* ワイト島1970−輝かしきロックの残像− *

ワイト島1970 LD

1995年イギリス
<監督>マレー・ラーナー
<出演>ジミ・ヘンドリックス、ドアーズ、ザ・フー、ジョニ・ミッチェル、マイルス・デイヴィス
テイスト、ジェスロ・タル、フリー、テン・イヤーズ・アフター、ファミリー
ジョーン・バエズ、レナード・コーエン、タイニー・ティム、ムーディー・ブルース
ドノヴァン、ELP、ジョン・セバスチャン、クリス・クリストファーソン

The Who 1970年8月26日から30日までの5日間に渡ってイギリス南部のワイト島で開催された、 第3回アイル・オブ・ワイト・ミュージック・フェスティバルの映像です。このレビューのコーナーでも 紹介していますが、69年のニューヨーク郊外におけるウッドストック・フェスティバルと 並んで歴史的に重要な野外フェスティバルとされており、貴重なパフォーマンスの 映像の数々が実に25年もの間お蔵入りになっていたということで、資料的価値のある作品として 話題にもなりました。しかしイベントの裏側にある ドキュメントはウッドストックのような”愛と平和の祭典”とは程遠く、利益を追求する ロック・ビジネスの世界と、フリー・コンサートを主張して節操の無いトラブルを繰り広げる 若者たちとのぶつかりあいで、なんとも醜悪なドラマが浮き彫りにされています。 ウッドストックの奇跡的な成功は、アーティストとオーディエンスとがお互いに対して敬意を払い立場を尊重することで、 あれほどまでに大規模な人と人との 一体化が実現したからといえるのでしょう。ここではチケットを持たない聴衆がなだれ込み堂々と「タダで見せろ」と 主張するばかりで、どうにも共感できない行動が目に余るほどに映し出されています。 でも地理的に考えてこのような出入り困難な小さな島で、 これほどの規模のコンサートを開催した ことを考えると、主催者側の配慮のなさ、企画の不手際も感じずにはいられません。 ウッドストックにより出来上がった神話は永遠的なものではなく、今になって我々は 「自由」という意味を取り違えて暴走する若者たちの姿に、現実を見せられてしまったのでしょうか。

Keith Emerson でもそんな中だからこそ、光って見えてくるのがアーティスト達のライヴ・ステージ。特に 我らがエマーソン、レイク&パーマーはこれが記念すべきデビュー・パフォーマンスであり、 もちろん個人的に最も素晴らしいステージを見せてくれたと感激するばかりです。この時代の このようなフェスティバルに ありがちな弾き語りの図ではなく、目を引くようなエマーソンのキラキラ衣装にオルガンを 飛び越え忙しそうに動くさま、加えてキエフの大門のエンディングで 派手に大砲をブッ放すパフォーマンスは、著しくヴィジュアルを意識した演出であり、これからの 精力的なライヴを中心とした活動の方向性をはっきりと予想させる、新グループとしての 意気込みを強く感じさせるものでした。ロンドの演奏では 右上の写真のようなオルガンの反対側からの逆手弾きスタント・プレイを、いともあっさりと やってしまっている!いわゆるプログレッシヴ・ロックといわれたジャンルの中でも とことんショウマンシップに徹したステージは輝きを放っており、この後の爆発的な人気も当然のことと いえるでしょう。登場する時間は他の出演者に比べて哀しいほど少ないですが、この映像を 見るだけでもこのLDを買った値打ちがあるというものです。

それとウッドストックにも出演していたザ・フーも この中では群を抜いたパフォーマンスを見せています。正直なところ、ウッドストックでの彼らのステージでは それほど何も感じなかったのですが、ここではメンバー1人1人のプレイが冴えに冴えていて まるっきり印象が違うのです。ロジャー・ダルトリーの顔に似合わないワイルドなヴォーカルと アクション、キース・ムーンの鬼気迫りつつも陽気なドラミング、ピート・タウンゼンドの ここではギター・プレイに徹した少し抑え目のアクション、そして冷静なジョン・エントウィッスルの ベースが、それぞれ当時としてはかなりクリアな画像の中に甦っています。なんでもウッドストックと 比べて申し訳ないですが、カメラのカット割りや画質・音質とも遥かにこのワイト島の方が 優れているように感じます。しかし主催者と聴衆との対立で騒然とした中で演奏しなければ ならなかったクリス・クリストファーソンや、ステージ乱入者によって気の毒な目に遭ってしまった ジョニ・ミッチェルなど、出演者によってはかなり明暗の分かれたステージとなってしまったようです。 <2003.12.18>

Roger Daltrey

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