トルコのことを語るうえで欠かせない人物がいます。この人に会っていなければ、自分がここまでトルコ好きになることもなかったんじゃないでしょうか。
ベルガマの安宿でお会いした「アキフ」と呼ばれていた日本人です。
長い旅の途中で、トルコが、そしてベルガマがおおいに気に入っていたご様子で、数ヶ月滞在していたところでした。
彼いわく、「思ってたより旅が長くなって日本に帰るお金がなくなっちゃたんだよね。だから、ここでちょっと仕事してんの。」
仕事といっても、がっつり稼げるわけでもなく、お金がないといっても無一文なわけでもなく、旅が大好きでトルコが居心地好くて今こうなってるんだっていうありのままの姿が、わずかな会話でストレートに伝わってきました。
「ああ、この人自分よりマイペースだなあ」って。
この「アキフ」と数ヶ月、ベルガマで過ごし、彼からトルコ語を学び、彼の紹介でたくさんのトルコ人とお会いしました。
今ある自分、ひとり旅の一歩を大きく力強くしてくれたのもアキフと会い学んだことによるんじゃないかなって思っています。 本当にありがとう。


お世話になってます
アキフがまず最初に紹介してくれたのが、床屋のナーディル(左から3人目)でした。隣りにいるのはウールで、彼もまたよく面倒をみてくれました。
床屋にはひっきりなしにいろんな人が訪れます。仲良くなった人とは挨拶を交わし、時折お客に混ざってチャイをご馳走になったりと、ベルガマ滞在中はそこで過ごすことが多かったように思います。

ナーディルの時間の空いた日には、彼の実家に連れて行ってもらったり(写真は実家の綿花畑)、しょっちゅう結婚式に駆り出されていました。
夕方ぷらぷらそこらを歩いてると「アスマン(←ベルガマではこう呼ばれてた。ナーディル命名)、来い。今日は知り合いの結婚式だ」。
えー、これから夕飯なのにーなんていっててもお構いなし。
ほら、じゃあこれ飲んでろって、ビール手渡され連れて行かれ。

彼らは多分、アキフと会うまでは旅行者と話す機会なんてなかったと思います。だから普通なんです。
毎日普通に仕事をして、終われば友人とチャイハネでたむろして。そんな彼らの生活の中に、私は旅行者・お客様としてではなく、友人として自然に受け入れてもらっていたのではないでしょうか。

イスタンブールにうようよしてる観光客目当ての人たちとは明らかに違う彼らの「普通さ」が、純粋にトルコを好きになる要因でもありました。
「友達なんだから毎日、顔出せよ」って声をかけられる。あー、そうかって思う。そして、嬉しい。


助け舟
サフランボルという世界遺産に登録されている美しい町があります。
この町のとある古物屋(アンティークショップ?)でスケッチをさせてもらっていたのですが、そこの主人がどーも気に入らない。
馴れ馴れしくて、放っておいてといっても執拗に話しかけてくるわ、店に入れ入れ喧しい。
初めのうちは我慢して適当に付き合っていたのですが、次第にウンザリしてくるほどうるさい。

ダメだ、こりゃー!ってイカリがはじけた瞬間、仲介になってくれたのが、このジェミル君。
「主人はあんな人だから仕方ないんだ」ってフォローしてくれて、険悪になった主人と私の間を取り持ちスケッチが続けられる状態にしてくれたありがたい人物。

カーッとなると熱くなるトルコ人、自分も普段はぽやんぽやんしてるんですが、いざ怒ると「ガー」ってなる。
そんな状況は、このときばかりじゃなく、あちこちで起こる。
で、決まって自分を助けてくれる静かな人がいる。おかげでコトが大きくならずに済む。
いるんですねえ、ちゃんとみててくれる人が。

ベルガマでスケッチをしていたときも、えらい小さなお子様に助けられていました。(4歳ぐらいでしたねえ)
何いうでもなく、ずっと自分のそばに立っていて、「あー、またジャマするガキんちょ来たなー」って思うと、その思いを察してその子供を静かにどかす。
ありがとうねーという態度を示すと当然のことをしたまでですって表情をし、私の肩に手を置く。頼もしき、お子ちゃま。


トルコ語
最初は喋れっこありません。
しかし、先にも出てきましたアキフがあまりに達者に喋るもんですから、日本人はみんなトルコ語が喋れるもんだと思ってたようです。(んなワケねえだろー!)

「アキフは喋れるのに、なんでアンタは喋れないの?」って当たり前の顔して聞いてくる宿のスタッフ。
アキフは半年以上もトルコにいるのよ、あたしゃこの前、来たばっかなのよ。って反論したトコで何も状況は変わらず。
でも、考えてみれば滞在期間で比較はできないのです。
半年いようが1年いようが、喋れない人は喋れない。(確かにそういう人もいました)
アキフもいっぱい苦労して努力してるのです。(何もしないでいきなり喋る人も珍しいですからね)

宿のスタッフから、一方的に「お前も喋れ」と言われた後、おうおう馬鹿みたいに部屋で泣きまくりました。
そしたら、えらいスッキリしてね。
このときからでした。スイッチが切り替わった。よし、自分もちょっと頑張ってみようって。
早速アキフに教えてもらった路上古本屋へ英語・トルコ語の辞書を買いに出かけました。
もちろん辞書を買ったって喋れるようにはなりません。
まず喋ってるアキフを見て、真似してみるところから始まりました。
喋りの間、相槌の入れ方、身振り手振り。
わからないトコは後で聞けるので気持ちもラクでした。
そして、覚えたトルコ語は必ずトルコ人の前で喋り、ご披露。

今はすっかりキレイに忘れてしまったトルコ語ですが、当時はこんなこともあって、よく喋ってましたね。 ケンカもしてましたわ。
イスタンブールでは「ガイドをしてるのか?金になるか?」ってトルコ人から聞かれたこともありました。
日本ではトルコ語を話す機会はありませんがいまだに身についてるのは「喋り方」。
たまに気をつけねばと思う、なぜなら「偉そうに」喋る癖がついてしまったから。トルコではかなり強気で相手にぶつかってましたからねえ。

最後に私のお気に入りのトルコ語を。
「イイ・ヨルジュルックラル」−よい旅を 先に出てきたジェミル君に教えてもらった言葉です。

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