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一週間日本縦断 (1) Running through Japan in only 1 week (1)

【プロローグ】


日本一周、というのは子供のころ多くの人が夢に描いたことがあると思う。

私が子供の頃には海外旅行はまだ一般的ではなかったから、小学校の卒業アルバムの中にあった『将来やってみたいこと』に「日本一周」と書いた子が結構いたものだった。

ちなみに俺は、なぜかそのときそこに「四国一周」と書いていた。

ショボいんだか個性的なんだかよくわからない夢で我ながらコメントを付けがたいのだが(ちなみに私は当時も今も四国には何の縁もゆかりもない。そしてこの夢は未だ実現していないし、今後する予定もない)、おそらく地図を見ていて、一周するのに手ごろな形をしていたのでそう考えたのではないかと思う。

そう。日本の国土は細長いので、一周には不向きなのだ。日本という国を踏破するには、一周するより南北に縦断する方が効率的なのである。

では日本縦断のルートとして何か代表的なルートは存在するのだろうか。

日本の南端は、一般的に言って沖縄県である。正確にいえば日本最南端の沖の鳥島は東京都に属するけれども、一般人が行けない場所のことをここで語っても意味がない。人の住んでいる所では、沖縄県の石垣島近くにある波照間島が最南端だ。しかし波照間島から九州・鹿児島までは点在する島を船または飛行機で移動しなければならないので、その間は単調な行程ながら時間を要するという難点がある。そこで、九州本島の最南端にあたる鹿児島県の佐多岬と北海道の最北端である宗谷岬を結んで旅をするというのが、割と代表的といえる縦断ルートである。

けれども佐多岬と宗谷岬の間を普通に列車やバス等で旅行したところで、特に面白いことがあるというわけでもないので、この間を、マイカー・自転車や徒歩等、移動手段にこだわって旅をするのが、巷でよく聞く日本縦断の話だ。

しかし私にとって移動手段は、どうでもいい。むしろ経由地そのものにこだわって日本を縦断してみたい。だが私もサラリーマンの身であるが故、時間に制限がある。1週間程度で実行可能なことも重要な条件のひとつだ。

1週間日本縦断ルート
1週間日本縦断ルート
(本地図は「白地図MapMap」〔http://www5b.biglobe.ne.jp/~t-kamada/〕 の地図画像を編集して作成しました)
こうしてあるとき、日本海沿いに列車に乗って、海の見える駅で何ヵ所か途中下車しながら南から北まで行こうという旅行計画を漠然と考えたことがあった。

九州から北海道へは列車に乗りっぱなしで3〜4日くらいと思われるので、適当に乗り降りしていたらちょうど1週間程度の旅程に収まりそうだ。日本海の位置を考えると、起点は九州西部の長崎で、終点は北海道・稚内が適当だろう。

しかし長い間その計画が具体化することはなかった。それはもちろん、わざわざそんなことをするよりも、目的地を絞って旅行するほうが、いろいろな面で楽だからである。ゆえにこの計画も、小学校当時の私の夢である「四国一周」と同じように陽の目を見る機会はないと思っていた。

だが2003年夏、その「1週間日本縦断計画」が私の脳内で突如脚光をあびるときがきた。

この年の私の夏休みは、日程が決まるのが遅かった。

上司に文句を言われながらも何とか7日間の休暇を獲得し、一応、とある外国へ行くつもりで航空会社に予約を入れたのだけれども、申し込みが遅かったためになかなかOKの返事を得られなかった。

10日前を過ぎても「WT(キャンセル待ち)」の状態だったので、私は、代わりの旅行先を急遽考えることにした。せっかく1週間休めるのにどこにも行かないのはもったいない。しかし、今から海外航空券をとるのは難しい。そのとき思い浮かんだのが、例の「1週間日本縦断計画」だった。

私は本屋で大きい時刻表を買ってきた。そしてインターネットで、海が近くにある駅の情報を調べた。鉄道マニアにはインターネット好きの人が多いのか、この手の情報は割と充実している。そうしていくつかの駅を見つくろい、ざっと全体の計画を立てた。

翌日、J●Bに行き、長崎から稚内までの乗車券を買う。ルートは、ざっとこんな感じである。

長崎(長崎本線)鳥栖(鹿児島本線)門司(山陽本線)下関(山陰本線)綾部(舞鶴線)東舞鶴(小浜線)敦賀(北陸本線)直江津(信越本線)新潟(白新線・羽越本線)秋田(奥羽本線)東能代(五能線)川部(奥羽本線)青森(津軽線・海峡線)函館(函館本線)旭川(宗谷本線)稚内

●TBの窓口のお姉さんは、私が申込書に書いたこのルートを目にして顔を引きつらせた。それを見た私は、なぜか反射的に「すいません」と言ってしまった。別に謝ることはないのだが。

乗車券25,930円也。日本縦断のきっぷとして考えれば安いような気がしないでもない。もっとも特急券などは、後にその場その場で買う予定にしているので別払いとなる。

次に、私が住んでいる東京と、この旅の起点・終点の間の航空券を買う。航空券はJT●では買わず、格安チケットショップの●黒屋へ行く。そしてその場で羽田→長崎と稚内→羽田の航空券を予約。国内旅行はシャキシャキ予約が進むところがよい。

こうして夢の「1週間日本縦断計画」は、実行1週間前に急遽実現の運びとなった。


【初日】
長崎(長崎県)→下関(山口県)


東京・羽田から朝イチの飛行機に乗り、昼前に長崎市街に到着。

とりあえずちゃんぽんでも食おうとリ●ガーハットに入る。

「しかし何も長崎まで来て、わざわざリン●ーハットでちゃんぽん食うこともねーよなあ」と思いながら、ふと自問自答する。

「…長崎って日本海か?」

地図をよく見ると、長崎市が接する海は日本海というより東シナ海に面した入り江のようなところだ。「日本海」がテーマだったら、この旅の起点は、長崎よりも北にある佐世保あたりの方がふさわしいような気もする。佐世保からは海沿いに平戸を経て佐賀県の伊万里へ抜ける鉄道がある。それに乗る方が地理的にはフィットする。

でもなあ。

「佐世保→稚内」では、何だか収まりが悪い。マニアックだ。長崎からでも結局はマニアックなんだけど。でも、やっぱり「長崎→稚内」の方がサマになるような気がする。

まあいいか。所詮この旅のルールブックは俺だし。

港の近くにはおしゃれな店が多くあった
長崎・出島
というわけで、これ以上は深く考えないことにして、長崎駅近くの出島に行く。

出島は日本が鎖国していた時代に唯一開かれていた港である。何となく、重みのある日本縦断旅行の起点にふさわしい地だと思う。写真を何枚か撮り、駅へ。

改札で「長崎→稚内」の乗車券を差し出すと、駅員は何気なくスタンプを押してからきっぷに目を落としてから、一瞬ギョッとしたように見えた。しかし関わり合いになりたくないのか、すぐ平然とした顔に戻って私にきっぷを返した。そりゃー私だって駅員の立場だったら、こんな偏屈的なきっぷを持った客とはあんまり関わりたくない。

長崎本線列車の車内から
どの海なんだろう…
14時過ぎの普通列車で長崎を発つ。市街を抜けて数十分走ると左手に海が見えてくる。日本海なんだか東シナ海なんだか考えに迷ううちに車窓から海が遠ざかっていく。どうにも冴えない旅立ちである。佐賀・博多を素通りし、関門トンネルを通って山口県の下関へ。約10時間で今回の旅の九州滞在終了。

今夜は下関に泊まる。下関は、垢抜けしていない割には活気が感じられる、独特の雰囲気を持つ町だと思う。明日は早起きして町の中をちょっと歩いてみよう。


【第二日】
下関→飯井(山口県)→鳥取(鳥取県)


最近のビジネスホテルは価格破壊のおかげで、安くてもきれいな所も珍しくない。しかし昨晩泊まった某ホテルの部屋は古くて風呂にはカビ跡があちこちに残り、洗面台からはほのかにゲロのような臭いがする、今日びの日本では珍しいほどの寂れた宿だった。一泊5,000円だったから、そう文句も言えないけれども、500ルピーでも高いんじゃねえかと感じさせた。…って、例えがインドの通貨単位だよ、そりゃ。

駅に行く前に、市内を少し散歩する。下関は1998年に韓国へ行ったときに立ち寄って以来の訪問だ。

両隣は特殊なお風呂屋さんだ。
ただの食堂にしては渋すぎ
漁港のすぐ近くにあるソープランド街は健在だった。しかし朝早いためこれらの店はまだ開いておらず、うるさい呼び込みもいない。そこで通りの中をのんびりと歩いてみると、艶かしい店の間に、古びた食堂があるのを見つけた。もう暖簾がかかっている。これらの店も漁から帰ってきた人を迎えるためにあるのだろうか。このエリアの奥の深さを感じる。

できれば時間を割いて、もう少しこの街を味わいたいところだが(ソープも早いところでは9時から開店するみたいだし…ってそれは違う…違うぞ…汗)、先を急がなければならない。

駅前には酒屋が一軒あるだけ。
飯井駅
山陰本線の普通列車に乗り、飯井(いい)という駅で降りる。列車数両分の長さのホームがひとつあるだけの無人駅だ。下車したのは私だけ。駅は高台の上にあり、ホームから海が見下ろせる。

10分ほど歩いて、静かな入り江に出る。一応、海水浴場になっているようだけれども、8月下旬・平日のこの日は、天気がよいにも関わらず数人の釣り人と1組の家族連れがいるだけで、静かそのものだった。実態は、近所の人たちの、プライベートビーチのようだ。いいなあ。

まさに、ため息が出るくらい美しい海。
飯井の海岸
ふたたび山陰本線で移動する。山陰本線は「本線」という名が付いている割には、普通列車はバスもどきのトイレもない一両編成のディーゼル車であったり、特急でさえもトイレは辛うじてあるものの二両編成でしかない列車があったりする。19時過ぎに今日の宿泊地、鳥取着。


【第三日】
鳥取→鎧(鳥取県)→東舞鶴(京都府)→富山(富山県)


鳥取駅で「鳥取砂丘バス20分」と書かれている掲示を見つける。このときはじめて鳥取砂丘がすぐ近くにあることを知る。

ほとんど普通のゆで卵なのだが。
砂たまご
実は私は全都道府県を旅行したことがあるといっても、この辺りへ行ったことはあまりない。鳥取県は大学時代にサークルの合宿で玉造温泉へ行ったとき以来19年振り2回目、島根県にいたっては高校の修学旅行で津和野に行ったとき以来、22年振り2回の訪問だ。なんだか高校野球の出場校紹介みたいだが。昔から私は、日本でも海外でも、行ったことのないところの地理には詳しくないのである。それにしても、こんなに町から近いのだったら砂丘も予定に入れておけばよかった。しかし今日は富山まで歩を進める予定なので朝7時前の列車で鳥取を発たねばならず、余裕がない。代わりに砂丘の砂で温めたというゆで卵『砂たまご』を買い、出発する。

海辺まで降りていくには時間がかかる
鎧駅
背を向けたところで列車が来れば気づくだろうから、いいのだ。たぶん。マナちゃん(カナちゃん?)がかぶる阪神の帽子もデザインが古い…
線路と逆方向の、海を向いているホームのベンチ(左)と、「ふたりっ子」ロケ地の看板(右)
この日、最初に降りたのは鎧(よろい)という駅。ここもひなびた無人駅だが、ホームから見える海は絶景だ。

そのせいか、ベンチも列車の方ではなく海の方を向いているのが、微笑ましい。

公衆便所のような安っぽいコンクリート造りの駅舎を出ると、駅前には木造の年期の入った家が立ち並び、「ドラマ『ふたりっ子』ロケの町」と書かれた看板が立つ。たしかに時代もののドラマのセットのような趣を感じる。しかし、看板はかなり色褪せてしまっている。もっとも、看板に描かれている幼いマナ・カナちゃんも現在では宮崎美子と区別がつかなくなってしまっているのだが。

さて、このあとは山陰本線から舞鶴線に乗り換えて、舞鶴港に行く予定にしていた。

しかし列車を乗り継ぐうちにだんだん天気が怪しくなり、ついに東舞鶴の駅に着く直前に激しい夕立が起こる。滝のような雨と轟音のため、下車することを断念。だって、雷怖いし。

もっとも、今日舞鶴に行かなかったから明日行けるというものでもない。今日は富山まで行って泊まり、明日はさらに北を目指すのだ。連日、海沿いに移動しているこの旅では、基本的に一期一会。いや、ひょっとしたら舞鶴には、もう永遠に来ることはないかもしれない。なぜなら生まれて39年、今まで一度も来たことがなかったし。まあこれもひとつの運命である。Farewell 舞鶴。別に淋しくないぜ。とりあえず。

結局止まっている電車の中で3時間近く過ごした
動かなくなってしまった電車
しかし今度は、舞鶴線から乗り換えた小浜線の電車が大雨のために動けなくなってしまった。15時20分発車予定が、「復旧見通し立たず」という。そう言われたところで、駅から外に出ようと思っても相変わらずの豪雨だ。仕方がないのでキオスクに行って暇つぶし用に本を買おうとしたが、手頃な本がない。悩んだ末に「週刊ポスト」と「週刊現代」を購入し、熟読しながら復旧を待つ。はじめてこういった雑誌を熟読した私だが、この2誌って、グラビアやら袋とじやら銀はがしやら、誌面の構成がそっくりなんだな。舞鶴豪雨のおかげで、図らずも初めて知った。

小浜線が復旧したのは結局18時前だった。しかし私の乗っている列車は復旧後の一番列車なので、途中までは徐行運転。本来なら東舞鶴から2時間で着く敦賀には、さらに数十分遅れて到着した。

そして北陸本線の特急に乗り換えて富山を目指す。富山のホテルにチェックインしたのは23時近くになっていた。


【第四日】
富山→親不知(新潟県)→笠島〜青海川(新潟県)→能代(秋田県)


睡眠時間5時間ほどで、昨日に続いて今日も7時前の列車で旅立つ。何だか普段の生活より忙しいような気がする。考えてみれば、いつもは最寄り駅7時43分の電車で通勤しているわけだしねぇ…それでもモチベーションが維持されているような気がするのは、毎日ステージを移動している、このような性格の旅だからだと思う。

今日の最終目的地は秋田県の能代だ。富山から新潟・山形を経て秋田まで、今日1日の移動距離は長い。600km近くになる。

右手に見えるのが高速道路
親不知駅
最初の下車駅は親不知(おやしらず)。奥歯の親しらずとは関係がない。断崖絶壁に荒波が押し寄せるこの地域はかつて交通の難所であり、通行する際には、波のひいた瞬間に波打ち際を素早く走り抜けなけれならなかった。そのとき、子は親を顧みる余裕などなかったことから「親不知」という名が付いたようだ(他にもいくつかの説がある)。

で、現在この難所を鉄道はトンネルで通過し、最近出来たらしい高速道は海上にはみ出した橋で通り抜けている。

そんなわけで駅のホームから海を見ると、海上に突き出した高速道路が視界を塞いで見通しが悪い。ある意味つまらない光景だけれども、地形的には現在も難所であることは変わらないのだから、そうせざるを得なかった事情もあるのかもしれない。

今、ここで泳ぐ人はほとんどいないだろう…
親不知・歌ヶ浜海水浴場
「駅から徒歩10分」と案内がある歌ヶ浜海水浴場に行ってみる。しかしこれがまた見事に高速道路の高架橋下にあり、車の騒音がうるさく、そして高架橋で陽が遮られているため、何だか思わず笑ってしまうくらい気の毒な光景になってしまっている。おそらく高速道路ができる前ならば、ここに泳ぎに来る人もそれなりにいたのだろうが、今はほとんどいないだろう。

また、ここで海の色が変わってきていることに気づく。九州や山陰で見た日本海の色に比べて透明っぽく、色が淡い。例えるならば、抹茶と煎茶のような違いがある。かえってわからなくなったかもしれないが。これが北国の海の色なのだろうか。

親不知をあとにし、直江津で信越本線に乗り換え。

次の目的地は信越本線の笠島と青海川だ。両駅は隣同士で、どちらも海の近くにある。

笠島駅は、ホームから海に面した弁天様が見えるので、下車して旅の無事を祈願する。鮮やかな鳥居が海のブルーに映えて美しい。

青海川駅までは2キロ程度なので歩いていくことにする。しかし崖上にある道路に出るために、海沿いにある駅から百メートルはありそうなアップダウンを強いられ、炎天下の中、逝きそうになる。


電車から見るたび気になっていたのだが、今回はじめて訪ねることができた。笠島の弁天様(左)と青海川駅(下)
ドラマ「高校教師」とか「燃焼系、燃焼系」のCMロケとかで使われた
それでもどうにか青海川駅にたどり着くことができた。この駅はホームがほとんど波打ち際に位置しているので、「日本海にいちばん近い駅」としてしばしばドラマやテレビコマーシャルのロケに使われている。しかし、やはり寂しい無人駅だ。駅前の自動販売機でスポーツドリンクを1リットル買い、一気に飲んでいると、待合室にいた一人の怪しい鉄道マニアらしい男が、やはり怪しいと思ったのか私を避けるようにホームへ歩いていった。彼はほとんど汗をかいてないようだ。列車を降りたっきり、駅から外に出てないのだろうか。それで楽しいのか?…大きなお世話か。

やがて電車が来て、車内で一服すると、足腰が痛むのを感じる。考えてみれば、朝から晩まで列車に乗っているか駅の周辺をほっつき歩いているかどっちかなんだから当然だ。

実はこの旅の計画を1週間前に立てたときには、時間的に多少移動がきついかもしれないとは感じていたのだけれども、まあ列車の中で寝てればいいやー、程度に考えていた。

しかし。

私は自分が列車の中では熟睡できないこを考慮していなかった。今日も出発が朝早いのは計画通りだったけれども、「新潟から能代までは特急列車に約5時間乗り通しなので、その間に眠っていれば何とかなる」程度に軽く考えていた。だが現実は、足腰の痛み且つ座ったまま体勢を大きく変えられない辛さでほとんど眠れなかった。嗚呼…。

今回の旅とは何の関係もないっす。
参考までに、これがブータンでお湯浴びに使っていたバケツです
20時過ぎ、能代着。ホテルに入るとすぐに風呂に入る。ものすごく気持ちいい。風呂に入ること自体がこれほどまでに「ものすごく」気持ちいいのは、週2回しか入浴(というか「お湯浴び」)できなかった、青年海外協力隊員としてブータンで生活していた頃以来だ。


 
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