馬5匹、直金3斤。今売馬4匹。7人分之。(問)1人得幾何。

還って来た取り尽し法の未来(10) これで終りにします
目方(めかた)。
   劉徽注九章算術に見る 分数の世界

はじめに

方。以類聚物。以群分数。         九章算術「方田章」
方は、類を以て物をあつめ、群を以て数にわける。
同類者無遠数。異類者無近遠。而、通体。

類を同じくする者に遠き数無く。類を異にする者に近きも遠きも無く。
しこうして、体を通ず。

この一文は、もともと劉徽が合分術のこつを説明する中で述べられたものを、
合分術曰「母互乗子、併以為実。母相乗而、為法。」 
「方」という字句に惹かれて、手製の乗分術の図解なるものに持って来たので、勘違いや誤解はあって当然だと思われます。(注1)
しかし、通分の必要からして「加減算の中にも乗算が混じる」ということを分数計算の1つの特徴だと考えると、本家本元の乗分術に応用して様子を見るのは、「善良なる管理者の注意義務」というものかもしれない。しかも、この問題が、劉徽が乗分術の注釈中に思いつくまま示した例題なのだから、応用する甲斐はなおさらにあります。

いずれにせよ、こうして劉徽の分数思想の一端に触れたのも多少の縁です。浅はかな遠慮は無くして、じかに本心を理解したいものですが、先ず、「類」とか「群」とかいう(現代において)干乾びてしまった抽象言葉に、精彩ある具体的なイメージを取り戻すことから始めてみたいと思います。

還って来た 取りつくし法の未来 2008.1.9.〜  あゆみ(歩)
(1)何等分でも出来る線分と分数の概念
(2)グレゴリー(π/4)公式と、分数の〔かたち〕 
(3)グレゴリー(π/4)公式と、ワイリス望遠鏡
(4)九章算術方田章に同居する分数の概念
(5)九章算術方田(原文と勝手な解釈)
(6)円のふるえを〔分数のかたち〕で測ってみよう
(7)
天才ライプニッツと一反木綿()と分数の概念 
(8)球葱と帆立貝とライプニッツの円積率公式 
(9)曲りなりにもパラボラの面積は見ればわかる
(10)目方(めかた) 九章算術に始まる分数の概念
 
〔関連〕  分数と水汲み(水はこび)

(注1)
例えば、「通体(体を通じる)」の「体」のことを、てっきり直方体の「体」だと思っていたとしたら、おおいに勘違いしていたかもしれない。
「通(通じる)」という言葉の用例は、乗而散之、所以之。之、則可併也。 合分術について劉徽の説明の中にあります。
今有3分の1、5分の2。(問)合之。得幾何。
この例題でいえば、合分術に従って、/の1に5を乗じ、/の2に3を乗じ、また3に5を乗じて、(5+6)/15 になりますが。ここで「(体を)通じている」といっても、(5と6)が(11)になって(15)と一体化しているに過ぎず、長方形のイメージが自然に沸いてくるとは思えない。
しかし、ここで突然、「方は、類を以て物をあつめ、群を以て数に分ける」てなことを言われても、//にそれらの概念の顕現があるとは俄かに察知し難いので、読者にとっては正直迷惑です。有難い格言も宙に浮いた感じなので、ここを半信半疑に通り過ぎてのち、「翼よ。あれがパリの灯だ。」というシーンが、すべてのことがひとつの関連性によって明確に指し示されるシーンが、期待されます。

 「類」は直列をなし、「群」は円くなる。

  方。以類聚物。以群数。(注2) 

その 以て物をあつめる「類」 これは、とにかく、直線的な形をしていた。
その 以て数にわける「群」 これは、とにかく、円(まる)い形をしていた。

「方」「物」「数」もそうですが、「類」と「群」はいずれも抽象的な概念で、漠然としてつかみどころが無い感じです。また、互いに入れ替えて、
 方。以群聚物。以類分数。(誤)
としても違和感を覚えないほど意味が接近した言葉になっています。しかし、これは現代の風潮であって、昔もこうだったとは限らない。昔においては、自立した「類」のイメージ、また自立した「群」のイメージというものがあって、両者が混同されるおそれは微塵もなかったのではないか。もしそうでなければ、こんな格言も生まれなかっただろう。
その違いを一言でいえば、「類」は直列をなし、「群」は円くなる。


ルイ たぐい    (漢字源)

にたものを集めてグループにわける。
(多くの物の頭かずをそろえて、区わけすることをあらわす。
 多くの物を集めて系列をつける意を含む。)

グン むれ      (漢字源)

まるく円陣をなして集まる。
(群は「羊+君(音符)」で、羊がまるくまとまってむれをなすこと。)
.

(注2)  劉徽は、約分術の解説のところで、つぎのように説明しています。 物之数量不可悉全必以言之

 木目(年輪)に見る、「類」と「群」の様相

これは、方が、2つの類を以てあつめた物たちを、2つの群円を以て数え分けるプロセスです。
このとき、2つの類は、それぞれの物たちを率連れて、互いに直交する2本の直線(方)をなしている。群円は、その直線を横切って、数え分けることになりそうです。
この場合、円(まるくまとまったかたち)が同心円状にいくつも重なってむれをなしている、その全体を「群」というので、そういうイメージを提供する実在の群は限られています。
 木目(年輪)。波目(波紋)。眼球(目玉)。虹。玉葱(茎)。山(等高線)。太陽系(惑星軌道)。
天然物の例はこれくらいです。いずれも同心円を幾重にもかさねている円群(同心円群)です。

「類」には一方向に並ぶというイメージがありましたが、「群」のイメージ形成はおおいに遅れました。まだイメージが固まりきっていないので、言葉使いも未熟ですが、そういう私が「同心円群」のインスピレーションを得ることができたのは、古事記を拾い読みしたおかげです。

神代の昔、八十神(やそがみ)たちが、大木をかち割って、ひとつの儀礼的な実験をおこなったとき、彼らは、木目(年輪)の存在を、じゅうぶんに意識していた。

年輪の計測


http://www.fsm.affrc.go.jp/Joho/72/p3.html

於是八十神見。且欺率入山而。切伏大樹。茹矢。打立其木。令入其中即。打離其冰目矢而。拷殺也。
ここに、八十神たちは(大穴牟遅神に)まみえ且つ欺いて、率きつれて山に入り、大樹を切り伏せ、矢を茹でて、その木に打ち立て、その中(裂目)に入らせるや、その氷目矢を打ち離して、拷ち殺すなり。
爾亦其御祖哭乍求者。得見即。拆其木而取出活。
しかれば、その御祖(みおや)は又も泣きながら探し求めたれば、まみゆることを得て、すなわちその木を析(ひら)きて、取り出して活かす。
 
 
「群」は「氷目(ひめ)」と訳されていた?

表面的には、八十神たちの残虐なイジメに大穴牟遅神(大国主の命)がよく耐えたという話です。しかし、八十神たちのイジメ方、大穴牟遅神のイジメられ方に創意工夫が凝らされて、面白いことになっています。
例えば、楔(くさび)を打ちこめば大石も割れます。物を挟んで重しをかけるのなら大石が重量感があるのに、なぜか大木が選ばれている。
そういう面白さに誓って、この話の独立した本来の姿を考えると、これは、物の大きさを(延べて)測る〔ものさし〕と、物(注2)の頭数を(揃えて)数える〔ものあつめ〕の触れ合いを通して、算数とくに分数の起源を説く寓話のように思われます。イジメ云々は長話のつなぎに過ぎない。
ちょっと考えが飛躍しましたが、
八十神たちが、大穴牟遅神を押し潰す材料を、なぜ大樹に求めたかというと、木には木目(年輪)が、劉徽がいう「群」が、刻まれていたからです。それが「氷目」です。

 打離其氷目矢而 その氷目(に打ち立てたる)その矢を打ち離して
          or その氷目(より)その矢を打ち離して

 http://www.c-player.com/ac37888/thread/1100063683210

水面に拡がりゆく波目を1枚の写真が静止させているのと同じです。その一瞬を凍らせる(フリーズする)と木目(年輪)になるというイメージです。これはつまり、以て数をわける「群」の完全なすがたは、水鳥の「君」を中心に拡がりゆく波目がよく表現しているということではないか。
イジメの進行にはまったく関係のない事柄ですが、古事記の筆者(太の安麻呂)は、さすがにこの寓話の要点を心得ていたので、巧妙な漢字使い(氷目)によって、さりげなく取り入れたのではないかと思います。

(注3)
「類を以て物をあつめる」といっても、(計算の場合には)、なにも現物を集めてくる必要は無いということ。この点ははっきりしておく必要がありそうです。実際、馬5匹、直金3斤。今売馬4匹。7人分之。(問)1人得幾何。この計算をしている最中に、金3斤を咥えた馬5匹が訪ねてきても何の役にも立ちません。追って、馬4匹を連れた人7人が訪ねてきてもまだまだです。さらに加えて、金9斤を咥えた馬15匹と、馬16匹を連れた28人を召集しないことには、ちゃんとした答えは出てこない。
では、いったい何をあつめて「物」と言っているのか。数学者ではないのでちゃんとした説明はできませんが、いずれにせよ現物は避けたいものです。というのも、現物は、手荒な計算によって、破壊されるおそれがあるからです。デカルトの「物の数は点で表せ。量は長さで表せ」は言い過ぎにしても、大穴牟遅神が板ばさみにされたように、間違いなく痛い目にあいます。

「目方」という言葉

そういえば、日本語には、「目方」という表現がありました。これこそ「方以類聚物以群分数」の趣旨を一言で表した言葉ではないか。
ただし、これは、「目方が軽い」とか「目方が足りない」とか、重量に限定して用いられている言葉なので、測量と計算はやはりちゃんと区別した上で、「方以類聚物以群分数」のアナロジーというか、その趣旨をうまく比喩した言葉というべきでしょうか。

棹はかりのしくみを見ると、重さという「類を以て物をあつめ」、貫目、文目(匁)という「群を以て数をわけて」いるかのようです。この間に、「分銅」という〔物〕が介在していますが、左右が釣り合って棹が水平になった様子は、まさに「目方」を構えていると言えます。
そこで、右の絵によって、「目方」と「分数」の関係を説明します。
(絵にすると、水平方向に距離感が際だちますが、垂直方向に重量感も感じてください。)
その重量がいまだ不明な検体に、このようにアプローチしたところ、
分銅1個の重さが、検体の「5分の1」に当たることがわかりました。
左様にわかったところで、分銅の定重は1貫であったので、検体の目方は5貫になります。

.(注4)
 先ほどは説明に窮しましたが、「物を聚める」というのは、要するに物の重さをせっせと集めているのではないか。というのは、 物の体積はかさばって場所をとるけれども、物の重さは、個々の作用点をはかり棹に預けている限り、すこしも場所をとらないからです。
 「以て物を聚める」という「類」なる数直線には、もとより重さを掛ける必要はないのですが、そんなふうに個物たちをぶら下げておけば、「類」なる数直線上ですこしも場所をとらないので、効果は同じです。
 かくして、それぞれの位置が鮮明な点によって指し示された個物たちは、数量の計算に組し易いというわけです。
 しかし、重さのそういう利点を、算数世界全体で享受しようというときには、重さという物理的性質は邪魔になるので、「存在の重さ」というような無内容な概念に退縮させて、せいぜい個物の「有」というものをあつめてくるだけか。むしろ算数としては、(聚める物が)「右に同じ」というほど虚ろになっているのが、理想的なのかもしれない。そう思うと幻滅しますが。
    

 群母と群子。分数は◎2重マルで表せ。

 群母相乗 謂之同

最近気づいたのですが、
「合分術曰」以下、術文は「相乗而為法」と言っているのに(注3)、注釈した劉徽は、ことさらに「群」を付け加えて、「群母相乗」というふうに受け取っています。
これはことがらを左右する大きな要件です。早々に気づいて検討材料に加えておくべきでしたが、私に「群母」を見る目が無かったために、眼に入らなかったようです。
何も知らない私は(群のことを)分数のアクセサリーくらいにしか思っていなかったので、分母を「群母」と呼んでいること自体が驚きですが、お言葉に甘えて、こうして「群母」が居るのなら「群子」も居るはず。例えば「5分の2」について、これら群母人には、人の群子が居るものと考えます。

 /////
.

其母同者
直相従之

従此

以等数
約之
即得

所謂同法

為母
実余為子皆

今欲求其実

斉其子

同其母
令如母而

其余

如法而

不満者
以法
命之

乎其一術

可令


為率
率乗子為率

理焉






以通之
此算之綱紀

要矣錯綜度数
動之
斯諧
其猶佩觿

結無往而

従也
近而殊形
知雖同列
而相違也
然則斉同之術

類者無遠数
異類者
無近遠
而通体

知雖

位而相

與母
斉勢
不可失本数也

以類
聚物
以群
分数

群母相乗
謂之

同者
相與通同
共一母也
斉者子

之所以通之
通之
則可併也

凡母互乗子謂之

雖則麤細有殊
然其実一也
衆雖錯雑非細非会

母互乗子
約而言之者
其分

繁而言之者
其分細
合分術曰

互乗子


為実

相乗

為法
之得幾何
答曰

六十分之四十三
又有二分之一
三分之二
四分之三
五分之四

答曰

六十三分之五十
又有三分之二
七分之四
九分之五

合之
得幾何
分之十一 今有三分之一
五分之二

合之
得幾何
答曰
十五

 群子 ・・
 群母 ・・・・・

とりあえず点列でもってその個数を表しましたが、その名義どおりに、「群」でもってしても表しておくのが最善の処置であるのは言うまでもないので、

方、以類聚物、以群分数。


計数
則三術同帰也

七分馬之四
分子
與人交互
相生所従言之異而




一匹
直金五分斤之三七人売四匹馬
一人売

于同
但欲
求斉而又
馬匹
直金三斤完金之率
分而言

母相乗
為法者
猶斉其人也
同其母
為二十馬
無事

入于経分


則分子相乗
為実者
猶斉其金也

五分斤之十二
其為之也
当斉
其金
人之数皆合初問

直金三斤
今売馬四匹
七人
分之
人得幾何
答曰三十


以十二斤金為実
三十五人為法

更言馬五匹

人得幾何
答曰三十五分斤之十二
其為之也当如経

馬二十匹
直金十二斤
今売馬二十匹
三十五人
分之


相乗而
連除也
此田有廣


以廣


有問者曰

除者

如法而


今子相乗
則母各当報除




則亦満法
乃為全耳
又以
子有所乗

母当報除



不満法者

有母子之名
若有分
以乗其
乗分術曰母相乗

為法
子相乗

為実

如法而
答曰九分之四 又有田
廣五分歩之四
従九分歩之五
問為田幾何
答曰十一分歩之七 又有田
廣九分歩之七
従十一分歩之九
問為田幾何
答曰三十五分歩之十二 今有田
廣七分歩之四
従五分歩之三
問為田幾何

 これでようやく劉徽先生の陰を踏みそうなところまで近づけたか。そんな気がしないでもないです。

なお例えば「10分の4」については、(約せますが)そのままにして、この群母10人には、人の群子が居るものと考えます。

ときに劉徽は、「約めると目が荒くなる(約而言之者其分麤)」とか、「繁らせると目が細かくなる(繁而言之者其分細)」とか言って、分数を平均的な刻み目の集まりというふうに見ているところがあります。

 斉者子 與母 斉勢不可失本数也

「母1人・子1人」という分母子関係においては、本来の比例をいつでも保持して失わないことが大切ですが、これを陰で支えているのが「母たくさん・子だくさん」の群母子関係であるといえます。つまり、数が変わっても分母子関係が本どおりに健全なときには、群母子関係において、群素の数が整数倍に増多(乗−散)したり、整数分の1に減少(約−聚)している背景が必ずあるというわけです。

〔目方〕による合分術の図解

ジタバタしましたが、ようやく懸案の解決に漕ぎ着けた感じです。方以類聚物以群分数は、この群母子関係を語る言葉と見定めました。
(例題の、3分の1、5分の2は、何物でもない唯の数ですが、それぞれ「母」と「子」に類別される物であることにします。)

群母子関係の空間的なひろがりにおいて、は基準的な直線で、の数は点の一列並びで、(目)は同心円のひろがりで表される。


 〔目方〕による合分術の図解 (没)観音様には見せられない

 今有3分の1。5分の2。(問) 合之。得幾何。

   

  (答) 曰「15分の11」。
.

 

(注3)合分術曰「母互乗子、併以為実。母相乗而為法。.」

 今有3分の1。5分の2。(問) 合之。得幾何。

母をして互に子に乗じ、併せるを以て実と為す(算盤には、なる行に置く)

 )+)=

母をして相い乗じて、法と為す(算盤には、なる行に置く)

 )=


.
. . . . . .
. . . .
. . . .
. . . . . .
. . . . . .

  (答) 曰「15分の11」。
.

 劉徽格言の解釈に戸惑う

行き着くところまで来たかなという感じがしないでもないので、いよいよ劉徽格言の解釈に挑戦してみます。
私がこれまで培ってきた目方図を思い切りぶつけてみようというわけです。
ふらふらしていますが、ざっくばらんに述べます。

 

方。以類聚物。以群分数。
 
方は、類を以て物をあつめ、群を以て数にわける。
同類者無遠数。異類者無近遠。而、通体。
 
類を同じくする者には遠き数を無くし、類を異にする者には近き遠きを無くし、
 しこうして、体を通す。

方。以類聚物。以群分数。
とくに分数のためにあるとき、「目方」というものは、2本の測り棹を直交させたマルチな構造をしているので、2つの類を以って、2とおりの物たちを、2手にあつめることが出来ます。
直交点を中心に測り棹をぐるぐる廻すと、目盛の像が多数の輪になって残り、等間隔に同心円が重ねられているように見える。これが群です。
2とおりの物たち(個数)のグループは、群による橋渡しがあって、はじめて互いに関わり合うことになります。これを称して、「群を以って数に分ける」というわけです。もっとも、「分数」というのはひとつの成果に過ぎないので、ここでは、2とおりの物たち(個数)のグループがそのまま統合され一体化されて、一つにまとまった常態になっていることの意義がずっと大きいのではないかと思われます。
同類者無遠数。異類者無近遠而、通体。

難しいことが述べられているので、「馬5匹の値段が金3斤」という具体例において考えます。
  馬馬馬馬馬(金金金)
また、あまりに難しすぎて何が何だかわからないときには、よく反面教師といいますが、それとまったく反対の状態を思い浮かべてみると事柄がつかめる場合があるので、まずやってみます。
同類者有遠数。異類者有近遠而、不通体。
正反対の状態のときにはどうなっているか。その様子はどうにか察しがつきます。
  1、馬(金1斤) 2、馬(金1斤) 3、馬(金1斤) 4、馬(  ) 5、馬(  )
なんと、4番目、5番目の馬はタダで差上げているかっこうです。この馬2匹は金類の体に通じていないわけですが、金3斤なる金類にしても、馬類の一部分にしか、体を通じていないことになります。しかし、全体の通じ合いが不完全なことは、計算にして見せると一層明らかになります。
 金3斤 ÷ 馬5匹 = 0(/).....余り3斤。   ぜんぜん分数になっていない!
ところで、左一番上の目方図は、正直そういう印象を与えているので、回収しましょうか。
同類者無遠数。異類者無近遠而、通体。
正しいときにはどうなっているか。事柄がつかめていれば、察しがつきます。
  1、馬(金/斤) 2、馬(/斤) 3、馬(/斤) 4、馬(/斤) 5、馬(/斤)
それにしても、いましがた欠陥を露呈した目方図の改善が急がれますが、まずもって、異類間の近遠を無くする必要があります。そのために。馬類による群の外輪と、金類による群の外輪、この2つを一致させたいものです。
そこで、馬類による群の軌道を低めて、外輪が金類のアンカーを貫通するようにします。これがまた、金類による群の外輪にもなります。(左中図)
つぎに、金類も救いとるかたちで、まるごと円軌道に復帰させます。(左下図)


新規まきなおし  目方(めかた).......分数のパースペクティブ

"perspective"とは
日本語でも「パースペクティブ」と使われていますが、みんなどんな意味かわかっているのでしょうか?カタカナではなんかはっきりしない気がします。
"perspective"の日本語訳としては、「遠近画法」「距離感」「観点」「展望」などがあります。これらはあくまでも日本語訳であって、英語本来の意味とはズレがあります。いつもどおりロングマン英英辞典(LDCE)を見てみましょう。

a way of thinking about something which is influenced by the kind of person you are or by your experiences

大体の意味をまとめてみると、
「何かについての一つの考え方で、それはあなたがどういう種類の人か、もしくはあなたの経験によって影響されるもの」
ということです。.........

                (
英語の世界観) http://ameblo.jp/english-worldview/entry-10072576767.html

はなしの途中に口出しして恐縮ですが、つぎの歌謡曲には、英語本来の「パースペクティブ」という概念が、見られなくもないと思う。

 義理と人情を秤にかけりゃ 義理が重たい男の世界
 幼なじみの観音様にゃ 俺の心はお見通し
 背中で吼えてる唐獅子牡丹               (唐獅子牡丹 作詞・作曲:水城一狼・矢野 亮、唄:高倉健)

つまり、「男の世界についての一つの考え方で、唐獅子牡丹の刺青を好む種類の人が、幼なじみの観音様によって影響されたもの」
ということで、「義理が重たい」という俺の心には、perspective が、しかも英語本来の意味において、見られるといえます。

ただし、この私に、この歌詞のことを、思い出させてくれたのは、義理と人情を秤にかけて見て感じるという「目方(めかた)」です。
重さを目に見て感じる。本来は目に見えない重さという性質も、〔はかり〕にかければ、距離という目に見える性質に変わる。「目方」は、見えないものの見方であるので、一つのパースペクティブですが、どうかすると「遠近画法」「距離感」という意味に偏っているので、本来の意味とはズレのあるパースペクティブということになりそうです。

比重パースペクティブ 

方、以類懸物、以群比重。 

しかし、その人の考え方が、観音様がお見通しなさるほど、視覚的に整理されるのは良いことです。そこまで明瞭になった考え方のことを「見方」といいますが、「その問題に対する私の目方は〜です」と言えば、重量感も加わって、よろしいのではないか。

方。以類聚物。以群分数。 ここでようやく本題に入ります。
既に述べたように、私は、、劉徽の分数概念を構成する3つの要素(方・類・群)を、目方図の中に、3つとも確認しました。しかし、〔比重の世界〕の考えを、〔分数の世界〕に移して(ぶつけて)みたところ、同類者無遠数。異類者無近遠而、通体。 〔類〕・〔群〕の実際の働き方において、異なるべき点があることがわかりました。
重さを比べることと、数を分けることは、いつまでも同じ仕事ではいられない。私は、この結果を見て、目方図にしても、〔比重〕用のものと、〔分数〕用のものと、あっさり2つにわけてしまうのが良いと考えました。

〔比重〕用の目方図には、「比重のパースペクティブ」という固有名を差上げます。
贈る言葉は、方。以類懸物。以群比重。
           (方は、類を以て物を懸け、群を以て重さを比べる。)

義理が重たい〔比重の世界〕とはこれでお別れ。一宿一飯の恩義は忘れませんが、きれいに足を洗って、〔分数の世界〕に入ります。

分数には目方(めかた)があるのか? 「方」は目方と言換えられるのか? 「類母子」「群母子」には目方を論じる価値があるのか?
疑心暗鬼の中、頼りにするのはこの方がた。

 目加田  頼子(よりこ)   説子(もとこ)           目加田姉妹
      NHKアナウンサー  中央大学教授、政治学者

  目 方   類子(ともこ)   群子(まるこ)            目方姉妹

目加田姉妹には名刺負けしてへこみますが、目方姉妹にも圧倒的な勝ち目がある。それは数の多さです。
目加田姉妹は二人きりなのに、目方姉妹は数限りなく幾姉妹もいます。
それに、この目方(子)姉妹に加えるに、もっと数多い目方(母)姉妹がいるわけです。

分数パースペクティブ

方、以類聚物、以群分数。 

〔比重の世界〕の遠近感(距離感)を安易に〔分数の世界〕にあてはめるのは無理がある。
劉徽格言を解釈して痛感したのはそのことでした。目方図を別に拵えたゆえんです。
左が〔5分の2〕を例にした目方図ですが、

まず水平と鉛直の2方があります。(方)
水平に類母(・・・・・)が、鉛直に類子( ・ ・)が物として集められています。(以類聚物)
○群母・類母に依り添い、○群子・類子に依り添っています。(以群分数)
類母(・・・・・)も、類子( ・ ・)も、それぞれに等間隔に並んでいます。(同類者無遠数)
ただ、2類の全長は、母も子も全体を捧げて分け合うために、同じです。(異類者無近遠)
従って、末端の○群母と、末端の○群子は、一周を共にするので、末端の○群母は最終の・類子を貫通し、末端の○群子も最終の・類母のを貫通しています。
かくして、母は子の、子は母の、それぞれ均質になっている全体に通いあう。(而通体)

要するに、類母5個と類子2個がまったく等しい距離の間に詰まっている構えです。
それで、〔5分の2〕という分数の大きさをいったいどこで見るかが問題ですが、
○群母2が通っている円軌道は、本来ならば、○群子2が通る軌道でもあった。この円が鉛直線を横切るところが、本来ならば、・類子2の定位置であった。私はここに立って〔5分の2〕の大きさを見たい。

〔分数〕用の目方図には、「分数のパースペクティブ」という固有名を差上げます。
劉徽の分数の概念と今まで呼んでいたものは、概念というよりも観念であり、観念というよりも目方あるいはパースペクティブであったということで、タイトルも「目方。劉徽注九章算術に見る分数のパースペクティブ」というふうに改めてしまいたいほどです。

目方に拠る分数計算は一味違う

2つの整数が同じ幅をとって向き合うという〔分数〕の構成に、どういう実際的な価値があるのか、それはまだわかりません。
そこで、引き続いて、新しい〔目方図〕による合分術を図解してお見せしたいと思ったのですが、例の3分の1+5分の2=〔15分の11〕で、○群母が15輪、○群子が11輪もグルグル回っている様子を鮮明に見るには巨大な画像を要するので、取り止めにしました。
(こういうことを言っている内は、まだ要点をつかんでいませんが、わけのわからない図解を中止したのは賢明でした。)
しかし、かわりに何かしないといけませんが、おそらく、私が果たせなかった課題は、実際に算盤に向かい算木を操って計算する場面に持ち越されているので、その算盤上においてそれこそ図解してお見せすればよいのではないか。即実行ということであれば世話はない。
それで、まったく劉徽が教えたとおりに、未熟な計算を演じているところを、お見せすることにしました。

合分術曰「母互乗子、併以為実。母相乗而為法。実如法.而一。」

 今有3分の1。5分の2。(問) 合之。得幾何。

目方に拠ってこの計算をおこなうためには、
 非常に幅広い実欄ならびに法欄が必要です。
 また、マッチ棒のような細い算木を使う必要があります。

細い算木は、・類母子に依る○群母子を直線分にかえたものである
 このように考えると、
 群を以て数を分ける(以群分数)ということに関する説明は要らない。
「通之。則可併也。」 という合分術のこつは確かによくわかると思います。

   .金に目がくらむ問題を目方にお返ししたので、これにて一件落着か。

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 馬5匹、直金3斤。今売馬4匹、7人分之。
 問人得幾何


乗分術曰)母相乗為法。子相乗為実。実如法而一。

   (答曰「35分斤の12」)

  3 ×  12  ×  20  ×  12
  ― × ― = ―― × ―― = ――
  × 7  20  ×  35  ×  35

この課題においては、上のような掛算をして、金と人を結合している〔馬20匹〕の存在をいったん明らかにすべし。
というのが、私の持論でした。 (4) 九章算術「方田」章に同居する〔分数の概念〕
その〔馬20匹〕が、いちばん上の算盤の法欄に表され、続いてまん中の算盤の実欄に表されています。
「金に目がくらんで生き馬の目を抜く」という問題を目方にお返ししたので、これにて一件落着か。
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備考 古事記拾い読み(原文 http://www.let.osaka-u.ac.jp/~okajima/kojiki1.txt

 


故大國主神坐出雲之御大之御前時。 自波穗乘天之羅摩船而。内剥鵝皮剥。 爲衣服。有歸來神。爾雖問其名不答。且雖問所從之諸神。皆白不知。爾多迩具久白言【自多下四字以音】此者久延毘古必知之。
されば、大国主神、出雲の御大の御崎に坐せる時、波穂より天の羅摩船に乗りて、鵝の皮を内剥ぎに剥ぎて衣服と為せる、帰り来たる神あり。ここにその名を問うといえども答えず。かつ、これに従える諸神に問うといえども、皆「知らず」と白す。ここに多迩具久(たにぐく=ひきがえる)白して「久延毘古(くえひこ)ならば必ずこれを知るべし」と言う。

即召久延毘古問時。答白此者神産巣日神之御子。少名毘古那神【自毘下三字以音】故爾白上於神産巣日御祖命者。答告。此者實我子也。於子之中我手俣久岐斯子也【自久下三字以音】故與汝葦原色許男命爲兄弟而。作堅其國。
即ち久延毘古を召して問う時、答えて「此は神産巣日神の御子にして、少名毘古那(ひこな)神なり」と白す。さればここに神産巣日(むすび)御祖(みおや)命に白し上げれば、答えて「此は実に我が子なり。子の中において、我が手の股より久岐斯(くきし)子なり。されば、なんじ葦原許男命(日本一のへっぽこ野郎)と兄弟と為りて、共にその国を作り堅めむ」と告げる。

故自爾大穴牟遲與少名毘古那。二柱神相並。作堅此國。然後者。其少名毘古那神者度于常世國也。故顯白其少名毘古那神。 所謂久延毘古者。於今者山田之曾富騰者也。此神者足雖不行。盡知天下之事神也。
さればこれより、大穴牟遲と少名毘古那と、二柱の神相並びて此の国を作り堅める。然る後に、その少名毘古那神は常世の国に渡るなり。されば、その少名毘古那神を顕し白せし、いわゆる久延毘古は、今において山田の曽富謄(そとば)なる者なり。此の神は、足行かずといえども、天下のことをことごとく知る神なり。

 

以前に「微小図形の権化」と看做したスクナヒコナのことを、ここに至って「微小分数の権化でもある」というのは、無定見を露わにするようなものですが、代数幾何学が当時(神秘的な装いのもとに)おこなわれていたとすれば、いたしかたのないことです。

多迩具久(ひきがえる)は、その身体の形が四角錐を思わせる。
 錐体の体積= / ×(底面積×高さ)
ゆえに、「3分の1」なる分数を自分のこととして知る者であった。

蛙(かえる)という字の旁は、圭すなわち先端が尖ったかたちですが、圭(四角錐)の中で最も大きな久延毘古が、最も小さなスクナヒコのことを知っていた。図形の相似性によることですが、どちらも「3分の1」なる分数を自分のこととして知る者であった。

http://sizengaido.ti-da.net/d2006-11.html

図形であり分数でもあるスクナヒコについて、ここで分数たる側面を強調したいときには、親たる御祖命の言葉を借りればよい。
だいたい神々の親族関係というのは、必ずしも血縁を伴うものでは無くて、概念の親密な関係が夫婦や親子のすがたをとる。それこそ類聚ですが、しかし、『神産巣日(結び)神』なる『御親命』は、「スクナヒコは実に我が身体を分けた子である」と言った。(論理的な発展も歴史的な進化も無くて)ひとえにDNA鑑定が決め手となる親子関係は、分数の母子を取り扱う要領を思わせます。

しかして、オオアナムチとスクナヒコが共にした分数は、(同じかたちの)大きさの比較に基づいていたといえます。

スクナヒコが(粟粒になって弾け飛んで;日本書記)常世の国に渡ってしまった後、その後継者としてオオナムチの前に現れた神様が「大年神」です。「暦(こよみ)と季節の元祖神」ですが、私は例によって「年輪の神様」と呼ぶことになります。

ただし「御諸山」は現在の三輪山のこととされています。三輪山の山頂にまします神様といえば『大主神』です。「御諸山」の〔諸(もろ)〕は「(むれ)」に通じ、「三輪」は多重同心円を想像させます。
 
方。以類聚。以(諸)分数。
なんだかここに「目方」的な分数概念の樹立を見る思いです。

しかして、オオアナムチとオオモノヌシが共にした分数は、(物の重さにちなむ)距離の比較に基づいていたといえます。

 

於是大國主神愁而告。吾獨何能得作此國。孰神與吾能相作此國耶。 是時有光海依來之神。其神言。能治我前者。吾能共與相作成。若不然者。國難成。爾大國主神曰。然者治奉之状奈何。 答言吾者伊都岐奉于倭之青垣東山上。此者坐御諸山上神也。
是において大国主神愁いて告ぐ。「吾れ独りで何ぞ能く此の国を作り得るか。いずれの神にして、吾れと共に、能く此の国を相い作れるや」と。是の時、海を光らせて依り来たりし神有り。その神言う。「能く我が前を治めたれば、吾れ能く共として相い作り成す。若し然らずば、国は成り難し」と。ここに大国主神曰く。「然らば、治め奉るときの状(さま)はいかに」と。答えて言う。「吾れをば、倭の青垣の東の山上に斎き奉れ」と。此は御諸山の上に坐ます神なり。

故其 大年神 娶神活須毘神之女。伊怒比賣。生子。大國御魂神。次韓神。次曾富理神。次白日神。次聖神【五神】。又娶香用比賣【此神名以音】生子。大香山戸臣神。次御年神【二柱】。又娶天知迦流美豆比賣【訓天如天亦自知下六字以音】生子。 奧津日子神。次奧津比賣命。亦名大戸比賣神。此者諸人以拜竃神者也。次大山(上)咋神。亦名山末之大主神。此神者坐近淡海國之日枝山。亦坐葛野之松尾。用鳴鏑神者也。次庭津日神。次阿須波神【此神名以音】次波比岐神【此神名以音】次香山戸臣神。次羽山戸神。次庭高津日神。 次大土神。亦名土之御祖神。【九神】  上件大年神之子。自大國御魂神以  下。大土神以前。并十六神。 羽山戸神娶大氣都比賣神【自氣下四字以音】 生子。若山咋神。次若年神。次妹若沙那賣神【自沙下三字以音】次彌豆麻岐神【自彌下四字 音】次夏高津日神。亦名夏之賣神。次秋毘賣神。次久久年神【久久二字以音】次久久紀若室葛根神【久久紀二字以音】  上件羽山戸神之子自若山咋神以  下。若室葛根以前。并八神。

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 あゆみ(歩)