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| 青年海外協力隊物語 JOCV story | |||||||||||||
9-1. プンツォリン (2000.12) 東ブータン出張から戻った次の週の月曜日、私は再び大荷物を持ってAMCの車に乗っていた。 また出張するのだ。今度の行き先は国境の町、プンツォリン。インド交易の拠点だ。 車は下り一方の山道をクネクネと走っていく。プンツォリンまでの所要時間は約5時間。途中で日が暮れたので小さな村の食堂で一服。今回のドライバー兼案内人である同僚Tと、食事をとる。彼はパクシャパ(豚肉と唐辛子の煮込み)と共に、ラムを注文した。 「ん?酒?」 しかしTは平然として答えた。 「お前は飲まないのか?もう夜だぞ?」 …違うって。私は車の運転をしないから(もともと協力隊員は原則として車の運転を禁止されている)、その点で酒を拒む理由はないのだけど、むしろ、飲んでから山道を車に揺られることで気分が悪くなりそうな気がしたので、遠慮していたのだった。 しかし彼は「一杯だけだしー」と軽くグラスを空けると、「さーて、俺もガソリンを入れたし、快調だぁ」と陽気に出発。道幅1.5車線のガードレールもない暗い山道を50km/h近くで蛇行しながら下りていくので、スリル満点。やがて下界に町の灯りが輝いているのが目に入る。 「プンツォリンだよ」 Tが指差した。 立派な町だ。 もちろん日本の大都市とは比べものにならないけれども、平地できらめく町の灯りを見るのは、ブータンへ来る前に一晩を過ごしたバンコク以来だ。バンコクのようなネオンこそ見えないものの、正直、私は少し感動していた。 しかし彼はニヤリとして話した。 「あの灯りのほとんどは、実はプンツォリンのものじゃないんだ。プンツォリンと国境を接しているインドのジャイガオンという町の灯りなんだよ」 …やっぱり、所詮ブータンである。 もっともプンツォリンに着いてみると、それでもブータンの中では規模が大きい町であることを感じる。
RCSCは、半官半民の、車の部品などを扱う輸入商社のような組織だ。ここには1995〜7年の間、私と同じく在庫管理業務の活動をしていた男性協力隊員がいた。彼は評判がよかったらしく、RCSC以外でも広く名を知られていたようだった。AMCにも彼の名前を知る人がいるほどである。そこで私は今回プンツォリンに行き、彼の活動の足跡を探ろうと考えたのだ。 しかしはじめに挨拶したRCSCのマネージャーは、彼のことをあまり詳しく覚えていないようだった。 「彼のことは覚えているよ…でも俺と違うセクションにいたから。彼と同じセクションにいた人も異動したり退職したりで、今でも残っている人は、もうあまりいないんじゃないかなあ」 ここは人の入れ替わりが激しいようだ。 在庫管理セクションを案内してもらい、システム運用を担当しているというインド人男性のSEを紹介してもらう。 ブータンにはインド人労働者が多くいる。職種も、彼のようなホワイトカラーの仕事から、ブータン人があまり好まない肉体労働まで多岐に及んでいる。何しろ人口10億の国だから、労働力は豊富だ。 あいにく彼も件の協力隊員のことを知らなかった。その代わりに早口の英語で、RCSCのシステムについて説明された。 …早すぎて、わかんねぇよ(冷汗)。 それでも何度か質問しているうちにどうにか内容を理解し、最後は握手を交わして友好的ムードで日印在庫管理担当者会談を終えることができた。AMCより規模が大きく本格的なシステムを組んでいるため、はっきり言ってあんまり参考にはならなかった(もし日本語で話を聞いたとしても、なんちゃってSEである私には難解だったような気がする)。けれども純国営で何事においてもドンブリ勘定なAMCに比べると、しっかりした管理をしているように思えた。当初考えていた目的は果たせなかったけれど、この国にもそういう組織があるということを知っただけでも収穫だった。 RCSCをあとに、プンツォリンの町を歩く。 プンツォリンは安価なインド製品を扱う商店が多いため、ブータン各地から買い出しにやってくる人が多い。同行している同僚とも「あとは自由行動で」ということで別れ、各自お買い物に走ることにした。
そのドブが国境線だという。 私はドブ板を渡った。 インド入国だ。このままバスにでも乗ればカルカッタへもデリーへも行けるのかもしれない。しかし厳密にいえば密入国だ。あまり派手に遠出はせずに、歩いていける範囲を回ってみることにする。 おそらくはブータン人向けであろう商店が軒を連ねるジャイガオンの町の規模は、結構大きく感じられる。人口5万とも言われる。10億の民が住むインドの中では取るに足らない規模かもしれないけれども、人口60万人のブータンから見れば大都会だ。
9-2. ミレニアム (2000.12) 「Millenniumって知っているか?」 暮れも押し迫ったある日、同僚のブータン人に聞かれた。時あたかも、新世紀を迎えようとしていた。 それにしても私が21世紀をまさかブータンで迎えることになろうとは、子どもの頃には思いもしなかった。当たり前だが。 しかしうちの近所ではミレニアムという言葉をかろうじて知る人はいても、だからどうした的な雰囲気が強かった。もともとクリスチャンなど皆無に等しいし、そもそもこの国にはチベット暦に基づく正月に当たる日が1〜2月の数日間、別にある(祝日にもなる)からだ。 ミレニアムという言葉は、せいぜい、 「今年は雪が降らないねえ」 「うーん、ミレニアムだしねえ」 と言った、世間話のオチに使われる程度だった。 そこでブータン在住の協力隊仲間では、大晦日に首都へ集まってパーティでもやろうという話があるらしかった。けれども私は素直にこの国の時の流れに身を任せ、その時を地元で過ごすことにした。
そして年が変わる瞬間、私は一人、日本から持ってきたお気に入りのCD「Live in Germany 1976 / Ritchie Blackmore's Rainbow」の、Cozy Powell のドラムソロを聞きながら世紀を越した(…わかる人だけウケてください)。 9-3. 女王様 (2001.2) というわけで年が明けても誰も「A Happy New Year」と言うわけでもなく、まとまった正月休みがあるわけでもなく、私は普通にAMCに通った。 日本からの年賀状がバラバラとAMCに届いていた。日本にいた頃に比べて年賀状の数が半減していた。国際郵便だと切手代を調べるのが面倒なのだろうか。しかし物珍しさからか、逆に普段年賀状をよこさない人から葉書が来ていたこともあった。そんな中に、日本の会社の同僚からのものがあった。 「こちらは忙しくて毎日おおわらわです。そちらは楽しいですか?俺って、サラリーマンだなって思います」 …俺も一応、まだサラリーマンなんだがなぁ。自分のことが日本でどう思われているのか、不安に感じる。 さて、年が明けてしばらくするとAMCも雰囲気が慌しくなりはじめた。 女王様がAMCへ視察に来るのだという。王国のブータンでは女王様も政治的に重要な役割を果たす。ついでに説明しておくと、一夫多妻が認められているこの国には女王様が4人おり(しかもみんな姉妹なのだ)、それぞれが担当の業務を持っているらしい。今回やってくるのは"First Queen"と呼ばれる一番上のお姉さんだと言う。 私が過ごすコンピュータ室も、久しぶりに掃除することになった。 「すまんな。煩わしい思いをさせて」 マネージャーのウォンチュックさんが私に謝った。けれども私が「いや、こういうイベントでもないと誰もここを掃除しようと思わないですから。Welcomeですよ」と答えると、笑っていた。事実、半年前に農業大臣が所用で来たとき以来、ここはまともに掃除されたことがなかった。そしてこの部屋以外でも、季節はずれの大掃除が行なわれた。色々な意味で、偉いさんが来ることはAMCにとって悪いことではなかった。 もっとも私は、部屋を掃除して待っているだけでは済まなかった。 「お前が作っている在庫管理システムを女王様にプレゼンテーションするように」と言われた。幸いにしてその頃にはシステムは8割方完成していたので、どうにか人に見せても恥ずかしくない状態にはなっていた。しかしそうは言っても相手は女王様だ。失礼は許されない。前日の晩、私は原稿を書いて(当然英語で)プレゼンの練習をした。 そして当日。久しぶりにスーツを着て行くと、見慣れない姿を目にした顔見知りの野良犬から吠えられた。 女王様がやってくるのは午後の予定とのことだけれども、AMCの職員は皆、朝から女王様をお迎えするための準備をしていた。いや、正確には3〜4日前から構内の掃除や説明の準備などのため、通常業務をしている人はほとんどいなかった。まるで何かの、お祭りの前のようだった。 午後2時過ぎ、いよいよ女王様がいらっしゃるという電話連絡を受け、職員一同、横一列に整列してお出迎えをする。偉い順に並ぶようなのでどこに立つべきか迷っていたところ、P.M.の隣に入らされた。…No.2なのか、俺?
しばらくしてP.M.に案内された女王様が、我がコンピュータ室に入ってくる。 簡単に自己紹介をして、前日練習した通りにご説明を始める。しかしここで予想外のことが起きた。女王様が私の説明に対して、いくつか質問をされたのだ。もっとも、私の説明がわからんとかイチャモンをつけるとか言う類のものではなく、「ここで出力される帳票はどのような用途に使うのか」など純粋な機能に関する問いだった。けれども、まさか積極的に質問を受けるとは思わなかったので、あせった。だって普通は女王様が在庫管理に興味があるとは思わないしねぇ。まあどういうのが普通の女王様かと言われても困るけど。 それにしても、巧みに的を外さず、かつ無理な難問でない範囲の質問をしてその場を盛り上げる(これは結構むずかしいものだ)あたり、お世辞抜きで頭脳明晰な方だと思った。 結局、私のプレゼンは15分くらいに及んだ。最初は心配げに見ていたP.M.ほかAMCのスタッフも、よくわからんが私の作っているシステムに女王様が興味を抱き、説明に満足されている様子を見て、安心したようだった。
結局、彼女は定時過ぎ、お帰りになった。それを見送ってから、魂が抜けた様子のP.M.が私につぶやいた。 「いやー疲れた。しかし、無事に終わって安心したよ……明日は休もうかな」 何で、最後は皆そう言うんだ…。 |
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