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.  残酷な陽馬のように円柱よ神話になれ・・・

 

    ヱングヮイゲリオン新世紀

 

      基本形             合蓋形
 
前3面

 後3面

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 球と錐の体積
 四角錐の体積 
 
四角錐を切り分けてわかる3で割る3つの理由
 球と円錐の体積 球と立方体の体積 
 似-牟合方蓋と陽馬3兄弟
 綿を積む船 と 棋験法の旅立ち

.                                    あゆみ(歩) 
似-牟合方蓋と陽馬3兄弟   October 8.2011 〜   

はじめに

 『似-牟合方蓋』は、アルキメデスがいう『交差円柱』のことです。2本の円筒が十字に交差(交叉)して形成するひとつの共同体です。真四角の重なりが円球のまるみを帯びた、四面体の体積が、ちょうど立方体の3分の2に当る、クールな立体図形ですが、3分の2になることにしても簡単なようで難しい、非常に面倒臭いかたちだといえます。
 実は球際に強いグローブとして開発された.......中に球が詰められている........球の体積に最も近いこの四面体には「表面積が立方体の4側面に等しい」という性質がありまして、 表面積(4)×半径(0.5)÷3=3分の2〕 という計算に私達を誘っています。九章算術においては、陽馬2つの体積に当ることが直ちに示されます(祖晅之解)が、私としては、究極の計算は、『似-牟合方蓋』のことを余程よく知らないと出来ないこの計算だと思っています。
 (面倒臭ついでに)、似-牟合方蓋(=合蓋)というかたちの成り立ちを、次第に明かされる秘密のいくつかをまじえて、年代記風に語ることから始めたいと思います。

動く円筒と変化する陽馬3兄弟

 牟合円蓋というかたちを最初に発見した人は、三国、魏(200?-265)の算術家、劉徽です。
 彼は、1寸の8棋による長2寸の立方体の内を構想の舞台にして、直径2寸・長さ2寸の円筒2つを交叉させて『合蓋』をつくりました。陽馬3兄弟のことをよく知っていた彼は、新しい分れのかたちが、体積において、彼らに相似していることに、なんとなく気づいていました。

 何以験之。取立方棋八枚。皆令立方一寸、積之為立方二寸。
 規之為圓囷、径二寸・高二寸。又復横因(規)之。
 則其形有似牟合方蓋矣。八棋皆然似陽馬。圓然也。

 以来、2つの円筒は、壁に貼り付いたまま、立方2寸の城内に居候していたのですが、
 南朝、宋(420-479)の算術家、祖晅之の謀略にかかって、立方体の城を追われたという。
 このとき、祖晅之は、非情にも円筒2つに手をかけて、四半円筒8つに割り、16つに切り裂いて、四方八方に遠ざけたといいます。その後、円筒の破片たちは、月夜の晩になると、立方体のまわりに集まり、元の一体に戻ろうとして、襲い来るという話です。

 

   黄陽馬8棋体       青陽馬8棋体        赤陽馬8棋体

. 襲われる立方体(高さ2寸)の陣営は、小立方体(各1寸)が8つで8棋の体制になっていて、赤・青・黄の陽馬3兄弟が、各自8体に分身して、赤・青・黄の双四角錐をなしています。向って来る半円筒4つに直面するのは、側面にいる赤と青の陽馬たちです。赤組と青組に分れた半円筒たちは、前から後から、赤陽馬・青陽馬を押しこみながら立方体の奥深く進入し、終に完全な円筒(直径2寸、長さ2寸)2つをなすとともに、共同して牟合円蓋を形成します。

  

 劉徽が似-牟合方蓋を構想したときは、縦横とも完全な円筒が、立方体の中で、十字に交叉しました。したがって、縦横の円筒はそれぞれの回転軸の向きに移動していたと考えられます。
 祖晅之が改革を断行して後は、破片16つが、8つに合わさり、4つに合わさる過程を経て、半円筒から縦横2円筒の再結成と交叉が、立方体の中で、同時におこなわるようになりました。したがって、半円筒は、こんな⇉⋐⊠⋑⇇ ~ ⇉⋐⊠⋑⇇ふうに、回転軸に対して横向きに移動してゆきます。

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   祖之による証明

     劉徽は、合蓋の体積が立方体の / に当ることを夢にも疑わず、球の求積にも応用しています。

 ただ、自分の見当にハズレがありえない由縁をうまく説明することが出来なかったので、ちょっぴり懐疑的になりながら未来の研究者の助言を待つことにしました。(欲陋形措意、懼失正理。敢不闕疑、以俟能言者。)
 遺された難題を、祖晅之はいとも簡単に証明して、劉徽をギャフンといわせました。

 ある高さ(h)の横断面に見られる縁側の面積(1−w2)は、句股弦の法によるならば、床の高さ(h)に従うので、その二乗(h2)に当ります。そこで、同じ勢いで伸びてゆく3陽馬のかたちを借りて、L字状の縁側を、正方形(□)に描きなおすと、それは黄陽馬(/)の御座敷として見なおされます。
 したがって、外稘(合蓋の外)のかたちは、黄陽馬(/)の同体積変形(/)といえます。
 同時に、内稘(合蓋の外)のかたちは、赤陽馬(/)と青陽馬(/)を合せた同体積変形(/)といえます。

分之二較然験矣 内棋成一合蓋内棋居小方三分之二則合蓋居立方亦三 方則陽馬居一内棋居二可知矣合八小方成一大方合八 容異由此観之規之外三棋旁蹙為一即一陽馬也三分立 乗與断上冪数亦等焉夫畳棋成立積縁冪勢既同則積不 以析 微按陽馬方高數参等者列而立之横截去上則高自 加然也然固有所帰同而途殊者耳而乃控遠以演類借況 之断上冪然則余高自乗即外三棋之断上冪矣不問卑勢 本方之冪余即内減其断上方之冪也本方之冪即外四棋 弦句股之法以句冪減弦冪則余為股冪若令余高自乗減 之以句股言之令余高為句内棋断上方為股本法之數其 而為四規内棋一謂之内棋規外棋三謂之外棋 規復横断 又合而衝規之去其前上之廉更合四棋于是立方之棋分 取立方棋一枚令立樞于左後之下隅従規去其右上之廉 開立圓術曰

 なるほど。なるほど。まったく君の言うとおりだ。私もあのとき君のように言えればよかったのだ。
 立方体の腹に円を描いたのは私が先だけど、君の円にはかなわない。私の円規はただの円だけど、君が新しく描いた円の軌道は、幅(w)と高さ(h)を取分けている双子の正方形を抱えて、遊園地の観覧車のように回り続ける。

 その立方体をある高さ(h)のところで横断します。その断面の間取りは半径1の四分円に規律されているので、御座敷の面積(w2)と高さの二乗(h2)を合せて1になる観があります。ということは、黄陽馬の、同じ高さ(h)を見た断面積(h2)を合せても1になるので、私達は、御座敷の面積を見積もらずして知ることになります。
 立方体積が3等分される形式としては、陽馬3つが対角線を中央にして隣りあうかたちが知られていましたが、あとひとつ........変形陽馬が楕円弧(の対角線)を中央にして隣りあうかたちが示されたわけです。

 

球際に強い劉徽のグローブ。その開発経過を振り返る。


 按、合蓋者方率也。丸居其中、即圓率也。

たぶんこうだね。合蓋の体積は立方体の三分の二(/)。球はその正方形の積重なりの中にある。そこで方円率(π/)がかけられる。



. . 円柱(3双円錐) . 球(2双円錐)
見   面
通 と の
し   数
上~下~東~南~西~北 ○~○~○~○~○~○ 東~南~西~北 ○~○~○~○
□~□~□~□~□~□ 上~下~東~南~西~北 □~□~□~□ 東~南~西~北
. .立方体(3双四角錐) . 合蓋(2双四角錐) .


. 立方体が錐体の集まりだからいえることですが、6つの見通しが立方体の体積を6等分しています。
 円柱は錐体の集まりだからいえることですが、6つの見通しが円柱の体積を6等分しています。

 喩えていえば、立方体は6枚皮です。このとき、合蓋は4枚皮のグローブです。
 落下地点まで足を運んで、同じく4枚皮のボールを確実にキャッチします。

 一連の動作をまとめたところ、○と□で球の体積(π/)を平面的に表現した珍しい公式になりました。

  球の体積 = ○~○~○~○ ÷ □~□~□~□~□~□ 

 あとは幸運を祈るというか、変な邪魔が入らないことを願うだけです。
 直前に戻って、

 八棋皆然似陽馬。圓然也。

 積み木の中に居る総勢24個の変形たちを見て、劉徽が「陽馬に似ている」と言ったのは、変形8棋体が大きな立方体を3等分しようとする意図が十分に読み取れたからです。立方体を3等分する者はもちろん陽馬しかいない。
 円然(似陽馬)也。......まるくなっていても(陽馬に似ていることが)不自然だとは思えない。
  ⇒ 猫は炬燵でまるくなるのに、(陽馬が)まるくなって何が悪い。


不闕疑以俟能言者

結方圓相纏濃繊詭互不可等正欲陋形措意懼失正理敢

耳観立方之内合蓋之外雖衰殺有漸而多少不揜判合総

多互相通補之以九與十六之率偶與實相近而丸猶傷多

以周三径一為圓率則圓冪傷少令圓囷為方率則丸積傷

丸居其中即圓率也推此言之謂夫圓囷為方率豈不闕哉

似牟合方蓋矣八棋皆然似陽馬圓然也按合蓋者方率也

方二寸規之為圓囷径二寸高二寸又復横因之則其形有

意非也何以験之取立方棋八枚皆令立方一寸積之為立

一得立方之積丸径與立方等故開立方而除得径也然此

自乗得九故丸居立方十六分之九也故以十六乗積九而

丸率九丸居圓囷又四分之三也置四分自乗得十六三分

分之三圓囷居立方亦四分之三更令圓囷為方率十二為

立圓即丸也為術者益依周三径一之率令圓冪居方冪四
術曰置積尺數以十六乗之九而一所得開立方除之
即圓径
百尺

問為立圓径幾何

答曰一萬四千三百尺

今有積一萬六千四百四十八億六千六百四十三萬七千五

 3等分している証拠を十分に挙げているとはいえませんが、そんなことを気にして大正解を辞退するのは勿体ない話です。



清く。正しく。美しく。

 劉徽は、3つの変形の内、黄陽馬の変形が一番まともだと思っていたので、そのかたちを取り出して観察したのですが、それがなんというか玉虫色に変色していたので、黄陽馬との同定は事実上困難でした。

 観立方之内合蓋之外、
 雖衰殺有漸而多少不揜判合総結、
 方圓相纏濃繊詭互不可等正。
(欲陋形措意、懼失正理。敢不闕疑、以俟能言者。)

 たしかに、例えば、黄陽馬の頂点と、変形黄陽馬の端線を見比べて、点と線を同じ意味のものだと判定するのは容易ではなく、かなりの度胸が要ります。
 しかし、こんなとき、熱心な人は、合蓋の内に眼を転じて、赤・青の変形を残念そうに見て廻るのではないでしょうか。四分円柱の断片に彼はなぜ眼を向けなかったのか。私にはそれが最大の謎でしたが、左の絵を見ているうちに、謎がようやく解けました。

 陽馬の御者であった劉徽は陽馬3原則を心得ていたとします。

 陽馬3原則
 第1条、共に同じかたちでなければならない。     ⇒ 
 第2条、共に同じ大きさでなければならない。      ⇒ 
 第3条、底面積(1)・高さ(1)でなければならない。  ⇒ 

 陽馬3原則を変形3陽馬に適用する場合、赤・青の変形は、第1条と第2条に関しては、共に同じかたち大きさをしているので初めから合格ですが、共に底面積(1)の基盤を変形黄陽馬に譲り渡しているので、第3条に関しては不合格です。いずれにしても見どころのないものに眼を向ける利益を彼は感じない。

 それよりも、
 赤・青の変形が立方体の2面を空けて引退した跡地を見るほうが、分れ(//)の純正さが感じられるだけ、ためになるというものです。

. 劉徽にしてみれば、合蓋の境内は想像を絶する異界であって、そこにあるものは「比べもの」にすることさえ考えられなかったのですが、
 この第3条は、新世紀になると、もっと広範に解釈適用されるようになります。
 急ぐ必要はないので、赤・青の変形は、祖晅之の証明が出た後から、ゆっくりと見て廻ることにしました。
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変形陽馬3兄弟は、底面積(1)と、高さ(1)を、つつがなく保持していた。

V(/)      V(/

 

  三分立方則陽馬居一内棋居二可知矣

 合蓋の内に居る赤・青の変形は、四分円柱(半径1、長さ1)の一部分で、円筒曲面を含む四面体(鼈臑)です。
 体積は(/)になる風変わりな三角錐の4面を、3つの側面と1つの底面にわけて見てゆくことにします。

 側面 @ かたちは、直角二等辺三角形.......表面積は(/
 側面 A かたちは、四分円........表面積は(π/
 側面 B かたちは、四分楕円(長半径√2).........表面積は(√2)・(π/

 底面 C かたちは、四分円筒曲面の一部分で、3辺に囲まれている。.........表面積は(1)ではないか。

 変なかたちをした底面については、表面積はいくつと応急には答えられないところを、「表面積は(1)ではないか」とやや焦り気味に答えていますが、これは、変形の体積(/)が「証明」されている現状に飽き足りない、現物の体積は現地で計算するに越したことはないという私の気持です。

   変形の体積 = (底面積×半径)÷3     但し、底面積は円筒曲面上にあるものとする。

 現地の公式にあてはまる底面積は(1)です。陽馬の底面積に由来する(1)です。一般に曲面の表面積は理解しにくいものですが、今はそんなでもない。変形の底面積が陽馬に等しいことが直感出来さえすればよい場合です。

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    双方の表面積が等しいことを、高さごとに、見てください。

高さ

円周角

接線の長さ(

横幅(w)

瞬間的な表面積

(sinθ) (ラジアン)

(1/cosθ)

(cosθ)

(cosθ/cosθ)
0.00 0.0000 1.0000 1.0000 1.0000
0.10 0.1001 1.0050 0.9950 1.0000
0.20 0.2013 1.0206 0.9798 1.0000
0.30 0.3046 1.0483 0.9539 1.0000
0.40 0.4115 1.0911 0.9165 1.0000
0.50 0.5235 1.1547 0.8660 1.0000
0.60 0.6435 1.2500 0.8000 1.0000
0.70 0.7753 1.4003 0.7141 1.0000
0.80 0.9272 1.6667 0.6000 1.0000
0.90 1.1197 2.2942 0.4359 1.0000
1.00 1.5707

  ∞

0.0000 1.0000

.
(陽馬は)底面が垂直な絶壁であるのに対して、 (変形は)底面が円周上にあるので、高くなるに従って、接線の傾き、つまり底面の傾斜が緩くなります。しかし、これに反比例するように横幅が減少してゆきます。
 高さの区切りを狭くもっと狭くすると、円筒曲面上にある微細な面積は、陽馬の底面の同じ高さのものに比べて、ひとつも変らなくなります。

 ただ、極端に狭いところでの直感をそのまま説明するのも気がひけるので、虚勢を張って大きく出ることにしました。「瞬間的な表面積」というのは、高さ0〜1まで〔横幅〕の梯子(はしご)を掛けるようなことです。

陽馬の底面  

いずれにせよ、
赤・青変形の底面の表面積は、どこを見ても、赤・青陽馬の底面にまったく同じであるので、それは、赤・青陽馬の底面がまるごと水平移動して来たに違いない。

残酷な陽馬のように円柱よ神話になれ・・・

 つぎに、この話を大きくして、全体のかたちに及ぼします。

 赤・青陽馬の、高さ0〜1の間にあるすべての縦断面を、卑小な底面の積重なりと見做し(本当は横断面ですが、高さ0〜1が寝ているので縦断面とします)、
 また赤・青変形の、半径0〜1の間にあるすべての輪断面を、同様に見做したとき、
 赤・青変形の(半径0〜1の間にある)すべての卑小な底面の表面積は、赤・青陽馬の卑小な底面に、まったく同じであるので、
 それ(赤・青変形)は、赤・青陽馬の全体が水平移動して来たに違いない。

 最後の洞察の意味は、赤・青陽馬にあるものは赤・青変形にもあり、赤・青変形にあるものは赤・青陽馬にもある。それぞれの体積を構成する要素の間に「1対1の対応」が見られるので、お互いの体積は、計算して確めるまでもなく、まったく同じだということです。

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まとめ
 変形の体積が陽馬と同じであることは、祖晅之が合蓋の横断面積を通して解明していますが、

あらためて合蓋の表面積を通してアプローチしてみました。 

ヘタな喩えるなら、「タケコプター」に「どこでもドア」という感じですが、いずれにしても、球の体積を平面的に表現することになります。

  球の体積 = ○~○~○~○ ÷ □~□~□~□~□~□ 

あとがき

 このページは、球の体積(似-牟合方蓋と立方三分の計)の内容を、テキスト解読を中心に書き直して、円錐の体積(円柱3分身の秘密)に続けて見ていただくようにしたものです。

 先のページは、いろいろ勉強中のことを書き散らした結果、非常に見苦しいものになってしまいました。それでこの際フロントから引退して補欠に回りますが、それでも書き足りなかった発展的な課題をもうひとつ抱えていたので、最後にその(一寸法師の)ことについて少し述べておきます。

これからの算数教育においては,算数で学習したことを生活の中で直面した問題の解決に生かした
り,生活の中で算数の有用性が実感できたりするようになることが求められている。

http://www.saga-ed.jp/chouken/choukikenshuu_jigyou/chouken_report/h12/pdf/03kikunaga.PDF
発展的な課題というのはそのことです。ところで私達が今「算数で学習した」のは、陽馬のことでした。
 したがって、(陽馬)を生活の中で直面した問題の解決に生かしたり、生活の中で(陽馬)の有用性が実感できたりするようになることが求められいるわけです。
 これからのという。最近の算数教育には酷な話です。しかし、もっと昔の算数教育を、(陽馬)を生かしたり、(陽馬)を実感できたりした生活が全然なかったとはいえないので、もしあったとすればその実態を探し出して見せないといけませんが、私は、御伽草子の『一寸法師』の中にそういう生活が間違いなく見られるのではないかと考えています。(注1) 
 そう考える理由として、陽馬一寸法師の栄えある共通点をひとつ発表します。

(九章算術)陽馬の背丈が1寸に限られている。 (御伽草子)一寸法師の背丈が1寸に限られている。

 1寸という陽馬の光を浴び、算数の光に照らされている。そういう一寸法師はただ小さくて可愛らしいだけのものとは限りません。陽馬を生かし、算数を生かしているものと言えます。

 (陽馬)がこのように(一寸法師)に生かされているのは有難いことです。しかし、算数が国語(おとぎばなし)に恩恵を与え続けるだけだと、オアシスの水もじきに枯れて、これからの算数教育も衰えてゆきそうな感じです。しぶとく長続きするためには、水の流れを逆にして、(一寸法師)を通して(陽馬)を実感できるというサイクルが必ずなければならない。このへんの事情は、御伽草子『一寸法師』のストーリーを追ってゆけば明らかになると思います。(注2)
 年代記でいうと「第八話 アスカ、来日」を

陽馬(縦・横・高さ1寸という立方棋の中に居た陽馬です)、来日 ⇒ 一寸法師

 皆さんは『一寸法師』の話を御存知だと思いますが、陽馬が来日して、『一寸法師』になったことを、どう思いますか?

 

 

 

 

 

     エヴァンゲリオン新世紀

  

(注1)
 当初は『竹取物語』を目標にしていましたが、球の体積のことまで話が拡がりすぎるきらいがあります。
 それを見れば、三寸ばかりなる人、いとうつくしうてゐたり
 かたちを陽馬に限定して手短に話せばどうだろうかということで、『一寸法師』に注目しました。
 やがて十月と申すに、いつくしき 男子をまうけけり。
 さりながら生れおちてより後、せい一寸ありぬれば、やがて其の名を一寸ぼうしと名づけられたり。

(注2)
(陽馬)を生活の中で直面した問題の解決に生かしたりする.......... 
  ○縫い針で刀をこさえる。 刀なくてはいかゞと思ひ、針を一つ うば に乞ひ給へば、取出したびにける。すなはち 麥稈 にて 柄鞘 をこしらへ、
  
○御椀の舟に箸の櫂。  都へ上らばやと思ひしが、 自然 舟なくてはいかゞあるべきとて、又 うば に「 御器 と箸とたべ。」と申しうけ、
生活の中で(陽馬)の有用性が実感できたりする.........
  ○鬼に食われた一寸法師が(光になり)鬼の眼を通って脱出する。
   口より呑み候へば、目のうちより出でにけり。鬼申すやうは、「是こは曲者かな。」口をふさげば目より出づる。
  
○打出の小槌を振る度に背が高くなる。
  ○ まづ打出の小槌をらんばうし、「われ\/がせいを大きになれ。」とぞ、どうと打ち候へば、程なくせいおほきになり、

ピンホールカメラ(眼のしくみ)

     一寸法師の実体が光だったから、鬼の眼から飛び出した。

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