こんなん、観ましたけど…

05.10.29 東京バレエ団 M ゆうぽうと

 

少年*福士宙夢/1(イチ)*高岸直樹/2(ニ)*後藤晴雄/3(サン)*木村和夫/4(死)*古川和則

聖セバスチャン*大嶋正樹/射手*野辺誠治/船乗り*中島周/女*吉岡美佳/海上の月*小出領子

オレンジ*高木綾/ローズ*上野水香/ヴァイオレット*井脇幸江

鹿鳴館*高村順子、長谷川智佳子、西村真由美、高橋竜太、平野玲、辰巳一政、宮本祐宜

ソファのカップル*大島由賀子、野辺誠治

ピアニスト*高岸浩子

振付*ベジャール

 

 三島由紀夫をモチーフに、少年三島と三島の4人の分身、美とエロスの象徴としての聖セバスチャンを中心に綴られる。三島の物語というよりも、三島に対する印象譜とでもいった方がいいだろう。一応の筋はあるが、たいして時間も経っていないのに場面場面がごちゃごちゃに記憶されているような気もするし(私の頭が悪いのよー)、断片的な感想になる。「禁色」を読みつつ観に行ったので、かなりそれに引っ張られた感は否めない。席は2階最前列中央よりやや下手。ベジャールの魅力である群舞を観るにはうってつけだが、逆に舞台上でそれぞれに行なわれる部分のどこを観ればよいか、かなり眼がうろうろする。前の張り出しでオケピ部分に作った階段部分は見づらい。その代わり(?)袖でうろうろする飯田監督の頭頂部が見えたりする(笑)。

 

 幕開け、青緑の衣装の女性たちによる「海」。写真では3段に見えていたのだが、照明による錯視だった。中央列の女性たちは様々な印を結んだ菩薩たちのようにも見える(本来菩薩は男形なんだけどね)。学習院初等科の制服を着た少年と祖母(シ)。少年がなかなか舞台度胸のある子で感心。シが着物を脱ぎ捨てる…というのはどうするんだろうと思っていたら、これは帯ともどもマジックテープで巻いてある着物だった(笑)。まあそうだよな。

 「海上の月」は美しかった。「儚く慎ましく美しく哀しい母」という理想化された女性の姿を表出させていたと思う。4人の分身による踊りの後、舞台を沈黙が支配する。袴姿の射手が弓道の作法に則って弓を射る。その間の沈黙がとてつもなく長い。下手の文机の側で般若の面を持って立つ月と、上手に座り込む少年と4人の分身はその間みじろぎもしない。黙々と、ゆっくりと、射手の所作が進む。野辺が好演。いや「好演」という言葉が正しいかどうか。この沈黙にたじろがずに粛々と自分の職務を全うしたというか。「がんばったんだろうなー」とつい応援モードに入ってしまうというか(笑)。この後の「ソファの紳士」も含めて、このところマジにがんばってるなーという気がする。これから楽しみだ。

 野辺の射た矢が上手袖に入り(いやー、途中で墜ちなくてよかったよ)、中央の的が返されて聖セバスチャンが現れる。大嶋、ちょっと筋肉つきすぎたか(特に胸から肩にかけて)。首藤の(といっても写真でしか見たことがないわけだが)アンドロギュヌス的エロスよりもマッチョに寄ってしまった感じ。筋肉美も三島の愛の対象だったと思えばそれはそれでありか? 後の場面で高橋(…だったよね?)がせっせせっせとダンベルやっているのはちょっと泣けたが。舞台上の大きな丸い鏡にセバスチャンはじめ主要人物の踊りが映るのが見物のはずなのだが、2階からでは映りがかなり寄ってしまった。うーむ、残念。

 「禁色」では舞台上の主要人物それぞれが、いろんな組み合わせで同時に踊る。井脇−水香ペアもアヤシゲな雰囲気がよろしかったが、木村−後藤のPDDが無性に妖しい。悠一と稔ですかね、やっぱり(←結局そこに重ねるか>ぢぶん)。で、その後の木村−井脇は悠一と鏑木夫人か。「午後の曳航」はあまりそんな感じはしなかったけど、船乗りの中島がピアニストに言い寄る辺りがそうか? 中島の斜に構えた船乗りはとても似合っていたが、踊りはそうないのでちょっと残念。「鹿鳴館」では平野がのびやかな踊り。最近見分けられるようになった宮本がなかなかいい。この人もこれから期待かな。高橋、妙にかわいい。前のプロフ写真は結構怖かったのに(笑)。「豊饒の海」では落とされた白い背景幕が床一面に広がり、後方から吹き込まれる風によって波打つ中を主要人物が踊る。こういう演出はベジャールの面目躍如というか。後方を手に持った薔薇をうつろに見つめながらニが横切る。上手前方(見えなかったけど、オケピに設置された階段からか?)抜き身の刀を手にしたサンが現れ、ニと手を取り合い走り去る。ゾクゾクする。

 金閣寺炎上のシーンや冒頭のマジックなど、ベジャールらしい仕掛けもあり、1時間45分休憩ナシを、心地よい緊張感が持続したままで走る。この張りつめた快感は「エロス=タナトス」と同質のものだ(もちろんそちらはテレビで見たわけだ)。「M」自身がエロスとタナトスの物語でもあるのだが。例えば古典作品で味わうような「うっとり」感はないものの、この別種の快感がいつまでも続くよう、終わってしまうのが少しでも先であるよう願うような、そんな舞台だった。だから、楯の会の男たちが現れたときは少なからず「ああもうおしまいか」という気持ちになる。子どもに割腹させるのは悪趣味過ぎていやだな、と思っていたのだが、流石に自分の腹になにやら突き立てるわけではなく、扇を顔の前に広げることで斬首を暗示させる。その後シ=死が少年を倒すわけだし、まあ悪趣味に変わりないと言えなくはないが、素材が素材だからな。子どもに「武士道とは…」と叫ばせるのも悪趣味だとは思うが、まあ素材が素材だから…。

 最後、少年の血を暗示する赤いリボンでそれまでの主要な登場人物が結ばれ、踊り、からまりながら少年を切なく見つめ、去ってゆく。そして少年は再び海に立ち、祖母に手を引かれゆく。それは三島の夢見た「輪廻」の姿とも思えるし、全てが少年の見た幻とも思える。

 初演(93年)キャストはイチ、ニ、サン、女、ヴァイオレットの5人になってしまったのだろうか。初演当時、木村が24、高岸が26(かな?)、後藤にいたっては20そこそこ。「その年齢の彼等」に振り付けられたわけだが、今観れば、今の彼等にこそ振り付けられたように見える。特に若い男性群舞を従えて踊る彼等は「大人の男」を圧倒的な存在感で見せた(←ホントに「彼等」3人ともを観てたのか?>ぢぶん…って、今更つっこまなくても 苦笑)。初演時の群舞と若々しい4人の取り合わせも観てみたくはある。

 うがった見方をすれば、イチ=高岸が「男」であるところの三島を、ニ=後藤が三島の中の「ネコ」を、サン=木村が「タチ」を体現しているとも言えるか。木村の、後藤とのエロテイックなPDD。一方でうっとりと頬を寄せる高岸への拒絶。セバスチャンのソロを見つめるその腕は、何かを――自分が渇望してやまない何かを、セバスチャンの中に求めて悶えるように差し出される。抜刀した木村と薔薇を持つ後藤との一体化でそれは完結する(ラストシーンのローズとの絡みにそうしたエロティックさが足りないのは演出ではないのかも知れないが)。

 「リング」以上に「ベジャールを観たなー」という気分で満足感大。でもまあベジャール+三島だけに、好き嫌いはかなり別れるだろうな。やっぱり木村さんの「男くさいイケメンのタチ」はかなりツボ。思い詰めた顔が似合うからなー。シャレになんないけど。後半ちょっとガス欠気味の場所もあったけど、踊りはハードだし、休むところは少ないし、緩急ナシの張りっぱなしだし。「優しい王子」もいいけど、こういう汗くさい美しさもまた好きだったりする。古川さんも大嶋さんも、初役プレッシャーの中で健闘してたと思うけど、まだ「健闘」というところか。飯田さんのシが観てみたかったな。

 

HOME  BALLET  関連日記