ついに、偉大なロック・キーボディストの生の姿を見る日がやってきた。開演を今か今かと
胸をときめかせながら待ち、10分ほど遅れてキース・エマーソン・バンドの面々が姿を現した。
オープニングは"Welcome back my friends〜"で始まる「悪の教典#9:第1印象パート2」である。エマーソン・バンドは
数年前からライヴ活動を開始しており、これまでのセット・リストから見てナイスの「アメリカ」から始まるという
認識があったのだが、このオープニングは後期ELP時代のセット・リストを復活させたようだ。華やかな
幕開けに歓喜したが、何よりも本物のエマーソンが目の前でこの名曲を演奏しているということに
感極まってしまい、涙が出るのを止めることができなかった。
私の座席は中央より右側の前から5列目で、ステージ左手にそびえ立つムーグ・シンセをはじめとする
キーボード群を構えたエマーソンからは少し遠い位置にいたのだが、ちょうど演奏中の
エマーソンと対面する形で見ることができた。しかし、ギター&ヴォーカルのデイヴ・キルミンスターが
中央のスタンド・マイクのところに立ってしまうと、ちょうど被って見えない状態になってしまう。
キルミンスター君は若手のけっこうイケメンなのであるが、申し訳ないがライヴ開始直後は他のメンバーはまったく目に入らず、
エマーソンに釘付けで一瞬たりとも目を離せないのであった。
ライヴを初めて体験するので当然なのだが、この度はライヴ・アルバムなどでも取り上げられた
ことのなかった、あるいは聴いたことのなかった意外な曲が多かったように思う。オープニングに続いて
「ピアノ協奏曲第一番・第三楽章」がバンド・ヴァージョンのアレンジで登場。テンポが様々に変わるので
息の合わせ方が難しい部分もあるのだが、ユニークな選曲で彼らのチャレンジ精神みたいなものを
感じる。
続くは「リヴィング・シン」!今までにこのような選曲があっただろうか。驚きである。エマーソンの
あのうねるようなハモンドのフレーズを、これまた生で聴けることに感激する。
そして「ビッチズ・クリスタル」。とてもテンポの速いジャズ・ワルツでお馴染みなのであるが、ライヴで
初めて聴いてみてこんなにカッコいい曲だとは思っていなかった。とにかくカッコいい!正直言って
エマーソンの指回りはかなり衰えてやしないだろうかという不安があったのだが、これを聴いて
余計な心配だったと反省。このライヴでは、私はこの曲が最高によかった。出来るならもう1度聴いてみたい。
キース・エマーソンという人は非常にネアカでご愛嬌たっぷりなキャラクターのようで、
MCの合い間に日本語のガイド・ブックらしきものを広げては、かなり???なニホンゴを披露してくれて、
ファン・サービスに事欠かなかった。それに演奏している姿が実に楽しそうで、生きる
歓びに満ちたパフォーマンスなのだ。
「ホウダウン」「カントリー・パイ」に続いて、今度はギターのキルミンスターのヴォーカルが
中心の、どうやら新曲のようであった。印象としては、ELPのアルバム「ラヴ・ビーチ」収録の
Letters From The Frontのような、伸びやかなヴォーカルで壮大なスケールを感じさせるナンバー
だった。
続いてナイスの「カレリア組曲」。この曲は私がエレクトーン少女だった中学生時代、原曲である
シベリウスのオーケストラ演奏のレコードを買い込み、エマーソンのアド・リブを真似したほどに思い入れのある
曲だった。テーマの部分は、キルミンスターとのユニゾンで演奏していたように思う。
そしてそして、ステージ前方の舞台がせり上がり、グランド・ピアノにライトが当てられた!
いよいよ、待ちに待ったピアノ・ソロ・タイムであった。トップに演奏された曲は知らないのだが、
エマーソンの説明によると、アメリカのニューオリンズで起きたハリケーン”カトリーナ”による
被災者たちに捧げる曲であるとのことだった。しっとりとした民族調のバラードで、しかし中間部分では
しっかりエマーソン節の効いたとても美しい曲だった。このピアノ・ソロのステージではキルミンスターの
アコースティック・ギターと共演していた。続く「ケイジャン・アレー」はアルバムemerson plays emersonからの
選曲で、軽快なタッチのブルース・ナンバーである。私が思うに、この曲の演奏にキルミンスター君の
ギターは必要ないのではないかと思う(酷い言い方だが)。以前にライヴCDでこの曲を聴いたときは、
単独でかなり自由なテンポで演奏していたからだ。
そしてアコースティック・ピアノのラストは「クレオール・ダンス」。これは以前からよくライヴで
披露していたようだが、かなり激しいテンポの音域の幅広い曲で、エマーソン自身が常々難しいと
言っているナンバーのひとつだ。しかしその演奏力の凄さに圧倒された。腕の調子もいいみたいだし、
本当にこのピアノ演奏のひとときは、私の中で宝の思い出になった。
再びバンドのフォーメイションに戻り、EL&パウエルの「タッチ・アンド・ゴー」、そして
「ラッキー・マン」が披露された。「ラッキー・マン」の方はちょっと意外だったのだが、
グレッグ・レイクを崇拝していたであろうキルミンスターのヴォーカルを披露するには、うってつけの
ナンバーかもしれない。
そして、「タルカス」!なんとフル・ヴァージョンである。今までは「バトルフィールド」以外はキルミンスターのギターがメロディーをなぞったテイクを
聴いたことがあったのだが、今回はすべてヴォーカル入りだった。個人的に「ストーンズ・オブ・
イヤーズ」をこの上なく愛している自分としては、ヴォーカルがフィーチャーされてよかったと
思う。「ミサ」でのエマーソンのソロが、もう鬼気迫るほどのパフォーマンスで凄かった。
グリッサンド炸裂・早弾きのオンパレードで、会場の皆が息を飲むのがよくわかった。
それくらいあのインプロヴィ部分の迫力は、壮絶であった。そして「マンティコア」では、
ピート・ライリーのドラム・ソロが披露された。
「バトルフィールド」では、ヴォーカルのキルミンスターの独壇場が用意されていた。ギター1本の
バラードにアレンジされたこのヴァージョンは、私にはグレッグ・レイクの専売特許的なイメージが
あるのだが、どうなのだろうか。最後には、キング・クリムゾンの「エピタフ」まで歌われている。
このパターンは2003年に発売されたライヴ・アルバムVivacitasでも同じなのだが、やっぱり
グレッグ以外の人がこのスタイルをとるのには違和感かある。他の方々はどう感じたのだろうか。
キレのよいテンポで「アクアタルカス」が演奏され、いよいよステージも大詰めとなった。「アメリカ」の
演奏が始まり、「ロンド」へと引き継いでいく。「ロンド」ではエマーソン名物”逆さ弾き”が
披露され観客を喜ばせる。途中、バッハの「トッカータとフーガ」の部分で演奏をトチってしまい、
「やれやれ」という感じで笑顔を見せるエマーソン。ここでもご愛嬌たっぷりだった。「くまんばちの
飛行」の引用部分ではキルミンスターのギターも合流しての早弾きを披露。素晴らしい演奏をしてくれた。
そしてあの手を上に高く振りかざし、鍵盤に叩きつけるように落下させるグリッサンドの嵐。
そのパワーは、ちっとも衰えていない。鮮やかなプレイだった。ハモンド・オルガン
引き倒しの芸やナイフ突き刺しなどのパフォーマンスはなかったが、これでいいと思う。60歳の
彼にはそれなりの演奏スタイルがあるし、充分に聴き応えのある、頼もしさいっぱいの元気な
パフォーマンスであったからだ。
ステージが終了し、アンコールの嵐。すぐに彼らは現れた。そしてのっけから披露されたのは、
なんとレッド・ツェッペリンの「ブラック・ドッグ」である。これには会場中が驚いた。そして意外な
選曲に歓喜し、ノリノリのロックンロール・ショウが始まった。キルミンスターはロバート・
プラントばりのヴォーカルで満足気であった。彼が傾倒してきた音楽というものがよくわかる。
しかし私としては、あのエマーソンが演じるZEPを見逃すわけにはいかなかった。重厚なサウンドに
よる貴重なナンバーが聴けて、嬉しいことこの上なし。
そして「庶民のファンファーレ」である。ラストにふさわしい、スケールの大きな曲だ。
真ん中のアド・リブでは、これまでライヴではオーソドックスなブルース調のフレーズによるアレンジが多かったのだが、
この度はオリジナルの持つプログレッシヴ的な展開のフレーズを聴くことになった。もう椅子などに座っている気にはなれず、
スタンディングで手拍子である。ライヴで聴くと、なんてスリリングな曲なんだ。エマーソンは
健在!元気!それが何よりも嬉しかった。
いつわりなく言うと、昨今のエマーソンの活動に対しては、私には疑問符だらけだった。
なぜかというと、往年のナイスやELP時代の曲を演奏し世界中をドサ回りして、一体今の彼は
何がしたいのだろうかと。同じ曲をやるにしても演奏力ははるかに衰えているだろうし、従来の
ファンを喜ばせるためだけの資金集め的な活動じゃないのかと思っていたのだ。
しかし、この目で生のステージを見て、その思いは吹っ飛んでいった。そんなことがどうでも
よくなった。栄光のナンバーを演奏することは彼らの生きる証であり、ファンと再び
つながり合える手段でもある。それに今回のステージでは新曲を披露するなど
前進する姿も見せている。エマーソンはまだまだやれるアーティストである。これからもやりたい
ことをどんどんやって、もっともっと前進していってほしい。そしてまた私たちの前で、
素晴らしいパフォーマンスを見せてほしいと願うのである。