日高の常識は世界の非常識?
堀紘一氏の勘違いが巻き起こしたデキレース騒動
8月1日号の週刊Gallopに怒りの緊急提言として
「日高の常識は世界の非常識」と題する堀紘一氏の
コラムが掲載された。見開き2頁に及ぶ長文で、
内容は堀氏が参加したセレクションセールについての批判だ。
一般のメディア露出も多い堀氏だが、札幌3歳Sを制したアイアムザプリンスなど
の馬主としても知られている。何が堀氏をそれほどまでに怒らせたのか、
コラムに沿って話をみてみたい。
日高の人は「馬が売れなくて困る」と言うが、馬主の側からみれば 安心して馬を買える市場でないということを改めて感じた。 元来、判官贔屓の私のこと、日高の肩を持ちたいところだが、 社台の独り勝ちになったのは偶然でもなければ社台の努力だけでもない。 日高軽種馬農協の長年にわたる馬主無視の結果だという事実を いやというほど痛感させられた。
この後、コラムではセリ会場まで案内標識がないことや、 セリの目玉であったサンデーサイレンス産駒の上場取り消しへの疑念が述べられてい る。サンデー産駒の取り消しは「庭先で話がついたんだなといううわさが飛び交った」 と、上場直前に個人的な取り引きが成立したのだろうと推測している。 本来、オープンであるはずのセリへの不信感が芽生える。 そして、堀氏が お目当ての馬 (サクラバクシンオー産駒・ リスクフローラ2003)を競っていた時、その事件は起きた。
610万円でハンマーが鳴り、落札できた、と思った。 ところが、ハンマーが鳴った0秒4から0秒5秒後、 競馬で言えば3馬身差ぐらいのタイミングで、セリ場の裏手から突然、 「650万円」という声がかかった。… 私はふた声、680万円まで声を出して降りた。 「上場番号32番の馬は591番のお客様が落札されました」との声が会場に響いた。 …落札者は販売申込者だということを確認してから、 セリ場の裏手にある電光掲示板を見に行った。 するとどうしたことか、なんと購買者番号86番の福島県の馬主が落札したことになっ ていた。
堀氏はセリのカタログを10時間も予習して、現地でも上場馬を下見し、 やっと2頭に購入する馬を絞ったという。 しかし、落札できたと思った瞬間にセリが不可解に続行され、 馬の販売を申し込んだ者(生産者)が競り落としてしまった (リザーブ価格までは販売申込者もセリに参加することは認められている) 。 だが、堀氏が確認すると、別の馬主が落札したことになっていたという。 つまり、既に生産者と馬主で売買の約束が取り交わされていた馬をわざわざ上場さ せ、デキレースをしようとした。ところが、 思いがけず堀氏が競ってきたため生産者が自己落札し、 主催者の助けを借りて約束済みだった馬主が落としたことにしてもらったと、 堀氏は考えたのだ。
見知らぬ牧場主に声をかけられ、 「よりによって先生が競っている馬でマル市ほしさのデキレースやらんでもよかった のに。でも、先生、先に話ができていてどうせ買えなかった馬だからあきらめなさい」 と慰められた。…いつしか私の周りに3、4人の牧場関係者が集まり、 「最近はマル市手当が減額されたので減ってはきたが、日高のセリでは毎度のこと。 それが日高だ」と教わり、30年間眠っていた新聞記者魂がよみがえってきた。
いわゆるマル市手当、市場取引奨励賞は、セリで売買された馬に対して、 着順に応じてJRAから生産者に交付される給付金のことだ。 競走馬の8割は庭先と呼ばれる直接取り引きで売買されている。 庭先は新規参入者や零細馬主を取り引きから締め出すだけでなく、 調教師や代理人、中間購買者など幾人もの仲介者を経ることで、 生産者は多額のマージンを抜かれた代金しか受け取れないこともあるなど、 数多くの問題点が指摘されてきた。 とりわけ、馬主より力を持つ中央の調教師にまつわる噂が絶えないのも事実。 去年、免許を取り消された田中耕太郎元調教師だけが特異な例とは思えない。 こうした不透明な商慣行を市場取り引きによって改善しようと、市場振興策は行われ てきた。しかし、これを逆手にとって、庭先で決まっている馬を、 さも市場で取り引きされたように装う行為が 当たり前のように行われているという。
「日高の常識は世界の非常識」である。だから、初めて日高で馬を買おうという、 まともな馬主が逃げて行き、馬産地不況が続いてきたのである。 主催者が牧場の味方をするのはわからないわけではない。 主催者だって生産者なのだから。露骨にやりたい放題では客がいやになる。 日高のセリが活況になったのことは喜ばしいことだが、 それだけでよかった、よかったの大合唱では自分で自分の首を締めかねない。
以上の堀氏のコラムに対して、田中哲実氏は デキレースを行ったとされる生産者の話を直接、引用した上で 事実関係が異なると指摘する。 ちなみにこの生産者 と田中氏の牧場は同じ町内にあり、 また、落札した馬主は 東北3歳チャンピオンにもなった田中氏の生産馬、 マルハチマエストロを所有していた関係にある。
堀氏がセリに参加してきたのは確か580万円くらいからではなかったか。 そのあたりから私と堀氏との競り合いになり、私は600万円で降りた。 その後610万円と堀氏がコールしてそこで落札されたと思っていた矢先、 いつの間にか販売申込者用のスペースにI調教師と馬主のU氏が入ってきていて、 U氏が『650万円』と声をかけた。… 軽種馬農協の職員はそのままU氏の声を代弁し続け価格は690万円まで行き、 そこでハンマーが鳴った。ところが鑑定人が、 たぶんそんなところ(販売申込者用のスペース)に購買者がいるとは思わなかったらしく、 しかも、リザーブ価格を700万円にしていたので、 690万円を販売申込者の声だと勘違い したようだ。591番と発表されたのはそういう経緯だと思う。 ところが、間違いに気づいた私はすぐ『違うじゃないか』と抗議したため、 U氏の86番に訂正されたというのが本当のところです (netkeiba/生産地便り)
田中氏は生産者こそ、あらぬ疑いをかけられた 被害者だと言う。確かに堀氏の主張は すべて状況証拠ばかりだ。 実際、後日、馬市ドットコムは 現地での関係者への取材からデキレースは堀氏の勘違いと結論づけ、 「全く憶測と自分の印象のみで断定的な記事を書いた」と堀氏を批判している。
@サンデー産駒の上場取消しについて以上の馬市ドットコムの記事は、田中哲実氏の反論を追認するものだ。 堀氏を含めた三者の記事を精査してみると、やはり堀氏が落札できなかった「リスクフローラの2003」で マル市狙いのデキレースがあったと断定することはできない。 その後、堀氏は沈黙を決め込んでしまったことからも、 今回の騒動は堀氏の勘違いと認識せざるを得ない。 核心部分が事実と言えないなら、付随するサンデー産駒の上場取消しやハンマー問題も 議論するにはあまりに些末なものにしかなるまい。しかし、 問題の本質はこうしたデキレースが 常日頃から横行しているか否かということにある。 個々のセリがデキレースだったか、農協の不手際だったかを明らかにしたところで、 解決する話では決してないのだ。 この点について、田中氏は8月15日号のギャロップに追記する形で執筆している。
当馬には事前に1億8千万円で庭先でのオファーが来ていたが、 それを上場者が「セリに出しますのでセリで声をかけてください」と固辞していた経緯すらある。 このような状況の中で、現場で庭先取引が決定して直前欠場をするというのは考えられない。Aハンマー後のセリ続行について
微妙なケースでの判断は鑑定人に委ねられるべき であり、それが世界の常識である。もし、 その判断に異論があるのなら、その場でするべきである。堀氏は続行後もセリに参加しているのであれば 認めているということであり、全てが終わった後のこのような批判こそ「世界の常識」に合うのか疑問Bデキレースだったかどうかについて
この問題が発生したのは、慌てた最終落札者が販売申込者専用席に飛び込んで落札してしまったからである。 もちろん、販売申込者専用席に購買者が飛び込めてしまった構造は批判されて然るべきであり、主催者側としては改善すべきである。…しかし、その不手際が断じて「裏取引(デキレース)」によるものでは無い し、日高の不透明性であると言われる筋合いは全く無い。単なる噂や憶測だけで日高全体がああまで書かれる筋合いは全く無いと思う。 そして、新聞記者魂を自認するならば、真相を正してから書くべき。真相も正さずして、 「訴訟費用も用意できたのでペンを取った」というのはあまりにも乱暴すぎる。 「ペンの暴力」と感じるのは私だけでは無いはずだ。 この真実ではない記事によって傷つけられた関係者への謝罪と名誉回復を求めたい。 (堀紘一氏の馬時正論・週間ギャロップへの掲載記事について考える)
結論を先に書く。 「デキレースは(たぶん)存在する」 。 過去5年間の私自身が生産した市場上場馬に限っても、デキレースの打診は二度あった。 …かなり多くの生産者がこんな経験を持つはずだ。 結果的に購買者からの打診を受け入れたら、それで「デキレース成立」となる。 …だからといって、もちろんすべての取引があやしいのではない。 全体的にはかなり激減しているはずだ。最も多かったのは、 テスコボーイやトウショウボーイの産駒や、 日本軽種馬協会の種牡馬の産駒に市場上場が義務づけられていた時代だっただろう。 (田中氏)
生産者の立場からデキレースの存在を認めるのは、極めて勇気の要ったことに違いない。 それでも正面からファンの疑問に応えた田中氏の対応に拍手を送りたい。 新規馬主の参入を阻害する閉鎖性や、不透明な裏取引の現状に本音では快しとしていないが故だと思う。 堀氏の批判を馬産地を知らない素人の勘違いと切り捨てることも可能だ。 だが、村の人間でないからこそ、言えた真実もあるのではないだろうか。 奇しくも堀氏が大風呂敷を広げた週刊Gallopの別コーナーでは、 関口房朗氏が取り引きの不透明性を指弾している。 関口氏は先日の社台グループのセレクトセールで エアグルーヴ産駒を4億9千万円で落札したが、 予算は無限大と語るかの御仁にも日高は冷たかったようだ。
日本の場合、繁殖牝馬が受胎する前から 売り先が決まっているケースが少なくない。この場合の 売り先とは馬主ではなく調教師のこと。 つまり、どの厩舎に入るかがすでに決まっていて 調教師がスポンサーを探す、という形なわけですが、 仮にその馬が無事に生まれてから見初めて ”売ってくれないか?”と申し出ても、 ”もう○○調教師のところに行くことになっているんです” と断られてしまいます。…セリと言っても名ばかり で、 上場されるものの暗黙の了解のように ”あの馬は○○調教師付きの××がいくらで落とす”みたいな雰囲気ができ上がっていて、 それこそ、なあなあの空気の中で進行する、 というセリもあるくらいですからね。(関口氏)
どの世界でも情報開示は、ビジネス成功の前提条件だと言われている。 閉じられた空間で馴れ合いの談合に終始し、 新規参入者を阻害していけば業界全体が先細りしていく。 まっとうな商売をする気があるのが社台だけなら、 社台の独り勝ちはこれからも揺るぎないだろう。 競走馬取り引きは改善された点も多くあるとは言え、開かれた 市場だとはとても言うことはできない。 流通改革は個人牧場の努力でできるものではなく、 JRAや農協がもっと積極的に推し進めていかなければならない課題だ。 濡れ衣を着せられた関係者にとっては 不幸な出来事だったかもしれないが、 せっかく巻き起こった議論だ。感情論で終わらせずに、 今後、競走馬の流通をどう健全化していくのか、建設的な方向に活かしていくことが馬産地にとっても プラスとなりうると思う。結果的には大恥をかいたとはいえ、 「王様の耳はロバの耳!」「日高のセリはデキレース!」 と叫んだ一馬主の行動を馬産地は真摯に受け止めてほしい。