"標準本地率(租稲賦課率)69.44%" 高麗術「以250歩為段」の意外な効能。 あゆみ(歩) home

令前租法「町租稲15束」は、令内租法「町租稲22束」に、(6尺/7尺2寸^2 を掛けた結果という。

 律令(令内租法)  格式(令前租法 → 折衷租法)
 令5尺為歩者,是高麗法。用為度地令便。
 長12歩・広30歩為段。10段為町。
 段租稲2束2把。町租稲22束。
(田令第1条)
而尺作長大,以250歩為段者,亦是高麗術謂之。(令集解/古記)
 (熟田百代租稲3束。町租稲15束。)
 段租稲1束5把。町租稲15束。
(慶雲3年9月10日格)
 本地率(最大)100%......100×(36歩/36歩  標準本地率(租稲賦課率)69.44%......100×(25歩/36歩
〔畝町形〕 6歩×6歩  租稲2把2分
  (耕地面積)36歩。(本地面積)36歩。

〔畝町形〕 6歩×6歩  租稲1把半
  (耕地面積)36歩。(本地面積)25歩。

 〔令内束〕 と 〔令前束〕
 (本地率)0.6944×(耕地)租稲22束〔令内束〕=(本地)租稲15.277束〔
 したがって、「租稲15束」をなす令前1束の含み実量は、令内1束のそれを、2%くらい上回る必要があります。
 租稲15束〔令前束〕 ≧ (55/54)×15束〔

素朴なアイデアは打たれ強い?

 「町租稲22束」と「町租稲15束」。『令内』と『令前』の2つの租法を見比べて、これはひょっとして、畔を除けた(1町の)「たんぼ」に租稲が少なく課せられている実態が「町租稲15束」の真相ではないかと思いませんか? どちらも10段を1町としているとき、令内租法の1段「360歩」と令前租法の1段「250歩」の比例は、束数(22束と15束)の比例に、だいたい一致していることもあり、これはなかなか有望なアイデアのように思います。あと、畔を除けた(1段の)「たんぼ」を「250歩」に数えていたという証拠があれば、鬼に金棒です。
 ところが世の中は思い通りにゆかないもので、あべこべに、畔を含めた(1段の)耕地を「250歩」に数えていた証拠なら確かにあるというのだから、困ったものです。(令集解/田令第1条解説/古記云より)

(答。幡云。) 令以五尺為歩者。是高麗法。用為度地令便。   .......(A)"高麗法" 「1尺2寸為大尺1尺」により、「5尺為歩」に改める
        而尺作長大。以二百五十歩為段者。亦是高麗術云之。.......(B)"高麗術" 同じく「大尺」によるも、「6尺為歩」のままである
        即以高麗五尺。准今尺。大六尺相當。

〔くだけた読み方〕
   令は5尺を以て歩と為せり。是は高麗法にして、度地を便りならせしむ為に用をなせり。 (令=大宝律令、便り=便利)
   しかして尺を長大に作るも、250歩を以て段と為せしものは、また是を高麗術と言えり。
   すなわち、高麗(法)の5尺を以って、今の尺になずらえれば、大なる6尺に相い当たる。
 (注意).......今尺の「大尺」は、陽光の陰を測る「小尺」に比べて、"大"と言うのみであり、律令の尺度ではノーマルな尺に相当する。

 ついでに、同じく令集解により『慶雲3年9月10日格』の関連箇所を見ておきます。

 准令、田租1段租稲2束2把以方5尺為歩。歩之内得米1升。町租稲22束
 令前租法、熟田百代租稲3束以方6尺為歩。歩之内得米1升。町租稲15束

 そうすると、
 田1段の耕地の形(長180尺・広72尺)を「1尺2寸為大尺」による「5尺為歩」で数えて、〔長30歩・広12歩〕と定めた。.......(A)"高麗法"
 
田1段の耕地の形(長180尺・広72尺)を「1尺2寸為大尺」による「6尺為歩」で数えて、〔長25歩・広10歩〕と定めた。.......(B)"高麗術"

 結局、令前租法の「250歩為段」においても、やはり田1段の耕地の形を測っていたことは、明白な事実として承知せざるを得ない。
 かくして、「畔を除けた(1町の)たんぼに租稲が少なく課せられていた」という素朴なアイデアはひとまず見事に否定されました。

望みなきに非ず。

 私の邪念に未だ囚われていない人は、この結果を見て、両租法は同じ広さの田1町に関わるので、図体の大きさは同じだと感じられるでしょう。なおまた、実施されていたのは令前租法の方だから、令内束のことは「理論的には令前束の(15/22)の大きさになる」ということは考えても、まさか現役の頴稲束として実用されていたとは思わない。むしろ普段の生活においても令前束が用いられていたことが、7世紀後半から(701年大宝律令施行を挟んで)8世紀前半にかけて、頴稲束の値や米の枡目が安定していた理由だと思われるでしょう。しかし、あまり令内束をコケにするのも考えものです。
 早速疑問になるのは官稲のことですが、官財として収支が正税帳に記録される頴稲は、普通に令内束であることが望ましく、もし令前束が代用されていては具合が悪いのではないか。普段の生活にまで(大きな)令前束が浸透していたというにも証拠が必要です。
 それよりも、この変革期を通して、公私ともに普段は令内束を用いていたという概観がよほどシンプルです。そして、令前租法「段租稲1束5把」は、令内租法「町租稲22束」を基にして、高麗術「360歩→250歩為段」の減量を経て、(図体を小さくして)実施されていた。

耕地、畦畔、本地。

 「畔を除けた田圃」の面積をじかに測ることは出来なくても、農地の基本的な構造はいずれ明らかにされずにはおれない。

耕地(Cultivated land)は、本地(Field)と畦畔(dyke)に分けられる。
すなわち、耕地(Cultivated land)=本地(Field)+畦畔(dyke)
耕地に占める本地の割合を、本地率(Area rate of field excluding dyke to cultivated land) という。
  (農林統計協会 農林水産統計用語事典(抜粋)による。)

 なかば恒久的な施設である水田の場合には、本地(Field)とは即ち小池(くぼ地)をなす「たんぼ」であり、畦畔(dyke)とは地面が高い畔地であり、両者の境界は常に明瞭です。この本地は、稲が生育する場所であり、熟耕して苗を植え懸命に世話して稔った稲穂を刈取るまで、農民の労力の大半がここに投入されるという表舞台です。そして、この本地から収穫された頴稲の内から租稲が供出されます。
 この意味では、畦畔は課税対象地から控除されていて、租稲は本地に掛かるような制度が望まれます。ただ、「畔を除けた田圃」の面積をこまめに測ることは出来ないので、標準的な本地率を決めておいて、基本の租稲数に掛けるようにした。これはありそうな話です。

「熟田百代租稲3束」の本地率。

 〔令内租法〕 凡田、長30歩、広12歩為段。10段為町。段租稲2束2把。町租稲22束。

 そういった配慮は、令内租法のところには、まだ届いていなかったとして、

 〔令前租法〕 熟田100代租稲3束。町租稲15束。 (幡云) 而尺作長大。以二百五十歩為段者。亦是高麗術云之。

 ここに本地率があるかどうか? これはおおいに検討すべき課題です。
 結論から先に言うと「熟田100代租稲3束」には是非とも本地率がなくてはならない。
 理由は、2段(長360尺・広72尺)の耕地の内に「100代」があるからです。「熟田百代」と聞くと、100枚の小さな田圃が目白押しに並んでいる様子が想像されますが、「熟田百代」という文は、小さな田圃の一枚一枚が畔に隔てられて隣接しているすがたまで描いているわけです。確かに描いているという証拠に、長6歩(36尺)・広6歩(36尺)の耕地を〔畝町形〕に切り取って、「熟田5代」という5枚の田圃はこんなふうに並んでいるのだろうという図を描いてみました。

以上を要するに、
 一定のひろさの耕地(=本地)にかかる租稲はいくつ。と言うのと、
 一定のひろさの耕地の内に、田圃が何枚あると述べた上で、租稲はいくつ。と言うのとでは、甚だしい相違があります。本地と畦畔の存在を明らかにした後者の租稲には本地率が関与しえます。
 あとは、その本地率はいくらかという計算ですが、耕地(分母)に360歩を代入したなら、本地(分子)には250歩を代入するのが約束で、(25/36)に決まっていることは請け合いです。
 上の「熟田五代」の図は、実をいうと 本地率69.44% に合わせて描いたので、1代の耕地〔長36尺・広7.2尺〕に対して、本地(5歩)は〔長33.4尺・広5.4尺〕という具合です。畦畔は、横畔に1尺8寸、縦畔に2尺6寸の幅を配当して、窮屈に描いたので、この率が(狭小な水田には)適当なことが再認識されると思います。

高麗術は投影図法に似ている。

 『高麗法』は、普通の「6尺為歩」を「大5尺為歩」に仕立直して、"大1丈"(=2歩)に繋げます。
 『高麗術』は、「大6尺為歩」により、普通の「1段(360歩)」を「1段(250歩)」に仕立直します。
 これは耕地図形の上でただ耕地図形を測っているだけのことです。しかし、ついでに本地図形を測定しようとする意図があったときには、本地の「積250歩」を、普通の「6尺為歩」により、普通に「積250歩」と測り数えたことにならないでしょうか。
 この様子は〔畝町形〕に切り取って見るとわかりやすい。本地の1辺の影が(1.2倍に拡大されて)耕地の1辺に映されたところを、1尺2寸の大尺で測り取ることにより、本地の1辺を「長5歩(30尺)」に測り定めています。(この手順は仮想的な本地図形を間接的に測定する正しい方法です。)
 『高麗術』の優秀なところはここでしょう。それで、「標準本地率(租稲賦課率)」の決定は『高麗術』の権能に委ねられていたのだとすると、令前租法の「段租稲1束5把」は本地(積250歩)の内に収まるものであることが納得されると思います。
 〔畝町形〕に切り取って見たときには、「本地(積25歩)」の内に、「租稲1把半」が収められています。

おわりに

 律令格式制開始期の国家的な水田経営において、「標準本地率(租稲賦課率)」がおよそ70%であったのは、「熟田百代租稲3束」というように狭小な水田の実態が背景にありますが、直接には『高麗術』の所為です。しかし、『高麗術』という、たかだか「大6尺為歩」と「6尺為歩」を使い分けるテクニックに過ぎないものが、重要な法規範の揺るぎない根拠として信奉されていたとすれば、法と技術の関係を考える際には注目すべきことだと思います。また、1つの歩(間)に長短2つの意味があるということでは、いわゆる『京間』の「柱間6尺5寸」「畳間6尺3寸」などに通じるところがあります。こうした日本式モデュロール作法を初めて学習した国民的な経験として想い起こすことも必要ではないかと思います。
 かくして「町租稲15束」の背景をなしていた
狭小な水田に「田池窄狭」という言葉が浴びせられ、悪しき田として貶されたのは、『三世一身法』(養老七年;AC.723)のときでしたが、前年には『良田百万町開墾政策』(養老六年;AC.722)が策定されています。その『良き田』において「標準本地率(租稲賦課率)」はどのようになるのかというと、私にいわせれば「良田百畝租稲18束」というふうになると思います。

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