8km附近。ほとんど後ろに人がいない状態。(^◇^;)
・1年前...
2001年夏の走り込みの失敗で坐骨神経痛を患ってから、1年以上不振が続いていた2002年秋、マウイマラソンでサブスリーに失敗し、5kmを目一杯走っても18分30秒もかかったので、
「こんな状態ではフルマラソンなど走れる訳が無い!」
と、秋のフルマラソン出場を断念し、
「2002年中に5000mで16分40秒を切れなかったら2003年冬のフルマラソンは走らない!」
と決めてスピードの鍛錬に努めたが、12月上旬の職場対抗の駅伝大会(皇居)で17分49秒が最高タイム。この時、
「次のフルマラソンは来年の防府読売マラソン。これで駄目ならマラソンをやめる!!」
と決心し、2003年3月までは「仙台ハーフマラソン」でハーフを、6月までは5000m(5km)を中心に練習して、フルマラソン練習に入る前に必要なスピードを取り戻そうと、再びスピード練習を開始した。
なお、防府読売マラソン出場に必要な標準記録、2年以内にフルマラソン公認記録で3時間以内は、2002年2月の勝田マラソンでの2時間55分13秒でクリア。
・5ヶ月間のマラソン練習
結局、3月の仙台ハーフマラソンも、6月までの5000mも、パッとした記録が出ないまま、7月からのマラソン練習に突入することになる。
まぁ、走り込みの中でスピード練習も入れていけばイイや。と、長めのJogを入れつつ、水曜日のアトミクラブの練習会でスピード練習も続けていくことにした。
最初は脚造り! 長めのJogを引くのがなかなかキツくて、ついペースが上がってしまう。それでも、夏場の合宿で長い距離をまとめて何度も走ることで、月間走行距離も300kmだったのが400km、500km、600kmと増え、順調に練習は進行した。
その中で、アップダウンがキツいことで有名な「富士吉田火祭りロードレース」で、ささやかながら自己コースベストを更新し、母校の東京電機大学の合宿では、イヤというほど坂上り走をやって、弱かった上り坂に対する走りを徐々に克服できるようになってきた。
また、2003年になってから月1回必ず「高尾山−陣馬山」を行うようにしていて、急な上り坂で楽に走るコツを掴んだ。これを上手く平地の走りに活かせないものかと、フォームの研究もいろいろ試みてみた。
10月に入り、脚造りも終わって次はペース走の前期。あくまで別大標準の2時間40分突破を基準に考え、そのペース1キロ3分45秒の85%にあたる、1キロ4分30秒で30〜40kmのイーブンペース走。これを都合5回行った。
と、ここまではいたって順調だったが、「国体ハーフ(オープン)」でハーフのスピードチェック、のつもりだったのが、直前に「右腓覆筋膜炎」を起こし、治ったら今度は風邪を引き、最終ペース走の「東京市民」では体調も天候も最悪のボロボロ状態で30.2kmDNF。
その後、調子が上がってきたかと思ったら、また風邪を引きなおし、本来なら12000〜16000mくらいのレースペース走を何回か行うべき時期に、なぁ〜んにも練習できなかった。(泣)
12月に入ってからの最終調整で、短い距離のスピードを中心に行ったところ、徐々に調子が上向き、直前1週間前の5kmロードでは、そのために特に調整もしてないのに、スランプに陥ってからのここ3年間の最高タイムで走ることができた。
「ギリギリで間に合った!」
と、レースペース走をしていないという不安を残しつつも、なんとか体調を持ってくることができた。
・防府にて...
前日は午前中の飛行機で移動し、お昼を新山口駅で済ませてから防府に入り、ホテルにチェックインして荷物を置き、開会式と受付を済ませた。
普段なら開会式など気にしないのだが、こういう大きな大会の開会式は出席した方が緊張感が高まり、俄然やる気が出てくる。
その後14km地点からスタート方向に逆行で3kmJog、同じ道を戻って合計6kmの軽いJog。明日出場するであろうランナーが多数、町中を軽快な足取りであっちこっちで行き会う。特に挨拶をするでもないが、妙な連帯感と言うか、ライバル意識と言うか、何ともいえない緊張感が漂う。
近くの銭湯で汗を流してストレッチをして、少し早めの夕食をとり、ビールは飲まずに我慢して、そのかわり出されたものは全て食べた。食休みをして仕度をして、いつもより少し早めに就寝。眠れないかという心配は不要だったようで、簡単に眠りに落ちた。
朝は普通に目覚め、朝食もしっかり食べ、スタート2時間前に大福、1時間半前にアミノバイタルプロ、1時間前にトップテン、30分前にエネルギーインゼリーを半分を摂取、水分も十分取った。エネルギーインゼリーの残り半分は、ランパンの下にテープで止めて、出発後90分で飲むことにする。
アップも隣の野球場の土のグランドの上で約2kmほど超ゆっくりのJog。その後ストレッチは日向でゆっくり。この時ばかりは天気が良い方が良い。
11時現在、気温11℃、湿度69% 南西の風0.2m(だったかな?...苦笑)
少々暑いかもしれないが、気象条件は上々。このまま風が強くならないことを祈る。
スタートはゆっくり走り出し、競技場を最後尾で出ていき、5km過ぎてからエンジン始動、15kmまではアイドリング状態、30kmまで省エネ走行、そこから一気にトップギアに入れてガンガン行こう、などとシミュレーションしてみる。
記録ももちろん狙うが、あまりガチガチにならずに気楽に行った方が良い場合が多いので、あまり頑張り過ぎないように頑張ろう、と自分に言い聞かせる。
ウェアは、上がオレンジ、下が水色の順位or記録狙いのときしか着ない勝負ウェアに身を包み、スタートの列の最後尾に並んだ。
そして12時02分。号砲は鳴った。
・レース経過
予定通り、競技場を最後尾から3〜4番目で出て行き、2km地点では最下位で通過。後ろには追尾の白バイがいるだけで一瞬焦ったが、2kmの通過が8分10秒。別に特別遅い訳ではないので、気にせずマイペースで走ることにする。
とりあえず、一番厳しい25km関門が1時間40分で閉鎖なので、この直前までは1キロ4分で行こうと思い、時計とにらめっこしながら、体調を探りながら、余裕を持って走り続ける。
体感気温も少々高く、給水は全て取り、前半は水、後半はスポーツドリンクを中心に取るよう心がける。最初の給水テーブルで水が無くて、一瞬、東京市民の二の舞になるのでは!? と思ったが、最後のテーブルで水をゲット! 事無きをえた。
その後15km付近で一度足が重くなり、もしかしたら遅いのかな?と思い、自然にペースアップしてみたところ、その方が楽に走れた。
この辺から徐々に周囲のランナーを抜いて順位が上がり始めたが、自分が抜くと抜き返すランナーもいて、少々走りにくい。
時計を見て丁度90分を経過したので、持っていたエネルギーインゼリーの残り半分を飲み干す。
中間点にも関門があるが、こちらは1分の余裕があるので気にしない。それより25kmの方が気になる。周りの集団もそわそわし始め、24km過ぎから若干ペースが上がるが、自分は周到にペースを計っているので、落ち着いて通過するよう心がける。
そして、25km関門。15秒の余裕を残し無事通過!
それからは、時計とのニラメッコから解放されて、気が楽になりリラックスしたのか、更にペースが上がり、そこからは誰一人として抜かれることなく、火の玉無敵モードの快進撃が始まる。
そして30kmからは、気分的にここで一気に切り替えて上げていった。昨日のJogで走ったところなので、この区間だけはコースが頭にしっかり入っていて、気分的にも走りやすいが、風が出てきて微妙に向かい風になり、30〜35kmはそこまでとほぼ同じラップだった。
35kmからもう少しペースが上がればもしかしたら自己ベストも、と思ったが、そこから極端な向かい風(に感じた...)となり、順位は上がるがペースはキロ4分丁度に逆戻りで、あわや自己ベストという期待はここで消えた。しかし、向い風に負けることなく、キツいけどしっかりと身体を前へ前へ動かした。
身体の状態も、この区間で左足の指と、右ハムストリングスに軽い痙攣が起きたが、特にストップして治すほどではなく、ちょっと我慢しているうちに消えた。
40km通過で、公認ベスト、コースベストは間違いないと確信し、風向きも追い風に変わり、ここから切り替えてペースアップ。キツさは極限に達していたが、残りの距離を考えて、あと少し、あと少しと言い聞かせ、少しでも良い記録でゴールできるよう粘りに粘った。
グランドの入り口(残り約400m)で2時間45分41秒台で通過、46分台は難しいかと思ったが、ラストには自信があったので、イチかバチか、そこからさらにペースアップ。42km地点が2時間46分23秒台。一瞬、もう駄目かと思ったがすぐに気を取り直し、ラスト100mを中距離のラストのようなスパートを放って追い込む。本当ならガッツポーズでゴールしようと思ったが、短距離のゴールのように、上半身を思いっきり前へ倒しながらゴール!!
時計を見ると2時間47分00秒。手元でも2時間46分59秒75、秒単位以下は繰上げなので、公式記録も2時間47分00秒のゴール(後日確認)。
「走れた〜〜〜〜!!」
記録を見て最初に思った。
ゴールラインに向かって一礼し、小さく「ありがとうございました。」と言って、係員に誘導されながらグランドを後にした。
こうして、自分にとって1年間に及ぶ長い長い42.195kmの幕が閉じた。
・ゴール後
ゴール後は身体が硬直し、しばらく歩くことすらできなかったが、ジャージに着替えた後、今までの全ての過程を振り返り、結果を出すことが出来た達成感と満足感に浸りながら、ウォーキング〜超ゆっくりJogをした。
その後、バスで防府駅に戻り、銭湯で汗を流してから軽くストレッチし、お土産を買って、空港のレストランで小ふぐのから揚げをつまみにビールでささやかに祝杯♪
美味しかったぁ〜♪(*^^*)
1年前から、今度の防府マラソンで上手く走れなかったら、マラソンをやめるつもりの背水の陣で練習してきて、直前に怪我や風邪などアクシデントもあって、一時はどうなることかと思ったが、結果としては公認ベスト、自己セカンドで走れたので、これでフルマラソンに限って言えば、復活宣言と言えるだろう。
ただ、欲を言えば、前半をもう少しだけ速いペースでいっていれば、自己記録(2時間46分06秒)は更新できたかもしれないが、たら・ればの話をしても仕方ない。(^◇^;)
しかし、公認ベストを出した3年前(2時間48分50秒・防府)の水準に戻すことができ、これから先、マラソン練習を続けてく自信がついたので、今回の結果には非常に満足している。
次のレースのことは、まだ考えられないが、できたら冬場にもう1本走って、今度こそ自己ベストを更新して、別大標準突破(2時間40分)に少しでも近づけられるようステップアップしていきたい。
===記録===
2時間47分00秒 178位(完走344人/出走483人)
05km 0゜20'08" 20'08" 473位
10km 0゜40'05" 19'57" 468位
15km 1゜00'06" 20'01" 448位
20km 1゜19'57" 19'51" 414位
中間点 1゜24'11" 405位(前半 1゜24'11")
25km 1゜39'45" 19'48" 377位
30km 1゜59'13" 19'28" 314位
35km 2゜18'44" 19'31" 259位
40km 2゜38'51" 20'07" 198位
42.195km 2゜47'00" 08'09" 178位(後半 1゜22'49")
防府読売マラソン
テレビで全国中継する国内男子4大フルマラソン大会に次いで参加標準記録が高い大会。
(福岡-2時間27分、東京・びわ湖-2時間30分、別府大分2時間40分)
新人の登竜門として、毎年、若手実業団選手が多数参加、外国人招待選手も数名参加し、大会記録も2時間8分台とレベルも高い。
テレビ・ラジオで完全生中継を行っているが、西日本限定放送ため、関東では一般的にマイナーで、一部のマラソンランナーにのみ知られている。
毎年、2時間40分〜3時間00分の記録を持つ上級市民ランナーが、別府大分毎日マラソン大会出場のための標準記録突破を目指して多数参加するが、途中の関門制限が非常に厳しく、タイムオーバーによる失格者も多数いる。