはアスカとの関係は普通だと聞いているわ。それに現段階ではミサトにもアスカが前回の記憶を持っている素振りは感じられないそうよ」
「わかりました。でも、今のアスカは前回のアスカみたいになっちゃいましたけど、この世界で最初に会った時のあのおしとやかなアスカは一体なんだったんでしょうね?」
俺は前々から感じていた疑問を口にした。
「それは私にも解らないわ。その件なら加持君の方が詳しく説明出来るんじゃないかしら?」
「そうだな。前にも話したかも知れないが、俺がこっちの世界に来たのはドイツにいた時だったんだが、その時のアスカは前の通りのアスカだった。アスカが変わったのは、その後の二号機との起動実験のあとだ」
「じゃあその実験の最中に何かあったんですね?」
「詳しい事は解らなかった。あっちの人間達はアスカの性格の事には興味がなかったんだ。だから簡単な検査しかしていない」
「どんな?」
「血液とか脳波とかさ」
「はあ」
「本来ならあの時に心理テストでもやって置くべきだったのかも知れないな」
「リツコさんはやらなかったんですか、心理テスト?」
「やったわよ」
「で、結果は?」
「特段変わったところはなかったわよ」
「と言う事は何か意味があるんですか?」
「アスカの変化は表層的なものでしかない、と言う事だわ。だからうがった見方をすれば、アスカ自身が意識してそうしていたとも考えられるのよ」
「もしそうだとしたら、それはアスカにとってどんな意味があるんだい?」
加持さんが聞いた。
「私に分かる訳ないじゃないの。何ならいっそ加持君が直接アスカに聞いた方がいいんじゃない?貴方はアスカのお気に入りなんだから」
「一応考えておこう」
「一応じゃなくて真面目に考えなさい。加持君なら『アスカにだけ言うんだけど実は俺はこの世界を経験するのは二度目なんだぜ』なんて言っても、アスカが前回の記憶を持っていれば案外素直に白状するかも知れないじゃない。そうじゃなければ『何冗談言ってんの』位で済むと思うわよ」
「うーん。確かにな。真面目に考えておくよ、リッちゃん。」
「お願いよ。アスカが記憶を持っていて私達のに協力してくれれば、かなり心強い味方になるわ」
「わかりましたよ」
「でもアスカ素直に白状するかしら?」
とはイスラ。
「どうしてそう思うの?」
と、俺。
「だってアスカったらわたしには自分の事をほとんど話してくれないのよ」
心無しかイスラは淋しそうに見えた。
そこで俺は言ってやることにした。
「アスカは誰にでもそうなんだ。別にイスラに対してだけじゃないよ」
「そうなの?」
「ああそうさ。ただ唯一の例外が加持さんなんだよ。だからリツコさんは加持さんに白羽の矢を建てたんだと思うんだ」
「そこまで買い被られても・・・大役だな」
「加持さんなら大丈夫ですよ」
「わたしもそう思うわ」
と綾波もフォローを入れてくれた。
「と言う訳から頑張ってね、加持君。期待してるわよ」
「へいへい。ご期待に添える様せいぜい頑張ります」
「じゃあ今日はこれでお開きにしましょう。みんな今日は身体検査をしたことにしておいてね。アスカ達実験組は予定通りならもう帰ってる筈よ」
「わかりました」
「了解」
「わかりました」
「おいおい俺は?」
「貴方は自分で適当な言い訳を考えなさいな」
「はいはい、了解だ」
「あ、ユリちゃん」
「はい?」
「私も今晩は家で食事するからよろしくね」
「はい、わかりました」
・
・
・
シンジの携帯に電話したら、もう買い物も済ませて家に帰ってると言う。リツコさんも食べる事を伝えたら大丈夫だとのこと。
途中でイスラと別れて綾波といったん家に戻る。
時計を見ると5時半過ぎだった。
「綾波、風呂先にする?それとも飯の後にする?」
風呂はタイマーでもう沸いているのだ。
「わたしは後で入るわ。ユリは?」
「俺は先に入ろうかな」
「わかった」
俺は風呂にいった。
・・・
『チャポン』
ところで今晩のメニューはなんだろ?聞くの忘れたな。
・・・もし焼肉だったりしたら、また風呂入いんなきゃいけないや。
前だったらともかく今は女の子なんだから身出し並みは大事だよね。
俺も少しは女の子らしくなったんだろうか?
いいや、自分の事『俺』なんて呼んでる事からして女の子らしくないよな。
いっそ呼び方を『わたし』とか『わたし』とかに変えてみようかな?
「わたしユリよ」
声に出して言ってみる。
「あたしエヴァのパイロットなの」
・・・なんだか気恥ずかしいな。
まあ急に変えてもおかしいし当面は今のままでいいか。
・
・
・
リツコさんの家で夕飯を食べたいる。
メニューはミックスフライだった。
今日はシンジが当番で、海老と蠣とメンチカツにサラダとスープが付いている。もちろん冷凍物なんかじゃなくてシンジの手作りだ。
さすがシンジ!味も申し分ない。
俺もシンジだったんだから同じ物を作れる筈なんだろうけど、やっぱりシンジの料理にはいつもながら感心する。
・・・
食事を終えて家に戻ってきた。
綾波は今風呂に入っている。
俺はリビングのソファーに寝そべって意味も無くテレビの画面に視線を漂わせていた。
興味を惹く様な番組もなかった。
他に何もすることがないだけだ。
残ってる宿題もないし・・・。
はっきり言ってかなりヒマだ。
そう言えば俺には特に趣味がないよな。
テニスは始めは趣味でやろうとしたんだけど、今では趣味じゃなくてただの訓練の一環になっている。学校にの硬式テニス部にも入っていない。
大体ネルフの実験や訓練やで早退が多いのに部活なんて出来る訳はなかった。
あ、チェロがあった!・・・でも今はシンジの物だし・・・今更わざわざ買ってまでやりたいもんじゃないか。
「お待たせ、ユリ」
綾波が風呂から出てきた。
ところで綾波はどうなんだろう?
あ、綾波は良く本を読んでるな。多分詩集かな。
俺には読書の趣味はないけど今度綾波に借りて読んでみようか・・・。
「ねえ綾波。綾波って良く本を読んでるよね。どんな本を読んでるの?」
「詩集」
やっぱり。
綾波はちょっと顔を赤らめてそう言った。
か、可愛い。
あ、いやいやそうじゃない!。
「綾波さ、今度俺にも貸してくれないかな?」
「詩集でいいの?」
「詩集でもそうじゃなくても綾波が良く読んでいる本が読んでみたいんだ」
男が言ったら少し恥ずかしい台詞だな。
「いいわ。じゃあわたしの部屋に来て」
「今でいいの?」
「ええ。ユリが嫌じゃなければ」
「嫌だなんて事はないよ」
「じゃあ来て」
綾波の後についていく。
・・・
綾波の部屋は実にシンプルだ。
「この辺りがそうよ」
綾波が指差した辺りを見る。
ハイネ、ダンテ、ボードレール、ヴェルレーヌ、ランボー、マラルメ、ヴァレリー、イェイツ、リルケ、コクトー、キーツ、T・S・エリオット、ワーズワース、ホメロス、萩原朔太郎、高村光太郎、中原中也、北原白秋、宮沢賢治、石川啄木、草野心平、国木田独歩、谷川俊太郎、他にも色々ある文庫本もハードカバーもある。こんなに沢山持っていたんだ、綾波は。さあどれにしようか?
「何か綾波のお薦めはある」
「そうね・・・ユリの好みがわからないから」
「初心者でも判りやすいのがいいかな」
「じゃあこれなんてどうかしら」
と言って一冊取り出した。
「はい、これ。」
綾波が選んでくれたのは『萩原朔太郎詩集』だった。
「ありがとう。暫くこれ借りるね」
「いつでもいいわ。ゆっくりと読んで」
「うん」
「読み終わったらまた別のを貸すわ」
「ありがとう。綾波はどうして詩集が好きなの?」
「小説は長いから読むのに時間が掛るわ。詩集なら一編は短いから直ぐに読み終えられるから」
なるほど。
「じゃあ手始めにこれを読んでみるよ」
「読み終わったら是非感想を聞かせてね」
え!
「うん。大した感想は期待しないでよね」
「最初は判りにくいかも知れないけど繰り返し読むと段々と作者の意図や気持ちが伝わってくりと思う」
「わかった。じゃあお休み」
「お休み、ユリ」
・
・
・
パジャマに着替えてベッドに横になる。
手元にはさっき綾波から借りた萩原朔太郎の詩集。
「少し読んでみようかな?」
まずパラパラとページを捲る。
確かに綾波の言う通り一編一編はそれほど長くはない。
最初から読んでみる。
・・・
「やっぱり難しいや」
でも何だか心が穏やかになっていく感じ。
また読む。
・・・
「萩原朔太郎っていつ位の人だったんだろう?」
後ろの解説を読んでみる。
「時代の人かぁ」
今とは随分と時代背景が違ったろうな。
また詩の方を読む。
・・・
段々と眠くなってきた。
今日はこれ位にしておこう。
そう言えば明日の予定何も立ててなかったな。
何しようか・・・。
* 感想をお願いします。