『俺と僕で何?』
第七拾弐話 アスカの理由
う、う〜〜ん。
『ゴチッ』
「いたっ!」
『バタン』
ん?
起き上がろうとしたら頭が何かにぶつかって跳ね返された。
目を開ける。
あ、あれ?
天井が低い?
・・・知らない天井だ。
あ、そっか。
ミサトさんの家、アスカの部屋、二段ベッドの下。
今度は頭をぶつけない様にしてベッドから出た。
「あ〜〜あ・・・」
欠伸。
上の段を見るとアスカはまだ寝ている。
時計を見るとまだ6時半だった。
・
居間に行くと台所で物音。
「あ、おはようございます、ユリさん」
「あ、おはよう、イスラ。早いんだね、朝食の仕度?」
「ええ」
そう言えば食事当番ってどうなってるんだろう?
「何か手伝おうか?」
「大丈夫です、じき終わりますからシャワーでも浴びててください」
「うん、わかった。悪いね」
「いいえ」
・
シャワーを浴びて居間に戻るとアスカがいた。
「おはよう、アスカ」
「おはよ、ユリ」
「アスカもシャワー浴びたら?」
「うん、そうする」
と、言って風呂場に行く。
イスラは朝食のテーブルセッティング中だ。
「ねぇイスラ」
「何ですか?」
「ここの食事当番ってどうなってるの?」
「ええと、食事とお弁当はわたしが当番です」
「アスカはやらないの?」
「アスカさんはお掃除とお洗濯の当番なんですよ」
「へぇ、そういう分担になってるんだ。ちなみにミサトさんは?」
一応聞いてみる。
「ミサトさんはお仕事の関係で時間が不規則ですから特に分担はないんですよ」
「ふーん、それでよくアスカが文句を言わないね」
「あら、そういう事アスカさんの前で言っちゃいけませんよ、ユリさん」
「なんで?」
「だって今のユリさんの発言は前回アスカさんと生活していた時の記憶から出たものでしょう?無用心ですよ」
あ!
「そっか」
確かにそうだ・・・気を付けないといけないな。
「おはよ」
あ、ミサトさん。
「「おはようございます」」
「あれ、アスカは?」
「今シャワーです」
「あっそ」
「アスカさんが来たら食事にしましょう」
「うん・・・先にビールもらえる、イスラ?」
「はい、わかりました」
ミサトさんって相変わらず朝からビールなのか・・・。
・
「うっきゅ〜〜〜っ!やっぱ朝一番はビールよねぇ、ユリちゃん」
「俺に聞かれても困りますよ。飲まないんですから」
「こら、ユリ!」
あ、アスカもう出てたんだ。
「何、アスカ?」
「『俺』じゃないでしょうが」
あ!
「ごめん」
「ん〜、どしたの?」
と、はてなマーク顔のミサトさん。
「ユリにはまず言葉遣いから変えてもらう事にしたのよ」
と、アスカが説明する。
「へぇ、で早速『俺』という言い方がダメな訳ね」
「そそ」
「じゃどうするの、ユリちゃん」
「これからは『わたし』って言います」
「そっか」
と、ニヤニヤしてるミサトさん。人の不幸を笑わないで欲しいよ。
「だからミサトもイスラも気が付いたらユリに注意してよ」
「はいはい」
「わかりました」
げげげ〜・・・気が抜けないな、こりゃ。
「あ、それと今日はみんなシンクロテスト1600からあるからヨロシク」
・
・
・
通学途中も後ろから歩き方のチェックを受けてる。
「ユリ、一本の直線を踏むように歩くのよ」
とか。
「爪先はやや外目に」
とか、結構指示が細かい。
確かにさっきアスカが見せてくれた手本ではそうなってたけど、普段のアスカはそう風には歩いてないんじゃないかな?
って言ったら、出来るのにしないのと出来ないのとは違うんだと言われてしまった。
なるほど、それはそうだと納得した俺だった。
言い方は悪いがアスカは裏表がある。
親しい友人に対する言動とそれ以外の他人とのそれだ。
確かにそういう使い分けは誰にだってある。
アスカのはそれがちょっと極端に感じる程度だというだけかも知れない。
俺はどうだってだろうか?
使い分けなんてしてなかったし、そもそもそう言った意識がなかったと思う。
そんな俺がいきなり言葉遣いを変えたら事情を知らないクラスメート等々はどう思うだろうか?
「クラスメートにはあたしから事情を説明するから心配する事なんてないわよ」
と、アスカは言う。
「事情ってどういう事情だよ?」
「ほら、また語尾」
「あ、ごめん」
「正直に説明すればいいじゃない、ユリのご両親から頼まれたってさ」
「まぁそうだけど」
「喋り方に幅が出ると思えばいいじゃないですか」
とはイスラ。
イスラは喋り方がとても丁寧だ。
フェルと双子、って言うか、もともと一つだったとは全く思えないしゃべり方だ。両極端に偏って分離したのかな?
「そういう考え方もありかもね」
とりあえず同意。
これはアスカに接近するための口実なんだから仕方がない。
俺の気持ちとしては恥ずかしいけど、女の子が女言葉で喋るのに誰憚る事はないのだから・・・割り切ろう。
・
・
・
「おはよう」
と、誰にという訳でもなく教室の入り口で挨拶。
自分の席に行く。
シンジ達はまだ来ていなかったがカヲル君は席に着いていた。
「おはよう、ユリちゃん」
「あ、おはよう、渚君」
そう言えばカヲル君は事情を知ってるんだろうか?
「ねぇカヲル君」
と、右斜め前のカヲル君に小声で話しかける。
「なんだいユリちゃん」
カヲル君も小声で応える。
「昨日からミサトさんちに泊まる事になったんだけどカヲル君は事情を知ってるの?」
「ああ、赤木博士から聞いてるよ。なんか大変な事になっちゃったね」
との言葉とは裏腹に目は笑ってるように感じるのは気のせい?
「ならいいんだ」
アスカは洞木さんのところに行って何か話してる。
二人の視線が時々俺の方に向かってるから『俺の事情』を説明してるんだろうな。
あ、シンジ達が来た。
「おはよう」
「おはよう」
「おはよう」・・・
「ねぇ昨日はどんな感じだったの〜」
と左隣に座ったフェルが聞く。
「とりあえず言葉遣いから変えようって事になってるの」
「へぇ〜大変そうだね〜」
ってニコニコしながら言わないで欲しい。
「言葉遣いを変えるってどういう風にするの?」
と、前の席のシンジが振り返って聞く。
「女の子らしく、って事よ」
と、無難に返事する。
「そっか。じゃあトウジ達には僕から説明しておくよ」
アスカは綾波に話しかけている。俺の教育方針について説明してるみたいだ。
考えてみれば、アスカの方から綾波に話しかけるなんて、前回じゃ想像も出来ない事だったかも知れない。
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「へぇ、じゃあユリさんはご両親がそういう依頼をされてたのを知らなかったのね?」
と、洞木さん。
今は昼休みでみんなと屋上でめいめい食事中。
「そうなの」
「でも何故最初からそうしなかったのかしら?」
「引越しして生活環境が変わるから最初の一週間はそのままで、って言う事だったんだって」
と、シナリオ通りの台詞で説明する。
「しかし今までの喋り方をいきなり変えるっちゅうのも難儀やのう」
と、トウジは同情気味。
「俺は碇みたいな可愛い女の子が自分の事を『俺』とか『僕』って呼ぶのもそれはそれで萌え系でいいと思うけどな」
・・・ケンスケの発言は相変わらずマニアックだなぁ。
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「聞いたわよ、ユリちゃん」
「え、なんですか、マヤさん?」
「夕べから葛城一尉のところにお泊まりして女の子修行だって、先輩が言ってたわよ」
「はぁ」
もうここにまで話しが回ってるのかぁ。
「アスカが先生なんだって?」
と、コダマさん。
「ええ」
「あたしは今のままのユリちゃんでもそれはそれでユリちゃんの個性だからいいんじゃないかって思うのよねぇ」
とは、チサトさん。
「僕はユリちゃんの自主性を尊重すべきじゃないかと思うけどね」
と、日向さん。
「『僕』とか『俺』って言う女の子って案外もてますよ」
とは、青葉さん。
青葉さんはケンスケと相通じるところがあるのかも。
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『シンクロ率47.8%』
初号機テストプラグとのシンクロ結果。
『ユリちゃん、お疲れ様。あがっていいわよ』
「はい」
どうせダミーデータだ。実際にはシンクロしていない。
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「明日は1500より起動試験と機体連動実験を行います。零号機はレイとユリちゃん」
「「はい」」
「初号機、シンジ君とユリちゃん」
「「はい」」
「弐号機、アスカとフェル」
「了解」「は〜い」
「参号機、渚君とイスラ」
「「はい」」
「では明日1500開始だから各自遅れないように、以上」
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・
本部からの帰り道。シンジ達とは別になった。
「なんか済し崩し的に各人の機体が決まっちゃってるって感じよねぇ」
と、アスカ。
「でもアスカさんの機体はもともと弐号機なんだから変更ないじゃないですか」
とイスラ。
「うん、それはそうなんだけど」
「それともフェルが弐号機に乗るのが嫌なの」
「そんなんじゃないわよ」
「でもなんか納得してないって顔してますよ」
「う〜〜ん、ねぇユリ」
「え、何?」
「ユリはエヴァに何で乗るの?」
ええ?
「それは・・・シンジの予備だからでしょ?」
「レイの予備でもあるわね」
「あ、うん、まぁ」
「シンジかレイが出撃できなかったらユリは変わりに出るつもりなの?」
あ、そういう意味か。
「さぁどうなのかな・・・考えてもみなかったからわかんない」
「契約書まだなんでしょ?」
「うん」
確かにユリとしての契約書はまだ交していないや。
「一度ちゃんと考えといた方がいいわよ」
「そうだね。イスラはどうなの、もう契約しちゃってるの?」
「あ、そう言われてみればまだでしたわ」
「あんたもうこのあいだ出撃しちゃってるじゃないの!」
と、呆れ顔のアスカ。
「あは、そうですね」
「あは、じゃない!これは明らかにミサトの怠慢ね!」
ありゃぁ、ミサトさん今晩はアスカにお目玉食らうな。
「ユリ、あんたは頭良さそうだから判ってるかも知れないけどさ」
「何?」
「契約するならよっくよーくっ考えて契約なさいよ」
「うん、わかったよ」
「ユリ、語尾!」
「あ、わかったわ」
「よろしい」
・
・
・
買い物して帰宅。
着替えて居間。
イスラは買ってきた物を収納している。
「ねぇイスラ」
「なんですか、ユリさん?」
「食事なんだけど、わたしも当番に入れてくれないかなぁ」
「え!いいですよ、そんなこと」
「でも何にもしないなんて居心地悪いし」
「いいんじゃないの、本人がやりたいって言ってるんだから」
「アスカさん」
「そうそう」
と、俺。
「じゃあお言葉に甘えちゃいます」
「ありがとう。じゃあ早速今日から手伝わせてよ」
「今日からですか?」
「うん。どこに何がしまってあるか早く知っておきたいから」
「ああ、なるほど。わかりました。いいですよ」
「今晩は何作るの?」
「ハンバーグ!」
と、いつの間にかアスカ。
「そうなの?」
と、俺。
「わかりました」
と、笑いながらイスラ。
アスカはハンバーグが好きだからなぁ。
「アスカの言う通りハンバーグでいいの?」
「ええ、大丈夫です。ちゃんと毎日用意してますから」
「へぇ、そうなんだ」
「アスカさんは毎日ハンバーグでもいいみたいですから」
「・・・毎日?」
「まぁ実際には週に3日でしょうか」
「ホントに好きなんだ、ハンバーグ」
前回はそんなに作ってなかったけどなぁ?
「悪い?」
「いや、別に悪いって訳じゃないけど、栄養偏るんじゃないのかなぁ」
「ちゃんと野菜もとってるわよ」
「あ、うん。ならいいんだけど」
「じゃあわたしはハンバーグを作りますからユリさんはサラダをお願いします」
「了解」
前回住んでたから部屋とかの作りは解ってるんだよね。
台所の収納も平均的だった。
・
ミサトさんが帰って来て夕飯となった。
「今日はユリさんにも手伝ってもらったんですよ」
「あら、来た早々悪いわね、ユリちゃん」
「いえ、手伝ったなんて、サラダ作っただけですから」
「あ、そうだわ、アスカ」
「何よ、ミサト」
「アスカはユリちゃんに料理教えてもらえばいいじゃない」
「必要ないわよ」
「どして?」
「料理位出来るわよ」
「ええっ、そうなの?知らなかったわぁ」
わざとらしいミサトさん。
「ふんっ!」
ふて腐るアスカ。
「お料理の方はユリさんが手伝ってくださるから大丈夫ですよ」
取り成すイスラ。
「じゃあ明日の朝食とお弁当はイスラに手伝ってもらってわたしが作りますね」
仕切る俺。
しかしイスラの料理、美味しい。
フェルもそうだけどいったい使徒だった彼女達は何故料理が出来るんだろう?
「そんな事より、ミサト!」
「何、アスカ?」
「あんたイスラ達とまだネルフの契約結んでないんだって?」
「あ!」
「『あ』じゃないわよ」
「すんません」
・
・
・
夕飯も終わって風呂も入って宿題やってるところ。
勉強の方は二回目だから割と楽にこなせてると考えるか、おんなじ事を2回もやっていると考えるか、評価の分かれるところかな。
ただ、アスカも前回よりは漢字の読み書きが上達しているみたいに感じる。
そう・・・今回のアスカは前回のアスカとは微妙に違うのだ。
最初の『言葉遣い』は加持さんの悪戯だったけど、今回のアスカは漢字だけじゃなくって、もっと根本的な違いがあるような気がする。
それにエヴァに対する気負いもあまり感じられない。
その一つの原因は例の『夢のお告げ』だろう。
カヲル君が仕組んだ夢だけど、あれでエヴァ弐号機に母親を感じるようになった事がシンクロ率に拘らないアスカを生んだのは確かだと思う。
でも、明日はその弐号機にフェルが乗ると聞いてもアスカは特段の反応を見せなかった。
これはどういう事なんだろうか?
弐号機に母親を感じるなら普通は他人が乗るのは嫌がるんじゃないんだろうか?
アスカが前回の記憶を持ってるかどうかを探るのが今回のミサト家潜入の目的だけど、どうやって探ればいいのか検討も付かない。
「ねぇアスカ」
「うん、何ユリ?」
宿題のプリントから顔を上げた。
「アスカはなんでエヴァに乗ってるの?」
「あたしは小さい頃からエヴァに乗る訓練をしてた。エヴァに乗る事でママが喜んでくれる、そう思って頑張ってた。そしてあたしはエヴァのパイロットに正式に選ばれたわ。でもその同じ日にママは死んだの」
「・・・」
「ママは病気だった。ずっとそう思ってた。でも本当は違ってたの。シンジから聞いてるんじゃないの」
「ええ、少しは」
言わざるを得ない。
「実際のところ、ママはエヴァの実験中にエヴェに取り込まれて不完全な形でサルベージされてたんだって、教えてくれた人がいたの。それからあたしはエヴァにママがいるって感じられるようになったわ。シンクロ率も上がった。だからママの魂がエヴァ弐号機に今も宿ってるんだって信じる事にしたの。だからあたしがエヴァ弐号機に乗って守るの、エヴァ弐号機を。それがあたしのエヴァに乗る理由よ」
「そうだったんだ。でも明日はフェルも乗るよ」
「それはいいのよ。実験なんだからね。でも本番ではあたしが乗るわ、何があってもね」
「そっか」
「だからあたしとユリとでは全然状況が違うと思うのよね」
「・・・」
「ユリ・・・ユリにはエヴァに乗る理由はあるの?」
逆に聞かれてしまった。
「シンジの代役って聞いてるだけ」
ひとつまた嘘をついた。
「ユリはまだ実際の使徒との戦闘は見たことないわよね」
「ええ」
「今度見てみるといいわ。映像記録があるから」
「うん、そうする」
「安易な気持ちで乗ると死ぬわよ」
その目は真剣に見える。
「わかった。ありがとう」
声を絞り出した。
・
・
・
アスカはもう眠ったろうか?
『安易な気持ちで乗ると死ぬわよ』
確かにそうかも知れない。
と言うよりも確かにそうだ。
前回は二人目のレイは自爆して死んだし、俺だって初号機の暴走がなければ何回死んでたかわからない。サキエル、レリエル、ゼルエル。アスカだって最後にはズタズタにされた。
でもそれはあくまでも前回の歴史で、だ。
今回は今のところシャムシエル戦以外は楽勝だったはずだし、そのシャムシエル戦だってアスカは記録映像でしか知らないはず・・・。
・・・。
・・・ただ単に心構えとして口から出た言葉なのかも知れない。
アスカは小さい頃から訓練、それも軍事訓練を受けたエリート、むしろミサトさんに近い軍人だと言っていいかも知れない。
『安易な気持ちで乗ると死ぬわよ』
・・・微妙な発言。
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