

は じ め に
「1992年4月8日。妻 恵子(28歳),長男 悠(1歳3ヶ月),そして私(30歳)の3人は、熱風に圧倒されながら
クアラルンプールスバン国際空港に降り立った。いきなりの暑さに驚いて悠が泣き出したのを覚えている。
空港火災の直後で大混乱の最中だった。」
という波乱の幕開けで私たちの1075日は始まりました。日本の同僚や家族に宛てて書き送った新聞形式の私信集「ぶんがらや」から主な話題を紹介しましょう。
帰国の朝。現地の友人たちと空港で
1995年3月18日,大勢の知人たち(現地の友人達が駆けつけてくれたことに感激)に見送られて
マレーシアを飛び立ちました。まさに、「惜別」という言葉どおりのせつなさでした。
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