初めて坂本龍一のピアノ・コンサートに行ったのは、1992年の山梨県リゾナーレ小淵沢内
にある音楽の森ホールだった。その頃、サカモトはほぼ毎年クリスマスの時期にアルバム・ツアーとは
別にヴァイオリン奏者のEverton Nelsonとチェロ奏者のJaques Morelenbaumらとともにピアノ・トリオ・
ツアーというのを行っていて、私も欠かさず出かけていた。今回のツアーはピアノ・コンサートの形式としては6年振り、そしてサカモト
単独での演奏はなんと初めてらしい。
会場に着くと、薄暗いステージの真ん中にピアノだけが置いてあった。背後には、
サカモトのコンサートではお馴染みのスクリーン・ヴィジョンが。後でサカモトのMCでわかったのだが、
ピアノは2台置いてあったらしい(暗くて遠目なのでわからなかった)。客層はほとんどが
「オトナ」といった感じで、普段行くような
ライヴよりもかなり厳かな雰囲気。
開演時間をしばらく過ぎてからサカモトが現れ、1曲目の演奏はAmoreだった。先ほど述べた、 初めてのピアノ・コンサートのオープニングがこの曲だったので、懐かしさもあってうれしかった。 しかしアレンジはかなりソフトでスローなバラード調に変わっていた。後はサカモトの曲としては お馴染みのSeven Samuraiや今年公開された映画「星になった少年」のメイン・テーマ、 Energy Flowといった ナンバーが続く。サカモト曰く、ピアノ・コンサート・ツアーを再開するにあたっては、Energy Flowを ぜひ生演奏で聴きたい!というファンの強い要望があったことも理由のひとつだったという。 そうなのか。確かにいい曲だけど、個人的にはサカモトの曲の中では特に好きでもないな。この曲が終わったあたりから、ピアノの傍らに置いてあったらしい「線香?」(サカモトが 言った)に火を点けた。どうやら何かのお香らしい。しばらくすると、その香りが会場にも漂ってきた。
14曲目のTibetan Danceから、もう一台のピアノの活躍が始まる。サカモトの説明によると、 普通のアコースティックではなく演奏を記憶させることの出来るような、特殊な機能を持った ピアノだという。その機能を使って、Tibetan Danceでのヴァーチャル・デュオ、そして +33という曲では、なんと8台ものピアノのセッティングを仮想しての 演奏が繰り広げられた。音はというと、花がひとつひとつパッ、パッと開いていって 最後には色とりどりの鮮やかなお花畑が出来上がっていくような、そんなきらびやかさがあった。 私は、こういったテクノロジーを駆使した奏法といったものはサカモトの大得意とするところで あるし、普通のピアノ・コンサートで終わらせないところが「教授」と呼ばれる所以の素晴らしさを 感じた。最初のステージのラストであるHappyendでは、ピアノの音のみでストリングス、 コントラバスやチェロ、パーカッションといった楽器の音色を思わせるような、 表情豊かな演奏が圧巻であった。
私は、このピアノ単独でのコンサートのスタイルを、今後も続けていってほしいと思う。 これまで聴いてきたチェロとヴァイオリンとのトリオ演奏も良かったのだが、正直なところ、 必要無いといえば無いのだ。サカモトのピアノの音がチェロやヴァイオリンの役割を充分に果たせているし、 そのおかげかどうか、この度の演奏はひとつひとつの曲に改めてじっくりと向き合った、非常に 丁寧で心の込められたものであったと思う。一時期は、The Last Emperor やMerry Christmas Mr. Lawrenceといったこれまで何度も演奏させられてきた ような曲は、はっきり言ってしまうと表面だけをなぞったような魂の抜けたような演奏を 聴かされたときもあった。今回は全くそれを感じなかった。
しかし個人的には、これまでのピアノ・コンサートではお馴染みだったM.A.Y. in the Backyardや
Before Long、そしてDear Lizといった曲も演ってほしかったと思う。さらに個人的にいえば、「ワタスゲの原」
なんてのも・・・(あり得ませんね)。アンコールは会場の拍手に応えて3回あった。
その中では、Thousand Knivesのキレのよいリズム感たっぷりの
アレンジによる演奏がとっても良かった。
がしかし・・・。最後のアンコールでAquaというのは、
あまり納得がいかなかった。最後にもってくるには、少し地味な曲だ。アンコール時に
会場から「トンプー
やってください!」なんて声があったが、実は私もピアノの多重演奏があると聞いてから、この曲
「東風(Tong Poo)」の登場を
期待していたのだ。でも演奏されなかった。ちょっと残念。