さらば田原成貴 ‐スポニチ記者殴打事件を考える‐
今年2月、田原成貴騎手が引退した。
その実績だけでなく、彼一流の騎乗、言動、そして美学に魅了されたファンも多かった。
私にとっても、大崎昭一、石崎隆之とともに好きなジョッキーの一人だった。
だが、彼の引き際はファンとしてあまりにもやりきれない無様なものだった。
78年にデビューした田原は初騎乗初勝利をテンシンニシキで飾る。
83年には天才的な先行策で有馬記念を4歳馬リードホーユーで制する。
翌年にはダイアナソロンで桜花賞を勝ち、87年にマックスビューティーで桜花賞・オークスの牝馬2冠を達成した。
だが、田原の騎手生活がすべて順風満帆だったわけではない。
腎臓を摘出する大事故もさることながら、その言動はいつもマスコミの標的だった。
マスコミの集中砲火「サルノキング逆噴射事件」
82年、この年の牡馬クラシックを沸かせていたのがハギノカムイオーとサルノキングだった。
ハギノカムイオーは名牝イットーの息子で、セリで1億8500万円という破格の価格がつけられた馬。
ハギノカムイオーとサルノキングが初めて顔合わせしたのがスプリングSだった。
1番人気はサルノキング、鞍上は若き日の田原だった。
好位から競馬をするとみられていたサルノキングはスタートから最後方。
スローペースで逃げるハギノカムイオーに対して、向こう正面からマクリに出て4角では先頭に立つ勢い。
だが、強引な仕掛けが災いして失速して4着に終わった。
勝ったのはハギノカムイオー。
サルノキングはレース中に骨折して引退を余儀なくさせられた。
問題はサルノキングの馬主権利の半分を、レース前にハギノカムイオーのオーナーが取得していたと報じられたことだった。
ハギノカムイオーに勝利させるために、サルノキングに故意に負けさせたのではないのかと騒がれたのだ。
各スポーツ新聞は「サルノキング逆噴射事件」として、田原の騎乗を批判した。
事件の真相がどこにあるにしろ、田原にとって不本意な結果であったろうし、マスコミへの不信もこの時に根づいたに違いない。
「ファンのためにも良い悪いははっきり言う」
もう一つ、田原とマスコミの関係を捉える上で欠かせないのが92年の「サンエイサンキュー事件」だ。
サンエイサンキューは札幌記念、函館記念、サファイアS、ローズSという過酷なローテでエリザベス女王杯に臨んだ。
追いきりを終えた田原は「調子が落ちている。この状態でGTは勝てない」と発言。
それを受けてサンケイスポーツが「1、2着したら坊主になる」と歪曲した形で報道し、
さらに追い討ちをかけるように田原の釈明会見を「田原謝罪」と事実を捻じ曲げて報じた事件だ。
サンスポの卑劣な報道に対し、田原は「ファンのためにも良い悪いははっきり言う」と毅然とした態度で跳ね返した。
私はこの後、数年間はサンスポを一切買わなかった。
今でもこの記事を書いた記者を軽蔑している。
田原の発言は多くのファンの支持を受けた。
だが、田原のマスコミ不信は増大されたのだろう。
サンエイサンキューは次走の有馬記念で骨折し、田原の発言の正しさを証明した。
田原が美学失った記者殴打
田原は騎手生活晩節も、トウカイテイオーの涙の有馬記念、鬼気迫るマヤノトップガンの天皇賞制覇など数々の名騎乗でGTを制した。
そして、惜しまれながらの引退宣言。
まだ絶頂期に近い時点での引退は田原の美学を感じさせてくれた。
だが、最後の最後で決定的なミステイクをする。
スポーツニッポン記者、橋本全弘氏の殴打事件である。
2月12日、新規調教師の合格発表があった。
その記者会見に田原は出席しなかった。JRAの手際の悪さから、プライベートの約束に不都合が生じたためだと聞く。
田原が記者会見に出席しなかったことを翌日の各紙は報じた。
田原には彼の論理があり、報道内容に怒りを持ったのだろう。
田原は14日、土曜日にスポニチの橋本記者を京都競馬場の検量室に呼び出す。
そして、ムチ3本で橋本記者を殴打、歯を2本折る大怪我を負わせた。
田原はこの時、「試し振りをして当たっちゃたよ」とうそぶいたという。
翌週に引退騎乗を控えていた田原に、事情聴取したJRAは故意でなかったとの判断を下し、何の咎めも行わなかった。
もし、故意であるなら騎乗停止はおろか、調教師免許の剥奪さえありうる。
故意であると認めることは田原にとって自殺行為であり、JRAにとってもスーパースターを失う認めがたいことであった。
田原は偶発的事故であるとの主張に終始し、引退後は沈黙を決め込んだ。
橋本記者は当然、その裁決に納得していない。
田原もマスコミの被害者か?
マスコミから集中砲火を浴び、ある時はチヤホヤされた田原成貴。
彼にとって、へつらうばかりのマスコミ記者を殴打するなど、取るに足らないことだったに相違ない。
ましてや、引退後の連載契約を望むマスコミが事件を問題にするはずがないとの読みもあったのだろう。
だが、明らかに今回の事件は一線を越えてしまった。
彼の美学からすれば、真相を話すべきなのだろう。
しかし、それは競馬人生を断つ危険性を持つものであり、彼にはそれができない。
そこには、「サンエイサンキュー事件」で気風を切った男らしさはない。
あるのは自らの保身にあくせくする、どこにでもいる醜い矮小な中年男だけだ。
今までの経歴を考えれば増長した彼も、ジャーナリズムの欠片もない競馬マスコミの被害者かもしれない。
手記を書いておきながら、被害届も出せない橋本記者も同罪だ。
さらば田原成貴。ありがとう、そして馬鹿野郎。
[敬称略]
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